赤い花の首飾り
結局、その日の痛みの訓練に残ったのは十七人で、そのうち約半数は指を落とされたものの、なんとか止血は出来た者で指を拾って元に戻せたのは片手で数えられる程度の人数だった。シグレ先生は突然私に向かって鎌を繰り出し、反射的に応戦してしまった私は先生に呆れられた。
「もう、血を止めるとこを見せるためにやったのに、受けてどうするの。今日の訓練は対戦じゃないんだよ。まぁその反射神経は褒めてあげるけど。ホラ、大人しくサクッと斬られて」
「……嫌ですよ…シグレ先生に斬られるのは」
「では、私がやりましょうか。マソホさん」
成り行きを見守っていたクロさんが前に出る。
「クロさんがいいです」
「え…いいんだ?へぇ…ま、私は別に止血方法のモデルケースがあればそれでいいから、じゃ、よろしく」
私は鎌を消してクロさんの顔を見つめた。クロさんはいつもの大鎌ではなく、少し小振りの鎌を呼び出した。
「では、斬りますよ」
「はい…」
サッと一瞬の一振りで私のお腹はスッパリと切り裂かれていた。痛みはほぼない。クロさんの腕前と鎌の斬れ味が良過ぎるからだ。開いた傷口から血が溢れ出すのを待って、それが流れ始めたところで私は血液を彼岸花に変えた。研修生のうちの一人がきれい、とつぶやくのが聞こえた。私は血の花を一輪もぎ取ると口に入れて飲み込んだ。残りは撫でながらお腹に押し込む。最後に切れた服を直して作業は終了した。シグレ先生が苦笑する。
「小憎らしいほど落ち着いてるねぇ。やっぱりランクAAの死神に腹をぶっ刺されていれば、このくらいなんでもないのか。残った君たちに言っておくけど、魂の履歴に傷が残る指導はあまり好まれない風潮になってはいるけど、そんな生温い指導だけでは、先日のように悪魔に襲撃された際に生き残れないんだよ。君たちが今ここにいるのは、たまたま運が良かったのと、上のランクの死神たちが悪魔を追い払うのに尽力してくれたお陰なんだ。だから、統括は今後昔のスパルタ方式の痛みの訓練も時折取り入れる方針に切り替えた。試しの時点で逃げた研修生はその機会を逃すばかりか、自分の魂が悪魔の腹の中に収まっても文句は言えない、そういうことになる。みすみすチャンスを逃すような者に、私だって無駄に時間を費やしたくないからね。最終的には動体を真っ二つにされても冷静に対応できる程度にはなってもらいたい。仮に足を喰われても、這ってでも戻る気力を保つ…今日の訓練ではまず腹を斬られた際の止血だ。マソホさんはもう出来ているから、次の段階だね…」
私は嫌な予感がした。その瞬間に私の首は胴から離れて落ちていた。周囲から悲鳴が上がる。私は呆然として落ちた頭を拾うにはどうしたらいいのか考えた。うまく身体が動かせない。やっとのことで屈んで両手で頭を持つ。その前に止血だと私は思って血を粘性の高いものに変えて集め始めた。数人の研修生は腰でも抜かしたのか、驚愕の表情でこちらを見ていた。
「えぇと…首の向きは…」
意外と自分の頭は重いと思いながら私は持ち上げて元の位置に戻す。
「マ…マソホ…ズレてる…」
ヤミカさんが動揺しながらも言ってくれたので、私は斬られた場所に触れて微調整した。
「この辺?」
「も、もう少し右…あっ、私から見て、そう…そこ」
私は首を両手で撫でながら、流れ落ちた血の痕跡を手のひらに集めた。
「シグレ先生…せめて予告して下さいよ…鬼哭の月じゃないんですから…」
私があえて作品名を出して文句を言うとシグレ先生は面白そうに笑い出した。
「マソホさん、あの不人気な話を読んだの!?いやぁ、想像と実際に首を落とすのとじゃ、やっぱり違うね。君が主人公だったらギャグになっちゃうよ。もっと恨みがましい目つきで私を見てくれないと。首の向きって…もう…なんだよ、その台詞は…ヤミカさんもヤミカさんだよね。ズレてるなんて指摘しちゃって。面白いなぁ…いっそのこと二人でお笑いコンビでも組めば?分かる死神にしか分かんないけど…」
