初仕事
「お疲れ様です、二人とも」
クロさんが疲労困憊した様子の二人に声をかけた。
「なんとか…終わりましたけど…身体が変な感じです…傷を塞いだのにまだ何か残ってるような…」
メイゲツさんがお腹の辺りを触りながら言った。クロさんはしげしげとメイゲツさんを見つめる。
「…それは…訓練の名残と言うよりも、コウギョクさんの感覚を共有しているのかもしれませんね…お二人はパートナーですから、研修生同士でもそういうことは起こりますよ」
「えっ?そ、そうなんですか?」
信じられないといった表情でメイゲツさんは自分の身体を見下ろしてお腹に触れた。
「悪阻の方ではなくて良かったですね。過去に研修生が体験した際に担当の死神が嘔吐してゲッソリしていたこともありましたからね…」
「それは…悪阻の方じゃなくて良かったと言うべきなのか…いや、でもコウギョクは体調が悪くて大変なのに、自分だけ暢気にしていていいのかな、という罪悪感みたいなものもあって複雑です…」
メイゲツさんは申し訳なさそうな顔をした。
「そんな気持ちになる分だけ、メイゲツさんはパートナーと向き合おうとしていると思いますよ。帰りましょうか。コウギョクさんも待っていますから」
「それじゃ、お疲れ様でした!また明日」
タケナワさんが一礼して物言いたげなコウくんを引っ張って車椅子のカサイさんと共に去ってゆく。それと入れ違いにヨルさんが走って来るのが見えた。范さんの隣にいたペコくんがさりげなくこちらに歩いてきて、私の腕にぺたりとくっついた。ペコくんの顔をちらりと見ると少し困ったような顔をしていた。
「なんか…微妙に気まずいです…」
「うん…まぁ…それは分からなくもないけど…最初にしたのは范さんな訳だし…」
私は范さんがヨルさんの頭をポンポンと撫でるのを見ていた。大人の余裕を持って包み込むようなところ、ヨルさんを安心させるのかもしれない。范さんは一礼すると、ヨルさんと共に歩み去る。その姿が見えなくなってから、ペコくんは、ようやく肩の力を抜いた。
「マソホさんは…クロさんが何をしても怖くないんですか?」
「うん…私はクロさんを信じてるから…」
みんなが歩き出したので私もゆっくりと歩き始めた。クロさんは周りを見ながら歩いている。
「早く帰りたい人はアシシさんかメイゲツさんと一緒に帰って下さいね。指導官が不在の場合は鎌の具現化のできる第六階級より上の階級の研修生の同行があれば帰宅が許されています。規定が少し変わりましたからね」
クロさんの言葉にメイゲツさんが手を挙げた。
「コウギョクの様子が気になるので一足先に喫茶店に行きます!一緒に来るならどうぞ」
「あ…!じゃあ僕も!」
ミチくんがコウギョクさんに駆け寄る。他のメンバーは私の歩調に合わせてくれるクロさんと共にのんびり進んだ。
「コウギョクさん…元気ですよね。俺…今日の訓練で疲れちゃって…」
「アシシさんは、波紋の影響もありましたから仕方ないですよ。まだ完全な本調子ではないのだと思います」
肩を回しながら言うアシシさんを見てクロさんは声をかけた。コウギョクさんとミチくんの後ろ姿はすでに小さくなっていた。
「マソホさん、背中に赤い紐がついてますよ?あ、ここにも!」
ミナミさんが取ってくれる。
「クロさんに、ぐるぐる巻きにされたってホントですか?待ってる間に他の死神が話しているのを聞いちゃって…」
「…えぇ、本当ですよ。でも縛った訳ではなく誘拐されるのを防ぐためです。ランクAAの死神があわよくば連れ去ろうとマソホさんのことを狙っているんですよ」
隣でクロさんが答えた。ミナミさんは目を丸くして言った。
「モテるんですね、マソホさん」
「いや…あの…ミナミさん、それは誤解!全然そんなんじゃないので…」
私は慌てて訂正したけれど、ミナミさんの中ではすでにそういう認識で落ち着いてしまったようだった。
「ミナミさんも気をつけて下さいね。研修生の恋人がいる魂に彼が手を出したことはありませんが…私やシロガネさんの周りにいるとその分他の死神に狙われる確率も上がりますから」
クロさんに言われてミナミさんは眉間にしわを寄せた。
「死神どうしも…色々と複雑なんですね…」
「まぁ、そういうことです…」
クロさんは苦笑する。歩いていると突然閉まっている店のシャッターがガラガラと開いて、そこからシロガネさんが顔を覗かせた。
「お、まぁまぁいい位置に出たな」
驚いた私とペコくんの顔を見てシロガネさんはニヤリと笑う。
「…まだその抜け道は機能していたんですね…」
クロさんの呆れ顔にシロガネさんは手招いてヤミカさんとフブキさんを先にこちら側に出した。
「あぁ…やっと帰ってこれた…ん?今っていつですか?」
フブキさんが首を傾げる。
「三人が出発して午前中の講義が終わったところで、お昼を食べに喫茶店に戻る時間ですよ」
クロさんに言われてフブキさんは驚きの表情になった。
「えっ?まだ昼にもなってないんですか?」
「だから言っただろ?向こうとこっちとじゃ、まんま同じ時間が流れてる訳でもないんだって」
シロガネさんは最後に出てシャッターを閉めるとヤミカさんの肩を抱いた。ヤミカさんはどこか元気がないように見えた。
「ヤミカさん、どうしたの?」
私が声をかけるとヤミカさんは無言のまま私に抱きついてきた。
「…マソホ…疲れた…」
私はヤミカさんを抱きしめながら困ってシロガネさんを見上げた。
「うん…ちょっとね。あっちで色々あって…とりあえず魂は無事に回収したから、今は少し俺の中で休んでもらってる」
シロガネさんはそう言って歩き出す。
「ごめんねマソホちゃん、ヤミカと一緒にいてやってくれるかな。俺はちょっと手続きやら何やらあるからさ、早く帰って休んだ方がいいと思うし」
「ゴメンね…マソホ…」
シロガネさんはクロさんが頷くのを見て歩み去る。一瞬の間にヤミカさんの紐がクロさんに引き渡されたのが見えた。
「ヤミカさん、行きましょうか。フブキさんもヤミカさんも初仕事お疲れ様です」
フブキさんはいつもと変わらない様子でミナミさんと会話していて、ヤミカさんとの間には温度差が感じられた。
「シロガネさんは回収した魂と対話する時間が必要になります。ですから、少しその間は私とマソホさんがヤミカさんと一緒にいますから、その間に今日感じたことなど…何でもいいので、話してしまって構いませんよ。溜め込むほうが身体に良くないですから」
クロさんは、ヤミカさんに告げた。ヤミカさんは小さく頷いてなぜか私と手を繋ぐ。繋いだ手からヤミカさんの動揺が少し感じられた。
「後で…話…聞いて」
ヤミカさんが小声でつぶやくのが聞こえた。
「うん、分かった」
私は頷いて、少し繋いだ手に力を込めた。




