別の道をゆく
アキさんとチセさんとの間を気まずい沈黙が支配する。そこにふわふわと現れた生き物がいた。私は思わず目を疑う。それは狐の面を被った人物だった。
「うちの子たちがお騒がせしてごめんなさい。私の名はヨウコ。第二階級の死神よ」
狐の面の下から声がする。声色から私は女性だろうと判断した。いかにもというまるで神社の巫女のような白と赤の和装だった。狐の面には合っているものの、死神に見えるかと言ったら全く見えない。
「…アキは…もう帰らない?そろそろ自活したいって言ってたものね。いいわよ。むしろチセとは少し距離を置いた方がお互いのためになるかもしれない。シロガネさん、よろしくお願い致します」
ヨウコさんは頭を下げた。私は訳が分からず困惑してクロさんを見つめる。クロさんはマッサージチェアを片付けて立ち上がった。届けたランチをヨウコさんに手渡すとヨウコさんは中を覗き込んで喜んだ。
「わ!ありがとうございます。一度食べてみたかったんです。シロガネさんの料理」
「予想より早く終わりましたので…今からなら帰って食事をしてもお互い間に合いそうですから」
クロさんは微笑んだ。
「アキさんは、俺の寮に申し込みしてきてたんだよ。本当は一人で挨拶をしに来るつもりだったんだろ?でも、ぞろぞろみんなついてきた…」
アキさんは頷いた。隣でチセさんが声を上げる。
「アキ!出ていくって…そんなの聞いてない!どうして!?私のこと嫌になったの??」
「…そうじゃない…でも…トウキとは別れるつもり。全然納得してくれなかったけど…。四人一緒ってのがもうしんどくて…限界で。チセが嫌いなんじゃなくてツキとトウキといるのが無理なの」
アキさんが声を振り絞る。
「チセ、とりあえず帰るわよ。アキは環境を変えて気持ちをリセットしたいの。チセ、友だちなら分かってやって」
「……アキ…ごめん。私、今まで…色々と頼りすぎたね」
チセさんはうつむいて言った。ヨウコさんがその肩を抱く。
「ほら、帰って一緒にサンドイッチ食べよ」
ヨウコさんはチセさんを連れて帰って行った。アキさんはその背中を見送って両手で顔を覆った。シロガネさんがぽんと肩を叩く。
「とりあえず、行こうか。別れ話はうまくいかなかったようだけど、それはこっちでなんとかするからさ」
「あ、はい。すみません、よろしくお願いします」
アキさんは涙をぬぐって深々と頭を下げる。そして私の方を見た。
「あの、マソホさん…こんなところで生前の話を出して…申し訳ないんですが…後から言うのも隠しているみたいで嫌なので…私…篠田亜希子です…」
「……?」
私はその名前に聞き覚えがあった。必死に記憶を辿る。少ししてから、私は名刺にあった名前を思い出した。
「あっ!田丸商事の篠田さんですか!?えっ!?雰囲気が全然違うから…分かりませんでした」
生前勤めていた会社の取引先で、資料を持って商品の説明に来た際に同席して名刺を交換したのだった。あのときは黒髪のショートボブに眼鏡姿だったのが、今は茶髪でゆるいパーマをかけている。私の言葉にアキさんは苦笑した。
「…トウキって…付き合っている彼の好みに変えろって言われて変えたんです。ただでさえ地味な見た目なんだから、もう少し女らしくしろって。でも、疲れちゃいました。死んでまで相手に合わせ続けていたら、私いつまで経っても心が楽になれないなって。マソホさんは…綺麗な方だったから一目見たらもう忘れられませんでした、って言ったら一目惚れしたみたいでちょっと気持ち悪いですよね、すみません。女性が好きな訳じゃないんですけど、綺麗な人って憧れがあって」
「そ、そうなんですか…あの…そんな風に思ってくれているって全然知らなくて…それに篠田さんが亡くなっていたことも私知らなくて…」
私はうろたえた。シロガネさんが笑う。
「まーつもる話は喫茶店に行ってからにしよう。みんなで昼でも食いながらさ。寮に申し込みがあってから少しこれまでの経緯を見させてもらったけど…トウキって奴は君におんぶに抱っこでほぼ何もしてないじゃないか。トウキの親友のツキって奴もしかり。今まで大変だったな。男どもの担当死神も少々問題あり…放任主義過ぎるんだよ。手を抜いてなんぼって考え方はそいつの受け売りって訳でもないんだろうけど、類友なんだろうな。似たようなロクでもないのが集まってるよ。さて、どうするかな」
