幕間 死神の仕事
俺の名前はシロガネだ。職業?本業は死神だが、できることは何だってやるよ。死神ってのはそういうもんだろ。あ、分からないか。イメージと違う?悪かったな。鎌握ってガイコツだったら気味悪いだろ。俺の場合、朝は喫茶店のマスターだし、預かっている研修生の恋人にもなるし、時には真面目に魂を回収しに行ったり、うっかり悪魔と遭遇して戦う羽目になったりって…これはあんまり望んじゃいないけどな、悪魔?いるよ。そんなに驚くなってば。で、えぇとどこまで話した?朝の八時から働いて昼は休憩一時間できっちり五時には仕事を終わりにして、気が向けば夜にはバーテンダーになってカクテルを振る舞ったりもする。で?そこのあんたは何が知りたいって?あ?研修生の恋人って何ですか?好きだねぇ。ま、別に教えたからって減るもんでもないから教えてやるよ。手取り足取り何でも教える仕事だな。何でもって具体的に?俺の口から言わせるなよ。今、こんなことを言ってる俺の隣で寝てるのがその研修生だ。特別に顔だけ見せてやる。いい女だろ?おいしい仕事かどうか?そんなこと俺の口から言えるかよ。おいしい仕事じゃなかったら、俺はそもそもこんな危ないこともある仕事なんか続けてないよ。もうすぐ美人が目覚めるから俺の中に引っ込んで眠ってくれないか?後から起こすからさ。ずるい?覗き見させる趣味はねーよ。
「ん…シロガネさん…おはようございます…」
「おはよ、よく眠れたか?大丈夫?」
「…はい…それはもうぐっすり…って、今何時ですか!?」
「今日は休みだよ。死ぬと曜日の感覚もなくなるから忘れてるかもしれないけどさ」
俺はそう言ってベッドの中でもう一度ヤミカを抱きしめた。滑らかな肌。すらりと伸びた長い手足。細い腰。着やせするタイプの形の良い胸。艷やかな黒髪に意思の強そうな瞳。少し開いた唇。甘い声。吐息。毎朝確認して目覚めるその瞬間が愛おしい。
「ん…変な手付きであちこち触らないで下さいよ。もう朝ですよ?」
「別に休みくらい、昨夜の名残を楽しんだっていいじゃないか…」
「…昨日は死んでから初めて下界に行ったから…ちょっと感情がまとまらなかっただけです…本当に…私のせいじゃないんですよね?」
「あぁ、ヤミカのせいじゃないよ。呪詛はヤミカとマソホちゃんの二人で終わってる。研修生じゃないんだから波紋は起こらないよ」
俺はそう言ってヤミカの頭を撫でた。まぁ、ヤミカにしちゃ衝撃が強かったんだろうとは思う。俺の案件じゃなかったが、俺の回収する魂が近くにいたのが悪かった。なぜならヤミカは生きていた頃の自分の同僚の死を目撃してしまったからだ。
***
そいつとヤミカは別に親しくもなんでもなかった。むしろ一方的にヤミカを妬んであることないことを喋っていたし、何ならヤミカが死んでからも面白おかしく昼食を食べながら話題に出していたから、そんな奴の死に様がどうであっても気にする必要なんかないのに、ヤミカはひどく落ち込んでしまった。ヤミカを呪った張本人は、現代の呪禁師に呪詛返しをされて、今ではすっかり抜け殻のようになっている。お陰で他人を無意識に呪う力もなくなったが、運転手が心筋梗塞を起こして制御不能になったトラックに巻き込まれて死んだヤミカの元同僚は、からかい甲斐のある奴が抜け殻になったせいで退屈を持て余していた。なんだかんだ言いながらもその存在が彼女の生きるエネルギーとなっていたのは何とも皮肉な話だ。その点をあえて、何らかの接点とするならヤミカは影響を与えていた、と言えなくもない。ただしヤミカは一同僚としてしか相手を認識していなかったし、勝手に嫉妬していた奴の死に様なんぞ俺は知ったことじゃないと思った。