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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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知らぬが仏

 ペコくんはクジョウさんの帰りを待っていたが次第に眠そうになり、突然小学生の姿に戻ってしまった。シロガネさんが声をかける。范さんはペコくんを軽々と抱き上げた。目をこすったペコくんは范さんの胸に頭を預ける。


「五階使うか?それとも…」


「二階の奥の部屋を借りてもいいですか?」


「…いいけど…あんまりムード出ないよ?」


「もう眠そうですし…用心するに越したことはないでしょう」


「了解、ちょっとマソホちゃんも来てくれない?」


 シロガネさんは階段を上りながら監禁部屋の鍵をどこからともなく取り出した。なぜ呼ばれたのか分からなかったけれど、とりあえず後ろからついてゆく。


「…鍵は身体の中に収納してるんだよ。一番奪われにくい」


 寮に変えてからすれ違いやすいように以前よりも横幅を広くしたからか歩きやすくなっていた。


「あぁ…確かにそれはそうですが…」


 范さんは苦笑する。


「眠った後でペコを収納してもいいんじゃないか?范ならできるだろ」


「…え…?いや、それはさすがに…少し早くないですか?」


「抱きしめ合ってキスしてんなら、別にそれ以上の身体の関係がなくたって可能だろう」


 シロガネさんは二重に設置した扉を開けると私に言った。


「ちょっとここのドア持ってて。勝手に閉まるんだよねコレ。作りを変えないとダメだな」


 私は見た目よりも重い扉を支えて、中にもう一枚ある金属の見た目の扉の南京錠をシロガネさんが開けるのを待っていた。ドアを開けると范さんが中に入る。ペコくんは薄っすら目を開けたが再び閉じてしまった。


「きっと…無理して中学生の姿を維持し続けていたから…体力不足ですね。まだそんなにエネルギーを溜められる体型にもなっていないんですから…当然ですけど…」


「でも前よりは標準体型に近づいてはきたよな。それでも細いけどさ。范にふさわしい女になりたいんだよ。いじらしいねぇ」


 范さんはペコくんを抱きしめたまま、ベッドに座る。シロガネさんは手早く拘束具を目に見えない形にして隠した。私が何とも言えない表情をしていたのか、シロガネさんが笑った。


「なに、思い出した?」


「そうですね…暴れて叫んで恥ずかしかったなぁって…クロさんに噛みついちゃったし…」


「ハイアオはプロだからね。古い時代からの呪禁師って奴は容赦ないから…だからどれだけ時代が移り変わってもこの部屋を撤去できないんだよ。ここと…統括んとこくらいかな。絶対に出られないのは」


 シロガネさんは言う。部屋の高いところに窓は一応あったけれど、外に繋がる窓ではないと知ったのはつい最近のことだった。窓のように見せかけているだけの壁らしい。本物と偽物の区別がつかなかった。圧迫感を少しでも減らす措置なのだろう。そうは言っても、この部屋を利用したときの私は正気を失っていたに等しい状態だったから窓のことなど、認識してもいなかった。こうして落ち着いた状態で足を踏み入れた今だからこそ分かることもある。


「じゃ、二人ともごゆっくり。何かあったら呼べよ?」


 シロガネさんはそう言って私と共に部屋を出ると、私が外側の扉を押さえている間に金属の扉に鍵をかけた。鍵はするりと視界から消える。鎌を収納するのと同じようなイメージなのだろうと私は思いながらその様子を見ていた。


「マソホちゃん、クロさんとはどう?うまくいってる?」


 シロガネさんに聞かれて私は頷いた。


「うまくいってると…思ってますけど…」


「可能ならさ、男の姿のままで抱き合ってみるのもいいよ。ヤミカはまだ無理っぽいけどさ。マソホちゃんならもう姿も変えられるし、いけるんじゃない?」


「えーそんなこと、急に…言われても…今の姿でだって…そんな…何度もって訳じゃないから…ハードル高いですよ…」


 私が小声で言うとシロガネさんは私の頭を撫でた。


「ま、要するに色んな経験積んだほうが後々、予想もしないところで役立つこともあるってこと。俺も同性は何だかんだでちょっと抵抗感があってずっと避けてたんだけどさ。ヤミカならいいかなって」