それまで私の影の中にいたアオハがぴょこんと姿を現した。アオハの姿は日によってまちまちだ。基本的に少年ではあるものの、今日は髪も鮮やかな緑で目は黄色だったので、その姿を見たアキさんは、驚いた表情をした。
「わ!どこから出てきたの!?」
アオハはするすると私の肩に登るとちょこんと座る。別に重量はない。
「えぇと…あの、試験的な試みで式神を持っていて…この子は私の式神のアオハ。元はカエルなんだけど…」
「式神!?えっ!?死神って、そういう存在も使えるんですか??」
アキさんは目を輝かせた。何やら興味津々だ。クロさんが微笑んで頷いた。
「…賛否両論ですが、死神協会の日本支部としましては、一部呪禁の使用も許可しようという動きになりつつあります。取り扱いには注意が必要ですが…米国などはそもそも呪禁師の資質を持つ死神が存在しないので反対していますね。こればかりは生まれ育った土地や気候の問題としか言いようがないかもしれません。キリスト圏は悪魔こそ生み出しやすいですが、人が使役できる程度の魔物となると…既存の映画やアニメなどから引っ張ってきたりと…根拠が弱いんですよ…個々の存在と強烈に結び付く魂に形を付与する段階でのオリジナリティに欠けると、弱点も同じものになりやすいですから、長くは持たないんです。アオハのように変化自在の方が強い…」
「え?そうだったんですか?私がきちんとアオハの姿を捉えられていないからだと思っていたんですけど…」
私が言うとシロガネさんは歩きながら振り返って笑った。
「マソホちゃんのそういうとこ、ゆるっとしてていいよね。そのゆとりも大事なんだよ。むしろガッチガチに固めない方がいいの。アオハの意思とマソホちゃんの望む姿と、そこまで無理に詰めない方がいいってこと。だって元のカエルになっても、マソホちゃんは気にしないでしょ?」
「あーそれを言われると…確かに…」
私の肩の上でアオハはカエルに変身する。手のひらサイズの美しい緑のカエルになったアオハはわざとらしく、ケロッと鳴いた。
「ねぇ、どうして今日は話さないの?」
私がアオハを見ると、アオハはケロッと再び鳴いてから口を開いた。
「だって、初対面でいきなりカエルが話したらびっくりすると思うけど」
カエルのままでそう言ったアオハを見つめていたアキさんは、確かに再び驚きの表情をしていた。
「すごい…喋ってる…」
私はどんな姿でも喋ったり甘えたりするアオハに慣れてしまっていたから、これがすでに日常だったけれど、言われてみればアキさんにとっては未知との遭遇には違いなかった。
「ただいまー!寮に入る予定の女性を一人連れて来たよ。アキさん」
喫茶店に入るとシロガネさんは明るくそう言ってアキさんを紹介した。皆はすでにサンドイッチのランチプレートを前に食事をしている。カウンターに入ったヤミカさんが、空いているテーブルに四人分のランチプレートを並べた。シロガネさんはカウンターの中に入るとアキさんに声をかけた。
「珈琲飲める?」
「あ、はい!」
「ミルクと砂糖は?アイス?ホット?」
「ブラックのホットで。ありがとうございます」
そのとき私はクジョウさんが妙な顔をしてアキさんをチラチラ見ているのが分かった。私と目の合ったクジョウさんは、慌てて口の前に人差し指を立てる。アキさんはクジョウさんに背中を向けているからそのことに気付いてはいなかった。
「いただきます!」
私たちはようやく少し遅れて昼食を食べ始める。カウンターに四人分の飲み物が並んだところで私は立ち上がって取りに向かった。アオハの分は珈琲ではなくジュースのようだ。シロガネさんはカウンターの中にある椅子に座ってサンドイッチをつまんでいる。シロガネさんの声が頭の中に響いた。
(…クジョウが気にしてるのは、多分バイトのことだと思う…ミランに紹介されたオジ活の方。もしかしたら、そっちにも申し込みあったのかも。ちょっと後で聞いてみるよ。場合によってはその状況を利用させてもらう)
(オジ活って…イケオジが悩み相談受け付けます、ドリンクのみ五十点、食事付き百点からってやつですよね…クジョウさんの他にも何やらしぶいオジさまの写真が何枚かありましたけど、三人目のってシロガネさんじゃないですか?)