「シグレ先生、他の研修生が引いてますよ。あまり猟奇的に見える指導はするなと統括に言われませんでしたか?先生はそんなことはお構いなしなんでしょうが、昨今はコンプライアンスにもうるさくなってきているんですよ?気をつけて下さい。皆さん失礼しました。それでは、実際に試してみましょうか。大丈夫ですよ。まずは小さめの切傷から練習しますから。マソホさんのは見やすくするためにあえて大きく斬っただけです」
「えぇ…?クロさん…そうだったんですか?」
「すみません。ですが、ある程度の血の量がなければ花の形にはできないでしょう?」
「それはそうですが…」
「では次、五十音順にします。アキさん」
呼ばれたアキさんはビクリとした。けれども私はアキさんなら大丈夫だろうとも思った。
「では、いきますよ。斬る場所に希望があればどうぞ」
「お腹で大丈夫です…あの、マソホさんと同じくらいでも多分対応できます」
アキさんの言葉にクロさんは頷いて、サッと斬った。アキさんは冷静に傷口に手を当てると一気に固めて見せた。クロさんが頷く。血の塊をアキさんは両手にまとめて握りしめる。しばらくするとそれは手のひらから消えうせて両手には何の汚れも残っていなかった。隣では不幸にも名簿の後ろから訓練が始まっていた。そこにいたのはヨルさんで、ヨルさんは私の真似をしようと思ったのか血を花に変えようとして失敗していた。
「君、お腹から何生やしてるの?火炎茸に見えなくもないけど…不格好だなぁ。具体的にちゃんとイメージしないと花にはならないよ?それにキノコの類には猛毒があるものもあるから、イメージには向かないし…キノコを生やしたい子は稀だと思うよ?まぁ、彼岸花の花にも微量に毒は含まれるけど一番危険なのは球根だからね。百合根と間違えて食べたら大変なことになるんだ…君はどうせそんなことも知らないんだろうけど…」
「す、すみません…知らないです…」
「別に責めてる訳じゃないよ。固体化させられただけでも及第点だ。後は美しくやるか不細工でも構わないかは、各個人のセンス次第だし」
「不細工って…シグレ先生って…毒舌なんですね」
ヨルさんは情けない顔をしながら言った。
「おや、毒の話をしたからそんなことを言うのかい?思ったよりも鍛え甲斐はあるのかな?」
シグレ先生は次のヤミカさんを呼ぶ。ヤミカさんは挑戦的な顔をしてシグレ先生を見た。
「…シグレ先生…私の首も…落してみて下さい…」
ヤミカさんの言葉にシグレ先生は目を細めて笑った。
「そうこなくっちゃね。ベニの半分…見せてもらうよ?」
シグレ先生は嬉しそうに鎌を振ってヤミカさんの首を落とす。私のやり方を見ていたせいか、ヤミカさんは血を止めながらそれを薔薇の花に変えて自分の首を拾い上げた。
「想像より重い…」
ヤミカさんは私と同じことを思ったようだった。首を持ち上げたヤミカさんは私の方を見る。
「大丈夫、向きも合ってるしズレてないよ」
私が言うとヤミカさんは首を胴とくっつけた。斬られた場所に薔薇の花が咲いているので、ヤミカさんは薔薇の首飾りをしているような美しい見た目になった。
「ヨルさんは、ヤミカさんを参考にするといいよ?元々赤い花の方がイメージは楽だからね。後で花の図鑑でも見てみるといいよ。美しくやりたいならね」
シグレ先生は笑う。ヨルさんとヤミカさんの次に呼ばれたマユさんは、最初からすみませんと言って深々と頭を下げた。
「ち、ちょっとでお願いします。できれば十センチくらいで…」
それでも相当無理をしているのが感じられた。マユさんは小刻みに震えながらシグレ先生の鎌を待つ間きつく目をつぶっていた。




