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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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新たな死者

 私は昨日ヤミカさんの初仕事の話を喫茶店に戻ってから聞いていた。だから翌朝喫茶店を訪れたときに、カウンター席に見慣れない中年男性が座ってモリモリと朝食を食べているのを見て、その人がシロガネさんの回収してきた魂だとすぐに分かった。


「おはようございます」


 いつも通りに挨拶をして店内に入るとそのがっしりとした体格の男性は私とクロさん、ペコくんの組み合わせを見て首をひねった。明らかに彼の視線は私のお腹を見て何を勘違いしたのか気の毒そうな顔つきになった。


「おはようございます…妊婦さんなのに…気の毒なことです…」


 彼はそう言いかけて途中で不思議そうな顔をした。


「あの…どこかで…会ったこと…ありましたか?」


「いえ…多分、ニュースで見たからこの顔を知っているんだと思います。それにこのお腹は擬似的な妊娠の体験をしているだけですから、死んだときはこんな風じゃありませんでした」


「…ニュース…?ああっ!通り魔の刺殺事件の!!そうだ!女優さんに似た美人だったから記憶に残ってたんだ!惨たらしい事件でしたね…どちらにしても若いのにご愁傷さまです…」


「いえ、もうあまり気にしてませんから、平気です」


 私もある程度対応には慣れてきていたので苦笑しながらそう答えた。ここ最近やってきた魂には、もはやこれが日常の挨拶代わりと言ってもいいほどに同じことを言われる。ヤミカさんもだ。


「あー彼は昨日からこっちに来たクジョウさん。死神を目指すそうだ。擬似的な妊娠体験については後から説明するよ」


「第一階級特別区の死神のクロと申します。こちらは研修生のマソホさんとペコさん、二人とも第六階級です」


 私たちが席に座るとヤミカさんがモーニングセットを運んできた。私はヤミカさんと目が合う。何かが違う気がした。表情が柔らかい。私は思わずシロガネさんの方を見る。シロガネさんは優しい顔でヤミカさんの姿を見ていた。不意に私はヤミカさんの小指に絡まる赤い糸が見えた。糸を追うとシロガネさんの方に続いている。瞬きの間にそれは見えなくなった。


「見えましたか?マソホさんも。あれが来世の縁です…」


 クロさんが小声で言ってテーブルの下で私の小指に自分の小指を絡ませてきた。私は平静を装うのに苦労しながら空いている反対の手で優雅に珈琲を飲むクロさんが指を離してくれるのを待っていた。妙に緊張する。いつものクロさんよりも大胆だと思った。その触れ方も。昨日のハイアオさんの件があったからだろうか。ギクシャクして見えないといいなと思いながら私はサラダを口に運ぶ。お腹の中でシラタマが目覚めたのか、ぐるんと動く気配がした。


「おはようございます!」


 ドアが開いてコウギョクさんとメイゲツさんが入ってくる。


「ミランさんは午後からの急な出張で疲れたって言っていて起きなかったので、軽くテイクアウトできるものをお願いします」


 メイゲツさんが言ってそこに見慣れない中年男性がいることに気付いて一礼した。


「どうも…えっと、新しい方ですか?」


「はい、心筋梗塞で死にたてホヤホヤのクジョウです。ちなみに苦しい方の苦情じゃなくて九条ねぎの方です」


「九条ねぎですか?あ、僕はメイゲツです。同じく明るい月の方ではなくてりんごの品種ですね。名月りんご。隣にいるのがパートナーのコウギョク。二人ともりんご由来です。ねぎがお好きなんですか?」


 二人の会話を聞きながらシロガネさんが苦笑している。


「この人、面白いんだよ。大根役者の話をしたら、自分も野菜にするかな、なんて言い出して…」


「いやぁ、自分は子どもの頃はねぎが大嫌いだったんですよ。鍋なんかに入ってるとあのトロっとした感じが。舌を火傷しちまって憎たらしい野菜だなと常々思ってたんですが、大人になったら好みって変わるもんで、あれがないとダメになったんでね…」


「シロガネさん、ダイさんの話したんですか?本人も公言してるからいいのかもしれませんけど…あんまりそれネタにしない方がいいと思いますよ?」


 ヤミカさんが隣からたしなめる。ダイコンさん、通称ダイさんは私やヤミカさんよりも知られていなくて、お二人ともとっても有名人ですよね、と無駄に絡まれたのがきっかけで話題に出るようになった。一応端役でテレビに出ていたこともあるらしい。が、通行人だとか死体、要するにセリフのない役で、誰の印象にも残ってはいない、と本人が言っていた。没個性の顔のせいだと本人は主張していたが、シロガネさんは、あれは少なくとも仕事に役者を選ぶべきじゃなかったと言っていた。受付のクラゲの見立ては外れない、とも言っていた。


