腐れ縁
一定の距離を保ったままついてくるのは、隠れることを選択した斜に構えた四人組の男性たちだった。確か第五階級の研修生で、受講の漏れた痛みの訓練の補講として今日の訓練に参加していたことを私は知っていた。ルール説明が始まる前に偉そうに話していたし、いつもの訓練では見ない人たちだったから悪目立ちしていた。シロガネさんはわざとらしくヤミカさんと腕を組むと、親しげに額を寄せて話し出す。クロさんも繋いだ手を離さず、私は反対の手をペコくんに握られて歩いていた。もうじき第一階級特別区に入るというところで、背後でうわぁと声が上がる。どういう訳か四人組の前に先ほどの訓練で見たのと同じ大量のヤスデと蜘蛛が現れて行く手を遮っていた。クロさんがゆっくりと振り返る。
「補講なのにサボって隠れることを選択したそうなので、この辺りで再受講してもらいましょうか。君たち四人はいわば蠱毒の壺の中にいて、最後の一匹が残るまで戦う状態に近い環境にあります。さ、殺し合いのスタートですよ。一昔前は二人一組などという緩いルールではありませんでしたから研修生どうしでもどちらが残るかを賭けて戦ったものです。今それをやると統括に叱られてしまいますから、一人ずつに分けますが…つまらないですねぇ…」
クロさんはどこか背筋の寒くなる笑みを浮かべた。丁寧に半透明の壺形に区切られた空間に四人が分断される。
「皆さんは先に昼食を食べていて下さい。私は…」
「あーできたらここに届けるから」
シロガネさんが笑う。私はこの状況を見ながら食事が果たして喉を通るのかと思った。クロさんは私を見下ろすといつもの優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。この程度のことは慣れです。いずれ二級から一級に上がる頃にはそういった試練もありますよ…」
「そ、そうなんですか…」
私とクロさんの話を聞いていたフブキさんは巨大なヤスデを見ながら食事をしているところをうっかり想像したのか、アシシさんに向かって言った。
「蕎麦食べながら、この光景は見たくないな…」
「いや、蕎麦じゃなくても無理…」
半透明の壺の中では、ほぼヤスデに群がられて情けない悲鳴を上げている男性が見えた。クロさんはどこからともなく、座り心地の良さそうなマッサージチェアを呼び出して座っている。道のど真ん中にマッサージチェアがある光景は初めて見たので何とも奇妙な感じだった。
「僕ももう少しで痛みの訓練が始まるんだけど…節足動物は好きじゃないなぁ…」
ペコくんがそちらを見ながらつぶやく。
「じゃ、後ほど。昼休みの時間に働くと点数高いから、ホントはクロさん引き受けたくなかったんだよね、でも俺はあぁいうの呼び出すの、そこまで得意じゃなくてさーペコ、見てないで行くよ!」
シロガネさんが立ち止まったペコくんを促した。
***
私はお昼を用意するシロガネさんを手伝って、クロさんに届ける昼食をまとめた。
「僕らが一緒に行くから大丈夫だよ?」
シラタマとアオハが姿を現す。シロガネさんが手早く作ったサンドイッチと作り置きのピクルスを詰める。
「いや、ダメだよ。決まりは守らないとね。いくら二人の力が強くても、万が一のことがあるといけないから。喫茶店の中にいる限りは安全だけどね。だから、マソホちゃん一人では行かせられない。俺が一緒に行くよ」
「えっ…なんか、すみません…お使いすらできない子どもみたいで…この歳になると微妙ですけど…」
「いやいや、俺も迂闊に近道使って懲りたからね。統括がシラタマ取り上げることになったの…クロさんに後から笑顔で責められたからね…やっぱり自分の手で取り上げたかったんだよ…借りが大き過ぎて返し切れないよ…」
「…シラタマ、もう一回お腹の中に入る?」
