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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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指輪

 しばらく待っているとクロさんが、クジョウさんとミナミさん、ペコさんと共に現れた。


「死神はあらかじめ申請を出している人が多かったようで、別の受け取り専用のボックスがありましたよ。タケナワさんも帰りに回収するといいですよ」


「あ、ありがとうございます…後で寄ります」


 タケナワさんは頷いた。


「マソホさん、左手を出して下さい」


「は、はい」


 私が恐る恐る手を出すとクロさんは私の薬指に銀色に輝く指輪を嵌めてくれた。クロさんが差し出した指輪を私も受け取ってクロさんの薬指に嵌める。嵌めた瞬間に両方の指輪が光る。先ほどよりもぴったり指にフィットした感じがした。


「その指輪は心が離れて縁が切れるまで外せないそうです」


 フブキさんも早速ミナミさんの指に指輪を嵌めていた。ミナミさんはフブキさんを見上げて目を潤ませた。慌てて目をこすって笑う。


「本当は点数が溜まったら指輪を買おうと思っていたんだけど…ペアリングの支給の方が早かったね…これからも…その…ずっとよろしくね…」


 フブキさんはそう言ってミナミさんの涙をぬぐった。


「さて、早く帰ってシロガネさんにも指輪を渡さなくては。クジョウさんも早く渡したいでしょう?」


「あ…はぁ…それは…」


 クジョウさんは目を泳がせると頭を掻いた。照れくさいらしい。帰ろうとして移動を始めたところで人混みをかき分けて范さんが現れた。


「ペコ!」


「あ!范さん!」


 范さんはペコくんの目の前に立ち止まると指にするりと指輪を嵌めた。


「私にもつけてくれるかな?」


「えっ!?あっ、はい…」


 范さんの差し出した左手の薬指にペコくんが緊張した面持ちで指輪を嵌めた。


「これで予約は確定になりましたね。予約した場合も必要だと言われましたから」


 范さんはペコくんをふわりと抱きしめると耳元で囁いた。


「今夜は喫茶店にいて下さい。会いに行きます」


 范さんは慌ただしく去ってゆく。ペコくんはその後ろ姿を見つめて左手の薬指の指輪に触れて、照れくさそうな顔をした。


「なんで俺に指輪がないんだよ!!」


 そのとき窓口の方から苛立った叫び声が聞こえた。金髪の若い男性だ。


「混んでる中、申請しに来たのに、何なんだよ!」


 研修生だろうか。肩に腕を回された方の女性は明らかに怯えた表情をしていた。クロさんとタケナワさんが、人混みを掻き分けてその場に向かい、タケナワさんが回した腕から女性を奪い取った。


