本心を暴く
ヨルはぼんやりと目覚めたばかりだった。隣には范がいて目が合うと微笑んだ。ヨルはとうとう自分がこちら側の人間だったことを認めない訳にはいかなくなっていた。昨夜は色々と恥ずかしい内面を彼に全て暴かれてしまった気がした。范はヨルの頭を撫でた。
「別に自分の性癖をことさら卑下することはありませんよ…むしろそれを隠して死神になる方が後々困ったことになります…今のうちに現世でやり残したことを解消しておけば、悪魔に狙われる確率も下がります…で、大人の階段を上った感想はどうですか?」
顔を覗き込まれてヨルは赤くなる。
「す、凄く…良かった…っす」
ヨルは途切れ途切れに言った。会ってすぐの死神とそんな風になっている自分はどこか感覚がおかしくなってしまった気もしたが、よくよく考えるとアシシもそうなのだった。不意に胸の奥がチクリと痛む。ヨルはその痛みを無視しようとした。
「そう?なら良かった。これからしばらくの間は君の欲求に応じます…ルームサービスのモーニングを食べたら午前中は養成講座に行きましょう。午後からは再び私の個人指導です…」
「…個人…指導?」
「そうですよ。恋人の疑似体験と呼ぶ死神もいます。君は現世でそれを体験しなかったのでしょう?人生の大半を大好きな人の隣で過ごしながら…何もせずにただ彼を見ていた…」
ヒュッと喉の奥で変な音が鳴ったことにヨルは、気付いた。すでにこの死神は見抜いていたのだと気付く。瑞雪に聞かれたときは咄嗟に否定してしまった。自分はどちらでもいけるから大丈夫だと言った。瑞雪くらいに美しい人なら大丈夫だろうとヨルは高を括っていた。自分自身のことを一番理解できていなかったのは自分だった。瑞雪にとても悪いことをしてしまったと思った。ヨルはキスしかできなかった。
「君が一番抱かれたい人は、ノーマルで君のことをそういう対象としては見ない…彼と事故で死んだ日に君が思ったのはまるで心中みたいだ…という感想だったんですね…好きな人と死ねて幸せでしたか?でも残念ながら人生はそこで終わっても魂にはその続きがありました…そこが君にとっては誤算だった…アシシの好きなアイドルを好きなフリまでして…結果君にまで波紋が広がって…それでもアシシは君の思いには気付かない…それは死んでも絶対に言わない選択を君がしたからです…言って困らせるくらいなら言わない方がいい、と。君は本当に可哀想な子ですね…そして君が罪深いと思っている願望も私は叶えることができるんですよ?」
目の前の死神はそう言うとみるみるうちにアシシの姿に変わる。ヨルはただ呆然としてその姿を見ていた。
「なんだよ、お前…俺のこと…好きだったのか?早く言えよ」
ヨルの頬に触れてアシシはいつものように笑う。
「俺の方が先越したから怒ってんの?」
アシシはそう言うとヨルにキスをする。ダメだ、こんな願いを叶えてはいけない、と思う自分とこれは都合のいい夢だから大丈夫だと思う自分とが葛藤する。その間にも両手の指が絡まり、まだ裸のままだったヨルの身体にアシシが覆い被さる。
「抵抗するのしないの、どっち?別にどんな姿の誰としようが変わんないよ」
流されかけたヨルは思わず叫んだ。
「アシシはそんなこと言わねーよ!!」
渾身の力で相手を跳ね除けたヨルに向かってアシシは面白そうに笑った。笑いながら姿が戻ったところでルームサービスが届く。乱れたバスローブのままドアを開けた范を見て食事を届けに来た女性が顔を赤らめるのが見えた。ヨルは慌ててベッドに潜り込む。ワゴンを押して戻ってきた范は、丸まって隠れているヨルから布団を剥ぎ取るとお尻をパチンと叩いた。いい音が鳴る。
「バスローブくらい着たらどうです?その格好でいたらまた襲ってほしいのだと勘違いしそうになりますよ?」
そして何事もなかったかのように涼し気な顔をしている相手をヨルは恨めしそうに見た。言われた通りにバスローブを羽織る。動くと身体が痛かった。猛烈な違和感に襲われる。
「痛いですか?そのうち慣れますよ。大丈夫です。リアルな方がいいと言うから痛みを消さなかったのですが…講義にも差し障りがありそうなら少し後で軽減しましょう…」
范はそう言うと微笑んで珈琲を一口飲んだ。
「…シロガネさんの店の方が美味しいですね…ま、それでも第三階級のエリアにしかない現世を再現したホテルですから…仕方ないですね」