「あー別にそれでもいいけど、ママが痛いだけで加算されないよ?」
「私…点数のために産んだ訳じゃないから…」
私はシラタマの頭を撫でる。アオハが拗ねると困るので同時にアオハの頭も撫でた。アオハは嬉しそうな顔をした。
「じゃ、届けようか。マソホちゃん、食前に見てもホントに大丈夫?クロさん…手抜きする奴には容赦ないからさー。じゃ、ヤミカよろしく。シラタマはこっちに残ってよ。一応」
「はーい。留守番ね!」
シラタマは手を振る。私とシロガネさんが少し歩いて先ほどの場所に到着すると、半透明の壺のうちの二つはすでに消えていた。近くに顔色の悪い死神が立っていて、クロさんは彼に何かを言っていた。その足元には二人の研修生が転がって、痛い痛いと叫んでいた。叫び声がうるさくて、クロさんが何を言ったのか分からなかったけれども、怯えた様子の彼は二人を回収すると姿を消した。
「脱落です。まったく…だらしのない」
「…あらら、もう二人も脱落?彼ら本当に第五階級なの?」
シロガネさんが言うと、クロさんは呆れたような顔で言った。
「どうやらそこそこ強い彼らに媚を売って、点数を稼いでいたようですね。要するに最後の一撃は加えて仕留めたフリをしたりと…あの手この手で五級にまで上がったようです。やはり二人一組にすると…そういった落ち度はありますね」
私が残った壺の中を見ると戦っている姿が見えた。けれども私は妙な感じがした。時々姿が揺らいで一人が女性の姿になる。もう一人はすでに女性の姿になって隅の方で丸くなっていた。
「あの二人…変身…してたんですか?」
私がクロさんにサンドイッチのボックスを手渡すと、クロさんは微笑んだ。
「そのようですね。彼らとどのような関係だったのか…生前お付き合いでもしていたのでしょうかね」
サンドイッチをちらりと見たクロさんは食べずに一つの壺を見つめた。すでに半数以上の蜘蛛とヤスデを倒している。
「…なに?もう終わりにしちゃうの?甘いって」
「…腕前は拝見しましたからね」
クロさんが指を鳴らすと壺が消えて女性は解放された。残りの蜘蛛とヤスデも霧消する。女性は目を瞬かせた。
「あなたは本当に第五階級の腕前のようですね。疑って悪かったです。が…お友だちの方は…そうではないようですね…」
もう一つの壺の中では、壺の隅に膜を張って頑なに戦いを避ける女性の姿があった。彼女はそれを見ると肩を落としてため息をついた。
「はい…苦手で…何度やってもダメなんです…それで男の姿になってみたらって…提案したんですけど…なっても出来なくて…」
「ねぇ、一緒にいて先に脱落した男二人とはどういう関係なの?」
シロガネさんに聞かれた女性は困ったような顔をした。
「…生前の…腐れ縁ってやつです。二人とも…それぞれ付き合ってました。でも…死んでからだんだん合わなくなって…私は別れようとしたのに、他の男に乗り換えたら波紋が出るとか色々言われて…チセはどう思ってるのか分からないけど、私…もう、あの二人のお世話係はそろそろ卒業したくて…」
「アキさん、だいたい話は分かりましたよ。さっきの二人は五級止まりどころか下手すると六級に落ちます。あなたが上を目指すなら、その腐れ縁を断ち切れるようにしますが、いかがですか?」
クロさんが静かに告げた。
「そんなこと…できるんですか?」
クロさんは指を慣らしてチセさんの壺を消した。チセさんは明らかにホッとした顔をしたが、慌てて言った。
「ツキくんのとこに戻らなきゃ!アキ、アキも早く!」
アキさんは悲しそうな顔をして首を横に振る。そして意を決したように言った。
「私は戻らない。もう…面倒見切れないから別れる。ごめん、チセ」
アキさんの言葉にチセさんは絶望的な表情を浮かべて固まった。




