説明会
同じ頃、説明会が始まっていたが、イエローバッジの導入については反対の声が上がっていた。
「二回の違反で十年も受講資格を剥奪されるのはやり過ぎです!一年なら分かる!死神のなり手も減少しているのに、時代錯誤です!」
「そうだ、そうだ!」
統括は騒ぐ死神や研修生を前にして、拡声器を片手に声を放った。
「だったら言わせてもらおうか。今回イエローバッジを出した研修生は軽率にも複数人と同時に付き合っている相手と会ったその日に深い仲になり、そのせいで真面目に受講している研修生にまで波紋が出た…波紋のせいでその研修生は痛みの訓練も受けられなくなり何日波紋が続くのかも不明だ。それでも相手にイエローバッジを出すのは酷だと言うのか?だったら真面目に学んでいる者が馬鹿を見るだけだろう。それこそやってられないと辞められては困るんだよ。これを機に波紋に繋がるかの確認を強化する意味も含めて研修生どうしの交際は事前申請制を導入する。そうすれば同時に付き合う愚か者は出ないだろう。隠れて複数人と付き合った場合もイエローバッジだ。今までが生温い対応だったんだ。今後は罰則を強化する。気晴らしを希望する者は点数を溜めてプロに頼むか、指導官の死神に相談すること。どうしても研修生どうしで交際したい場合も同様だ。安上がりだからと適当に付き合い出すからそうなる。今、指導官に隠れて交際している者も、伝えている者も、すぐに見て分かるペアリングを支給するので、必ず申し出るように!手続きは一週間以内とする。私からは以上だ」
「ペアリング!?」
ザワザワとささやき声が広がる。
「結婚してなくてもアピールするってこと?やり過ぎじゃない?」
「え?何股とかされて波紋に巻き込まれるくらいなら、私は全然アリだと思う…」
「お前、大丈夫か?」
「うるさいなぁ、そっちこそどうなんだよ」
ざわめきの中で頭一つ飛び出たクジョウはアキのことを思い浮かべていた。自分はペアリングをもらって帰るべきなのだろうが、それはそれで照れくさい。ペコが少し困った顔をしてクロガネを見上げた。
「僕は…どうしたらいいんですか?」
「そうですね。ペコさんは范さんとペアリングになりますね。予約とはいえ…そうなります。范さんが貰うそうですよ。先ほど連絡が入りました」
「えっ…恥ずかしい…」
「そんなことは、ありませんよ。私もペアリングを貰わなくては」
「質問のある者は挙手。個人的な質問で長い奴は個別に対応をする」
「はい!」
クロガネが挙手をした。統括は頷く。
「式神の識別はどうしますか?式神に手を出されるのも、死神にまで波紋が起こって迷惑ですから」
「あぁ…そうだったな。式神には首輪…じゃなかった、チョーカーでもつけるか」
「首輪でも構いませんが…検討をお願いします」
「えぇ?首輪は犬みたいできっとアオハ嫌がるよ!オシャレなのにしてあげて!!」
クロガネの肩によじ登ったシラタマが叫んだ。
***
私はその頃、タケナワさんのフラッシュカードに翻弄されていた。スパナ、スパム、スナイパーと出て、工具の後に私は思わず食品のスパムを大量に出してしまって、タケナワさんに笑われた。
「いいねぇ、マソホ」
「だって!どっちのスパムって思ったらそうなっちゃったんです!スナイパー、出しそびれました」
「いや、ある意味今のでいいんだよ。複数のイメージを同時に連想するのもアリだ。アマナツは、伝説上の生き物や妖怪が苦手だな。もっと具体的なイメージを固めておいた方がいい…」
「そんな…いきなり、姑獲鳥なんて書かれても分かんないですよ…そもそも、なんて読むんですか?」
「分かる人は?」
タケナワさんが言うので私は手を上げた。
「うぶめです…日本だと…難産で亡くなった女性の霊というか…妖怪のような扱いですよね?中国だとまた意味合いが変わるんですけど…」
「なんで、知ってるの?妖怪に関しては全然分かんないです」
アマナツさんは両手を上に上げて降参した。
「…なんでって…学生時代に少し。まぁいいじゃないですか、細かいことは。私は工具の方が苦手みたいです…武器にするなら大量に缶詰を出しても使えないので、工具を覚えた方が得物にはできそうですね…」
私が言うと、フブキさんがニコリと笑った。
「ほら、マソホさんは常に戦うことを第一に考えてる…リンゴよりはゴリンと言われて五輪塔を思い浮かべた方が武器になるってことだよ」
「フブキが何を言ってるのか全く理解できない…」
アシシさんがその言葉に首を横に振る。
「五輪ってのは仏教用語だよ。万物を構成する五つの要素…地・水・火・風・空を意味する。フブキが思い浮かべた五輪塔は墓場にたまにあるやつだな。丸とか四角とか石が積み上げられている…あんまり見たことないか?あれは投げれば武器になるかな。ま、そこから元々の自然の力に繋げれば言葉で縛られたとしても火だったり水だったりを呼び出して武器にして戦えるって訳だ」
派手な金髪のタケナワさんの口からそんな仏教用語に関する説明が出てくるのはとても妙な感じがした。
「五輪ってオリンピックじゃないのか…」
アシシさんがつぶやく。
「あ…でも、オリンピックのイメージなら槍投げの槍は武器になりますね。ハンマー投げのイメージも使えそう」
私が言うとミナミさんが言った。
「オリンピックって、そもそも世界平和を目的としてるんじゃ…そこから武器を連想…ですか?」
「そうだな。ミナミの言うことも合ってるよ。でもその平和を守るためには、こっちでは悪魔と戦うことも念頭に置かなきゃならないってことだ。死神の頭ん中を平和なお花畑状態にして、戦闘不能な状態にしてくる悪魔もいる…その平和なイメージの中から武器を引っ張り出せるようにするには、今みたいにイメージを膨らませてゆくやり方が大事なんだよ」
タケナワさんが言った。私は連想ゲームのように言葉をどんどん書き込んだ。マユさんもメモを取っている。そのときタケナワさんのスマホが振動した。
「…あいつ…今頃?混雑していて中に入れない?あーホント使えねぇ…一発ぶん殴りたくなるな…」
タケナワさんはスマホをしまって舌打ちをする。
「マソホ、早く階級上げて指導側に来てくんないかなぁ?だいたい…指導する側もたるんでるんだよ。寝坊して遅刻でも大して減点されないし、もっと厳しい罰則に変えたらどうだよって話なんだ。あー何?ペアリング?あれマジで実行になったんだ。うわー俺も取りに行かなきゃなんないのかよ…面倒だな…」
「えっ?タケナワさんって彼女いるんですか??」
ミナミさんが聞き逃さずにキラキラした目でタケナワさんを見上げる。タケナワさんは肩をすくめた。
「そんなん教えないよ。向こうはちょっとこじらせてるから…今はそういう関係ってだけで、そんなに深い意味はない。精神安定剤みたいなもんだ…」
(あ…もしかして…コウくん…ですか?)
