点数
シロガネさんは喫茶店の他に寮を始めるにあたり必要な登録をし直しに出かけて行った。結局喫茶店の二階にはクジョウさん、アシシさん、フブキさんとミナミさん、シロガネさんとヤミカさん、それにクロさんと私の部屋が用意された。三階の監禁部屋は二階の奥に移動され、パッと見は分からない通常の部屋と変わらない部屋のドアになっていた。クロさんがそのドアを開けると中にもう一つ物々しい南京錠のついた、あの重厚な扉があった。
「なるほど、二階は関係者で埋めておいて、三階と四階を開放するという訳ですね。三階が女性で四階が男性…とりあえずは各五名ずつ募集という訳ですか。確かに喫茶店の一階で食事を摂るとなるとこの人数が妥当でしょうね。五階は多目的スペース…昨今の風潮に合わせて今回はトイレとお風呂も各部屋に完備しましたか…昔は皆で銭湯に行ったりもしましたが…ま、時代ですね」
クロさんの言葉にふと私の脳裏に思い浮かんだのは銭湯帰りにクロさんとシロガネさんと共に並んで夜の道を歩いた記憶だった。一瞬のうちにそれは消え失せる。その時見上げた夜空の流れ星のように。けれども、私の記憶を刺激するその光景は、間違いなくベニとして自分が見た景色だった。
「マソホさん、どうかしましたか?」
「いえ、何でもないです」
私は慌てて首を振る。
「僕も…高校生くらいにまで年数が経ったら…ここに住めるかなぁ?」
ペコくんのつぶやきに、クロさんが微笑んだ。
「ペコさんは…予約した死神がいますから…その死神が迎えに来てくれると思いますよ?」
「えっ…」
ペコくんは途端に赤くなる。事情を知らない様子のヤミカさんが不思議そうな顔をした。
「予約?」
「な、なんでもないです!」
慌ててペコくんはぶんぶんと首を横に振る。
「それよりも、ペコさんは、まだしばらくは昼間に外出したい場合でも絶対に一人で出掛けてはいけませんよ。第六階級以上の研修生が二人はいた方が良いでしょう。後で喫茶店に出入りする研修生と死神には念の為に情報を共有します。ヤミカさん、この方がペコくんの周辺をうろついていたら、刺激はしないように離れて下さい。あまりに酷いようなら現行犯で私が捕まえますが…」
「え?何ですか?ひょっとしてストーカー!?あ…!この人、私見たことありますよ!ね、ミナミさん!」
「えっ?あ、どの人ですか?」
ミナミさんが近付いてきてクロさんの携帯電話を覗き込む。
「あ、はい。私…話しかけられました。第一階級のクロさんの家はどこなのかって聞かれましたけど、本当に知らなかったので知らないと言いました。え?ストーカーなんですか?」
「えぇ…限りなく黒に近いグレーというところでしょうか。ペコさんに執着しているようなんです。ですからしばらく私の家は彼からは隠しました。遠くからは見えますが彼は絶対に辿り着けません。この喫茶店もです。彼の死神に連絡を取ったのですが…物分かりの悪いタイプで、女性がそう訴えるのは単なる自意識過剰だと…実に腹立たしいことを言ってきましたからね。せいぜいこの辺りをうろついて一向に到着できない我が家を探し続ければいいと思います」
「クロさん…?」
私はクロさんが点数を減らされた影響をここにも感じた。私にくっついていたシラタマがクスクスと笑う。
「お父さん、僕に仕事ちょうだい?」
そう言うとシラタマはくるりと回って姿を変えた。驚くべきことに目の前にはペコくんがもう一人いた。
「どう?ただの姿形を追いかけてるなら僕かペコさんかなんて向こうには分からないよ?いったい何年式神をやってたと思ってるの?」
「うわ…すご…変な感じ…」
ペコくんは自分と全く変わらない姿のシラタマを上から下まで二度見した。
「鏡に映った自分を見てるみたい…」
「そう?だって僕はお父さんとずっと一緒にいたから、たくさん勉強する時間はあったんだ。今はやっとお母さんとも会えたけどさ」
ペコくんの姿のままシラタマは私に抱きついてきた。目線が五歳児よりも格段に近い。ペコくん自体がボーイッシュな美しい顔立ちなのでドキッとする。
「シラタマ…ノリノリだね…そうだなぁ。もしも現れたら追いかけてくるか試してみようか」
人の悪そうな笑みを浮かべたクロさんはシラタマの頭を撫でた。
「僕、ペコくんのことマソホさんのお腹の中から見てたから…真似するの…うまいと思うよ?」
「そうだね。でも姿を変えるのはターゲットが近づいてきてからでいいよ?ペコさんも自分が二人いるみたいで落ち着かないからね」
「はぁい」
シラタマは返事をしながらするすると白蛇の姿になって私の首元にマフラーのようにゆるく巻きついた。
「マソホ…首…くすぐったいとか…ないの?」
ヤミカさんの表情がやや強張っている。私は慣れていたのでシラタマの頭を撫でながら頷いた。
「うん、慣れるとしっとりしててなめらかな肌触りだよ」
シラタマはそのままするすると私の隣のクロさんの肩に移動すると右腕に絡みついて子どもの姿に戻った。廊下に並んだ新しいドアに慣れないのかフブキさんがいつもよりも慎重にドアを開ける気配がした。ミナミさんも横から中を覗く。それから二人は少しぎこちなく部屋の中に入って行った。その一つ手前の部屋がクジョウさんの部屋らしく、クジョウさんは豪快にドアを開けてヒュウと口笛を吹いた。
