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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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叶う恋叶わぬ恋

 喫茶店に戻るとヤミカさんとアキさんの姿は見えなかった。シロガネさんが笑顔で出迎えてくれた。


「おかえりー」


「ヤミカさんとアキさんは?」


 クロさんはそう言いながら指輪の箱をシロガネさんに渡した。


「あ、ありがとう!二人とも二階に逃げて行ったよ。たくさん人が来たから。ちょっと二階で指輪交換といきますかね。クジョウ、来いよ!」


 クジョウさんが慌てて二階に向かう。窓際の席でパソコンとにらめっこをしていたシグレ先生は不意に外を見て明らかに挙動不審になり大急ぎで席から立ち上がった。けれどもバーンとドアが勢い良く開いてミランさんが現れ、シグレ先生の行く手を遮った。


「なっ、なんですか…!?」


「ふっふっふ。観念しなさい」


 ミランさんはポケットから指輪の箱を取り出した。シグレ先生が青ざめて後退る。


「う、ウソだ…」


「ダメ元で問い合わせしてみたのよ。シグレちゃんったら、口ではイヤだイヤだって言いながら、そうじゃなかったのね。とっても嬉しいわ」


「うわぁぁ!見てないで、誰か助けて!!」


 ミランさんは、ほぼプロレス技かと思う動きでシグレ先生をがっちりと抱え込むと左手の薬指に強引に指輪を嵌めた。すぐに指輪が光を放つ。私はミランさんの筋肉質な腕をぼんやりと見ていた。かなり力が強そうだ。


「ほら嵌った。認めなさい。そうすれば楽になれるから」


 ミランさんは勝ち誇った顔で自分の左手の薬指をかざす。すでに指輪はついていた。


「別に交換しなくても心が繋がっていたら成立するみたいよ。逆に無理矢理やっても本当に嫌なら指輪は消滅するんだって。面白い仕組みよね。でもシグレちゃんに渡したら放り投げそうでしょ?だから先につけておいたのよ。あら、シグレちゃん、それいくら頑張っても外せないわよ。指を切り落としても取れないそうよ。残念ね。外したいなら私を心の底から嫌いにならなきゃ!ま、あなたには無理でしょうけどね!」


 ミランさんは指輪を必死で外そうとしているシグレ先生の頬にキスをすると優雅に去ってゆく。呆気に取られた様子でタケナワさんがその後ろ姿を見送った。


「…大丈夫っすか?シグレさん…」


 タケナワさんが声をかけると、床の上に座り込んで指輪を外そうとまだ無駄な努力をしていたシグレ先生はタケナワさんを睨んだ。頬に口紅の跡が残っている。


「なんで助けてくれないんだ!!」


「えぇ!?だって相手はミランさんですよ?そんな畏れ多くて俺なんかは、手も足も出ないっすよ…おめでとうございます、って言っていいんですかね…」


 そしてタケナワさんは、思い出したようにポケットから指輪を取り出した。


「コウ、ちょっと来いよ」


「えっ?」


 コウくんは少し困ったように周りを見渡してから観念したようにタケナワさんの前に立った。


「とりあえず…左手出して」


 ぶっきらぼうな口調とは裏腹にタケナワさんは丁寧な仕草でコウくんの指に指輪を嵌めた。


「俺にもつけて」


「は、はい…」


 コウくんはぎこちない手付きで指輪をタケナワさんの指に嵌める。指輪が光った。


「つーことで、よろしく!」


 タケナワさんはニヤッと笑ってコウくんの手を握る。カサイさんが急にパチパチと手を叩き出したので、私も手を叩いた。ミナミさんはさすがに想像していなかったのか、目を丸くしてから、慌てた様子で手を叩き出す。


「おめでとう!コウ!良かったな!」


 カサイさんがそう言ったので、私は思わずカサイさんの顔を見上げてしまった。カサイさんは私の顔を見ると笑って言った。


「あーだって一緒に生活してたらなんとなく分かりますよ。それにタケナワさんに言われたんです。そういうのが嫌だったら担当を変えるから言ってくれって。別に俺は…嫌じゃなかったんで…っていうかツブシさんの件で女性って怖いなって、あ!すみません、マソホさんも女性でしたね。マソホさん、最近イケメンの格好もするから、だんだん性別が訳、分かんなくなってきてて…」


