役になりきる
その日の昼休みの時間帯に、コウギョクさんとメイゲツさんが喫茶店を訪れた。
「いらっしゃい!あれ?ミランは?」
シロガネさんが言って途端にカウンター席にいたシグレ先生がビクッとして背後を振り返る。
「あれ?さっきまでいたはずなんですが…」
「いるわよ?シグレちゃん」
どこからともなくぬっと現れたミランさんがシグレ先生の肩に手を置いて耳元で囁いた。
「…身体の方は大丈夫?昨日は少し無理させたから…」
ミランさんは妖艶な笑みを浮かべた。私はミランさんがいつもよりも美しく見えた。シグレ先生は渋面になって言った。
「大丈夫な訳ないでしょう!それなのに訓練代行だったから私は疲れてるんですよ…」
「あら、じゃあ私が癒してあげるわよ。遠慮しないで?私たちの仲でしょ?」
ミランさんは片目をつぶると、そのままシグレ先生の隣に座る。シグレ先生は諦めたのか大きなため息をついた。
「で?どうでしたか?トウキの奴は」
「あぁ、あの子?きっちり午前中で残りを回収させたわよ。私は無駄なことに時間はかけたくないもの」
「は…!?どうやって??」
シグレ先生は驚きの声を上げる。ミランさんの前にランチプレートを出したシロガネさんも感心したような顔をした。
「企業秘密よ。ちょっと耳元で囁いたら、大慌てで回収を始めたわよ。誰だって自分の身が本当に危ないって思ったら、必死になるのよ。別に集められなくても私に損はない訳だし…こういうときこの格好は役に立つわよね。別にあの子は全然私のタイプじゃないけど…まぁ、たまには違う食材を試してみたいこともあるじゃない?シロガネちゃん?」
「えっ?あ、あぁ…まぁ、そう…かな?」
シロガネさんは歯切れの悪い返事をした。
「わー昔懐かしい感じのナポリタン!!私これ好きなのよねーいただきまーす!」
ミランさんはフォークを手に取るとクルクルとパスタを巻き取って食べ始める。アイス珈琲を飲んでいたクロさんが、含み笑いを漏らした。
「…統括は死神の使い方を心得てますからね…」
近くの席に座ったコウギョクさんとメイゲツさんがちらりとシグレ先生を見て話をしていた。
「ミランさん、昨日はほんと…嬉しそうだったもんね」
「そうそう。僕らがいてもお構いなしって感じで」
「クロさんの話を聞いてからの行動の早さには驚いたよ」
「狙った獲物は逃さないから。僕らはタイプじゃなくて良かったよね」
「ほんとほんと」
「あ、そうだ!」
メイゲツさんが立ち上がって小さなケーキの箱を手にシグレ先生の方に近付いた。
「シグレ先生、昨日はお疲れ様でした。これはお見舞いの気持ちです」
差し出されたケーキの箱を見てシグレ先生はなんとも言えない表情でメイゲツさんを見た。
「君…嫌味?」
「いいえ?先生はマイノリティに対して少々偏見があるのではないかと思いまして。昨日で少しは理解出来ましたか?」
シグレ先生はムッとした顔つきのまま箱を開けて中を覗き込んで不思議そうな表情になった。
「なんで私がレアチーズが好きだって知ってるの?」
「それはミランさんの事前調査で聞いてましたから。先生の好みに合わせて配合しました。生前もエッセイ本に書いてあったみたいですし。すみません、僕は読んでいないのですが」
ミランさんは澄ました顔でランチプレートのサラダを食べてスープを飲んでいた。
「ミランさんは…私の読者なんですか?」
「…当たり前じゃない。好きな人に関しての調査は怠らないのよ?まぁ…シグレちゃんや私の時代はまだ、マイノリティに対して今ほど寛容な時代じゃなかったけど…もう死んでからそれなりに時間も経った訳だし、いい加減にノーマルを気取らなくてもいいと思うのよね。だって疲れない?」
ミランさんはどこか痛みを堪えるような表情をしてシグレ先生の頭を撫でた。先生は押し黙る。
「……私は…ずっと独身貴族を貫いてやってきたんですよ?今更このスタンスを崩す訳には…」
