成り立たない会話
「とっ…とにかく!アキと話がしたいんだ!アキに会えるまで、ここから動かない!」
トウキさんはそう言い放ってクロさんを睨み返した。
「…なんだよ、騒がしいなぁ。あ、やっぱり来たのか」
そこにシロガネさんが現れる。その後ろから現れた黒髪の女性に私はハッとした。私の知っているアキさんの姿だった。アキさんは髪の色を元に戻していた。
「トウキ、話がしたいって言ってるけど、それは私を言いくるめるの間違いじゃない?私の話をきちんと聞いてくれたことないじゃない」
アキさんの姿を見たトウキさんは眉をしかめた。
「なんで髪の色戻したの?地味。少しはお洒落に気を遣えってアドバイスしてやったのに、俺の話を聞かないのはアキの方じゃん。俺の言う通りにしてたら早く階級も上がるし、四人でまた楽しくやろうって言ってんの。抜けられると困るよ。チセだって寂しがってる」
「……!」
チセさんの名前を出されたアキさんは少し苦しそうな顔をした。アキさんの前に立つシロガネさんはニヤリと笑う。
「アキさんは、こっちの方が似合うんだよ。アドバイスって何だよ。要するに黙って言うことに従って自分の世話を焼いてくれれば、それでいいって言ってるように俺には聞こえるけど?」
シロガネさんの言葉にトウキさんの顔が歪む。
「アキだって好きでやってただろ?今更なんなの?ねぇ…俺は困ってるんだ。生前から交際していたのに急に別れるとか…あ、他に好きな奴ができたとか?そうだろ?それ以外にアキがこんな風に突然変わるなんて有り得ないんだよ。髪の色だって、新しい男の趣味に変えたんだろ、お前さ、自分のことが分かってないから、そいつに騙されてるんだよ」
それまで黙って聞いていたクジョウさんが静かに立ち上がるのが見えた。クジョウさんはトウキさんの前に立つと怖い顔で見下ろした。
「自分のこと分かってないのはそっちだと思うけど。生前から付き合ってたけど別れたいくらいに、合わせ続けるのがしんどくなったとは、考えないのか?」
クジョウさんに見下ろされたことに腹を立てたトウキさんは元の姿に戻った。だがそれでもクジョウさんの方が背が高い。トウキさんは舌打ちをした。
「おっさん、なんなんだよ。これは俺とアキとの問題なんだ。部外者は引っ込んでろって話」
「部外者?じゃあ関わってればいいんだな?確かに俺はお前がアキさんのことを都合良く利用してるって話を偶然耳にしただけの部外者だよ。でも俺はアキさんが言いたいことも言えずにお前の後をついていくのを見て心の中で声をかけた。大丈夫かって。今の状態が続いたら潰されてしまうんじゃないかって、そのときの俺は思ったんだ。その俺の余計なひと言が、アキさんが勇気を出して別の道を進むきっかけになったんだ。十分に関わってるだろ。点を溜めるのに節約したいから、彼女持ちをキープしてるって、あの時偉そうに言ってたのを俺は聞き逃してはいないんだよ」
「なっ…なんなんだよ!おっさん!勝手なこと言うな!!おい、アキ、嘘だからな?そんなこと思ってなくて…ちょっと…言葉の綾というか…」
「もういいよ、トウキ」
シロガネさんの後ろから現れたアキさんは、疲れたような微笑みを浮かべていた。トウキさんは少しホッとした顔をする。次の瞬間にアキさんはなぜかクジョウさんの隣に立った。
「あのね、トウキ。私はクジョウさんみたいに、私の話を最後まできちんと聞いてくれる人と一緒にいたいの。髪の色は自分が自分らしくいられる色に戻しただけ。トウキは派手で明るい女の人が好きなんでしょ。私、合わせようとしてたけど、もう疲れちゃったんだ。だから休みたい」
そこでアキさんはクジョウさんにもたれかかった。クジョウさんは少し怖い顔つきのまま、アキさんの肩を抱く。
「なんとでも言えよ。俺は自分らしくしているアキがいいと思ったんだ。アキの魅力が分からない若造に好き勝手されてるのを見ると腹が立つんだよ。悪いな。アキは俺がもらう」
「な…ウソだろ?アキ。こんなおっさんのどこがいいんだよ!お前、騙されてるんだよ!!」
トウキさんは心底驚いたようにアキさんとクジョウさんの顔を見た。私もこの展開は想定していなかったので、思わずクロさんの顔を見てしまった。けれどもクロさんは微笑んでいた。
