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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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蛇とロリータ

 私はそのときランチを食べ終わって片付けを手伝っているところだった。バタンとドアが少し乱暴に開いてクチナワさんが入ってきた。私はドキリとして身構える。けれどもクチナワさんの抱えたものを見て私は一瞬、この死神は何をしに来たのかと訳が分からなくなってしまった。ボリュームの多いレースのフリルに包まれた何かをクチナワさんはとても大事そうに抱えていた。


「…何の用ですか?」


 私は動揺を隠そうと思わず口に出して冷たい声で言ってしまい、私の後ろからシロガネさんが吹き出した音が響いた。クチナワさんは唇をへの字にして、私の後ろのシロガネさんを睨んだ。


「拾ってきたんだ。何か食べさせて欲しいんだよ。僕の家にあった物は食べられなかったんだ…だから…笑うな!失敬な奴だな!シロガネ!!」


「あーすいません。いやいや、こんなにおもしろかったのは何年振りだろうなぁ…」


「シロガネさん、笑い過ぎですよ。あの…この可愛らしいフリフリのワンピースが誰の趣味なのかはお聞きしませんが、こちらの方はどなたですか?」


 クロさんの言葉にクチナワさんはしぶしぶながら口を開いた。


「……ハイアオんとこに閉じ込められてた…ユウガオだ…犬だったときはヌイって呼ばれてたけどな…見た目もだいぶ変わってて分かんないだろ。仕方ないだろ!家に…元カノの服しかなかったんだよ!」


 私はクチナワさんに甘めのロリータファッションを好む彼女がいたことにものすごく驚いた。蛇とロリータ、隣に並べるとなかなかに破壊的だ。


「……ユウガオさん?」


 クロさんが首を傾げてハッとした顔に変わる。


「は?ユウガオって…あのユウガオ??嘘だろ」


 シロガネさんの言葉にクチナワさんに抱きかかえられたユウガオさんは両手で顔を覆った。


「ミ…ナイ…デ」


「…あーなるほど…マジで、あんなとこにいたのかよ…はぁ…思いっ切り同期じゃん。それで食べ物って、今まで何を食わされてたかにもよりますよ。師匠」


 最後の方は少しわざとらしくそう呼んだシロガネさんの顔をクチナワさんは睨んだが、不服そうな顔付きのまま言った。


「地下清掃の元人殺しが食べてる物と同じだよ…」


「あぁ…あれですか。それですと…しばらくは慣らしの期間を入れないといけませんね…少しお待ち下さい」


 クロさんはお椀を取り出すと、懐から小瓶を取り出して何かの粉末を中に入れた。そうしてお湯を沸かしてから注ぐ。


「三分待ったら食べさせて大丈夫です」


「カップラーメンかよ」


 クチナワさんの言葉にクロさんは微笑んで首を横に振った。


「違いますよ。これは赤ではありませんが…あれと少し似た成分で構成されています…が、地下の食べ物ではありません。式神にする魂を捕まえるときに餌に使ったりもしますが、安全です。しばらくは…ま、うどんを食べているとでも思って下さい。気の持ちようですから」


 三分後には本当に素うどんが出来上がっていた。薄いだし汁の中のうどんは私にも美味しそうに見えた。私はユウガオさんの前にお椀を置いた。


「どうぞ」


 クチナワさんはフリルの多いワンピースに包まれた若い女性に、うどんをすくい上げるとれんげの上で少し冷ましてから口に運ぶ。私はそんな風に甲斐甲斐しく誰かの世話を焼くような人ではないと思っていたから仰天してしまった。それまで黙々と皿を拭いていたヤミカさんも、それを見て皿を落としそうになる。慌ててキャッチしたシロガネさんは相変わらずニヤニヤしている。口元が緩みすぎだ。


「なんだ!こっちを見るな!仕方ないだろ!指も使ってないから動かないんだ。スプーンすら持てない」


 女性の髪は白い。瞳の色は薄い灰色なのか、角度によっては銀色にも見える。そして透けるような白い肌をしていた。人というよりもまるで良く出来た人形のように見えた。小さな口がうどんをすすって、ゆっくりと咀嚼する。食べながら女性が泣き出してしまい、クチナワさんが慌てた。


