白蛇心中
監禁部屋にユウガオと一緒に入ったクチナワは首輪をつけたユウガオが犬のように手と足を使ってドアに駆け寄るのを見ていた。ユウガオは扉に力任せに体当たりをする。繰り返すのを見ていられなくなったクチナワは仕方なく首輪の鎖を引いた。
「止めるんだ」
「身体…勝手ニ…動ク…」
クチナワはユウガオの鎖を握ったまま、背後から抱きしめた。それでもユウガオは暴れて逃れてドアに向かって再び体当たりをする。何度も何度も。乱れた髪の間から血が飛び散った。
「開かないよ」
ユウガオの頭からは血が流れてすでに顔が腫れ上がり始めていた。このままではまずい。今ユウガオは研修生ですらないのだ。そのうち魂までがバラバラになる。何かの役割を与えなくては、とクチナワは瞬時に考えを巡らせた。
「ボロボロじゃないか。あぁ…あんまりやりたくないんだけどなぁ…仕方ないな…僕に付き合え」
クチナワはもう一度鎖を引いて今度は向かい合わせにしっかりとユウガオを抱きしめると囁いた。
「お前と心中の真似事をするのも悪くはない…」
クチナワはすらりと日本刀を引き抜くとユウガオの身体に一気に突き刺した。やがてそれはクチナワの身体にも刺さり背中から刃が飛び出る。クチナワはようやく満足そうな顔をした。ユウガオの口から滴る血を拭ってクチナワは唇を重ねる。これで一応役割は与えられた。
「痛いな…ま、痛いと思うから痛いんだよな…これは抜けないよ。俺の意思で…抜けないようにしたからな…まるで心中するみたいだろ…気分は案外…悪くはないな…」
クチナワはユウガオの額の傷に触れる。ゆっくりと撫でて傷を消してゆく。
「今は痛いけど…痛いことのない日が来る…とりあえず…走って出るな…今日みたいな夜は特に…」
クチナワはユウガオを抱きしめる。
「痛イ…デモ……違ウ……好キ?」
「ん?意味分かんないよ。痛いのが好きなのか?違うか…」
「私…クチナワ…好キ…」
クチナワはため息をついた。それは過去に何度もハイアオに無理矢理言わされていた言葉だ。クチナワが好きだと言えと。ハイアオに愛されたいユウガオにそう言わせて彼はユウガオを泣かせた。ユウガオの目の前でシシュウを愛しながら。他の犬と化した研修生の魂は、どんどん崩れて消えていったがユウガオはしぶとく残った。そのうちユウガオの目はクチナワを捉えるようになっていった。彼に好かれようとして甘い声で鳴く。ある日訪ねるとハイアオが部屋にいなかったので、うっかりクチナワはその喉の下を撫でてしまった。それをシシュウに見られていた。当然のようにハイアオに知らされて、クチナワは罰としてユウガオを抱くように命じられた。醜い姿でユウガオに絡みつくクチナワを見てハイアオとシシュウは嘲笑った。最悪な気分だった。クチナワはその記憶を胸の奥底にしまい込むと、ユウガオの頭を撫でた。
「簡単に好きになるなよ。気紛れに拾っただけだろ。僕は半分蛇だ。しかもこの下半身は嫉妬深い雌の蛇…」
蛇の下半身がユウガオに巻き付く。けれどもユウガオとクチナワをその蛇の下半身は守るかのように互いが離れないように更にしっかりと巻き付いて一つにした。いつもなら引き剥がそうとする頃合いだ。だからビラビラした服の女とは結局別れてしまった。そういえば最初からユウガオのときはこうやって巻きついていたとクチナワは思い出して首をひねった。
「ん?…いつもは、女とこんな風になったら大概邪魔をするのにな…ユウガオならいいのか?」
少しいい雰囲気になったのかと思ったところで、小さな配膳口が一瞬だけ開いておにぎりとうどんが差し入れられた。すぐにそこも施錠された気配がしたが、その前で気配が止まった。
「んー?蛇のお母さん、もしかして置いていっても食べられない感じ?」
その声はシラタマだった。
「お母さんじゃねぇよ!!」
思わず柄にもなく突っ込んでしまってから、クチナワは不本意そうに言った。
「…子どもなら手伝えよ」
「もう、仕方ないなぁ」
どこか嬉しそうに言いながら鍵が開いてシラタマが配膳口から小さな白蛇の姿で入って来る。
「終わったら呼んで下さいよ」
クロガネの声が聞こえて鍵が閉まり足音が遠ざかる。シラタマは少年の姿になって二人の姿を見つめると盛大なため息をついた。
「心中ごっこしてたの?激しいなぁ、もう…ご飯食べるのに床までこんなに血塗れだし…ま、いっか」
シラタマはおにぎりと少量のおかずの入った皿を持って近付いてきた。クチナワは蛇の下半身が巻き付いた間から片手を出しておにぎりを皿から取った。シラタマはうどんをお玉の上に取るとユウガオの口に運ぶ。