「…今は少々くたびれたおっさんの格好してるけど、そのうち若い時の姿にだってなれるからな。お前、口はそこそこ達者かもしれないけど、殴り合いの喧嘩なんかしたことないだろ。一発ぶん殴りたいくらいにはムカついてるけど、俺も研修生始めて日が浅いから点数は減らしたくないんだ。ほら、分かったらさっさと消えな。どうせいい女がいたら乗り替えるつもりだったんだろ?その時期が少し早まっただけだ。こんなとこで時間潰してないで、さっさと探しに行けよ?」
クジョウさんが凄むと、トウキさんは慌てて周囲を回した。なぜか私の顔を見たトウキさんはギョッとしたように顔を逸らした。その私の肩の上でカエルの姿のアオハがケロッと鳴いた。
「なっ…なんで、肩にカエル乗せて平気なんだよ!気持ち悪い!!」
「え?カエル苦手なんですか?可愛いのに。それにアオハは私の式神だから、ただのカエルじゃないんだけど…」
私が肩から手にアオハを移動させると、アオハはぴょんぴょんと跳ねてトウキさんに近付いた。けれども、近付く毎にその姿は大きくなり、トウキさんはみるみるうちに青ざめた。
「うわぁぁぁ来るなぁぁぁ!!」
犬くらいのサイズになったアオハが跳ぶと、トウキさんはとうとう踵を返して喫茶店から飛び出て走り去ってしまう。ドアのところまで追いかけたアオハは子どもの姿になって手を振った。
「あぁ…帰っちゃったね…」
トウキさんの姿が消えた途端にクジョウさんはアキさんの肩からパッと手を離した。
「す、すみません。なれなれしく触ってしまって」
「い、いいえ…あの…手伝って下さいってお願いしたのは…私ですから。ありがとうございました…」
アキさんは心なしか赤くなってクジョウさんに頭を下げた。
「ダイコンよりいい演技するんじゃない?人を殴ったことなんかないのに、ハッタリでもクジョウが言うと、過去に誰か殴ったことあるのかな?くらいには思っちゃったよ」
シロガネさんがニヤニヤ笑いながらクジョウさんの背中をバシバシと叩いた。そこでようやく私はクジョウさんが演技をしていたことに気付く。
「ちなみに俺は殴られたし殴り返したし、まー乱闘騒ぎは一通り経験してるよね」
「この中ではシロガネさんが一番…色々経験してますよね…」
「なんだよ、クロさん、クロさんは殴る必要ないもんな。かかってきた相手が金縛りにあって動けなくなったりで、手を出すとヤバい奴に認定されてたもんね」
「私の話はいいですよ。それよりも、クジョウさん…これを機にアキさんと本当に交際してみてはいかがですか?しばらくはそれらしく見せつける必要もあるかと思いますし…何の縁もない人に初対面で心の声が伝わるというのも…あまり聞いたことがない話なんですよ」
「えっ?そ、そうなんですか?」
アキさんは傍らのクジョウさんを思わず見上げて再びどうしていいか分からないといった様子で困ったように髪に触れた。
「アキさん、あの…無理にとは言いませんから、まずは…なんていうか…友だちから…始めませんか?こんなおっさんが言うのも変かもしれませんが…」
「いいえ、変じゃないです。私こそ…地味で明るくもないですけど…良かったら友だちになって下さい」
アキさんは片手を差し出してクジョウさんと握手をした。私はその手に一瞬赤い糸が見えた気がした。クジョウさんの小指とアキさんの小指を繋いでいる。一瞬で消えた糸をクロさんも見ていたのか、私の方を見るとどこかいたずらを企むような目つきで微笑んだ。
(目敏いですね、マソホさん)
(クロさんにも見えましたか?)
(えぇ。今は友だちと言っていますが…お二人の関係がそこに留まらないことは最初から分かっていますから。クジョウさんの心の声をアキさんがキャッチしたときに、恐らく繋がったのだと思います。まだ二人は無自覚ですけどね)
アオハが子どもの姿で駆け寄ってくる。私はアオハを抱き上げた。アオハは笑って言った。
「ただのカエルを大きくしただけなのに、なんであんなに怖がるのかなぁ…変なの。もっと怖い姿になる前に帰っちゃうんだもん。試そうと思ったのにつまんないの」
アオハは頬を膨らませた。




