死神と悪魔
クジョウさんは今日から受講開始だったようで、テキストを片手に別室へと消えた。そちらに向かうのは少しの期待と不安を滲ませた表情の研修生が多く、クジョウさんはその中では少し異彩を放っていた。やけに堂々としている。その大勢の研修生の中に誰かの姿を見つけた様子のヤミカさんが息を飲む気配がした。
「…ヤミカさん、もしかして…」
「うん…多分…そう…だと思う。あの人も死神になるつもりなんだ…」
ヤミカさんは複雑な表情を浮かべた。私は思わず手を握ってしまう。私がそうすると少しヤミカさんは落ち着きを取り戻したようだった。
「今日は私も聴講するから…訓練には出ないの」
「よっ、ちょっと、そこの彼氏?茶でもしばかない?」
そのとき後ろから誰かがシロガネさんの肩を叩いた。
「ヒサメ…言い回しに歴史を感じるよ…」
そこに立っていたのはニコニコしたヒサメさんだった。シロガネさんが一瞬迷いを見せると、クロさんが言った。
「マソホさんもヤミカさんも同じ内容を聴講しますから、私に繋いでおいて構いませんよ?ヤミカさん、大丈夫ですか?」
クロさんはヤミカさんの話を聞いていたので、その不安が分かっているようだった。
「大丈夫ですよ。ヤミカさん、心配しなくても」
クロさんがポンポンとヤミカさんの頭を撫でる。やっぱり今日のクロさんはどこか距離感がおかしい、私がそう思っているとヒサメさんがその様子を見て吹き出した。
「クロさん、統括にどんだけ減点されたんだ?急にボディータッチ多いじゃん。ミランなんか出張先でも昨日派手にやらかしたみたいだし、それで朝起きれなくなってんだよ。回収した魂と即ベッドインとか、いくら好みのタイプだったからって言っても笑いが止まんなくてさ…あ、悪い。そこのお子さまたちもクロさんの担当なのか」
「別に気にしませんよ…ヒサメさんはそういう死神だって分かってますから。それに僕も昨日その減点の茶番に巻き込まれてちょっとした初体験しちゃいましたし」
ペコくんは淡々とした表情で言い返した。それでもペコくんは隣に立っていたミチくんの両耳はしっかりと塞いでいた。ミチくんはペコくんの姿を見つけてこちらにやってきたばかりに、ヒサメさんに遭遇したのだった。
「な、なに?」
ようやく手を離されたミチくんはペコくんとヒサメさんの顔を見て不思議そうな顔をする。
「ミチくん、耳から入った汚い言葉で脳が腐ると困るから塞いでおいたよ。どこに座る?僕、この回、ちょうど聞き逃してるから一緒に受けよう」
ペコくんは受講記録の一覧を見ながら、気を回したのかミチくんの手を引いて初級講座の方へと向かう。ペコくんは振り返ってクロさんに小さく一礼した。クロさんは頷いた。
「なんだ?随分とペコのやつ、気が利くなぁ」
ヒサメさんが声を上げる。
「ヒサメさんが話題を選ばないからですよ…私たちもそろそろ席につかないと、では」
先に席を取って待っていてくれたコウギョクさんとミナミさんが手を振る。その列の端に車椅子のツブシさんがハランさんと共に座っていて、通路を挟んで反対側には同じく車椅子のカサイさんの姿が見えた。タケナワさんはいないようで隣はコウくんだった。何となく気まずい、と私が思っていると同じことを考えたのかヤミカさんも私と同じように視線を右端と左端とに移動させていた。とりあえず座る。今日は下界に出る際の留意点とその前までに終わらせるべき痛みの訓練のレベルについての話だった。
***
一方、同じ頃シロガネはヒサメと共にカフェの中にいた。言わずもがな昨日、ハイアオが騒ぎを起こしたカフェだった。ゆったりとした席に座ってシロガネはココアを注文する。意外そうな顔をしたヒサメに向かってシロガネは言った。
「ココアが一番旨いんだよ」
「ふぅん」
ヒサメはクリームソーダを注文して大して興味もなさそうな返事をした。
「…で?」
「あん?昨日回収した魂がさ…死神になるって言ってんの。あたしは、あんまり気に入らない。多分あの手の魂は途中で諦めると思うけどさ。生前のヤミカにも妙に執着してるんだよ」
