喫茶店の展望
しばらくすると二階からペコくんや、フブキさんとミナミさん、それにクジョウさんも現れた。ペコくんは私に抱きついてきてそれを見たシラタマが少し拗ねたような顔をする。少し遅れてアシシさんも姿を現した。人数分の珈琲を淹れていたシロガネさんがアシシさんに声をかける。
「ヒサメは今日来るの?」
「いいえ…昼間はちょっと新しい研修生がいるので、これからはしばらく夜だけですね…」
普通にうっかり返答してしまってからアシシさんはハッとした顔でシロガネさんを見て気まずそうな顔をした。
「夜だけの指導じゃ不満か?」
「だ、誰もそんなことは言ってませんてば」
アシシさんは咳払いをして興味深そうな顔で自分を見ているクジョウさんの視線に気付いたようだった。
「な、なんですか?」
「いや、別にぃ。オジサンは若いっていいなと思っただけだよ」
クジョウさんは出された珈琲を一口飲んで、はぁぁと実におじさんらしく大きな声と共に息を吐いた。
「生きてた頃に珈琲が旨いと思ったことなんてなかったのに、なんでここのはこんなに旨いんですかね…シロガネさん何か秘訣でもあるんですか?」
「生前やってたバイトの知識が役に立ったってだけだよ。あとは愛情だな。はい、ランチセット二人前」
手慣れた様子でヤミカさんが私とクロさんのところにランチを運んできてくれた。もう一口珈琲を飲んでクジョウさんは首をひねる。
「愛情ねぇ…」
「あ、そういえば、メイゲツさんとコウギョクさんがおめでとうって直に言いたかったみたいなんだけど、ミランさんの具合が悪いから様子を見に帰ったの。伝言頼まれたから言っておくね」
私の前にランチセットを置きながらヤミカさんが微笑んだ。私の隣にはシラタマが座っていてニコニコしながら私に甘えている。
「急に思ったよりも大きな子ができた気分ってどう?」
「うーん、シラタマは見た目は子どもだけど、中身は私よりも歳上だと思うし、私よりも色々できちゃうし、手のかからない子どもって感じかも…」
「えー?お母さん、そんな風に思ってるの?僕、そんなに何でもはできないよ?」
シラタマは途端に子どもらしい表情で私を見上げる。まったく敵わないと思ったところで、クロさんがシロガネさんに目配せをする。シロガネさんは周りを見渡して、改まった様子で口を開いた。
「マソホちゃんの出産も無事に終わって、今後のことについて少し考えて、協力者も募ったから発表したいと思う。知っている者も知らない者もいるだろうけど、ここは昔は寮として機能していたことがあったんだ。第二階級と第一階級の死神が個別に対応する魂を中心に二階から上の部屋を出世払いで貸していたんだ。朝食と夕食付きで。またこれから上の部屋を寮として格安で開放したいと思っている…今部屋を使っているメンバーには少し部屋を移動してもらうことになるかもしれないのと、各部屋には鍵を用意することになる予定で、後は基本的に今と変わらない…ん?」
クジョウさんがパッと手を挙げる。シロガネさんがクジョウさんを見る。
「出世払いとは具体的に幾らで…?」
「あぁ、それは先に渡した第三階級のマンションを例にするなら、そこの家賃の半額くらいだな。ただし、誰かを部屋に呼ぶ場合は、俺に事前報告が必要だ。そのくらいかな。後は基本的には自由だ」
「は…半額で朝晩飯付き…!?」
「ちなみにクジョウも今部屋を使ってるメンバーには一応カウントされてるよ。どうする?使い続けるか出るか…」
クジョウさんは、うぉぉと変な声を上げて頭を抱えた。
「半額…?そんなことが許されるのか?それに朝晩旨い飯が食えると思ったら…マンションになんか住んでる場合じゃない…いや…でも、寮に入るにはオッサン過ぎないですか?ここにいるみんなだって若い…」
「…それ言ったらさ、クジョウは死にたてピチピチの若造なんだよ。死んだ年齢は関係ない。こう見えて俺は初老だし…そんなに気になるなら若者ぶって姿形を変えてしまえばいいんだ。痛みの訓練が終わったら習うからまだ先だけど、いつの間にか覚えて使う研修生もいる…マソホちゃんみたいにね」
「えっ?私…!?別に使ってないですよ」
「マソホちゃんさ、来た頃には…もっと現世で今も活動中のあの女優に似てたよ。でも少しずつその特徴が薄くなってる…多分、無意識でやってるんだな、とは思ってたけどさ」
「ええっ!?ウソ…クロさん、そうなんですか?」
「そうですねぇ。私は以前のマソホさんも今のマソホさんも好きですから、どんな姿になっても変わらず愛しますが」
サラリとクロさんにとんでもないことを言われて私は顔が熱くなるのを感じた。赤くなっているに違いない。同一の階級内でもこれほどまでに点数で差が出るものなのかと思う。アシシさんやフブキさんも呆気に取られた様子でクロさんを見ていたが、シロガネさんが面白そうに笑った。
「あぁ、クロさんは点数の引き下げに関してハイアオと結託したと見なされて、統括に大幅に減点されたから、真面目なクロさんから一転して、マソホちゃんラブラブ全開のクロさんになっちゃったんだよねー」
「ちょっ!シロガネさん!何言ってるんですか!」
「まーラブラブついでに、この寮は波紋を起こさない限りにおいては、異性を呼んでも文句は言わないことにする予定だよ。他の寮が厳しいから、隠れてコソコソ出歩く研修生が夜道で足を引っ張られる訳で…その代わり波紋が起こると判断した相手の場合は事前申請の段階で断る。無断で連れ込むのは無理だ。そこのところはきっちりやる。ってことで、クロさんとマソホちゃんも昔のように手伝いヨロシクね!」
「ええっ?」
「何驚いてるの?マソホ、だって私たちこの姿になる前は一つの魂だったでしょ?二人一緒にいた方が多分何かと効率もいいし、死神としても成長できるはずなの。違う?」
ヤミカさんに言われて私はそれも一理あると思ってしまった。
「まぁ、お二人に任せるのは大変でしょうし、クジョウさんも寮を利用するついでにバイトもしてはどうでしょう?」
「あ!バイトしたいです!カクテル以外に料理も覚えたいし!教えて下さいシロガネさん!」
突然フブキさんが手を挙げる。クジョウさんが、はぁと大きなため息をついた。
「条件が美味しすぎて、落とし穴があるんじゃないかと疑いたくなるくらいですが…それなら、ここを利用させてもらいます。俺は個人的には旨い珈琲の淹れ方が知りたい…後はまぁ、力はあるから…女の子が襲われたら助けるくらいの役には立てそうかな?」
「あ、その節は…ありがとうございました。クジョウさんもシロガネさんも…お礼が遅くなってすみません」
私が言うと事情を知らない面々は不思議そうな顔になった。
「いや、本当に焦ったよね。ま…でもさ、異形化しやすい女の子ってさ、実は自分の姿形を変えるのも得意になる傾向が強いんだよ。男にも女にもなれる。そのうち分かるようになるよ。ヒサメもそうだった、って言ってたからさ。とりあえず、みんなに話したかったのは今後ここが喫茶店だけじゃなくなるってことと、これからの部屋の使い方が少し変わるってことだから、覚えておいて」
シロガネさんは周りを見渡して明るく笑った。




