死神と天使
その頃私はクロさんとコウギョクさんと共に病院にいた。前回、ハランさんが他の死神と口論になったせいかコウギョクさんはどこか落ち着きなさそうな表情をしていた。クロさんと並んで座っていると私よりもお腹の大きな妊婦を連れた死神が入ってきた。ハランさんの顔が強張るのが分かった。
「あれあれー?今日はハランじゃないの?へぇ…こことも交流あったんだ…呪詛とセクシャルマイノリティが仲良しごっこ?少数派は少数派とつるむって訳かぁ」
セミロングの茶髪の妊婦の研修生は私よりは歳上のようで、ちらりとこちらを一瞥したが何も言わなかった。
「こんにちは。ナガレさん」
クロさんは穏やかな表情で挨拶をする。ナガレさんと呼ばれた死神は唇のピアスをペロリと舐めた。耳にも複数のピアスが開いている。何だか言葉の端々に悪意がある。私はナガレさんのどこか獣のような瞳を見てそう思った。ナガレさんは研修生の妊婦の身体を後ろから抱きしめてまるで見せつけるように愛撫し始める。お腹の中のシラタマが暴れた。
「それにしても…クロさんって、こういう清楚系がタイプだったんだね。意外…!」
ナガレさんはそう言うと片手の先を瞬時に鎌に変えた。私は反射的に鎌を出してお腹を庇ったはずだった。私の両手からは鎌ではなく幅の広い中華包丁が出ていた。お腹をガードできて攻撃も可能なものを咄嗟に想像したせいだ。結果随分と妙な見た目になってしまった。私の方目掛けて振り下ろされた鎌の手は、すでにクロさんの鎌が防いでくれていた。鋭い金属音が待合室に鳴り響き周囲にいた妊婦が悲鳴を上げる。
「ナガレさん、ここは…死神になりたい魂のみが利用している場所ではないんですよ?我々は鎌を振るいますが皆が皆それに慣れている訳でもありません。何より胎教に良くないです。みなさん、お騒がせして申し訳ありません」
クロさんが静かに告げた時だった。ガラリと背後でドアの開く音が聞こえた。
「コラァ、ナガレ!!営業妨害は止めろと何回言えば分かるんだ、このボケェ!!」
突然開いたドアの中から、白衣を着た医者と思われるやけにガタイの良い人物が現れた。けれども彼の顔を見て、ここは本当に総合病院の産婦人科なのだろうかと私は疑いそうになる。なぜならその医者は片目に海賊のような黒い眼帯をつけていて、頬には深く長い傷跡が三本もあった。むしろ後ろ暗い患者を診る闇医者の方がよほど相応しい見た目だ。それに口も悪い。彼が首から下げていた聴診器を振るとそれは、巨大なメスの形になった。鎌だと分かる。彼もまた死神なのだ。擬似的な出産を司る医者が死神というのはどこか皮肉のような気がした。そうだ、私は一度死んだ魂を死んだまま生むのだと再認識させられる。
「お前、二回目だぞ。ミランに絡むのは止め…って、はぁ!?クロ先生じゃないですか!!」
医者は突然居住まいを正すとクロさんに向かってすっと頭を下げた。
「先生…だから、私さっきからミランさんじゃないって言ってますよ?先生、私の話全然聞いてなかったでしょう。コウギョクさんを一緒に連れてきてくれたんですってば」
診察室の中からひょこりと美少女が顔を出す。高校生のミナミさんと変わらない年齢に見える看護師は、はぁぁと大きなため息をついた。
「研修生のウミさんには気の毒だけど、ナガレが来る度に待合室が荒れるんですから、もう出禁にしちゃって良くないですか?第五階級のC地区にも産科医ならいますから、そちらにちゃっちゃと紹介状書いちゃいましょうよ。特別区のクロ先生に絡むなんて百年早いんですから!ウミさんも、こんなクソ雑魚兄貴のどこがいいの?私からしたら趣味が悪いとしか言いようがないんだけど…」
「おいっ…ミチヒキ…そんな言い方はないだろ。だってこうでもしないとお前、俺には会ってくれないだろ…?」
「そういうシスコン全開の発言するからキモいって言ってんの。私に会うために擬似的な妊娠を希望する研修生の担当ばっかり引き受けるとか本末転倒!!マジ病んでる!ウミさん、クロハツ先生を希望するなら、担当の死神を変更して受診して下さい。じゃないとこいつの業務妨害で毎回診察も滞るから」
美少女看護師の言葉に女性は困ったような微笑みを浮かべた。
「ごめんなさい。でも私、この人のしょうもないところ、けっこう気に入ってるの。だから大人しく転院するね」
「ウミさん…亡くなってまでホントしょーもない男に引っかかんないでよ。クソ雑魚兄貴!分かったならさっさと帰れ!」
ウミさんと呼ばれた茶髪の妊婦はナガレさんの頭を撫でた。ナガレさんは何とも言えない表情をして押し黙る。私にはその姿がどこか母と駄々をこねる子どものようにも見えた。どちらが死神なのか分からない。
「ナガレさん、帰ろ?みなさん、すみません、お騒がせしました」
茶髪の妊婦は頭を下げると、ナガレさんの手を引いて歩き出す。慌てたようにナガレさんが声を上げる。
「ちょっ…ウミさん…!!」
「ミチヒキさんを救えなかった負い目があるのかもしれないけど…ほんとにそろそろ妹離れした方がいいと思うよ?他人のあたしなんかに言われたくはないだろうけど…」
ウミさんが小声で言うのが聞こえた。
「次の方…コウギョクさん、付き添いの死神も入れますけど、クロ先生どうしますか?マソホさんは中待合にどうぞ」
看護師の美少女の声が響く。
「コウギョクさん、どうしますか?」