ヨルは珈琲を一口飲む。そういえばシロガネの店ではお酒は飲んでいても、朝に珈琲を飲んだことはないと思った。普通に飲める珈琲だ。
「君は変なところで律儀にモラルを守ろうとするんですね…そういうところも可愛いですが…担任の先生の顔を使うのには抵抗ないんですか?」
「……だって…本当に…顔は好みだったし…それに…リアルな知り合いの方が…アシシだって信用するんじゃないかって…」
「そうですね…確かに彼は信用したと思いますよ…」
彼はそう言ってロールパンを食べる。ヨルはスープを飲んだ。
「君がそれで辛くないなら別にどの選択をしてもいいのですが…君はわりと酷いことをされても平気なのが…私としては少々危うい感じがしますね…」
「えっ…?」
「無自覚ですか?やれやれ」
アシシの姿で襲おうとした相手から逃げもせずに向かい合って大人しく朝食を食べるヨルを見て范は、ガサツなのか繊細なのか分からないと思った。アシシではダメで、元担任なら受け入れるところも范に言わせるなら理解し難い。自分ならいっそのこと赤の他人の方がマシだ。確かに整ったこの姿は男女関係なくモテそうだし、真面目そうな男の夜の顔を知る背徳感のようなものは味わえるのかもしれない、と彼は考えた。その間にものすごい早さで完食していたヨルは上目遣いにまだ食事中の范の顔を見ていた。
「どうかしましたか?」
「食べ方までなんかエロいなって思っただけっす…」
「そんなことは初めて言われましたよ…君がそういうことを考えているからじゃありませんか?」
范はやや意地悪な言い方をする。ところが、ヨルはやや顔を赤らめると目を逸らして両手で顔を覆った。
「そうっすよ!ずっと…昨日のこと…思い出しちゃって…范さんの手すらまともに見れないんすよ…」
范は思わず笑ってしまった。そういうところは純粋だ。いちいち赤くなるところも。
「食べ終わるまで待って下さい。朝一の講義が始まるまでにはまだ余裕がありますから、昨夜の続きの指導をしましょう…」
ヨルは今度こそ真っ赤になる。范は残りの珈琲を飲み干して笑った。
***
朝食後にミランさんが訪ねてきた。どうやら喫茶店で過ごすメンバーと受講するメンバーとをクロさんと分担するらしかった。
「じゃー発表するわね。今日はツブシちゃんとコウギョクちゃんが私と留守番ね。シロガネちゃんと下界に行くメンバー以外は、クロガネちゃんとハランと一緒に講義を受講しに行ってちょうだい」
「マソホさんは講義を受講しましょうか。聴講するだけですから大丈夫ですよ」
クロさんに言われて私は頷く。
「分かりました」
コウギョクさんは大丈夫だと言ったけれど、ミランさんが頷かなかった。
「ダメよ。今日からどんどん大きくなるんだから、ただでさえ今は性別を変えているあなたの身体には大きな負担になるのよ」
「分かりました…」
「そうだよ、コウギョク!無理しちゃダメだってば」
「アシシさんとメイゲツさんは、子どもたちと一緒に先に行っていてくれますか?マソホさんはゆっくりしか歩けないので」
「…ハラン…その格好すると、本当にパパみたいよね…」
ミランさんがフフッと笑う。するとハランさんはふわりと微笑んで言った。
「兄さんはいつも、ママみたい。年々似てくる気がするよ」
「兄さん!?」
「えっ?」
周りにいた死神以外の全員が声を上げた。
「あら何よ、私に兄弟がいたらおかしい?」
ミランさんはニコリと笑う。
「私たち…なんだかんだ言っても…仲は良いのよ?ふだんは別にアピールもしないけれど…死神になる前の血のつながりに拘るのは…むしろ仲が良くない血縁関係の方だったりするわね」
私は思わずヒサメさんとササメさんのことを思い出してしまう。ヒサメさんも自分のことを言われたと思ったのか、大きなため息をついた。
「ミランさんさぁ…昨日の夜の話を蒸し返さないでよ」
「別にあなたのことを言ったんじゃないわよ。他にもいるじゃない。仲の悪い兄弟なんて…あちこちに」
「あーハイアオとアサギ…」
言いかけたヒサメさんは慌てて口を押さえる。近くにいたシロガネさんがヒサメさんの額をちょんと突いた。
「その名前を呼ぶなよ。本人の目の前で言ったらブチ切れるどころじゃ済まないよ?今となっちゃ血が繋がってたってことすら否定してるからな。ま、本妻と妾だから、半分ってとこもあるし…一緒にされたくないのも分からなくはないけどさ」
今名前の出た死神はいったい誰のことだろう、と私は思った。