「僕はシラタマ。クチナワさんの下半身の蛇が僕のお母さんなんだよ。その卵の中にいた蛇の形をもらって、少し前まで式神をやってたんだ。その後、擬似的出産体験で生まれる体験をして輪廻の輪に入るつもりだったけど、やっぱり止めてここにいるの。だからクチナワさんとこの先仲良くするつもりなら…ユウガオさんも僕とは家族みたいなものになるってことだと思うよ?」
シラタマはニコニコしながら、慣れた様子でユウガオにうどんを食べさせる。自分よりもスムーズなことに、クチナワはフンと不服そうに鼻を鳴らした。
「なんでそんなに食べさせるのがうまいんだ?」
「え?そうかな?うーん…お父さんが一時期病院勤務だったときに、たまに手伝ってたからかな。擬似的出産で入院してる間にやっぱり辛すぎて途中で止めたいって思う人もいるからさ。そういう人にご飯食べさせたりしてたの。最初に言われてるのにさ、始めたら絶対に途中で止められないって。お母さんも辛そうだったけど、でも止めるなんて一言も言わなかったよ。だから僕は安心してお腹の中に入っていられた…お母さんの中は落ち着くし…気持ち良かったよ」
シラタマは喋りながら程よいペースでユウガオの口にうどんを運んできれいに完食させた。
「これ…痛み止め…飲む?それなり効くよ?飲まないよりは」
シラタマはユウガオの口に錠剤を入れて水を含ませる。ユウガオは大人しく従っていた。しばらくするとユウガオは唐突に眠ってしまう。
「…おい、シラタマ、何飲ませた?」
「うん?少し大人しくさせる薬だよ。お父さんが飲ませろって。クチナワさんも地下清掃で体力を使ってるから少し休ませた方がいいからって」
「……気が利くというか…相変わらずお節介な奴だな…」
「ねぇ、クチナワさんだって孤独でいたい訳じゃないでしょ?別に下半身が蛇だって特別区は気にしないよ?もっと人と関わればいいのに。あ、でもいきなり斬ったらダメだよ?お母さんやヤミカさんなら反応できても、他の人は無理だからね?」
「…クロガネは…マソホに斬り合いの練習をさせたのか?」
「うん、たくさんやったよ。首を落とせるまでね」
「はぁ…言ったってマソホは第五階級だろ。いくらベニの半分だからって…相変わらず徹底してるな」
「そりゃあね、二度とハイアオに取られたくないでしょ。僕だって嫌だよ。あんなのは。マソホとヤミカと二人になっちゃうなんてさ。だから魂として薄いから生まれ変わったのに、すぐに二人とも殺されちゃった…あんな死に方…やり切れないよ」
「あぁ…だな。嫌な世の中になったもんだよ。生まれ変わろうと思いたくなくなる…」
「ん?他人に興味ないのに、二人の死に方は把握してるんだね?クチナワさん」
クチナワはシラタマの言葉に嫌な顔をした。シラタマはクスクスと笑う。
「だって僕は呪禁師で死神のお父さんの息子だよ?人の話はちゃんと聞いて判断することにしてるんだ」
「そうかよ…」
クチナワはおにぎりとおかずを食べ終わっていた。おにぎりは握りたてなのか、温かくて美味しかった。ところが、どういう訳かクチナワまで眠くなる。
「お前…何…盛った?」
「ん?大丈夫だよ。後はお父さんがやってくれるから、安心して寝てていいよ。悪いようにはしないからさ?」
シラタマはクチナワの頭を撫でた。触るなと言おうとしたのにクチナワはそのまま意識を失う。
「お父さん、終わったよ?」
ドアが重々しい音を立てて開き、中にクロガネが入ってきた。クロガネは少し眉をひそめて、床や部屋に飛び散った血を集めてそれぞれの身体に戻す。シラタマは蛇の下半身を撫でながら外していた。蛇の部分は意識があるのか時折シラタマに絡みついて尻尾の先でシラタマの頬を撫でる。
「お母さん、大丈夫だよ。うわっ…ほんとに刺してる」
蛇の身体で見えていなかった日本刀が二人の身体を貫いていた。クロガネが日本刀に手を当てると、抵抗するようにそれは震えた。何度も繰り返してようやく日本刀が消える。クロガネはユウガオとクチナワをベッドの上に運んで寝かせると赤く長い布を取り出して二人の手首をその布で縛り合わせてから布団をかけた。
「これで、朝までぐっすり眠れるはず…床の上では身体が疲れるだろうからね」
「ねぇ、クチナワさんって、本当は優しいよね?たまに非常識だけどさ。誤解されやすいし」
シラタマが笑う。
「そうだね。優しさを見せるのが苦手なんだと思うよ」
クロガネは眠っていると更に年齢不詳になるクチナワの顔を見下ろす。蛇の下半身が動いてするするとユウガオに絡まった。その下半身にクロガネはそっと手を触れる。
「二人をよろしくお願いします」
クロガネはそう告げると、シラタマを連れて部屋から静かに出て行った。