「でも、そんな話を聞いたら会ってみたくなるじゃないですか。ま、あれやこれや不純な動機で死神をやってみようかなと思った訳でして」


 クジョウさんは悪びれもせずに言ってニコニコしながらヤミカさんの顔を見る。ヤミカさんは眉をぴくりと上げた。


「いやぁ、俺にも別れた妻との間に娘がいるんですが、ヤミカさんくらいですかね…もちろんこんなに美人じゃないですけど、ついつい重ねてしまって…お父さんとでも思って気軽に接してくれると嬉しいな、と」


「クジョウさん、あんまり気持ちの悪いこと言うとヤミカにここから追い出されるよ?」


 シロガネさんが笑う。ヤミカさんは蔑みの眼差しをクジョウさんに向けた。私はおや?と思う。


「私の父は厳格すぎる父でしたから、クジョウさんに重ねようとしても重ねるなんて到底無理です」


 ヤミカさんは冷たい声で言い放つ。そこまで怒っている訳でもなさそうだと私は思った。むしろ許容している。意外だ。


「あーそういや、ヤミカさんはいいとこのお嬢さんでしたっけ…ネットニュースで見た程度ですけど…」


「クジョウさん、それ以上はストップ。生前の話はこの辺で、これからは死んだ後のことを考える方が優先だよ」


 クジョウさんが余計なことを言う前にシロガネさんが釘を刺した。確かにシロガネさんの言う通り、あまり生前のしがらみを思い出していては前にも進めない。生々しい記憶を少しずつ薄めながら私たちは鎌を振るって戦うしかないのだと思った。それでも口に入れたトマトの潰れる感覚はリアルだ、私は同じくリアルに動くお腹のシラタマをそっと撫でた。



***



 今日も受講可能な講義があるので、食事を終えた私たちは出発した。建物の前に着くと何やら妙に緊張した空気が漂っていて、車椅子のツブシさんがハランさんとミチくんと共に建物の中に入るところだった。皆が遠巻きにする中、ダイさんが果敢にも話しかけに近付いたところだった。ある意味勇者だ。彼は恐ろしく空気を読まないところがあった。この性格も災いして仕事が少なかったのではないかと、私は思ってしまった。


「ツブシさん!ついに復活したんですね!!おめでとうございます!」


 ニコニコしたダイさんがハランさんをも絶句させているところに私たちも到着してしまい状況は更に悪化した。


「あぁ!マソホさんにヤミカさんも!お二人はツブシさんとも面識がありますか?ツブシさん、ようやく死体が見つかってホッとしましたね。全部残らず犬の腹の中に収まっていたらどうしようかと思いましたから…それにしてもブリーダーって怖いですねぇ…犬たちの中で君の魂は永遠に生きる…?でしたっけ。いやはや頭蓋骨を保存しておくとは…」


「あーダイコン!お前ちょっと喋り過ぎなんだよ…少し黙っとけって。どんなに猟奇的な事件だろうが、もう終わった話を掘り返すな。タントウはどこに行ったんだ?」


 タントウと言うのが彼の指導官の死神の名前だと、このとき私は初めて知った。ダイさんに振り回されている分厚いメガネをかけた第二階級の見るからに大人しそうな男性だ。


「すみません!シロガネさん!」


 黒いマスクを片手に持って走ってきたタントウさんは、そのマスクをダイさんの口につけた。およそマスクとは思えない重々しい金属音がガチャンと響いてダイさんは急に喋れなくなった。


「お前、生きてる間に台詞がもらえなかったからって、死んでからペラペラペラペラ、一日中喋り過ぎなんだよ!オラ、行くぞ!あんまりふざけた真似してると地下道に放り込んで魂バラバラにすんぞ?分かったか?」


 彼がメガネを外して凄むとダイさんは縮み上がった。分厚いメガネを外すと恐ろしく目付きが悪い。ダイさんはコクコクと頷いた。シロガネさんが微妙な表情を浮かべて尋ねる。


「あータントウ…そっちのキャラで行くことにしたの?」


「すみません…こいつ、舐め腐ってんで…ちょっとした教育期間だとでも思っていて下さい」


 頭を下げたタントウさんに引きずられるようにしてダイさんが消える。私たちと同じく呆気に取られた様子のツブシさんにハランさんが言っているのが聞こえた。


「タントウは…死神になる前…組の抗争に巻き込まれて死んだんだ。堅気の人間じゃない、だからキレるとあぁなる。タントウをキレさせたのは…実はダイコンで二人目だ…」 


「…あの、二人目って…じゃあ一人目は…?」


 ツブシさんが恐る恐る口を開く。


「一人目は…恥ずかしながら…私の兄だ…」


 ハランさんが深いため息と共に吐き出して、私もヤミカさんも思わず顔を見合わせてしまった。いったい何をしでかしたのか、とても怖くて聞けなかった。


「いやぁ、あれが噂のダイコンさんですか!なるほど!面白い人ですねぇ!」


 クジョウさんが心の底から楽しそうに笑って、シロガネさんを呆れさせた。

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