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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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死神の子

 その後私は少し眠ってしまったようだった。目が覚めるとクロさんが隣にいて微笑んで抱きしめてくれた。


「眠れましたか?」


「はい…私…たくさん…寝てましたか?」

 

「三十分くらいですよ。起きますか?」


 クロさんは起き上がると指を鳴らしてすでに服を着る。私も起き上がるとクロさんがパチッと指を鳴らす。さっぱりとした状態で私はもう清潔な服を着ていた。


「毎回思いますけど…便利ですね」


「マソホさんも慣れたら使えるようになりますよ」


 クロさんはそう言って私の手を取ると立たせてくれた。


「大丈夫ですか?」


「はい…」


 身体には特に違和感はなかった。それにクロさんは優しくて丁寧だった。私は思い出して思わず恥ずかしくなる。クロさんが私の胸にブローチを留めながら言った。


「マソホさんは不感症ではありませんでしたね。私が保証しますから、安心して下さい」


「そっ…そんなことを保証されても困ります!」


 私は思わず声を上げてクロさんを見上げる。クロさんが少しいつもよりも意地悪な顔をしているように見えた。なんだかいたずら好きな少年のような目をしている。


「間違いなく私との相性がいいんでしょうね。これから色々と試していけばもっと分かりますよ」


「クロさん…どうしてさっきから…そんな恥ずかしいことを平気で言えるんですか?」 


「それは…恐らく…大幅に点数を減点された影響かと。第一階級の一番上に近いところから中間程度に落下したと…想像してみて下さい。まぁ、今はこれでいいんです。晴れてマソホさんと一つになれましたから」


 クロさんは少し屈むと唇にキスをする。私はうっかりそれを受け入れてしまってから、耳元で囁くクロさんの声に震えた。


「私しかあんなマソホさんは知りません…私の手で真面目なマソホさんを乱すことができて、今はとても幸せです…これからも、たくさん教えてあげますから、覚悟して下さいね」


 クロさんは微笑んで私の瞳を見つめる。私は今までにないほど顔が熱くなるのを感じた。


(クロさんって、こんな人だったの!?)


 私の知るクロさんこそ真面目な死神だった。今目の前にいるのは一人の男性だ。私が生きていた頃に付き合ったどの男性とも違う、唯一無二の存在だった。クロさんは私の頬を撫でた。


「あなたは呪禁師であり死神である私の大切な存在…ヤミカさんと半分になって成長を遂げて再び私の元に戻ってきました…もう二度と離しません。大切にします」


 クロさんはそう言って優しく微笑む。私は目の前の死神に魂まで奪われてしまっている自分を自覚した。



***



 喫茶店に戻るとブースはすでになくなっていて、いつも通りの光景になっていた。店内には統括もサギリさんもいなかった。


「おかえり。思ったより早かったね」


 シロガネさんがそう言って、なんだか意味ありげに私とクロさんの顔を見比べた。シロガネさんは隣でお皿を拭いていたヤミカさんの腰にするりと手を回す。クロさんがシロガネさんに向かって言った。


「…シロガネさんがヤミカさんと深い仲になった時点で、私はヤミカさんをどうこうする気はなくなっていたんですよ。私を極悪非道の死神のように勘違いしないでもらいたいです。だいたい…ヤミカさんだって、マソホさんと再び同化するなんてことは望んではいないでしょう?言うのは簡単でもやるなら儀式は大ごとになります。成功するかどうかも分からない。ヤミカさんがマソホさんに惹かれるのは元々が一つの魂だからです。だから無意識のうちに少し戻ろうとする、それだけの話です」


「…いや、それでもさ。元々はクロさんの嫁だった魂に惹かれた俺も悪い。そのことについては謝らなきゃって、ずっと思ってた。今更だけど…悪かった。許さなくていい」


「本当に…今更ですよ。私よりも先にヤミカさんに手を出しておいて、謝られてもね。でも、もういいんです。ヤミカさんは別人格ですし。それに元々は姉の策略に嵌められたとも言えますから。ベニと親密になって悩みを打ち明けるように仕向けて…恐らくはベニを巡って私とシロガネさんが醜く争う構図を作ろうとしたのだと思います。分かっていたからこそ私は乗りませんでしたが、そのせいでベニは余計に傷付いて自分を責めてしまった。マソホさん、申し訳ありませんでした。マソホさんに謝っても何のことか分からないとは思いますが、それでも…だからこそ今回は償わせてほしいと思っています。これから甘やかすので、調子に乗って構いませんよ?」


 プッと吹き出したのはヤミカさんだった。


「その言葉…私がシロガネさんに言った言葉に似てます。逆ですけど。シロガネさんに甘やかされたら私は調子に乗るって…何だかとっても変な感じがします。でも、私は今は幸せです。マソホは…?」


 私も頷いた。


「私も幸せ。それにシロガネさんの隣にヤミカさんがいるのが当たり前の光景になってるから、今更ヤミカさんと私が元々は一つの魂だったって言われてもピンとこないっていうか…もちろん、私もヤミカさんに惹かれる部分はあるから、それがなぜなのか分かってむしろスッキリしたかな」