むしろ相応しい死に方だ。死人の悪口を言うから、こちら側に引きずり込まれる悪運を引き寄せる。俺はベッドの中でヤミカを甘やかしながらそう思った。とはいえ昨日の衝撃的な事件のお陰でヤミカと俺の関係性も一気に進展した。昨夜ついに俺は長い間待った甲斐があってヤミカを抱くことができた。ずっと男性に対する恐怖に耐えていたヤミカがついにそれを手放す決意をしたのだと思った。多分怖がってもいなかったと思う。以前よりも素直になったその身体は柔らかくてとても熱くなっていた。いつもどこかが強張っていたヤミカの身体ではなかった。昨夜の眼差しと声を思い出して俺は柄にもなく少し動揺した。
「痛いところとか…ないか?」
「…大丈夫ですよ。シロガネさん…心配しなくても」
「ヤミカは我慢するからさ。ちょっと聞いてみただけだよ。大丈夫ならいい…」
「それよりも、元婚約者が…クロさんのお姉さんで、シロガネさんを騙して結婚しようとしてたってことの方が…衝撃だったんですけど」
「あーまぁ、もう昔に終わった話だしさ。あいつはもう半分人間の姿じゃなくなってるし…それこそ現世の報いってやつなんだよ。死神ってのはさ、ランクが上がるにつれてその本性が見た目にも影響するようになる訳で…でも、そんな話を打ち明けた後にヤミカは決心したんだよな。俺は正直なところもう少し先になるだろうって思ってたよ…」
俺の腕の中でヤミカは沈黙した。何かまずいことを言っただろうか。
「…違うんです。実は…昨日、出発直前に統括に言われたんです。今のままで現世に出てもいいけど、魂の保証ができないって…さっさとシロガネさんと……ヤれって言われました…それで少し焦っちゃったのも…あります…」
俺は内心でため息をついた。あの死神は親切なのかそうでないのか分からない。第一にして言い方が良くない。俺をなんだと思っているんだ。
「あーなるほどね。何か変だなとは思ったんだけどさ。あの状況で問い詰められるほど、俺も冷静じゃなかったんだよね…据え膳食わぬは男の恥って言うしな…って言い訳だけど。俺は嬉しかったよ。ヤミカが決めてくれて」
ヤミカは腕の中で小さく息を吐いた。胸元がくすぐったい。
「それに徐々に異形化してるとは言っても…元婚約者って縛りは大きいじゃないですか。私は…勝つとか負けるとか…そんなこと考えたこともなかったのに、やっぱり負けたくないって思っちゃったんです。シシュウさんとシロガネさんの関係性を断ち切るくらいの死神になりたいって…なれるかも分からないのに…やだ、恥ずかしい。何言ってるんだろ…」
なんだこの可愛いことを言ってくれる生き物は、と俺は腕の中のヤミカを見下ろして、いや生きてはいない、魂だと冷静に思い直した。確かに俺は一方的にシシュウに縫い留められている部分があった。シシュウの名の如く、一針一針執拗に。けれどもそれすら、ヤミカを抱いた途端にどうでもよくなってしまった。所詮は騙し合う間柄で、あのお腹に宿った子だって本当に俺の子なのかは定かではなかった。ただ本人の言葉によって俺はそう信じたし、その言葉に縛られた。そうやって婚約したのも全ては俺を油断させるためだったとも知らずに。なのに時折何事もなかったかのように訪ねてきてシシュウは俺やクロさんを苛つかせた。しかもシシュウは死んでからハイアオを見つけた途端に呆気なくハイアオの元へと去って行った。自分や弟を呪詛した呪禁師の先祖の元に。結局シシュウは強い呪禁師にしか従わないし愛を求めないのだろう。より強い男に惹かれるのがシシュウの本性だとしたら仕方のないこととも言えた。