「本当に風呂とトイレがある!!」
今までは各階のトイレと一階のお風呂を時間差で利用していたようだったのでクジョウさんはニッと笑った。
「これで臭いの強い物を食っても平気だな!おっさんのトイレの後はクサいとか言われそうで我慢してたんだよ」
「そうだったんですか?クサいかどうかも気の迷いのようなものですから…自分がクサいと思ったら何となくクサく感じてしまいますし、死んだのだからクサくないと思えば何の臭いもしないんですよ。究極を言えば食べる必要も排泄する必要もないんです。ただ食べたら尿意や便意を感じる…それは生前の記憶を繰り返しているに過ぎません」
「えっ?マジなんですか?」
クジョウさんが目を見張る。
「…そういえば…シロガネさんもクロさんも…トイレに入ってるとこ…見たことないかも…」
私が言うとヤミカさんも頷いた。あまり意識してもいなかったけれど、そういうことなのかと納得する。
「ただ、食べるという行為を止めると、誰かとその空間を共にして楽しむ時間がなくなりますから、階級の上の死神でも食べる行為は続けることが多いですね。誰かと抱き合って感覚を共有するのもまた同じです。全てを断つと死神として…どこか歪みが生じる…もっともランクがAA以上になると…誰かとの関わりすら煩わしいと…究極の断捨離のような日常を選ぶ死神も出てきますが…世捨て人のようで、統括ですら会話を成り立たせるだけで疲労していますから…その境地は私個人としてはお勧めしかねます…」
「はぁ…なるほど。程々に欲を残しておくってのも大事ってことですね。俺は欲まみれなんで、ま、その心配とは無縁かと思いますけど…あの、ところで煙草ってどこで買えるんですか?ずっと禁煙してたんですけど、死んだなら吸っても同じかと思いましてね。養成講座の点数が入っていたから、ちょっと使ってみようかと思ったんですが」
クジョウさんが笑う。
「…講座に出て溜めた点をさっそく煙草に使う研修生は…なかなかいないですよ。今は皆必死に点数を溜めているところですからね…」
クロさんは苦笑してどこからともなく煙草の箱を取り出した。
「どうぞ。日常生活で欲しいものはイメージすれば手に入りますが、酒と煙草、薬などは制限がかかっていますからね…未成年が勝手に出してしまうのを防ぐ目的ですが、まだ勝手が分からないでしょうし…」
クジョウさんは渡された煙草の箱を見て首を捻った。
「これは見たことないですねぇ…」
「この先はクジョウさん次第ですよ。好みの銘柄一つを強くイメージして下さい。一種類のみにしないと、混ざってオリジナルの煙草が出来上がってしまいますから注意して下さい」
クジョウさんが煙草の箱を睨むと、見覚えのある箱の銘柄になった。もっと強いのを出すのかと思ったら会社の女の先輩が喫煙コーナーで吸っていたものと同じだった。
「お!出た!ほんとだ。いやはや、魔法みたいですね」
「灰皿は自分で出せると思いますよ。日常生活の品を出すところからやっておくと鎌のイメージの際も形を作りやすいと思います」
私は二人のやり取りを聞きながら、一番重要なことをクロさんに確認し忘れていたことに気付いた。
「クロさん…そういえば私…点数って…確認したこと…ないんですけど…」
「え??」
ヤミカさんが目を見張る。クジョウさんも驚いた顔をした。クロさんはハッとしたように私の顔を見た。
「これはうっかりしていました。マソホさんはこちらに来て早々に異形に狙われたり、かと思えば幼児に縮んでしまったり…その後にもハイアオに絡まれたせいで点数の加算の連続で…実はもうじき第五階級に上がれるくらいの点数が溜まっています…マイナス点の多い研修生には提示して注意を促すことはあっても…多い場合はあまり見ないものですから…」
そう言うとクロさんは私のブローチの石に触れた。これまでの履歴がずらっと並ぶ通帳のようなものが表示されて、最後の残高に到達したときに、クジョウさんがゲッと変な声を上げた。
「一十百千万…十万百万…ちょっと桁が多過ぎじゃないですか!!俺なんて三桁なのに!」
「クジョウさん、他人の明細を覗き見しないで下さい。まぁ…ヤミカさんもマソホさんもスタートの基礎点からしてクジョウさんとは違いますから…致し方ありません。ですから、マソホさんは嗜好品に点数を使うのも可能だということですが…賭け事もあまり好きではなさそうですし…そうなると実のところあまり消費する機会もないのですよね…」
「オジサンに煙草代、恵んでくれてもいいですよ?」
クジョウさんに言われて私は思わず笑ってしまったけれども、明細の最後の擬似的出産と書かれた部分の点数もかなり高いのだと言うことだけは分かった。
「クジョウさん、擬似的出産体験は男性も出来ますし一気にまとまった点数が入るので、お勧めと言えばお勧めですよ?」
やはりクロさんが意地悪なことを言う。
「えっ!?いやぁ、いくらなんでも点数のためだけに、この人相で妊婦になんかなった日には…いくら神経の図太い俺でも周りの視線に耐えられない気がしますよ…」
クジョウさんの情けない顔にその場にいた全員が笑った。