私は最近死神養成講座の建物の入口付近に並んだパンフレットで見た写真を思い出して言った。私より先に見つけたのはヤミカさんだ。ヤミカさんはすぐにシロガネさんに気付いて呆れた顔をしていた。
(あーバレちゃった?だって、仕方ないじゃん。人数足りないんだもん。予想以上に人気があるみたいで予約待ちよ?どう?もっと歳上に変身して、マソホちゃんもそのうちやらない?ちなみに二人目のはミランだよ。化粧しないで少し年齢上げるとあぁなる)
(無理ですってば!!えっ!?あれミランさんだったんですか!?うそっ!もっとちゃんとよく見ておけば良かった!)
私は会話を終えて飲み物を席に持って移動する。それぞれのプレートに飲み物を置いてトレーを戻す。再び子どもの姿になったアオハは意外と行儀よくサンドイッチを食べていた。後ろの席からシラタマが顔を覗かせてクロさんに抱きついた。
「パパ、おかえり。ママも。こんにちは、アキさん。僕の名前はシラタマだよ。よろしく」
「……パパ?…ママ?」
アキさんが固まったのでクロさんが困ったようにシラタマを振り返った。
「シラタマ…説明が長くなる話は昼時は厳禁だよ?この子は私とマソホさんが前前世のときに、亡くした子の魂なので、確かにそのときは私が父親でマソホさんが母親でした。つい最近、マソホさんが擬似的出産の体験でシラタマを産み直して、輪廻の輪に入る予定でしたが、シラタマが我々が再び輪廻の輪に入ったら自分もそのときにまた子どもになることを選んだので…今はこうして共に暮らしているという訳です。子どもであり私の式神としての契約も…一応仕事としては継続中ですね。シラタマを研修生として受け入れるか否かで、どうにも決着がつかなくて保留となりそうなっている訳ですが」
「過去に例のないことをやろうとすると、なかなか難しいってことの具体例だね。古い連中は頭が固いから…うちの統括なんか可愛いもんだなって、最近じゃ思うよ」
シロガネさんがカウンターの方から言うのが聞こえた。資格もないのにシラタマを取り上げた統括が、可愛いと言われて私はどんな顔をしていいものか分からなくなる。アキさんは、サンドイッチを食べながら、難しい顔をしていた。そして意を決したように口を開く。
「あの…過去に失った子どもって…もう一度自分で産み直してあげることって…できるんですか?」
「場合によります。先に誰かが擬似的出産でその魂を受け入れてしまって、すでに輪廻の輪に入っている場合もありますから。でも確認することは可能ですよ?魂が残っていれば産み直しは可能です」
「…あの…私…これからとても矛盾したことを言うんですが…聞いてもらえますか?」
クロさんの言葉を聞いたアキさんは真剣な眼差しで言った。




