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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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 シロガネさんが無駄に脅したせいで、ミランさんが迎えに来て外出したクジョウさんは、どこか挙動不審で落ち着きがなかった。喫茶店の一階には早速、寮に申し込んできた若い男性が加わっていた。いつだったかペコくんに謝っていて、後でシオミに刺された人だ。彼は明るく笑うとアマナツだと名乗った。意外と食べ物の名前を選ぶ人も多いのかもしれないと私は思ったら、高齢のご婦人が落とした甘夏が坂道を転がってきたのを拾ってあげようとして、横道から出てきたワゴン車に轢かれたのだと言った。ペコくんがアマナツさんを見て苦笑する。


「ようやくお腹は塞がった?無理して退院してきた日…ホントびっくりしたんだから。あぁいうのはさすがに見慣れてないからさ…」


 その日夕飯を食べていたときに、突然アマナツさんの身体にパクリと大きな裂け目ができて、食べた物が外に溢れ出して喫茶店は大混乱になったのだった。


「いやーマジで俺もびっくりしたんだから。もう治って大丈夫だって思ってたからさ…」


「シオミの波紋でしょ…あの人自分の鎌でお腹割いて消えようとしたって聞いたけど…ほんと?」


 ペコくんの嫌そうな声に、クロさんが頷く。


「…まったく…余計なことを耳に入れてくる研修生はいるものですね。そうですよ。今は監視付きで独房のような部屋に拘束されています。鎌も没収されていますから…自殺を真似ても消滅できないといい加減に理解してもらわないと困りますが…」


「なんか飯が不味くなりそうな話題だから止めよ!ペコ、気をつけろよ?悪い女認定されてるからなー」


 シロガネさんがご飯を食べながらニヤリと笑った。エビフライにタルタルソースをたっぷりとつけていたペコくんは頬を膨らます。


「えー勝手なイメージ植え付けないでほしいなぁ。ね、范さん?」


 今日も范さんが来ていると思ったら、シオミさんの件を耳に挟んだためだった。しかも最近范さんは個人指導の依頼も減らしているらしい。瑞雪さんの姿になって研修生と歩いているのを見たのが一度きりで、夜は可能な限り空けているような印象を受ける。ペコくんはとても嬉しそうで中学生の姿をしていた。


「范さん、今日も一緒に寝てくれるの?」


「えぇ…ペコが望むなら」


「やったーぎゅーってして」


「…何だかパパ活してる中学生を見ている気分だなぁ…」


 シロガネさんがつぶやく。


「シロガネさん、パパ活なんて単語知ってたんですね」


 ヤミカさんの言葉を聞いたシロガネさんまでが子どものように頬を膨らませた。


「クロさんと違うんだから、あっちの現状だってそれなりにちゃんとチェックしてるよ」


「その顔、可愛いフリしようとしてます?無理がありますよ?」


「あー最近、ヤミカ言うこと可愛くないよ」


「可愛いだけじゃダメなんですってば!可愛さだけで死神になれるんだったら誰も苦労しませんよ」


「そうそう、その通り!」


 相槌を打ったのはツブシさんだった。ツブシさんは最近松葉杖で歩く練習を始めていた。ハランさんが付き添って今日は夕飯を食べに来ていた。


「可愛いだけで生きてきたツブシが言うようになったねぇ…」


 シロガネさんがビールを飲みながら言うと、ツブシさんがそれを見て羨ましそうな顔をした。


「あー禁酒の約束しちゃったからなぁ…」


「別に絶対に守らねばならない縛りはないよ。でも守れたならそれなりのご褒美はあげよう」


 ハランさんが笑う。隣で無心になってエビフライを食べていたミチくんが顔を上げた。


「ご褒美の方がいいよね?」


「あー飲まないもん!シロガネさん、禁酒してること知ってて目の前で飲むのは反則です!」


「だからだよ。旨いんだよなぁ…ところで、賭ける奴いる?もちろん未成年以外で!」


 シロガネさんが、例の不味い酒と、高級そうなボトルをドンと並べて置いた。


「何を?あ…まさか…」


 ヤミカさんが眉をひそめる。


「そ、クジョウが無事に帰ってこれるかどうか」


「シロガネさん…一応…私は身内なので、この賭けは辞退するよ…」


 ハランさんが何とも言えない表情を浮かべる。ハランさんとミランさんが兄妹だと知らない者にとっては何のことか分からない会話だろうと私は思った。


「無事に帰ってこれると思う奴、挙手」


 誰も上げないので何となく私が挙げるとクロさんも手を挙げた。


「じゃ、残りは無事に帰れないと思ってるってことでいいかな?」


「あ、ハランさん同様に賭けに参加しない方向で!禁酒してるから!」


 遅れてツブシさんが手を挙げる。


「さーて、どうなるかな…」


 シロガネさんは、すっかり暗くなった窓の外に目を向けた。



***



 その頃、クジョウはミランと共に小洒落た店でディナーを楽しんでいるはずだった。ところがミランはその小洒落た店は通り過ぎて、うねうねと路地を進むと、あまり清潔には見えない外観の中華屋が現れた。