 そのとき、階下で物音が聞こえた。クロさんの声がおかえりなさいと言っている。


「あ、帰ってきたっぽいね。思ったより早かったな」


 シロガネさんが笑う。クジョウさんだ。私とシロガネさんは急いで階段を降りた。



***



 賭けの話を聞いたミランさんは、甘いわよと言ってシロガネさんの顔を見て意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「クジョウくんなんて来てそんなに経ってないのに、私がそんな気軽に男漁りをするとでも思ってるの?いやぁねぇ…」


「…いつだったか回収したばっかりの魂とベッドインしてたのはどこの誰だよ…」


 私は慌てて店内を見回す。すでにミチくんの姿はなかった。いつの間にかツブシさんとハランさんの姿もない。


「大丈夫ですよ。ミチくんならもう五階で眠ってます。先ほどミチくんを眠らせて、ツブシさんとハランさんも一緒に上に行きましたから…」


 実の兄と顔を合わせるのは気まずかったのかもしれないと私はひっそり思った。


「だって、さっきメイゲツから連絡が入って…コウギョクが破水したから病院に連れて行くって言うから、慌ててクジョウくんに車出してもらって病院に連れて行ったのよ。私、運転できないから助かったわ」


「俺が飲酒運転はイヤだって言ったら、ほろ酔い気分をスッと抜かれて…便利っちゃ便利ですけど、お陰で飲み足りませんよ。一滴も飲んでない状態に戻ってしまったんですから」 

 

 クジョウさんの言葉を聞いてシロガネさんはカウンター内に回るとカクテルの準備を始めた。


「だったら悪酔いするクソ不味い酒を飲む前にうまいカクテル作ってやるよ。なんだよー本当に何にもなかった訳?」


 シロガネさんは悔しそうに言う。


「では私とマソホさんは、この高級なお酒を一口いただきましょうか。クジョウさんが何事もなく戻ってくる方に賭けたのは私たちだけですから」


 クロさんが言うと、近くに座っていたフブキさんとミナミさん、それにアマナツさんがとても気まずそうな顔をした。


「なによぉ!そんなに私って信用ない訳!?心外だわ!!」


 ミランさんが両手を腰に当てる。


「でもさ、ミランがくん付けで呼ぶ相手って、けっこういいって思ってる相手なんじゃなかったか?誰かがそんなこと言ってた気がするんだけど…」


 シロガネさんが首をひねると、ミランさんは眉を上げた。


「なによその話。それこそ知らないわよ…都市伝説の類ね。何だかんだでこの姿だと目立っちゃうから、面白おかしく話題を提供する死神やら研修生はいるってことよ…くんでもちゃんでもさんでも…気に入ってる子は気に入ってるわよ?」


「コウギョクさん、大丈夫かな…」


 私がつぶやくと、ミランさんは微笑んだ。


「大丈夫よ。病院なんだから。あなたこそ、よく統括になんか任せられたわよね。私だったら怖くて無理だわ」


「え?でも赤ちゃんを取り上げたことがあるって言ってたので…」


「あーうん、確かにあるけどさ。だから出来たんだろうけど、統括は医師免許持ってないからね。クロさんと違って」


 シロガネさんの言葉に私は驚いてしまった。


「ええっ!?そうなんですか?」


 私は今更ながら知ってしまった事実に恐れおののいた。妙に慣れた感じだったから大丈夫だと思ってしまったのだった。そのことを言うとクロさんまでこう言った。


「…自分が動揺を見せるべき場合でないと判断したんでしょうね。そのくらいの感情操作は統括なら朝飯前でしょう。無事に出産できて本当に良かったです」


 その後クロさんと高級そうで度数も高そうなお酒を舐めるように飲みながら、私は世の中には知らない方が良いこともあると心底思ってしまったのだった。

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