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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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誤算

 それから数日間、私はひたすら痛みの訓練に没頭した。周りは私が少しおかしくなってしまうのではないかと心配したようだったけれど、私は妊娠していた期間に停滞していた課題をこなし、やがてヤミカさんたちに追いついた。血塗れの鎌を両手に持って現れた私を見てヤミカさんは、さすがにギョッとした顔をした。でも自分の血は流していない。私は不意に視線を感じて見上げる。課題をクリアした後だったのでクロさんやシロガネさんの姿がガラス張りの観覧席にいるのが見えた。クジョウさんまでいる。私は上に向かって手を振った。


「マソホ…大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ。やっぱり左手の鎌はまだ扱いにくいけど…訓練を続けたら慣れると思う」


 私はクロさんから聞いた少々ズルい手を使うことにしていた。登録する鎌は一本でなくてもいい、ただし使いこなせていること、それを条件に私は二本の鎌を両手で使う訓練をしていた。でもこれが難しかった。やはり利き手である右手を多く使ってしまう。実はクロさんももう一つ鎌を持っていた。いつも振るっている大鎌ではなく、もっとスリムな鎌も所有していた。大鎌は主に戦闘用でスリムな鎌はクロさんが安全に回収可能と判断した魂を狩る際に使用しているらしかった。


「俺なんて鎌を没収されてた期間、レンタルのビニール傘型の鎌で下界に行ってたもんね」


「はぁ?ビニール傘って…それで魂を回収された日には、ちょっと心残りが多くて成仏できなかったかもしれないですよ…もうちょっとマシな形のものはなかったんですか?」


「鰯の頭も信心からって言うだろ。それにあの時の用事は魂の回収じゃなかったからね…」


「いや…鰯の頭って…今の子にそれ言っても通じないと思いますよ?」


「クジョウだから言ってんだよ」


 二人ががそんなことを言っているところに、課題を終えた私とヤミカさんは到着した。フブキさんとアシシさんはまだ戻っていなかった。


「マソホさん…鬼神の如く…でしたねぇ。いやはや驚きました。ヤミカさんのはすでに何度か拝見していたんですけどね」


 クジョウさんに言われて私は恥ずかしくなる。


「お疲れさまです、マソホさん」


 クロさんが私に麦茶の入った水筒を差し出してくれた。昨夜クロさんが年季の入ったやかんで煮出して作っているのを見ていた。


「ありがとうございます」


 私は受け取って、あまりの美味しさにがぶ飲みしてしまった。


「あー美味しい!」


 クロさんは嬉しそうに微笑んで私の頬に触れる。さりげないボディタッチが増えているのに誰もが気付いていたけれど、特に指摘はしてこないのが有難かった。シロガネさんもヤミカさんの頭を撫でる。クジョウさんは深いため息をついた。


「俺も早く若めのイケメンになって、研修生にキャーキャー言われてみたいんですけどねぇ…って、マソホさん!?」


 私は最近少し練習し始めた男性化を少しやってみた。クロさんの身体に出入りしながら私は少しずつイメージを掴んでいた。


「え?マソホ…なの?本当に!?」


 私はガラスに映り込む自分の姿を確認する。どこか私の面影を残しつつも青年の姿に変わっていた。目線はクロさんとほぼ同じだ。


「よく出来ましたね。その姿で鎌を振るうとまた使い方が女性の姿の時とは変わると思いますから、少しずつ慣らして鎌の重さも調整しましょう。恐らく…今の重さでは軽く感じると思います…」


「マソホさん!そんな、俺よりも先にイケメンにならないで下さいよ!!」


 クジョウさんが悲痛な叫び声を上げる。私はニコリと笑ってクロさんの肩に両腕を回してみた。すぐに届く。


「おやおや、マソホさん、大胆ですねぇ」


「変な感じです。この姿になっても…恋愛対象として浮上してくるのはクロさんなんです…ヤミカさんじゃなくて」


「は?マソホ、ちょっと何を言ってるの?」


 ヤミカさんが困ったような顔をする。


「だって、范さんは瑞雪さんのときは男性と恋愛してるし、范さんのときはペコくんと恋愛してるじゃない」


「ま、それはそうだけど…そんなにすぐ、恋愛対象がコロコロ変わる訳じゃないでしょ?その辺って…どうなんですか?クロさん」


「どうでしょうねぇ。私自身も男性を恋愛対象に選ぶ気は更々なかったのですが…こうしてマソホさんを見ていると、可能なんじゃないかという気がしてくるから不思議ですね」


「あー見てらんないよ。結局これだ。二人の世界ってやつ。ヤミカも男になってみるか?経験するのは何でも大事だよ。俺だってヤミカなら男であろうが何であろうが抱ける自信しかないね!」


 シロガネさんが宣言して歩き出す。クジョウさんは肩をすくめた。


「まったく…どっちがのろけですか。そういえば…俺、ミランさんに誘われましたよ、夕飯に。なんで、今日の晩飯は不要です」


 シロガネさんは足を止めて、クジョウさんの方を振り返り片方の眉を上げた。


「マジで?それは…クジョウが…ミランのディナーにされないことを祈っておくよ…」


「え??…さすがにそんなことは…ないでしょう?ちょっと…そこで黙り込まないで下さいよ!!」


 シロガネさんはクロさんの顔を見る。クロさんは何を考えているのか読めない表情のまま頷いた。


「うーん…どうかなぁ。あぁ見えて…っていうか、見た目通り、ミランは男だからな。意味分かるよな?食事に誘われるってことは、わりとクジョウはミランのストライクゾーンだった訳だ。万が一襲われたときには…まぁ、潔く諦めたらいいんじゃないかな。一度くらいの過ちは誰にだってある。ミランは第一階級だから波紋も出ない。女装した男に抱かれる経験はなかなか出来るものでもないしな」


「は…!?ちょっと…待ってください!!今何て言いました!?」


 クジョウさんは動揺した様子でシロガネさんに言った。


「聞こえてたんだろうから、そう何回も言わないよ。ミランは要するにタチ専だってことだよ。万が一のことがあった場合、ミランに抱かれるのはクジョウの方だ。これで満足か?」


 シロガネさんがとうとう決定的な単語を口にする。


 私はうっかり想像しそうになって、微妙な表情を浮かべてしまった。そこを見逃さなかったクジョウさんに見られてしまう。


「あ…!マソホさん、今想像してゾッとしてましたよね!?じゃあなんでミランさんは、あんなに紛らわしい格好してるんですか!!ちょっと…シロガネさん、俺、そこまではさすがに想像してなかったから気軽にオーケー出しちゃったじゃないですか!」


「…何事も経験っていうだろ。今更失うものなんかないって。俺は残念ながら、まだそういう経験はないけどさ。だから、そうなった場合は感想聞かせてよ」


「シロガネさん…!!他人事だと思って楽しんでますね!?」


 クジョウさんは額に手を当てて今日一番と言ってもいいほどに深刻な表情をした。そこにようやく、フブキさんとアシシさんが戻ってくる。クジョウさんの顔を見たフブキさんが、不思議そうな顔をした。


「何かあったんですか?」


「いや、何でもないよ。クジョウは今日ミランとディナーなんだってさ」


 シロガネさんがニヤリと笑う。アシシさんは思わず口元を押さえて顔を背けて明らかに吹き出すのを堪える表情をした。対象的にフブキさんは爽やかな笑みを浮かべて言った。


「それは良かったですね。美味しいもの食べてきて下さい」 

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