混乱
ヤミカさんとアキさんが講座を欠席するので、私はミナミさんやペコくんと一緒に養成講座に向かう準備をしていた。アシシさんやフブキさん、クジョウさんも出掛ける準備をしている。悪魔の襲撃に対する警戒態勢は以前よりは緩和されてはいたものの、クロさんは皆で一緒に出かけることを習慣にしていた。今日の講座の受講は必要のないはずの第二階級のナナクサさんと第五階級で私よりもかなり先に進んでいるアマナツさんも降りてきたのでどうしたのだろうと思ったら、喫茶店に残るシロガネさんがスマホの通知を見て肩をすくめた。
「おー荒れてんなぁ」
「炎上してますよ。むしろ恥ずかしいですね。やましいことをしていなければ、そこまで過剰に反応するような内容でもないと思いますけど」
ナナクサさんがスマホを見ながら言う。
「養成講座とは別に説明会を開くみたいです。一足先に行って混乱を鎮めてきます!すみません、このテープ、移動が終わったら丸めてシロガネさんが預かっておいてくれませんか?」
ナナクサさんはそう言うと壁に手を当てて少しの間探っていた。やがてナナクサさんはマスキングテープのようなものを壁に四角く貼った。そこに穴が現れる。ナナクサさんは穴に飛び込んだ。
「おーいってらっしゃい!」
シロガネさんはその薄暗い穴をじっと見ていた私に向かってニヤリと笑う。
「マソホちゃんはまだ使っちゃダメだよ。ナナクサも…スリリングな移動の仕方をするなぁ…」
シロガネさんは壁の穴に顔を突っ込んで確認してから、テープを剥がして丸める。ぐしゃぐしゃにしたはずなのに、それはまた新品のテープに戻っていた。それを見たアマナツさんがどこか納得いかないような顔をした。
「あー死神の便利道具…俺、前にピンク色のドアを出したら指導官にガチ切れされたんですけど、子どもの頃に見たアニメの既存のイメージの方が具現化しやすいのに、なんで使ったらダメなんですかねぇ…ポケットから出した訳でもないのに…」
シロガネさんは、アマナツさんの言葉を聞きながらマスキングテープをポケットにしまって、困ったように言った。
「あーそれね。実在するキャラクターに寄せ過ぎるのはダメとか一応基準が設けられてるんだよ。だからそういうときは重厚な木目調のドアでも出しておいて、ここから移動します、ってしれっと言っときゃいいんだよ。頭ん中ではピンクのドアを思い浮かべようが何でも構わないけど、とりあえず体裁整えときゃいいんだ。キャラクターになり切っていいのは、回収した魂のお願いを叶えるときのみ…だから、小さい子を専門に担当する変身の得意な死神がいるんだよ」
「はぁ、なるほど!それなら、そう言ってくれたらいいのに、問答無用にぶん殴られましたからね。じゃ、俺も一応話聞きに行ってきます!」
猫耳の二人は話を聞きながら頭の耳に触れる。
「この姿も何かのキャラクターに似ていたらダメなのかな?」
「波紋はそこまでコントロールできないじゃない。マソホ、行ってらっしゃい!気をつけてね?」
「うん、じゃ行ってくるね!」
私はそんなものかと思いながらホムラさんはギリギリのラインで保つのにあの格好なのかとある意味で納得した。別に私は某女優のコスプレをしている訳ではない。でも周囲の何も知らない人が見たらそう思うのかもしれないと思ったら何だか不本意な気がして、私は喫茶店から出るときに男性の姿を選んだ。後ろから現れた私を見たアマナツさんは、驚いた顔になる。
「えっ?マソホさん…?」
「その日の気分の問題です」
「えぇ?イケメンだなぁ。俺、女になるの下手すぎてキモいってイジられて以来練習できてなくてさ…本当は挑戦したいんだけどね」
アマナツさんと他愛ない話をしながら歩いていると、いつもよりも多くの研修生が歩いていることに気付いた。
「うわ、大混雑…!」
遠目に見ても人が押し寄せているのが分かる。普段は恐らく職員が利用している通用口の前に大きな看板が立てられていて、通常の講座のみ受講する方はこちら、と書かれていた。拡声器でタケナワさんが誘導している。
「説明会に出る人はこの場で待機して下さい!中には入らないで!!午後からも説明会は行います!そこ、押さない!!」
数名の死神がごった返す研修生に声を張り上げていた。少し前を歩くクロさんが足を止める。
「想像以上に混雑してますね…どうしますか?」
「私、空いてそうなので痛みの訓練に行ってこようかなと思ってるんですけど…今日の担当死神…いきなり変更になってないですよね?」
私が言うと、アシシさんとフブキさんも頷いた。
「念のために身分照合しておきましょう。クジョウさんは…ミナミさんとペコさんと待っていて下さい。照合したらまた戻ってきます」
「分かりました」
クジョウさんが頷く。ペコくんはクジョウさんの近くに立った。階級からするとクジョウさんより二人の方が上でも、人がごった返す空間では頭の飛び抜けたクジョウさんがいると目印にもなるし、押されたりする心配も減る。三人と別れて、通用口に行くとタケナワさんが笑った。
「いやー大混乱っすね。痛みの訓練ですか?すみません、担当死神が一人遅れてるんすよね…」
タケナワさんはクロさんに向かって頭を下げた。