「何すんだこの野郎!!」


「それはこっちのセリフだよ。お前、寝坊して痛みの訓練にも来なかったくせに、何偉そうに吠えてるんだよ」


「……!!」


 振り返った相手はタケナワさんの顔を見て凍りついた。どうやら今日の指導の担当になっていた死神のようだった。


「そっ…それはっ…!すみません!本当にすみません!!」


「しかも、彼女の方は怖がってるだろ。見てわかんないの?」


「すみません、みなさん、お騒がせしました。ただでさえ混んでいるのに流れを止めてはいけませんよ。こちらに来て下さい」


 クロさんは窓口の女性に声をかけて、必死に言い訳をしようとしている男性を引き連れて戻ってきた。タケナワさんの陰に隠れるようにして、その女性は震えながら言った。


「わ、私…第三階級の…ニレです…この人とは付き合ってないんです…昨日…私…無理矢理お酒を飲まされて…気付いたら朝で…私…この人のこと…何も知らないんです」


 ニレさんは堪えきれずに泣き出してしまう。タケナワさんが私の方をちらりと見たので私は駆け寄ってニレさんを引き受けた。こういうときは同性の方がいいだろうと思った。


「もう大丈夫です…怖かったですね…」


 ニレさんは小さく頷いた。


「クラク…どういうことか説明しろ。返答次第ではぶん殴るぞ?」


「タケナワさん、落ち着いて下さい」


 そう言いながらもクロさんの気配の方が冷ややかで怖かった。クロさんは懐からお札を出すと壁に貼った。急に周りの音が聞こえなくなる。


「ここで話す内容は外には聞こえません。クラクさん、昨日あなたはニレさんに無理矢理お酒を飲ませて眠らせたんですか?何をしたのかきちんと説明して下さい」


 クラクさんは大きなため息をついて首を横に振る。


「人聞きの悪いこと…言わないで下さいよ。彼女に酒を無理矢理飲ませたのは俺じゃないんです。別の奴がこの人に飲ませてるとこに通りかかって…なんか会話が聞こえて嫌な予感がして…咄嗟に俺の女にちょっかいかけるなって言って…助けたのはいいんですけど、俺もまぁまぁ酔ってたし…しかも起きたらどういう訳か二人とも裸で…だから…多分…そういうことになったんじゃないかって思って…だったら…申し訳ないことをしたから責任取んなきゃって…それでペアリングをもらおうと思って…」


「えっ…??」


 ニレさんがとても驚いたように私の腕の中から顔を上げた。タケナワさんは先ほどのクラクさんよりも大きなため息をついて天井を見上げた。


「クラク…お前さ…ちょっと先走り過ぎだよ。それ、ニレさんにきちんと説明したの?」


「だから…目が覚めたら痛みの訓練に間に合いそうにもない時間でパニクって大慌てで出てきたんです!そんな、のんびり説明する時間なんかなくて…そうしたら説明会の大混乱に巻き込まれて…今度はそれどころじゃなくなって…」


「クラク…お前、死んでもそういうとこがアホだよな。だからホスト遊びしてるのを知らなかった女の彼氏に刺されるんだよ…」


「それ!今は関係ないじゃないですか!!とにかく!本当に飲ませたのは俺じゃないし嘘じゃないです。でも、結果としては、同じことになってたってだけで…」


 クロさんは話を聞きながらシラタマを呼び出した。


「すみません、ちょっとクラクさんの記憶を辿ってみます。あまりやると統括に叱られますから内緒にして下さいよ?」


 シラタマがクラクさんの頭の上に乗った。しばらくしてからシラタマはクロさんのところに戻ると、面白そうにクスクスと笑った。何を見ているのかクロさんも同じ表情をする。


「あぁ…なるほど。クラクさんがニレさんに帰り道を聞いたのですが…明瞭な答えが得られず仕方なく家に向かう途中で…ニレさんが嘔吐して、つられてクラクさんも吐いたんですね…恐らくクラクさんの家の近くにその痕跡が残っているかと…それで汚れたから服を脱いで…やっとのことでベッドに入った…」


「えっ…じゃあ俺は…」


「はい、良かったですね。何もしてませんよ…寝ぼけて胸を触りはしましたが」


「な…!ほんと、すみません!」


「ええっ!?私こそ、ごめんなさい!私…あなたのこと疑って…本当にすみませんでした…!」


 ニレさんが謝る。よく見ればニレさんの着ている服はオーバーサイズでクラクさんの服を羽織ってきたのだと分かった。


「良かった…俺てっきり…好みのタイプだから手を出したって思ってて…慌てたんだよ…」


 言ってしまってからクラクさんは困ったような顔でニレさんの方を見た。ニレさんは赤くなっていた。


「とりあえず、落ち着いて二人で少し話したらいかがですか?ランチでも食べながら。我々は喫茶店に戻りますが、屋上にも静かで落ち着ける場所がありますよ?ご一緒にいかがですか?」


 クロさんに誘われて寝坊した第二階級の死神のクラクさんと第三階級のニレさんが帰り道に加わる。受け取り専用ボックスから箱を出しながらタケナワさんが声をかけた。


「俺らも昼、食ってくか。カサイ、大丈夫か?」


「はい、大丈夫です。少し歩く練習しないと…!」


 カサイさんも松葉杖をつきながら皆と一緒に歩き出した。

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