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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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天敵

 シグレ先生が喫茶店に滞在するようになったその日から私の生活は一変してしまった。夕飯の後にクロさんはアシシさんと共に魂の回収の任務に出掛けてしまったので、私はシロガネさんの元で待つしかなかった。けれども気が休まるどころか、私は終始シグレ先生を警戒しなければならず、しまいにはアオハが青年になって私の近くに張り付いて辺りに睨みを利かす事態にまでなっていた。


「第五階級になったばかりで式神も持ってるなんて聞いてないよ…まったく。クロガネさんも余計なことをしてくれちゃって…」


 アオハを見たシグレ先生は子どものように頬を膨らませた。大人なようでいて案外中身は悪戯好きな子どもなのかもしれない。見た目が自他ともに認めるイケおじな分、残念だと私は思った。そのとき喫茶店のドアが開いて、ミランさんの声が聞こえた。


「こんばんはー!!シグレちゃん、みーつけたっ!」


 ミランさんはシグレ先生の姿を見るなり、ものすごい速さで突進した。シグレ先生は逃げる間もなく長身のミランさんに捕獲されて頬ずりをされていた。今まで散々周囲を翻弄したシグレ先生が目を白黒させるのを、シロガネさんはニヤニヤ笑って見ていた。


「やっ、止めなさい!!」


「止めないわよ。ちょうど出勤するクロガネちゃんに会って、とっておきの情報を教えてもらったんだもの。逃さないわよ。クロガネちゃんが帰ってくるまで、この子は私が預かっとくから、マソホちゃんはのんびりしてちょうだい、この前は逃げられたかもしれないけど今度こそ容赦しないわよ?何事も経験なんでしょう?だったら私が手取り足取り事細かに詳しく教えてあげるわよ。時間はたっぷりあるんだから!」


 ミランさんは腕力に物を言わせてシグレ先生を拘束したまま、あっという間に喫茶店から出てゆく。


「この前のキスのお返しよ」


 ミランさんはそう言うと私に片目をつぶって見せた。



***



「はぁぁ…シロガネさん、シグレ先生って、本気でアキさんの密着取材とかする気なんですか?」


 私はカウンターに突っ伏してシロガネさんに笑われた。


「有言実行だからね、すると思うよ。お疲れさま、マソホちゃん。それにしても…あの先生がマソホちゃんにも目をつけるなんて…ちょっと意外っていうか…だって、ベニのときは大して興味なかったからね。やっぱり半分になって別々の人生を歩むと何か違うのかなぁ…」


「ベニだった頃にも…知り合いだったんですか?」


「あぁ…うん、そうだね」


 シロガネさんはそう言ってほうじ茶とみたらし団子を出してきた。今までまるでいないかのように気配を消していたペコくんが、みたらし団子にそろりと近付いてきた。


「范さん、お団子食べる?」


 ミランさんが出て行って程なくしてから喫茶店に現れた范さんはちょうど食事を終えたところだった。最近范さんはヨルさんの担当から外れたばかりだった。ヨルさんは最近入ってきた研修生の一人に熱心に言い寄られており、何だかんだで交際を開始しそうな気配になっていた。范さんは時折相談は受けているらしい。ペコくんはお盆に団子とお茶を二人分乗せながら、私に向かって言った。


「僕は正直…あの人は…なんだか怖い。変なのに目を付けられたよね?」


「うん…私もそう思う…」


 私は顔を上げてお団子を口に入れる。甘じょっぱくて美味しい。シロガネさんが私を見て、なぜか懐かしむような顔をした。


「ねぇ、マソホさん、減点の話って本当なの?」


 ペコくんがなぜか小声で聞いてくる。


「え?らしいよ。シラタマは見たって」


 私は何やら嫌な予感がした。


「うわっ…なんなんだこれは?」


 スマホを見ていたシロガネさんがおかしな声を上げる。范さんもカウンター席に移動してきたので、ペコくんが私の隣に座った。どうやら范さんが情報を共有したようだった。


「これ…やっぱりマソホさんのことですよね。あの人は何を考えているんだか…」


 范さんは眉をひそめて私にその書き込みを見せてきた。独り立ちした死神だけが閲覧できるSNSなので、これでも恐らく范さんは微々たるものながら減点されることになる。


「第一階級特別区の死神が担当する研修生にキスをすると、通常の二倍のマイナス六十点。点数が余るほどある死神は、その甘い唇を試すといい…って!?なんなんですかこれはっ!!」