私は心の中で思わず言ってしまった。タケナワさんはこちらを見なかったが、返事は律儀に返ってきた。
(…マソホはそういう勘も鋭いのか?そうだよ。ササメのせいでコウは…才能もあるのに無駄な時間を費やすことになったからな…少し甘やかす必要もあるんだよ。あいつ、女が苦手になっててさ…完全にササメの後遺症だな…)
「ま、いいだろ。俺の話は。今日の訓練は仲間内でもできる。苦手なイメージは他人の具現化したものを参考にして強化するといい。そろそろ時間だな」
私たちが部屋から出ると、コウくんが松葉杖姿のカサイさんと共にタケナワさんのことを待っていた。コウくんはぺこりと礼をする。最近のコウくんは大人の姿で安定している。タケナワさんが寄り添っているからなのだろうと思った。それに以前と比べるとカサイさんも格段に良くなっていた。
「カサイ…歩けるようになったんだ」
フブキさんの言葉にカサイさんは苦笑いをした。
「一応…ね。まだまだ、だけど…ちょっとずつだよ…説明会…波紋を知らないで文句言う奴は勝手なこと言うなぁって…呆れたよ」
カサイさんはため息をついた。これほど強い波紋を体験したらそうなるだろうと思った。カサイさんとあの夜一緒だったキリさんの方は今もまだ病院に入院している。
「マソホもねぇ、迷惑だった?ごめんね。僕のせいでカエルの手になっちゃって」
アオハが現れて幼い子どもの姿で笑う。
「あ…あの式神がどうのって…もしかして、マソホさんの話だったんですか?」
カサイさんが私とアオハの顔を見比べて言った。
「え?クロさんが何か言ったんですか?アオハはカエルだから、そういうのもよく分かってなくて…ちょっと強引な女の人の誘いに乗っちゃったんです…それで私にまで波紋が…」
カサイさんは私の顔を見て気の毒そうな顔をした。そうしてアオハに向かって言った。
「アオハくん、気をつけないとね。君はかわいい姿をしてるから、子どもだと思って狙われやすいのかなぁ?ん?それはそれで問題があるのか?子どもを狙うって…」
アオハはケロケロと鳴いて笑った。
「僕、ちゃんとカエルだよって言ったんだよ?でも、大丈夫でしょって言われて、僕もそうなのかって思っちゃって…」
「えっ…君のことカエルだって最初から分かってて…?」
カサイさんはアオハを二度見する。今日のアオハは緑の髪に金色の瞳だ。瞳孔の形も少し違う。かわいいがカサイからすると明らかに人外だと感じる。最初からカエルだと分かっていて手を出す相手の気持ちがカサイには理解できなかった。それに見た目も子どもだ。その時点でカサイにとってはすでにアウトだが、中にはそうではない者もいるということだろう。
「そ、そっか。色んな人がいるから、次からは騙されちゃダメだよ?」
カサイは困り切った顔になって、アオハにそう告げた。
「おー二人ともよく入ってこれたなぁ。片付け作業の大してない訓練の方が楽だな!終わったからみんなで帰る…と言いたいとこだけど、一階ももうごった返してるなぁ。クロさんが指輪をもらうまでここにいた方が良さそうだ…ちょっと休憩だ!休憩!」
タケナワさんはスマホを片手に素早く入力しながら、そう言って、痛みの訓練の説明を行う部屋に並んだ椅子に、カサイさんを座らせた。タケナワさんも近くに座る。
「俺は人混み苦手なんだよね。今日みたいに苛立ってる奴が多いのはもっと苦手だ。みんなも座ってな。コウ、平気か?」
「えっ?だ、大丈夫ですよ。もう引きこもりでもないんですから…得意か苦手かで言ったら…苦手な方ではありますけど…」
コウくんはどこか照れた様子でタケナワさんの顔を見て、慌ててそう返事をすると隣に座った。




