戦法の選択
その後ダイコンさんは、助けに行ったにも関わらず女性二人に罵られていた。しかも、ムカデのみではなくヤスデもいて、体液を被った女性は刺激臭とそこに含まれる毒で顔や身体がかぶれて、大変なことになってしまった。悲鳴が聞こえる。
「痛い!痛いっ!焼けるっ!」
私は緊急呼出ボタンをタッチしてこの領域を担当している死神を呼び出した。女性たちは完全にパニックを起こしている。危険だと判断した。
「随分と、大騒ぎだね」
死神と一緒に現れた階級が上の研修生が女性二人を素早く連れて出てゆく。金色に染めたウェーブヘアーを肩の辺りまで伸ばしたその姿はタケナワさんだった。今日は白のスーツ姿だ。死神というよりは、やや天使に見えなくもない。
「マソホさん、サンキュ。って今日は随分とイケメンじゃん。現役だったらスカウトしたいくらいだなぁ」
タケナワさんが笑う。いったい何に?と思ったけれど話を聞くと長そうなので、私はあいまいな笑みで誤魔化した。
「あのね、ダイコンさん!最初の注意事項、ちゃんと聞いてた?ムカデと似ていてもヤスデには体液にも毒があるから要注意って。工夫した戦い方をしろと言ったよね?この場合は鎌から殺虫剤に切り替えたマソホさんやヤミカさんが加点対象で君は減点だよ。斬るにしても、斬り方を考えないと余計に被害が広がる」
「ええぇ!?人助けしたのに減点なんて、酷いじゃないですかぁぁぁ」
ダイコンさんは大袈裟に嘆いて見せた。でもいつものことなので誰も取り合わない。日常的に彼は芝居がかっているのだ。緊急呼出のついでにタケナワさんは二人一組のチームを見て回る。アシシさんとフブキさんも加点されていた。タケナワさんが手元のタブレットにチェックをつける。
「ダイコンさん、君のパートナーはどこに行ったの?」
「あーこっちにいまーす。あの人、俺の話全然聞いてくれないから…勝手に一人でやってましたー」
遥か遠くで手を挙げた人物とその叫んだ声に聞き覚えがあって、私とヤミカさんが目を凝らすと、そこにいるのは大人の姿をしたコウくんだった。ヤミカさんが手を振るとコウくんは小さく頭を下げる。
「あぁ、コウくん、悪かったよ…一人でこれ片付けたの?やるじゃん」
タケナワさんはコウくんの陣取った小高いスペースの足元に重なった死骸の山をみてニコリと笑った。
「自分で組ませておいて、何言ってるんですか。こうなる予測がついてたから、俺と彼をペアにしたんでしょう?」
「あーホントに悪かったって。こう見えて、子どもの頃自分は…昆虫採集が趣味だったんだよねー虫のことなら任せて!それにしたって最近の子って、虫嫌いな子多くない?特に節足動物は圧倒的に不人気だね!今の時代は他の刺激がたくさんあるからなんだろうけどさ…そっち方面の知識がなさ過ぎてびっくりだよ」
タケナワさんは肩をすくめる。他にも戦いを放棄したり、早々に隠れてしまった研修生もいた。タケナワさんは戦ったチームの採点を終えると、隠れたチームに向かって出てくるように声をかけた。恐る恐る出てきた研修生は巨大なムカデの死骸を見て眉をひそめる。中には見ただけで気絶した子もいた。アニメかよ、と戦いもしていないのに強がって笑っている男性の姿もあって少し呆れる。
「戦えないと判断して隠れた者はある意味正解だよ。無理なのに戦いを挑んで魂を喰われちゃ意味がない。でも、この中で相方を見捨てて隠れた奴がいたら挙手!ま、挙げなくたって後からバレるんだから、潔く自首した方が早いよー」
パラパラと手が挙がる。思ったよりも人数がいて、私は少しげんなりした。
「相方が隠れた者どうしでペアを組み直した奴いるかな?」
こちらもやはり少ないが手が挙がった。