「そうだったんですね。私も男の人は…正直なところ、そんなに得意じゃなかったんです。あ…でも、生前付き合った相手がたまたま…合わなかっただけだったんですけどね」


 私が言うと隣にいたクロさんが微笑んだ。


「結局のところ、マソホさんは縁を結んだ私以外ではダメだということですね」


 クロさんはどこか余裕のある顔付きで私の肩に手を回した。


「俺も…ちゃんとして…パートナーを見つけられたらって思ってるんですけど…まだまだ道のりは遠そうです…」


「さーて、昼にするか!」


 その時声が聞こえて、上の階からシロガネさんが降りてきた。その指にはすでに指輪が光っている。


「指輪なんて…久々につけるから、変な感じだなぁ」


 私はシロガネさんと共にランチプレートを運んだ。クラクさんとニレさんがタケナワさんに背中を押されて、上の階に追いやられるのが見えた。


「今日はグラタンかパスタの二択ね」


 それぞれが席について食べ始めた頃に、アマナツさんがスマホを見て窓の外を見た。慌てて立ち上がる。窓の外に私の知らない死神と若い女性が立っているのが見えた。


「すみません、ちょっと知り合いが…」


 アマナツさんは外に出ようとしたが、シロガネさんが止めた。


「中に入ってもらって」


 シロガネさんがドアを開けると隣の死神が小さく会釈した。女性の方はためらう素振りを見せる。


「入っていいよ。外で立ち話もなんでしょ」


 アマナツさんの隣からシロガネさんが声をかけると付き添ってきた様子の死神が首を横に振った。


「あの…ここで…大丈夫です…」


 アマナツさんは店のすぐ外に出る。


「一応、今は俺も立ち合う義務があるから。アマナツの担当として」


 シロガネさんも外に出てドアが閉まった。



***



 しばらくしてアマナツさんはどこか浮かない表情のまま喫茶店の中に戻ってきた。


「別にアマナツは悪くないよ」


 戻ってきたシロガネさんはアマナツさんにそう声をかけた。


「そうですか…なんだか、申し訳ない気分になりますね…」


 アマナツさんは席に座ると半分ほど食べたグラタンの残りを食べ始めた。私の近くに座ったペコくんが熱心にアマナツさんの顔を見つめていたからか、アマナツさんは困ったような顔をしてペコくんの方を見た。


「あぁ…気になるよね。なんか…告白されたんだ…でも、丁重にお断りした。泣かせちゃって…ごめんって思ったけど…」


「それって、知ってる人だったんですか?」


 ペコくんが首を傾げた。


「いや…俺は正直…全然知らなくて。でも向こうは講座で何回も会ってるって…一回だけ話したみたいなんだけど、あまり記憶になくて」


「知り合いにもなってないのに、いきなり好きになるって、どういう心境なのか僕には分からないから、個人的にはアマナツさんはそこまで申し訳ない気分にならなくてもいいと思います。知り合いになりたいなら、もっと話をして相手のことを知るべきだと思うし…」


 ペコくんはそう言ってパスタをくるくると巻いた。シロガネさんが口を開く。


「ペコ、そういう風にできる人とできない人がいるんだよ。一方的な思い込みで好きになって波紋を起こしたら困るって慌てて告白しに来たんだから、まだマシな方かな、で?タケナワ、あの二人はどんな感じ?」


 上の階から降りてきたタケナワさんはニヤッと笑った。クラクさんとニレさんはタケナワさんの指輪交換の後で、半ば強引に屋上に連れて行かれてそのまま二人でランチをしていた。どうやらこっそり様子を窺いに行っていたらしい。


「なんか…案外いい感じにくっつくかもしれないっすね、あの二人…。それよりも、ニレさんに酒を無理矢理飲ませようとしていた奴の方が面倒かもしれません…」


 タケナワさんの言葉にクロさんが頷いた。


「念のために名前は聞いておいた方がいいでしょうね。ニレさんは担当死神の手を離れて日も浅いですから、こういうタイミングを狙う悪い者も中にはいるんですよ。指導官が厳しすぎた場合にも羽目を外して遊び出す…厳しければいいという訳でもないんですよね…」


「それ、クロさんが言ってもあんまり信憑性ないよ?」


 シロガネさんが苦笑する。


「少なくとも第五階級に上がったばかりで、いくら付き合ってて縁が結んであっても、お互いを斬り刻む練習なんかする?統括が記録を見て呆れてたよ…ヤミカと俺だってあそこまではやってない…」


 グラタンを食べていたカサイさんが、私の顔を見て何を想像したのか、やや青ざめたのが分かった。


「シロガネさん、食事中なので止めた方が良さそうですよ、この話題。私は平気ですけど、せっかくのランチが楽しめなくなります」


 私が言うとカサイさんは首を横に振った。


「マソホさん…そういう時の感情の切り替えって…どうしてるんですか?俺…まだ全然出来ないんですけど…」


「えぇ?食事中にしない方がいい話なので後にしましょうよ。感情の切り替えは…私は特にしてません。というか…無にする…とりあえず考えない…と言った方がいいかもしれないです。想像し過ぎると鎌は振れなくなりますから」


 私はパスタを巻き取りながら言った。

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