「別に崩せなんて言ってないわよ。でもたまには人肌恋しいことだってあるでしょ?私はシグレちゃんが好きなのよ。生きてたときからずっと。好き過ぎて意地悪しちゃったことについては謝るわ。でも昨日のことは謝らないわよ?私はちゃんと、あなたの意思を確認したんだから」
「えっ?あの…二人って生前からの知り合いなんですか?」
メイゲツさんが二人の顔を見比べた。ミランさんの方が圧倒的に若く見えるけれども、確かに好きに姿を変えられるのだから全く参考にはならない。ミランさんはふふっと笑った。
「私、シグレちゃんの先輩なのよ。生きてたときは二学年上の。その頃からシグレちゃんは何かと周りを見下す発言をしてはボコられたりで…問題児だったのよ。頭が良過ぎて周りに馴染めないタイプだった。まぁ、問題児って私ほどじゃないけど。一応助けてあげたつもりだったのよ?だって私が止めなかったら、あなた多分あそこで死んでたわよ」
「あぁっ!そうですよ!君たちは知らないだろうけど、この人は滅茶苦茶不良でリーゼントのワルだったんだ!番長だよ番長!!なのに…なんで、今はオカマになってんだよ、意味が分からない!!私の憧れを返せ!!」
「えぇ!?」
今のミランさんからは全く想像のつかない生前像に私のみならずランチを食べていたミナミさんも声を上げる。
「ミランさんが番長!?」
「いや、それよりも憧れって言いませんでした?」
「…要するにシグレ先生は番長だった頃のミランさんに憧れてたってことで合ってますか?なのに死後再会したら、得体の知れない死神になってた…」
「ちょっと!メイゲツ、あなた言葉を選びなさいよ!得体の知れない?失礼ね!だったら、シグレちゃんはこっちの私の方が好きってことなのかしら?」
ミランさんが姿を変える。番長になるかと思った周囲の面々の少しの期待と恐れを裏切って、ミランさんはシグレ先生と変わらない年代の渋いイケオジに変身した。目つきが鋭い。
「あ…」
シグレ先生はミランさんを見つめて口をパクパクした。
「今は生前やれなかったことを試験的に試している期間なんだよ。私はマイノリティの子を受け入れるのにたまたまあの姿の方が怖がられないからそうしてるだけだ。こっちの私だと怖がる子もいるんだよ。向こうの私だと、女装をしている少々変わった男性で笑って済ませられるが、こっちの姿で対面したら開口一番に殴らないでと言われたからな。何を言ってるんだという話だが…」
ミランさんは短くなった前髪に触れる。
「あ…それ、サクラチルだよね。でもそれはお父さんに暴力振るわれたからでしょ?お母さんの口紅を塗ってみたのがバレて。でもミランさんの体格だと…確かに怖いってのは分からなくもないかもなぁ…小学生は特に」
「それで…その格好に…??それだけの理由で?」
シグレ先生は呆気にとられた表情のまま隣の男性を見つめた。
「それだけ?相手を威圧しないというのはけっこう重要なんだよ。怯えが波紋を呼ぶ。だから、ダイコンみたいにコミカルな死神は指導官としては逸材になる可能性があるんだよ。その点でいくと…トウキは難しいかもしれないな…損得勘定でしか動けない死神は…指導官には向かない…」
「ミランさんが真面目に話してるの久々に見ましたよ…」
私に向かってコウギョクさんが小声で囁いた。
「今までのあれ…全部演技だったんですか?」
私の言葉にコウギョクさんは首を傾げる。
「あながち演技とも言い切れないところが…難しいですね。確かに、役になりきって楽しむがモットーですけど…少なくとも、今のミランさんならシグレ先生も受け入れるんじゃないかな?先生はこっち側の人間だって私は気付いてましたから。何となく分かるんですよね、隠していても…」
コウギョクさんは微笑む。私はレアチーズケーキを食べ始めたシグレ先生を見ながら、これで少しは私の方に向いていたベクトルの向きが変わってくれることを祈らずにはいられなかった。