「らっしゃーい…って、ミランじゃん。男連れ?って、なんだクジョウじゃん」


 厨房にはなぜかアシシがいて、ミランと共に現れたクジョウを見て気まずそうな顔をして、ペコリと頭を下げた。


「あ…そういや…ここ、顔見知りか。別に他所で会ったからって、そんな顔すんなって」


 ヒサメは笑ってメニュー表を渡す。近くの席にクジョウとミランは向かい合って座った。


「あー疲れた」


 ミランはそう言って大きく伸びをした。その途端に姿が変わる。化粧が落ちて、目の前には三十代前半の整った顔の男性がいた。


「ハ…ハランさん?」


 クジョウは相手の顔をまじまじと見つめてしまった。男に見惚れたことはないのに、どこか色気のある男性の顔をしている。クジョウは妙な動悸を感じた。


「あら、だって女装した男はタイプじゃなさそうだから…ノーマルな方が気楽なんじゃない?」


「…ミランが目の前にいたら、ノーマルだろうがアブノーマルだろうが食われそうで怖いと思うよ?」


 いたずらっ子のような顔付きでヒサメは言ってドサクサに紛れてアシシの頬にキスをした。


「決まった?っても、ディナーセットのAかBしか出せないよ。范は今、喫茶店でしょ?ペコに対して過保護過ぎだろ。范にしては意外って感じ…」


「Aを二つちょうだい。Bだとクジョウくんには足りないと思う。そんなに怖がらなくても、いきなり襲ったりしないから…シロガネちゃんは大袈裟なのよ」


「そりゃ、前科があるからだろ。研修生になりたてのシロガネを襲って返り討ちにされたのは、どこのどいつだよ?」


「あーもう、またその話?だってホントいい男じゃない。クロガネちゃんとベニちゃんをくっつけとくためにも必要だったのよ?お陰でベニちゃんは二つに分かれちゃったじゃない」


 厨房ではアシシが中華鍋を振っていた。意外と様になっている。実は昼間の空き時間に范さんにみっちりしごかれていた。死神になるのに必要な技能かは甚だ怪しいところだったが、料理ができても悪いことはないと思っていたのでこれを機にアシシは本格中華の腕前を身に着けようとしていた。


「ねぇ、クジョウくん、そろそろ本題に入ろうか。あなた、こっちのバイトする気ない?」


「はい…?中華屋…ですか?」


「もう!これだから。違うわよ。波紋を出さずに女の子といちゃいちゃデートするバイト。どう?」


「はい?俺が…ですか?なんで俺?俺なんてオッサンですよ?」


「だから言ってるの。リアルなオッサンでそこそこ紳士的でパパ活とは縁がなさそうな人員が不足してるの。若者は嫌って若い女の子たちも多いのよ。知ってる?あなた、シロガネちゃんのところにいるイケおじ認定されてて、最近検索ワードの上位に上がってきてんのよ。その筋肉とか好きな子には刺さるみたいなのよ」


 クジョウは、スマホを見せられて誰かに盗撮でもされたのか写真と共に掲載されている記事を見て絶句した。


「な、なんですかこれは!?」


「どうする?やってみる?やってみない?ただ女の子と食事をするだけ。それだけでタバコ代くらいあっという間に稼げるわよ?」


「あのー本当に食事だけですか?」


「あ、そこ?今はそうよ?でも階級が上がればハグとかキス程度なら何も起きないわよ?なぁに?いやらしいことでも考えてるの?」


「いや、そういう訳じゃ…って、まぁ…そりゃ俺も男ですから…」


「素直でいいわね。じゃ、イケおじに話を聞いてほしい女の子を今後は紹介していくわね」


「ディナーA二人前」


 アシシさんが声をかけるとヒサメさんが料理を運んで現れた。メインは回鍋肉で卵スープと野菜サラダ、箸休めのザーサイ、シュウマイにデザートの杏仁豆腐がついていた。同時にビールも出てくる。


「じゃ、食べましょ。イケおじのクジョウくんに、カンパーイ!」


 よく分からない掛け声をかけたミランとクジョウは乾杯をする。ビールはよく冷えていて美味しかった。


(予想とは色々違ったけど…ま、良しとするか)


 クジョウはサラダをもりもりと食べて、はたと気づく。女の子とデートをして自分がお金を稼ぐのはパパ活の男女の構図が逆転しただけだではないか。これは果たして正しいことなのだろうか。一抹の不安を抱えつつも、クジョウは目の前の料理を平らげてゆく。食べている最中に考え事は良くない。アシシの料理はどれも中々に旨い。そのうち喫茶店のメニューもアシシが作り出す日がくるかもしれない、クジョウは回鍋肉を口に入れてそんなことを思った。 

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