「恥ずかしがってるヤミカも可愛いよ…それにもう断ち切れてる…研修生の担当になって個人指導でここまで関わったのは…ヤミカだけなんだよ。俺は見た目が派手だから遊んでるように見られがちだし、実際にそう見えるような言動もするけどさ。俺の部屋のベッドでこんな風に寝たのはヤミカが初めてだ…」
「えっ…?」
顔を上げたヤミカの顔がぱっと赤く染まって、俺はこれは役得だと心底思った。こんなに美しい魂が隣にいて、自分を求めてくれている。これで何も思わない死神がいたら教えて欲しいと思う。昨夜外してお互いの手のひらに乗せたブローチは、まだ枕元に転がっていた。
「そんなこと…言われたら…私、調子に乗りますよ?そのうち彼女面して…シロガネさん…呆れると思います…」
ヤミカは赤い顔のまま額を胸に押し付けてくると、小声でそうつぶやいた。
「調子に乗っていいよ。俺も彼氏面して、クロさんにめちゃくちゃ嫌な顔されるからさ」
俺はヤミカの耳元で囁いた。
***
で?どうするか決まったか?それにしたって、死神の仕事がどんなものか教えてほしいって、現世でやり残した事の代わりにそんなことを根掘り葉掘り聞いてくるあんたも変わってるね。俺は死神生活を満喫してるけど、真面目に魂を回収しに行って魂のカウンセラーみたいに相手して、未練がなくなったら輪廻の輪に入れる…そんな仕事をきっちり繰り返してる死神だっているよ。残業があるかどうか?基本はないよ。基本って言ったのはあくまで、その時に回収した魂の要求によって変わるからさ。未練がましい奴は残業の時間に突入してもずっと泣いてる奴もいるし、アッサリしてるのはさっさと輪廻の輪に入っちゃうし…ん?時間外労働が発生した場合?あぁ、給料に上乗せされてきっちり支給される。死神なのにブラック労働じゃない?ふざけたこと言うなって。当たり前だろ。年中無休でブラックだったら、誰も死神なんかやらないよ。ふーん、本気?ま、止めはしないよ。ただし、俺みたいに女の子と楽しいことができるのは第一階級になってからだ。階級は十三あって、初期の魂は第十階級に相当する。特殊な死に方してたらそのスタートの階級も変動するけどな。あんたの場合は心筋梗塞だから、通常の病死にカウントされる。だから第十階級から始まるよ。巻き込んで人を殺した?ま、そういうことも起こるよ。だけど殺そうと思った訳じゃないし、トラックが暴走したときあんたはもう死んでただろ?あぁ?今度は何だよ、第一階級までの道のりが遠いって?当たり前だろ。そんなに簡単に第一階級になんかなれないから、みんな必死に魂を回収するんだよ。現世にある娯楽の大半はここにだってあるし、何なら未来の物もあったりする…おっとそこに食いつくのか。ま、それは見てのお楽しみだよ。じゃあ、輪廻の輪に入らなくていいんだな?後悔するなよ?ま、明日には死神養成講座に登録しに行くから名前の候補をいくつか考えておけよ?今日は休みなんだよ。名前は必要だよ。漢字?みんな大概カタカナで登録してるよ。俺もカタカナでシロガネだ。サインするのも楽だからな。厨二病みたいに画数多い漢字使うと急ぐとき後悔するぞ?それに考えてないと現世の行いから変な名前にされるんだ。ダイコンになった奴もいる。違うよ。農業の方じゃない。大根役者ってことだな。嫌だろ。死んでも悪口言われてるみたいでさ。そんなに面白いか?笑い過ぎだろ。ダイコンに会っても本人の前で絶対に笑うなよ?まー要するに…そんなに気負うことはないって話だよ、生きてても死んでても楽しんでる奴の勝ちだ。死神の世界へようこそ。これからもよろしくな。




