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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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犯人探し

 ミナミさんのように腕や肩、太ももなど身体の一部に動物の毛の生えた研修生は何人もいた。講座に出るのは問題ないとの通達がされていたが、やはり気にして休む者もいるようだった。現にミナミさんも腕を見ては、獣の毛を消そうと集中し、それでも何事もなかったかのように再び現れる毛の塊を見てため息をついていた。


「それで、ドラゴンはどこに行ったのでしょうね。警備隊が訪ねたところ留守…というか、つい先ほどまで何かをしたような中途半端な痕跡を残したまま、こつ然と姿を消していたそうです…」


 クロさんが振動する携帯を見ながら言う。


「慌てて逃げたのか…それとも、誰かに呼び出されたのか…ドラゴンは階級落ちのみで済んだんだよな?対応が少々甘いような気もするけど…」


 シロガネさんがコーヒーを一口飲んでそう言った。


「獣の毛というのが…犬の件と何か関わっていなければいいのですが…」


「えっ?クロさんは逆にハイアオの犬が絡んでると思ってるの?」


「分かりませんが…本人が姿を消しているとなると…犬に呼び寄せられた可能性も否定はできないかと…」


「嫌だなぁ…別々の事件であってくれた方がいいよ。犬が絡むと着手しにくい」


 シグレ先生はそう言いながらもパソコンで昨日の説明会の映像を再生していた。


「いや、何か映ってないかなと思ってね…」


 シグレ先生は画面を凝視したまま言う。統括の声が響きザワザワと研修生の声も混じっていた。


「ちなみに…ドラゴンはいるかな…?どこだ?こういう時、目立つ髪色だと探しやすいんだけどなぁ…名前は悪目立ちしてるけど、見た目はごく一般的って、人混みにいると見分けつかないよね…」


 シグレ先生は画面を見ながら諦め気味に言う。


「これといって何か手がかりになるようなものは…ん?」


 そのとき皆が前を向いて話を聞いている途中で、一瞬頭が動いて後ろを気にする風に振り返った研修生がいた。シグレ先生はその部分を拡大する。少し映像がぼやけたが、後ろを気にした研修生のその後ろに背の高い黒いパーカーのフードを被った人物が立っていた。フードのせいで顔は分からない。


「誰だ?分からないな。とりあえずこいつが誰かを調べてもらった方が良さそうだ」


 隣から覗き込んだミランさんが言って、シグレ先生は統括宛に画像の人物の特定を依頼した。


「単独犯なのか複数犯なのかも現段階では不明ですね…あ…本日の講座は休講になるそうです。新たな被害者が出ないとも限りませんから…その決定が妥当かと。不要な外出も控えろとのことですから、それでは特別区は特別区なりに、自主トレでもしましょうか」


 クロさんはそう言って、モーニングプレートを食べ始めた。



***



 結局、朝食の後から私たちはそれぞれ武器を手に取って実際の斬り合いを想定した訓練を行っていた。そろそろ痛みの訓練の始まるミナミさんと、まだそこに追いついていないクジョウさんは、私とヤミカさんの真剣勝負を見学していた。ただし今回の攻撃は自分の鎌ではなく、あくまで身体の一部を変形させて得物として使うやり方だった。鎌を弾き飛ばされた場合を想定しての訓練だった。登録していない想像上の武器は形を維持するのが難しい。だから私はもう形の維持は諦めて攻撃の度にぐねぐねと形の変わる刃物で戦っていた。


「マソホ!やりにくい!!」


 突然槍のように長くなった武器から逃れたヤミカさんが、似たような形の槍で応戦してくる。ヤミカさんはコピーが得意だと思った。私は両腕をカマキリの鎌のようにしてヤミカさんの槍の柄を叩き折る。


「わっ!やられた!」


 ヤミカさんは両手を巨大な裁ちばさみに変えて攻撃してきた。私もヤミカさんも互いの腕の力が拮抗して身動きができなくなる。そこにフブキさんに飛ばされたアシシさんが突っ込んできたので、私とヤミカさんは慌てて飛び上がった。ちらりと見たフブキさんはトゲのついた巨大な鉄球のような武器を振り回していた。


「二人ともそこまで!」


 私とヤミカさんはクロさんの声で腕を元に戻す。少し離れたところで見ているミナミさんとクジョウさんが、片手を刃物に変えているのが見えた。その傍らには武器の一覧が広げられている。その間にも巨大な鉄球がアシシさんを狙っていた。よくあんな重そうな見た目の武器を選べるなと思った。見ているだけで腕がだるくなりそうだ。私とヤミカさんが空いたベンチに座ると、ミナミさんが小声で言った。


