作家の死神
「また痛みの訓練で狙われた?なんなんだ、第二階級の死神たちは!!しかも休めって言ったのにマソホは…まったく言うことを聞かないな」
統括はここ最近続いている不審な動きに、痛みの訓練の指導に加わる死神の名簿とにらめっこをしていた。クロガネはマソホを連れて自宅に戻っている。クロガネに痛みを返されたナミマは、病院とは異なる施設に放り込まれていた。監視カメラの映像でナミマの様子を見ると彼はバラバラになったまま元に戻れずに絶叫していた。特に首がすぐに外れてしまう。固定するのに目に見える糸と針を持ってきた監視の死神を見て彼は止めろと叫び声を上げた。
『こんなに綺麗に斬り落とされてるのに自力でくっつけられないなんて…第二階級が聞いて呆れるよ』
死神は手元のタブレットを見て肩をすくめた。
『第五階級…?お前、第五階級にやられたの?うわーしかも女じゃん。恥ずかしいなぁ』
やり取りを見ていた統括が口を開く。
「しっかし、マソホもキレるとなかなかやるねぇ…ふだんは、どっちかっていうとぼんやりしてるように見えるのに、そういうところはクロさんに似てるというか…一切迷いがない」
統括はニヤリと笑う。サギリがちらりとそんな統括を見る。マソホの話をするときの統括は機嫌がいいと、サギリは思ったが、わざわざ口に出すことはなかった。
「ぼんやりって…それは癒し系って言うんですよ。休めって言ったんですか?すみません、訓練に間に合うって勧めたのは俺なんで…」
シロガネの言葉に統括はフンと鼻を鳴らす。監視の死神から送られてきたナミマの数値を見ていたサギリが首をひねった。
「やはり…第四階級と第三階級の間というか…極めて第四階級寄りの数値しか出ませんね…なのに彼は第二階級…統括が間違えたんじゃないんですか?」
「サギリ…可愛くないことを言うなよ。間違う…?そんな訳があるか!いや、ちょっと待てサギリ、ナミマの資料をもう一度見せろ」
統括は紙の資料の方をめくり始めた。データ化したものもあるのだが、やはり彼にはこの方が馴染みがあるらしい。彼は資料を睨んでいたが、ようやく腑に落ちたように言った。
「私はこいつの階級を上げていない。上げたのは別の死神だ」
「は?何言ってるんですか、統括がこの椅子に座ってどれだけの歳月が経ってると思ってるんです?」
そこまで言ってシロガネはハッとしたように画面のデータを見た。
「もしかして…階級が上がったのは…統括が異端審問にかけられていた期間…?」
「あぁ、思い出したくもないクソみたいな記憶だけどな。ハイアオのせいで、取っ捕まって米国にまで連行されていた不在の期間があっただろ。そのときに一時的に統括の椅子に座ってたのが、クロフネだ…クソっ、あいつ、採点が甘過ぎるんだよ。なんなんだ。それともあっちとこっちじゃ基準値の測り方が違うのか?いずれにしても…その期間に階級の上がった奴のデータをピックアップする必要があるな、サギリ!」
「今やってますので、少々お待ちを」
サギリが素早くパソコンのキーボードを叩きながら返答する。サギリは古い死神だが、新しいものにぐいぐい食いついてくるところがあった。統括も恥ずかしくない程度には使えるが、サギリほどではない。サギリはあっという間にクロフネが統括代理として座っていた期間に階級の上がった死神の名前とその経歴をリストアップしていた。名簿を見たシロガネは舌打ちをした。
「…こんなにいるのか。思ったよりも多いな…」
見知った名前がちらほらある。とりあえずナナクサの名前がないことにシロガネはホッとした。ナミマを始めとして、やはりミズマの名前もある。シロガネの知らない死神の名前もちらほらあった。どことなく名前に共通項がある。水に関わった死に方をしている者の比率が多いのは偶然だろうか。確かクロフネも海難事故ではなかっただろうか、とシロガネは考える。
「ミズマはクロフネの子飼いですよ…」
「あぁ…身の程知らずにも、クロさんを怒らせた奴だろ」
統括は皮肉な笑みを浮かべた。
「少し嫌な感じがするのは、ナミマは…トウキの指導官だったんですよね…トウキに従っていれば見逃してやろうと思ったのに生意気だなんてアキに言ったんですよ。で、マソホちゃんがブチ切れたとこに俺が割り込んだんですが…これって波紋にならない程度の影響をトウキがナミマに与えたからじゃないかと俺は思ったんです…ナミマが第二階級じゃなくて実力はトウキとそこまで大差ない第四階級寄りと考えればそれも納得がいくんですよね…」
シロガネの言葉に統括はナミマの資料をとんとんと指先で叩いた。
「あぁ…なるほど。トウキは思った以上に小狡い奴なのかもしれないな。元々そのやり方を教えたのがナミマであれ誰であれ…他力本願の死神にはロクな未来は訪れない…一人で戦えない奴はいつか自滅する…」