クロさんが尋ねると、コウギョクさんは少し照れたような顔付きで言った。
「すみません…不安なので…入ってもらってもいいですか?」
「えぇ、分かりましたよ」
後に分かったことは、生前の病院と少し違うのは診察の際にも担当でなくとも同行の死神は診察室の中に入ることも可能だということだった。コウギョクさんはしばらくすると恥ずかしそうな顔をして出てきた。それでもどこか嬉しそうだった。開いたドアからクロさんが顔を出す。
「マソホさん…」
「そのまま…いて下さい…」
「はい…分かりました」
クロさんが微笑んで待つ診察室に私は入る。ドラマで見たような場所とは違って私が椅子に座ると、モニターにお腹の中が映し出された。すぐに胎児の形が目に入る。シラタマはぐるぐると動いていた。
「…やっとこの子も受け入れられたって訳ですね。しかも生まれ変わった同じ母親に…」
私は一見すると怖そうなクロハツ先生が感慨深そうな表情で私を見ていることに気付いた。それでも何だか矛盾した発言だと思う。
「あの…私…生まれ変わってもう死んじゃってますけど…」
私が口を開くと、クロハツ先生は目を丸くしてそれから豪快に笑った。笑うと途端に優しい顔になる。
「いやぁ、こりゃ参ったな。その通りだ。それでもシラタマは喜んでいるだろう?元気に動き回るのは喜んでるんだよ。問題ない。このまま順調に育てて産んでやってほしい」
「はい分かりました」
「クロ先生…やっと再会できたんですね。いやぁ、長いこと冬かと思ってましたが、クロ先生にも本当の春が来ましたねぇ…ところでクロ先生は病院には戻らないんですか?」
「クロハツ先生…!診察中に勧誘してどうするんですか!」
「いやぁ…ホラ、私もクロハツって名前でクロがつくじゃないですか。すると、いつの話を聞いて来たんだか、産婦人科には誠実そうな優しい先生がいるって…クロガネ先生の方に診察してもらいたくってわざわざものすごい遠くから来る魂が未だにいるんですよ。で、結果…分かるでしょう?私が出たら詐欺だって騒がれてしまいましてね…クロ違いってやつですよ」
クロハツさんは頬の長い傷跡を撫でて笑った。私がその傷を見ていると、クロハツさんが面白そうに言った。
「あぁ、これは悪魔にやられたんだ。悪魔のつけた傷は自分の意思じゃ消せなくてね。片目も抉られて飲まれた。あのときクロ先生やシロガネさんがいなかったら、多分私は今ここにはいないと思うよ…」
「その目は…」
「…未だにその酔狂な悪魔が食わずに保有している。ここにくっつけて…時々見せてくる…」
クロハツさんは額の真ん中を指差した。
「…ですからクロハツさんは下界に行くことを禁じられて私と交代したのです。その悪魔が接触してくる可能性が高いですから」
「そうですよ!ダメですからね?私が許しません!!」
「彼女は看護師兼クロハツさんの監視と護衛を務める天使のような存在です」
「えっ!?て、天使なんですか!?ミチヒキさん…ではないんですか?」
看護師の美少女は微笑んだ。
「ここでの身分はミチヒキってことになってるわ。でも私はかつて存在していたミチヒキの魂のフリをしているだけ。天使のときの名前は明かさないわ。そういう縛りがあるから。でも実際には天使でもないわね…」
「どういうことですか…?それに…ナガレさんはこのことを知っているんですか?」
「当然じゃない。ミチヒキは目の前で悪魔に引き裂かれたんだから。だからあの子は執着してるのよ。残った半分を私は悪魔に渡さなかった…ミチヒキの記憶の半分を私は所有している。特別区の死神のクロガネ先生とその伴侶の魂なら大丈夫でしょ。私も悪魔との戦いでそのとき半分を失ったの。ミチヒキと私の残りをクロガネ先生が呪禁師として医師として…その両方の力を使って縫合した……天使と死神のハーフ&ハーフって訳ね。日本の術師って怖いわね。二つの性格を持つ魂を破綻することなく混ぜてしまうんですもの。でも調子はとってもいいわよ?死神は人間らしい欲望もあるから興味深い変化ね」
楽しそうに笑って看護師姿の美少女はクロハツさんの頬の傷跡に触れた。クロハツさんは少し困ったような顔をした。
「マソホさんは、この話を聞いてもクロ先生のことを怖がらないのね。何度も伴侶になれる魂だからなの?怖くないの?」
私はクロさんを見上げる。クロさんは少し困ったような顔をしていた。
「魂の半分を失うと…どうなるんですか?」
「そうですね…自我を保てなくなり…時間の問題ですが最終的には消滅してしまいます…それは天使も例外ではありません」
私は考えた。消えてしまうのはさみしいし怖い。
「消える不安を抱えたまま少しの間存在するよりは、混ざってでも消えずに存在していて欲しいと…私は思います。それは残される側の感情かもしれませんが…。だからクロさんが呪禁師でも医師でも私は怖くはないです。ミチヒキさんは…後悔してますか?」
美少女は目を見開いた。そしてニコリと笑う。
「…いいえ、消えたくなかった。私もミチヒキも手を取り合って…一つになる道を選んだの。だから後悔はしていない」
「それなら…クロさんの選んだ手法がどのようなものであれ…結果としては良かったのだと思います。本人の意思を捻じ曲げるような結果に結びつかない限りは…私はクロさんのことを怖いとは思いません…」
私はミチヒキさんの美しい顔を見ながら言った。私はクロさんを信じる。そう思った。