「フブキの武器…何だか野蛮…」


「あのタイプは主人公が使うってよりは敵の悪役なんかが使いこなしてるイメージが強いですよねぇ。大体悪い顔付きをしたやつが振り回してる…」


「…こん棒なんかも、そっちのイメージですね…」


 私が言うとクジョウさんは頷いた。


「あぁ、デカくて太った奴が持ってそうな武器ですよね…あぁ、そうか。何となく死神は鎌とセットのイメージに落ち着くから刃物じゃない武器だと…違和感があるんですね…」


 武器の載った本のページをめくりながら、クジョウさんは考え込む。私はアキさんとアマナツさんが戦うのを見ていた。アキさんもアマナツさんも相手と距離を取るためなのか槍を使っている。二人とも慣れない武器の割には、あまり無駄のない動きで戦っていた。私は二人を見ながらも咄嗟に鎌を出す。どこからともなく巨大な手裏剣のような武器が私目がけて飛んできて鎌に当たって跳ね返った。けれども跳ね返った武器がナナクサさんの方に飛んでいってしまい、ナナクサさんは慌てて首を引っ込めた。それを見てチッと舌打ちをしたのは、シグレ先生だった。


「打ち合いの見学に集中してるから、いけるかと思ったのにダメか…」


「シグレ先生!危ないじゃないですか!!」


 ナナクサさんが言うとシグレ先生は、しれっと言った。


「それは跳ね返したマソホに言ってよ」


 私はたった今見たシグレ先生の武器をイメージしてみた。けれどもこれを投げるのは少し怖いと思った。魂の一部だからだ。


「こっちに向かって投げなよ、どうしたの?怖いの?」


 シグレ先生はニコニコと笑う。私は思い切って見よう見まねで投げてみた。けれども私の手裏剣はシグレ先生に届く前にクロさんが割り込んでキャッチしてしまった。


「マソホさん、安易に挑発に乗ってはいけませんよ。まだこの方法は教えていません。それにシグレ先生は自分の魂で作ってはいませんよ?見た目に騙されないで下さい」


 クロさんは私の方に戻ってくると手裏剣をそっと私の手のひらに押し当てて戻してくれた。


「え?自分の魂で作らないなら…何で作るんですか…?」


「……地下掃除で集めた魂の一部ですよ。でもこれは大っぴらには許されてはいない方法なので真似するのはお勧めしません…ですが、覚えておけば切羽詰まった状況下においては使うことも可能ですから、知識として覚えておく程度には説明しておきましょう…式神選びのときと少し似ています。浮遊している魂に自分の飛び道具としてのイメージを強く流し込んで一時的に支配下に置く…浮遊する魂もまた役割を与えられることで消えることを先延ばしにできますから、応じる魂は多いです。ただし凝り固まったイメージがすでに定着してしまっている異形は向きません。異形を支配下に置くには強い精神力が必要となります。支配下に置けた場合には強い武器にもなりますが…常に他の魂を喰おうとする相手を近くに置き続けるかと言ったらなかなか…ハイアオでもない限りはそのようなことはしないと思っていた方が妥当でしょう…」


「えっ?ハイアオさんは…異形を…支配下に置いた…んですか?」


 私の言葉にクロさんは重々しく頷いた。


「以前に…犬は…元々は異形だったとも聞いたことがあります…まことしやかな噂話で異形ではなく単なる動物の魂だったと思いたいところですが、単なる獣と思うには少々不可解な点もある…今回の出来事といい…ですから私は個人的にはあれは支配下に置いた異形に別のイメージを植え付けたと考えた方が妥当なのではないかと疑い始めている…というところでしょうか…」


「それはつまり…異形…を飼っていたってことですか?」


 私はそう口に出した途端に薄ら寒くなるのを感じた。


「ランクAAともなれば可能でしょう…私はいつ噛みつくとも分からない異形を自分の家に招き入れようとは思いませんが、彼はそういったスリルも込みで楽しんでいたのかもしれませんね…彼くらいになれば日常の刺激にも飢えていますから」


 私は雨の夜に紛れてやってきたものたちを思い出していた。いくら自分の強烈なイメージで固定したとしても、異形は異形だ。元の姿を知っていたら家に招き入れる気は起きないだろうと思った。シロガネさんが肩をすくめて言った。


「いくらランクAAでも、異形と抱き合ったりするか?それこそ悪趣味が過ぎるよなぁ…」


 シロガネさんの顔をヤミカさんが物言いたげな顔付きで見上げた。まだ犬の耳に尻尾が生えている。


「ん?…ヤミカは耳と尻尾が生えていても元はヤミカだろ。俺と何をしようが別に何の問題もない…」


 シロガネさんはヤミカさんの耳に触れてニヤリと笑った。


「そ…そういうことを言われたくて見た訳じゃありません!」


 犬の耳を触られたヤミカさんは少し赤くなって怒ったように言うとそっぽを向いた。

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