「いちいち泣くな!たかが食事だろ!ったく…なんで僕がこんなことを…」


 口では文句を言いながらも、クチナワさんは一口ずつうどんを食べさせて、少しホッとした顔をした。


「あーこれなら食えるのか…お粥もダメでどうしようかと思ったんだよ…ここまで進行してる奴の面倒は見たことがない…そもそも…意思が残ってたのが…奇跡だ…」


 クチナワさんはどこか疲れた様子で言った。シロガネさんに渡されたので私は、ストローの入った方のコップをユウガオさんの前に置いて、クチナワさんの前にはアイスティーを置いた。


「どうぞ」


 そのとき女性が私の顔を見た。私は遠い記憶のどこかでこの瞳を見たような気がした。


「……ベニ…?チガ…ウ?」


 私は慌てて背後のヤミカさんを手招いた。ヤミカさんは恐る恐るやってきて私の隣に並ぶ。


「私たちは…元はベニだったの。今は…私はマソホで、こっちはヤミカ…それぞれ別の人格…二つに引き裂かれて輪廻の輪に放り込まれたから…」


 ユウガオさんはなぜかとてもショックを受けたような表情をした。


「ユウガオは俺たちやベニの同期だったんだよ。痛みの訓練なんかもたまに一緒にしたこともあったし…そのせいなのか…急に…ハイアオに狙われた…止めとけって言ったのに、ユウガオはハイアオの元に去った…シシュウが何か余計なこと言ったのかもしれないけどさ…」


「ゴメ…ン…」


 ユウガオさんが何かを言いたそうにしたけれども、その後の言葉は出てこなかった。


「あー、言うこと聞いときゃ良かったってさ。ま、仕方ないだろ。そのときはそんな風には思えなかったんだから…まさか檻に閉じ込められるなんて、思っちゃいなかっただろうし」


 クチナワさんはそう言って、ゆっくりとうどんを食べさせる。私はミアさんがハイアオさんの元でどんな扱いを受けていたかは分かっていたので、恐らくユウガオさんも似たり寄ったりの状況で過ごしていたのだろうと思った。


「…しかし、よく…ハイアオは手放しましたね…こんなこと…今までなかったと思いますけど…師匠…何かしたんですか?」


 シロガネさんの言葉にクチナワさんはなぜかとても嫌そうな顔をして首を横に振った。


「言わねぇよ。ハイアオのとこで何があったかなんて…言いたくもない。ユウガオの名誉のためにも…」


 クチナワさんはそう言ってアイスティーを飲むとシロガネさんの顔を見た。


「あのさ、監禁部屋貸してくんないかな。念のために…一応契約は切れてると思いたいが、走って戻る可能性も否定できない。なったっておかしくはない…ユウガオの研修生時代のブローチは…ハイアオの鎌に飲まれたままだ…あれに関しては外し方すら分からねぇ」


「…どうするんです?部屋は貸しますけど、ブローチの件は…通常なら失くすことはないものだし…再発行なんてできるものなのかなぁ?」


 シロガネさんは首をひねる。クロさんが難しい顔をして口を開いた。


「統括の匙加減でしょうけど…クチナワさんは…統括とは馬が合いませんからね。再発行なんて頼んでも聞き入れてもらえるかどうか…そもそも、ユウガオさんには死神に復帰する気持ちはあるのでしょうか?そこのところの意思確認も必要だと思いますよ?」


「……クロガネは可愛くないことしか言わないが、ま、冷静な分助かるよ。その通りだな…ユウガオ、どうしたい?」


 ユウガオさんは首を横に振る。


「まだ分からないか…ま、そうだよな。あの部屋で消えかかってたんだから…これからどうしたいかって聞かれても困るか」


「…一つ…小狡い提案をしますと、消えないためには研修生にならなくても、役割さえ与えておけばいい訳です。研修生への復帰が難しい場合は…式神としての役割を与えてクチナワさんの手伝いをさせる…これが解決策としては比較的近道かと思いますが、肝心のクチナワさんが大して働いてませんからね…そろそろ本気で地下の大物を片付けてきてはどうですか?」


「……あー耳に痛いことを言うなぁ。働けばいいんだろ、働けば。夜は留守にしたくないから、今から行ってくる。ちょっとユウガオ預かっといてくれよ」


 クチナワさんはアイスティーを飲み干すと立ち上がってユウガオさんの頭を撫でた。


「夕方には帰ってくる」


「ア…」


 ユウガオさんは不安そうな顔をしたが、クチナワさんは言った。


「ここにはハイアオも犬も入れないから大丈夫だ。心配するな。第一階級特別区ってな…お前が捕まってる間にちょっと特殊な空間になったんだよ。喫茶店の中にいる限りは安心だ」


 クチナワさんはそう言うとするすると喫茶店から出て行った。

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