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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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夢を買う

「ここにいる皆に聞かれたくない話でしたら、個別にお話を伺うこともできますが、どうしますか?」


 クロさんが気遣わしげに言うとアキさんは首を横に振る。


「女性として、マソホさんはこの話をどう感じるのかも知りたいというか…私自身、当時は混乱していて周りの言いなりになってしまったところがあって…簡単に言うと、私、トウキの子を中絶したんです。した、というか、させられて…大学を卒業して就職したばかりだったから、お前も仕事したいだろって言われて…そうかもって思ってしまった私も悪かったんですけど…」


 アキさんは自分を落ち着かせるかのように珈琲を一口飲んだ。


「お金が溜まったら結婚する、それから子どもはまた作ればいいって…でも…何年経ってもトウキは結婚に乗り気じゃなかったし、その後…また妊娠したら今度は流れてしまって…私、もう子どもは産めない身体になってしまったんじゃないかって怖くなって…結局、四人で旅行に行ったときに交通事故で死んでしまったから確認のしようもないんですけど…私…最初の子の魂を雑に扱ってしまったから…罰が当たったんだっていう気持ちをずっと抱えていて…でも、トウキに言っても死んだのに悩み過ぎとか根暗だとか散々言われて…私の抱えている後悔や罪悪感はこの先ずっと理解されないんだろうなと思ったら、すごく虚しくなったんです…すみません、さっきいたチセって子はトウキの実の妹なんです。だから…ヨウコさんにも相談しにくくて」


「…そうでしたか。打ち明けて下さってありがとうございます。まず…罰が当たったという話ですが…水子の魂にそこまで母体を呪う力があるかといったら、そうではないというのが、私の…第一階級特別区担当の死神で呪禁師でもある私の見解と言えばいいでしょうか。ただ、流産に関してですが…一度目の中絶が少なからず悪影響を及ぼしたというのが、あなたの魂の痕跡を見る限りでは、そう私は判断せざるを得ません。身体的な機能面に影響を及ぼした…そういった意味合いにおいて、あなたが罰が当たったという言葉を使ったのならば、それは当てはまる、とお伝えするしかありません」 


 私は思わず膝の上で握りしめられたアキさんの手を握った。アキさんの手は冷えていた。私の手をアキさんは力なく握り返す。


「そうですか…分かりました…」


 カウンターの中からシロガネさんが出てきてスマホの画面を見ながら言った。


「篠田亜希子…現在第五階級のアキさん、この情報で間違いない?」


 シロガネさんはちらりと画面をアキさんに見せる。アキさんは頷いた。


「ちょっと待ってね。生前に関わった魂の検索をかけるから…えーっと、一人目の魂は…すでに別の研修生が出産の体験をして無事に輪廻の輪に送ってる…あとは、二人目か…あ、この魂はまだ残ってるな。うん。どうする?擬似的出産でもう一度アキさんが産むつもりなら、仮押さえしておくよ。ただし、一度始めたら今度こそ途中で止められない。どんなに辛くてもお腹の中から外に出てくるまではずっと一緒だ」


「分かっています。産むつもりで調べましたから。私、やっぱり…産みたいです」


 アキさんはキッパリと言った。シロガネさんは頷いて、スマホを操作する。


「分かった。病院の空きが取れたら、魂を受け取りに行くよ。俺の方に連絡が来るから。多分、魂の方も拒絶はしないと思うから大丈夫だよ」


 シロガネさんは言った。アキさんはどこかホッとしたように、冷えた指先で私の手を握ったまま言った。


「私…トウキにも言ったことがあったんです。出産体験したいって。でも反対されて…そんなこと、今更わざわざする必要ないって言われました。その言葉で私は、自分がこんなに後悔してるのに、トウキとはこの気持ちを永遠に分かり合えないんだなって痛感したんです。私がやりたいことって…死んでもできないんだって思ったら、このまま強くなって階級が上がっても、何の意味があるんだろうって…一時期全てがどうでもよくなってしまってサボってました…頑張ると点数が上がって、トウキよりも早く階級が上がってしまうしちょうどいいかなって打算もあって。でも、マソホさんを見たら…私、本当はこんな風に格好良く戦いたくて死神を目指してたのになって思いました。実は前に痛みの訓練に出てマソホさんが血塗れになって戦っているのを見たことがあったんです。それで、やっぱり今の状況を変えなきゃダメだって思って色々と申し込んだ後に、トウキに別れようって伝えました。でも全然話が通じなくて…しまいには、要するに新しい刺激が欲しいだけだろって言ってきて、申し込んだ寮を自分も見学するとまで言い出して…トウキも同じ寮に住むなんて言い出したらどうしようって…今は一番それが不安なんです」