ヒサメは水を一口飲んだ。
「あーね」
「なんだよその返事。ヤダヤダ若者ぶっちゃって。生きてりゃ初老のくせに」
「なんだよ、そっちは墓に両足どころか頭まで突っ込んだババアだろ。それを言うなら」
「あたしはどっちかっていうとジジイになりたかったんだ。女なんて損だね。あーその顔だとヤミカを抱いたんだろ?やだねー余裕ぶっこいてて。あの手の執着する奴は厄介だよ。全部悪いことは他人のせいにするタイプ。ハイアオが実験台にしたい方の魂だ…」
「やだねぇ…仕事が増えそうだ」
言っている間にココアとメロンソーダが運ばれてくる。店員の女性を見上げてヒサメはニコリと笑って連絡先の書いてある名刺を渡した。
「あたし、男も女もどっちにもなれるし、同性でもいけるから、気晴らししたかったら連絡して」
ヒサメに連絡先を渡された店員はパッと頬を赤らめた。そのままペコリと礼をして足早に去ってゆく。均整の取れた身体つきだ。ヒサメが後ろ姿を見送って舌なめずりする。
「…いいケツしてんなぁ…」
「おいおい、堂々と誘うなよ…ったく。発想が男だよなヒサメは」
シロガネは呆れた顔をしてココアを飲んだ。ヒサメはアイスクリームを一口食べて、いやらしい舌先の動きでスプーンを舐め回す。毎度のことなのでシロガネはいちいち指摘するのも諦めて話題を振った。
「…アシシはどうだ?」
「ん?まーちゃんと男になったな。案外中身は雄なんだよ。安心した。かわいいよ。あたしに夢中になっててさ。若いっていいね。それよりもヨルの方がこじれてるわ。アシシが好きなんだよ、ヨルはさ。でも絶対に本人にはバレたくない」
「…なんとなく気づいてるんじゃないのかな。でも、知らないフリをしてる」
「かもね。でもさ、応えてやれないんなら、気付かないフリしてた方が優しいのかもね」
「そっちこそ、ヤミカはどうなのさ」
「あー?教えないよ」
「別に減るもんでもないのに、出し惜しみすんなって」
「いい女だよ」
シロガネはそう言って不意にココアのカップを持った手を見る。ヒサメがその小指に絡みつく糸に気付いて、フンと鼻を鳴らした。
「あーヤダヤダ、クロさんに続いてシロガネまで。来世の糸なんか絡めちゃっていやらしいんだから」
「ヒサメは繋ぎたいと思った相手はいないのかよ?それだけ抱き合っておきながら」
ヒサメはストローで人工的な色合いのソーダを飲みながら上目遣いにシロガネを見た。
「いたような…いなかったような…あたしには、死神やってる方が性に合ってるんだよ。輪廻の輪に入ったら鎌振り回して戦えないじゃん。そんな人生つまんなくてやってらんないよ、あたしにはさ」
シロガネはココアのカップを置いて真面目な顔をした。
「…本音は別だろ?お前、ササメを狩るつもりだろ。あいつは自分が犠牲になるような、殊勝な真似はしなかった…スズを捧げて自分が花嫁になった…ヒサメの読みは正しかったな…」
ヒサメはアイスをスプーンでぐちゃぐちゃにかき混ぜる。透明感のある緑が途端に濁った。今朝方、第一階級以上の死神に共有された内容だ。産婦人科にいるクロハツの目を持っている悪魔が流してきた情報だった。
「一応はかつては身内だった者だからさ。後始末くらいはしないとね。って…別に責任感じてる訳じゃないよ。ムカついてるんだ。どっちかって言うと。自力で上がれないから悪魔に身売りするなんて死神としては最低だろ。てめーの力で努力して這い上がれってんだ」
「…怒りに任せて一人で飛び出すなよ?今の第六階級がもうちょっと育つまで待ってろ。そうしたら狩りに付き合ってやるよ。だから育ってる途中のヤミカの足を引っ張るような真似をしそうな研修生がいるならはっきり言って迷惑だ」
シロガネにしては珍しく言い切った。
「分かってるよ。首輪でもつけて見張っとくさ。あたしを誰だと思ってんの」
ヒサメはニヤリと笑う。その笑みは死神というよりもどこか悪魔じみて見えて、シロガネはため息をつくしかなかった。