「ちょっ…特別区の研修生ってザックリ書いてありますけど、こう書かれたら喫茶店にいる研修生みんなが危ないじゃないですか!」


 ヤミカさんも声を上げる。シロガネさんは、あーと気の抜けたような声を出した。


「…ヤミカの唇も通常の二倍の換算だから、この文面で間違ってはいないんだよね…でもさぁ、これを公表しちゃうのが問題ってこと」


 シロガネさんはそう言ってヤミカさんにキスをした。ヤミカさんは固まった。


「……!人前で何サラッとキスしてるんですか!?」


「うん?気分?まーこれを読んだからって、第一階級以上の死神がこぞって押し寄せるとは考えにくいけどね、いい気はしないよなぁ…何を企んでるんだ?」


「当たり前じゃないですか!嫌ですよ、こんな書き方されたら」


「なんで私まで二倍なんですか!?」


 私とヤミカさんが同時に声を上げたので、シロガネさんは困ったように私たちを見た。


「それは統括の匙加減…と言いたいところだけど…」


「…異形化ですよね?ヤミカさんもマソホさんも…死因が呪詛絡みの研修生は異形化に繋がる可能性が他の研修生よりも高いから元々高く設定されている」


 范さんが静かに言って私の顔を見た。


「マソホさんを利用して点数を下げようと思う死神は…この先も多くはなくても現れるんじゃないかと私は思うよ。かく言う私もペコのことを利用しているから偉そうには言えないんだけどね。シグレはマソホさんを利用して自身も異形化を体験したいのかもしれない…あるいは異形化とまではいかなくても波紋の影響がどの程度のものなのかを知りたいのかも…二人は真面目だからそういう方面の心配はあまりしてなかったけど…シグレは少し強引なところがあるからね…」


 范さんは隣のペコくんの頭を撫でた。団子を口に頬張っていたペコくんは范さんの言葉にギョッとした顔をした。それは私もだったかもしれない。シロガネさんはため息をついた。


「シグレ先生は…最短期間で第一階級に到達した真面目な研修生だったからなぁ。波紋も異形化も経験せずにひたすらまっすぐに突き進んだ…俺たちが寮を開いて楽しくやってる間も…だから…今になってひずみが出てきたのかもなぁ…」


 シロガネさんがほうじ茶を飲みながらヤミカさんの唇に触れる。ヤミカさんは照れた顔をした。


「物事にはちゃんと理由があるってこと。ヤミカの唇も然り、ミランの襲撃も然り。ミランはねぇ、シグレ先生のことを前々から狙ってたから、シグレ先生はそれもあって人前になかなか姿を現さなかったんだけどね。今日は思わぬところから密告されたって訳だ。マソホちゃんの唇奪ってクロさんを怒らせるからだよ。自業自得だ」


「ミランさんって、あの人の天敵なんですか?」


 ヤミカさんが言うとシロガネさんは少し意地の悪そうな表情を浮かべた。


「そりゃそうだよ。ミランのタイプらしいからね。あぁいうのが堪らないらしい。クジョウなんかもちょっと危ないよね」


「イケおじ専門なんですか?だったら前の姿のシロガネさんも危なかったんじゃないですか?」


 私が言うとシロガネさんは団子を食べながら笑った。


「そうかもね。でもほら、そのときミランはずっと海外に行ってていなかったからね、セーフ」


 傍らのヤミカさんが何かを思い出したのか微妙に不満そうな表情になる。


「あの頃の…紳士的なイケおじはどこに行っちゃったんでしょうね」


「ヤミカ、つれないことを言うなって。俺もクロさんも、魂の回収ついでにずっと探してたんだよ。ようやく見つけたら二人ともその頃のことなんてやっぱり忘れちゃってたけどさ」


 シロガネさんが微笑んでヤミカさんの頭を撫でたのでヤミカさんは喉元まで出かかっていた台詞を飲み込んだようだった。


「…探してたんですか?」


「そりゃあね。ベニが二つになった責任は感じてた訳だし。魂の気配が薄い分…早世しやすいってのもあったんだと思う。悪かったよ」


「責任感じてるなら、シグレ先生のこともなんとかして下さいよ?マソホにとっては迷惑でしかないんですから」


 ヤミカさんはシロガネさんを見上げて、やけにきっぱりとした口調で言った。

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