 アキさんは一気に話すとようやく肩の力を抜いた。


「分かりました。打ち明けてくれてありがとうございます。本来ならもっと早くにこの状況を解決するべきだったのでしょうが、あなたの方にはとりあえず波紋は出ていないので、寮に受け入れてしばらく様子を見ることにします。むしろ…トウキさんの方が問題かもしれませんね。話し合いが決裂したのであれば、見当違いな恨みを抱くかもしれませんから、少しの間不便かとは思いますが、喫茶店の外に一人では絶対に出ないで下さい。以前にも鎌を出して追いかけてきたストーカーがいましたから」 


「はーい、それ僕です。でもシラタマが僕のフリしてくれたから、危ないときに直接対決はしなくて済みました。でも今も一応は警戒態勢だから、僕も一人でその辺はフラフラできないんです。僕、ペコっていいます。女子です」


 遠くからペコくんが手を挙げて笑う。振り返ったアキさんは、そこに座るクジョウさんの姿に気付いた。


「あ…!!」


 アキさんはかなり動揺したようだった。


「ク…クジョウさん!!」


「あーどうも…。すみません。しれっといて。俺の担当…シロガネさんなんで…この上に住んでるんですよ」


 クジョウさんは照れたように頭を掻く。ペコくんとコウくんが不思議そうな顔をしてクジョウさんを見る。


「クジョウさん、知り合いなんですか?」


 ペコくんに言われたクジョウさんはものすごく歯切れの悪い返事をした。


「いや…写真だけ…。これから知り合いになるところっていうか…うーん、なんだろうね。俺、バイトしててさ。悩み相談?っていうかそういうの。別にただ話を聞くだけだから、具体的なアドバイスするとかそういうのじゃなくて…気晴らし?ほら、毒吐くとこって必要じゃない?溜めると波紋になったりするらしいから、そういうのが心配な女性の話を受け止める仕事を始めたんだよ。でも…正直なところ初回で俺、向いてないのかなって、ちょっとね…おじさんには理解不能な毒を吐かれてもさ…共感しにくいところに共感する演技をするのが、案外難しくて…」


「そこはさークジョウさん、顔に出やすいから…退屈な話されたりすると、しんどいのは分かりますけど…少しは神妙な顔して頷くとかしておかないと…バイトなんだから割り切って余裕のあるイケおじを演じておかなきゃダメじゃないですか…相手はいっぱいいっぱいの余裕のないリアルなオジさんを求めてる訳じゃないんですから。要するに申し込んだ人たちは夢を買いに来てるんですよ。そこにリアルなオジさんがいて、戸惑ってても…思っていたのとはなんか違うってなるのは当然だと思いますけど」


 思わずシロガネさんが吹き出す。クジョウさんはペコくんの歯に衣着せぬ物言いに完全に落ち込んだ顔をしていた。


「あーっと、ペコ、まだお茶もしてないお客さんのいる前でそんな話するなってば。幻滅通り越してキャンセルになるだろ。アキさん…キャンセルしてもいいよ。リアルなクジョウは実際、こんな状態だし」


 シロガネさんの言葉にアキさんはぽかんとしていた。けれども、何が可笑しかったのかクスクスと笑い出した。笑いながらアキさんは言う。


「いいえ…キャンセルはしません。むしろ…パンフレットで見たよりも、親近感が湧きました。だから…この後…珈琲飲みながらお話聞いてもらってもいいですか?」


「アキさん、物好きだねぇ。じゃ、まぁ食事が終わったら…二人には屋上にでも移ってもらおうかな。一応用意したんだよ。おしゃれな展望スペース。そこで優雅に珈琲飲みながら好きに話すといいよ。前回も展望スペースについては褒められたんだけど、クジョウの評価はいまいちだったからねー今日は少しは頑張れ!ま、ダメなら俺にチェンジだ」


 シロガネさんに言われたクジョウさんはわしわしと頭を掻いた。


「とりあえず…アイス珈琲にガムシロップは入れないでおきますよ。イケおじがブラック飲めないとかあり得ないって、偏見来ましたから。たまに入れたい日だってあるじゃないですか。それに俺はホットはブラックなんだ。どこまで演じればいいのか、本当に難しいですよ」


 クジョウさんは困ったように首を横に振った。

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