統括は別画面でトウキを映し出す。驚くほどに異形化した魂を捕獲できていなかった。指定された量の半分にも満たない。しかも小物ばかりで、これではあまり清掃の意味がない。
「シグレ!聞こえるか?戻っていい。上がってくる間に夕暮れになる。夜になる前に戻れ」
呼ばれた死神はタブレットに向かって頷いた。マソホが見た担当死神とは別の死神になっている。
『お陰で創作意欲が掻き立てられましたよ。こんなにやる気のない研修生を見るのは初めてである意味新鮮でした。トウキさん、今日は終わりだそうですよ。帰りましょうか』
シグレと呼ばれた死神はトウキに声をかけたが、彼は返事もしなかった。
『やれやれ、最近の子は返事もまともにできないんですか?』
シグレは笑いながら瞬時にまるで暗殺者のようなスピードでトウキの首に向かって小振りな鎌を突き付けた。さすがにトウキはビクリとする。
『返事のできない喉なら不要ですよね?その首、一度斬り落としてあげましょうか?』
『な…!こんなやり方はパワハラですよ!!』
トウキは声を上げた。
『喋れるじゃないですか。私が話しかけたら反応くらいして下さい。首を斬り落としたくらいでパワハラだなんだと騒がれたくはないですねぇ。どうせ死んでるんですから、悪魔に喰われでもしない限りは、もう一度死ぬこともないですし、その舐め腐った根性…見ていると腹が立つんですよ…』
シグレは冷酷な笑みを浮かべる。この死神は少しクロガネと似たタイプだと統括は思いながら様子を窺っていた。元作家の死神だけあって、無尽蔵の想像力を活かして面白い戦い方を見せる。今はさながら暗殺者になり切っているのだろう。ダイコンよりもよほど自然に芝居ができる。
「シグレ…本来ならそいつの口はペラペラよく喋るよ。嘘と真をないまぜにして同情を煽るのが得意だ。少なくとも君の熱心な読者二人がそのせいで被害を被ったようだ…」
言われたシグレは眉を上げた。
『それは由々しき事態ですね。私は読者は大切にしてるんですよ?少しは他人の痛みを知った方がいいのではないですか?ちょうどいい、点数を減らす相手は君にしましょう。これから私は暴挙に出ます。反撃してもいいですよ?』
そう言ったシグレは鎌を持ち直すとあっけなく振った。トウキの口から声にならない呼吸音のようなものが漏れる。シグレの鎌はトウキの腹に突き刺さり背中から先端が飛び出ていた。
『なんだ…予告してあげたのに、反撃の準備もできないなんて、君…本当にポンコツなんですねぇ…このまま帰るよ』
シグレは鎌を刺したままトウキを促す。トウキはその場に崩れ落ちた。鎌の刺さった腹から血が溢れる。
『自力で立ち上がって歩きなさい。刺さってると思うからそうなるんだ。嫌なら自分で引っこ抜けばいい。止血もできないとは言わせないよ?』
だがトウキはダラダラと血を流したまま呆然としていた。
『まったく…君、死神辞めたら?その方がいいんじゃないですか?君みたいなのにこの仕事は向いてませんよ。何が格好良く鎌を振って女の子にモテたいだ。鎌を振れもしないくせに、何も努力しないでそんな境地になれると思ってるのがおこがましいんですよ。私ですら特別区の死神にはなれなかったのに、甘ったれた根性で他人を利用して点数稼ぎをしているからこうなるんです』
シグレはトウキを鎌に刺したまま肩に担ぎ上げた。
『今から戻ります。歩けないみたいですから。そこに…シロガネさんはいますか?』
「えっ?なんでバレた?」
『一瞬見えたんですよ…地下から戻ったら食事をしに行きます…たまには食べる行為もしないと…忘れてしまいますから』
「あ、あぁ…お待ちしてますよ。先生の最新作待ってるんですが」
シロガネの言葉にシグレは苦笑した。
『…嫌だなぁ…シロガネさんに先生なんて呼ばれると皮肉にしか聞こえない…』
「のんきに話してると日が暮れるぞ」
統括が釘を刺すとシグレは言った。
『このまま地下に放棄したいのを我慢して連れ帰るんですから、お喋りくらいさせて下さいよ…一緒にいても楽しくない相手との作業は苦痛でしかない…シロガネさんは楽しそうにやっているとお聞きしていますよ?ベニさんの半分はそんなに魅力的ですか?』
シグレの言葉にシロガネは、どう答えるべきか返答に戸惑った。下手に言葉を使うとこの作家の死神の前ではそれが凶器となって自身に返ってくる。だが嘘も良くない。
「…魅力的じゃなかったら、そもそも縁を結んだりもしませんよ…」
シロガネの言葉にシグレはハッと短く嘲笑した。シロガネにというよりは自分に対して向けられた笑い声に聞こえた。
『これだから…特別区は妬まれる訳ですよ…では、そろそろ移動するので一端通信は切ります』
シグレはそう告げると画面から消え失せた。