「ま、どちらも正しい判断だな。今回、訓練だからと相方を見捨てて隠れた中にも色々事情はあるんだと思う。嫌だと言ってるのに相手は戦う気満々だったりとか、もしくは元々相手のことなんか考えないで最初から逃げた奴も中にはいるかもしれない。今回はたまたま、まやかし相手だったから皆、そこまで酷いことにはならなかっただけだ」
タケナワさんはパンと両手を叩いた。死骸が忽然と消え失せる。私とヤミカさんの戦いの成果も消え失せて、何も残らなかった。
「今回の結果は、倒した分だけ後から数値として換算されて順位が出る。気になるなら午後からでも見に来るといいよ。けど…この程度の節足動物相手に鎌を振るえないなら、俺は死神目指すのなんか辞めちまえって、助言するね。この先もっと異形を相手にするんだ。ムカデ一匹斬れない研修生は五級に上がるのは無理だと思っていた方がいい。今日の午前の訓練は以上だ。質問は後から受け付ける」
タケナワさんのホストのような見た目を馬鹿にしていた数名の男性が居住まいを正すのが見えた。隠れる戦法を選んだ面々だった。私は出しっぱなしだった大鎌をしまって、元の姿に戻る。ヤミカさんが眉を上げた。
「え、もう戻しちゃうの?」
「だって終わったし」
「つまんないの」
「何?デートしたかった?」
「…シロガネさんが言いそうなセリフ」
私たちは顔を見合わせて小さく吹き出した。出口に向かって歩き出す。
「ありがとうございました」
私とヤミカさんはタケナワさんに頭を下げてその場を後にした。アシシさんとフブキさんもすぐに追いついてくる。
「お疲れさまでした。あの殺虫剤、火炎放射器の形にしたらもっと使いやすいんじゃないですか?今度戦う機会があれば真似しようかと思って、武器の改良版をイメージしてみたんですけど…」
フブキさんが中空に絵を描く。
「あーなるほど!背中にボンベを背負った方が両手も使いやすいでよね!ありがとうございます!」
私は素直に礼を言った。武器に関してはフブキさんの方が詳しい。
「実は火炎放射器を試したかったんですけど、近くに隠れてる集団がいて、正直なところ邪魔だったんですよね…だって、一緒に丸焼けにする訳にいかないですから」
フブキさんが苦笑する。
「あー分かります。誰なのかは」
私は言った。隠れていたのに強がっていた男性たちだ。二十代後半から三十代前半の四人組だった。どこか斜に構えていて正直なところ苦手だ。
「ところでマソホさんは鎌を二本登録するんですか?」
アシシさんに聞かれたので私は頷いた。
「でも、もう少し使いこなせるようにならないと、今回みたいな、あえて鎌を選択しない方が無難な訓練では振り回せないので…午後からはクロさんに相手をしてもらおうかと思ってます」
そんな話をしている私たちの元にクロさんとシロガネさんが現れた。ミナミさんとペコくん、クジョウさんもすでに講義を終えたらしく途中から観覧席で見ていたようだった。
「みんな、お疲れさまー!!帰ってメシ食おう」
シロガネさんが笑う。
「マソホさん、格好良かったですよ」
クロさんが隣に来て自然と手を繋ぐ。慣れてきたとはいえ、やはり照れ臭いことには変わりなかった。
「すみません!ご一緒していいですか!」
小走りに追いついてきたのはコウくんだった。後ろから車椅子のカサイさんが現れる。カサイさんはこちらに向かって頭を下げた。
「あの…タケナワさんが採点でまだかかりそうなので、昼はシロガネさんのところに行くようにと…」
「あーいいよ、そっかそっか。まーこの三チームのどれかが上位争いするのは分かりきってるんだけど…コウに至ってはほぼソロプレイだったもんなぁ…」
シロガネさんは笑っていたが不意に真顔になるとクロさんに目配せした。クロさんも頷く。
「気付かないフリして出るよ」
小声でシロガネさんが言った。