「あ!お母さん!!お父さん!!」


 二階から顔を覗かせたのはシラタマだった。シラタマは五歳児の姿で駆け下りてきて私とクロさんに抱きつく。クロさんは屈んでシラタマの頭を撫でた。


「助けに来てくれてありがとう。まさか背中に統括を乗せて来るとは思わなかったけど…」


「僕が来てって言ったんだよ。だってご先祖さまでしょ?こんなときくらい手を貸してくれたっていいじゃない。それに僕だけがお父さんを探しに行ってる間にお母さんを口説かれたら困るって思ったの。そしたらサギリの方が暴走するんだもん…あの人もやっぱり家系の血のせいなのかな。お母さんに惹かれちゃうのって…だから統括には釘を刺しておいたよ。もっとサギリを縛っておけって。時々呼び出してちょっかいかけてるみたいだけど…多分サギリには足りてないんだと思う…今は多分お仕置きって言いながらいっぱいサギリを抱いてるよ」


 クロさんはシラタマの言葉を聞きながら次第に困ったような顔になり額に手を当てた。


「シラタマ…見た目は五歳児でも…中身は式神のときのまんまなんだね…まぁ…そうか…そっちの人生の方が長かったし…でも見えるからって、みんなの前で全部暴露されると統括とサギリの立場がなくなるから、この四人だけのときにしてほしいな」


「はーい。言われなくても分かってるよ。そういえばヤミカも半分お母さんなんだよねー」


 シラタマはそう言ってパタパタと走ってカウンターの中に入るとヤミカさんが驚いたように下を見るのが分かった。抱きついているのかと思ったら、シラタマは白蛇の姿になって巻きついてにょろにょろと上がってきた。


「ちょっと、待って待って!私はマソホじゃないから、そっちの姿のあなたには、耐性がないのっ!!助けてマソホ!!」


 蛇に巻き付かれたヤミカさんは邪険にもできず、それでも恐怖の方が勝っているのか、少し青ざめて固まってしまった。私は近付いて手を伸ばす。白蛇はスルスルと私の手に巻き付いてこちらに移動してきた。


「そっかーヤミカは蛇、苦手なんだね。お母さんは最初から平気だったよね」


「うーん、そういえば確かに。爬虫類は苦手だと思ったことないし…でも脚の多い虫はあんまり得意じゃないかな…」


「あーあれはね。この姿の僕には脚はないから安心して。悪い蟲が来たら駆除できるし。お父さんに教育されたから、その辺の呪禁師のできそうなことはだいたいできるよ?」


 シラタマは得意気にチロチロと舌を出す。クロさんが頭を撫でると再び子どもの姿になってクロさんの腕の中に収まっていた。


「…でも今は式神だった頃の力を勝手に使ってはダメだよ?産まれてくる体験を通してシラタマは存在しているんだから。しばらくは私とマソホさんの子どもとして…何らかの仕事をしながら過ごすことになると思うけど…」


「うん、分かってるよ。大丈夫。勝手なことはしない。僕も死神養成講座受けようかな。この姿じゃ無理?式神として過ごした年数もカウントしてもらえないかなぁ?」


「……姿形というよりは…養成講座の受講資格は魂の精神年齢に基づいているというのが大きいので、シラタマなら可能かもしれないね。果たして受付のウミツキが許可するか…そもそも擬似的出産体験の後に居残ること自体、イレギュラーなんだから、私とマソホさんは更に好奇の目で見られることになるとは思いますね…」


 話しながらクロさんは困ったような顔で私の方を見た。


「それなら…すでに、尾ひれがついて話が広まってるよ。事情を分かっていない研修生なんかは、死神って研修生を妊娠させられるんですか?って慌ててたからな。陰でどんな遊び方してたのやら…ちなみに波紋の検査は済ませたらしい。最近、気にする死神が増えたのはやっぱりツブシの影響だとは思うよ。ツブシには悪いけど、意識するようになって簡単にはそういう関係を持たない研修生が増えた。良い傾向ではあるのかな。クロさんもこれを機にSNSで弁明した方がいいかもね」


 シロガネさんがスマホを見ながら言う。クロさんは入っていないけれども、どうやらシロガネさんは死神のSNSをやっているらしく、その話題でもちきりだったと言っていた。ちなみに死神ネットワークサービスを意味しているらしい。クロさんはため息をついた。


「…シラタマ…誰に…何を喋ったんです?」


 クロさんの声が低くなる。シラタマは目を泳がせた。


「えー?クロガネがパパでマソホがママだって言っただけだよ?だってそれは本当のことでしょう?ダメだった?誰に言ったかなんて、覚えてないよ。統括に抱っこされてたときに話しかけてきた人で…」


「……ダメ…ですよ。元々私たちが夫婦で産まれてこれなかったあなたの魂を私が式神として使役していたから、今回はたまたまそうなりましたが、こんなことはまず起こらないんですから…」


 シラタマは首を傾げていたが、あ、と思い出したように笑った。


「そうそう、僕がシラタマだって言ったらダイコンですって言って、二人とも白い食べ物だねって笑ったんだ。死神なのに変な名前だよねー」


「…よりによってダイコンさんですか…お喋りですからねぇ…あの人は」


 クロさんは脱力する。私は口の軽そうなダイコンさんのことを思い出して、ひっそりとため息をつくしかなかった。

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