「この混雑状況ですから仕方ないですね…」
するとタケナワさんは首を横に振った。
「いや…それが、完全に寝坊みたいっす…ほんと、すみません。最悪、自分一人でも、少人数なら全然問題ないんで、時間になったら開始します」
「あぁ、今日の担当はタケナワさんでしたか。では安心ですね。私は説明会を待っている研修生の方につきます。この混雑に乗じて何か起こっても困りますから」
「最近変な波紋多いっすよね…昔ほど単純じゃなくなってきてる…犬も見つかってないし…行方不明の研修生は片耳しか見つかってないみたいっすよ?」
「片耳ですか…なるほど…」
クロさんの微笑みにタケナワさんは何かを読み取ったのか、片手で腕をさすった。
「何か…分かることでも…あるんですか?」
「いいえ。いったいどんな状況で耳を千切られたのかと思っただけですよ…」
クロさんは、そう言い残すと去ってゆく。残された私たちは、思わず片方の耳に触れて考えてしまった。
「耳元で囁くふりをされてそのまま…?」
フブキさんが言うと、タケナワさんはニヤッとしてフブキさんの顔を見た。
「さぁ。俺が犬なら舐めて噛み千切るかな。犬ってあちこち舐め回すだろ」
私たちがそれぞれ、その状況をなんとなく想像して微妙な表情になってしまったところで、タケナワさんは言った。
「そろそろ五分前行動を開始するか。じゃ、いつもの訓練場に移動するよ」
***
訓練場に着いてから合流してきたのは、ヨルさんとマユさんだった。ヨルさんはアシシさんの姿に気付いて、一瞬固まりぎこちない笑みを浮かべた。
「あ、アシシ…久しぶり…」
「あぁ、うん」
アシシさんは、あまり気にする素振りもなく返事をして、マユさんの顔を見た。
「友だち?」
「えっ…えっと…彼女…マユって言うんだ」
「そっか。マユさん、ヨルのことよろしくね」
二人の会話はそれでそっけなく終わる。私は余計なことも言えないので黙っていた。フブキさんも特に会話に加わることもなく、タケナワさんが説明を始めるのを待っていた。
「あーやっぱ全然来ないね。じゃあ始めるか。今日は、物の具現化の訓練だ。クロさんの方はともかく…シグレさんの評判が悪くてねーま、指導官側の急な交代だから仕方ないっちゃないんだけど、もう少しレベル下げないと人がこなくなるって言われちゃったんで、今日の課題はそうしたんだけど…この面子ならつまんないよね、どうする?ま、とりあえず一回やってみようか。フラッシュカードに書かれた物を瞬時に真似て出すだけ。一般向けの内容しか書かなかったから最初のはつまんないかもね。じゃあアシシから」
「分かりました…で…なんで毎回五十音順なんですか?」
「ん?それはアシシが模範的な回答してくれるからだよ。ちょうどいいの。いきなりマソホみたいなのからぶっ込んだら後がやりにくいだろ?」
「あー確かに?」
「ちょっと!私が非常識みたいな扱いしないで下さいよ!」
私が慌てて言うとタケナワさんはニヤリと笑った。
「だってさぁ、第二階級の死神の首を一発で切り落とした研修生を他の子と一緒に扱うのはさ…むしろ失礼だと思うんだよね」
「あれは…!相手のやり方に腹が立ってそれで…!それに…第二階級相当の実力でもなかったからできたんですよ!」
「うん、分かってるよ。でも腹が立ってもなかなか出来ないんだよね。大概の研修生はさ。ねぇ、クロさんにどういう個人指導受けたの?そこが知りたくてさ。カサイが全然できないんだよねーそういう攻撃。だから教えてほしいかなって。これは個人的な興味」
タケナワさんに言われて私は困った。沈黙する私の肩にカエル姿のアオハが現れて言った。
「クロさんとマソホでお互いの首を落とす練習したんだよ。マソホ最初泣いてたよね?」
「アオハ!!勝手に喋らないで!」
私が慌てて制したにも関わらずアオハはケロケロと鳴いてカエルのフリをしてから再び喋り出した。
「とにかくスパッときれいに何の感情もなく切れるまでね。あとは胴を真っ二つとかもやってたよね。絶対に一振りで切ること!って、超スパルタだったよねー」
「……やっぱ、鬼教官、健在だったのかぁ…マソホには甘いのかなーってちょっとだけ思ってたけど…ただ甘いだけじゃないのか。むしろハードモード?よく、それについていくよね、マソホも。無理ですってならないの?」
タケナワさんに聞かれて私は返答に窮する。
「だって…無理って諦めたらそこで試合終了だって言うじゃないですか…そもそも…すでに人生一度終わってるから、無理なものなんかないんじゃないかって…少し発想を転換しただけですよ。そんな大層なものじゃないです…」
「はーなにそれ。聞いた?みんなそんな風に考えたことある?無理なものなんかない、だって!そうそう、フラッシュカードに書かれた物を想像するのも、それに似てるかな。最初は一応絵が入ってるけど、次は文字だけ。分からないものが出てきたら飛ばして次って言うだけ。ルールは簡単でしょ、現実には存在しないものもたまに入ってるから気をつけて。まぁ何事も想像力次第だ。じゃアシシから始めようか」
タケナワさんはそう言うとアシシさんの前でカードをめくり始めた。




