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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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痛み返し

 私が周囲を警戒しながら進んでいると、上から何かがぽたりと落ちてきた。慌てて額を拭うと赤い。見上げると高い所に女の顔をした蜘蛛が巣を張っていた。悪趣味だと思う。この試練の場を作ったのはあの入り口にいた死神なのだろうか。青白い手足を動かして蜘蛛の女は素早く移動してきた。近くに来てそれがヤミカさんの顔をしていることに気付く。


「マソホ、助けて…!!」


 ヤミカさんの声で蜘蛛は囁く。なぜか口の周りが赤い。


「ヤミカさんはそんなこと言わない。この程度のことで引っ掛かったりしない」


 私は男性の姿になって大鎌を構えた。目の前のヤミカさんが驚きの表情を浮かべる。やはり偽物だ。この姿を見てもヤミカさん本人ならこんな顔はしない。私は鎌を振って首を刎ねた。気味の悪いことに青っぽい体液を切り口から撒き散らした蜘蛛は、その断面から別の頭を生やしてきた。クロさんの顔だ。私は腹が立って首を落として身体を鎌で真っ二つにした。ようやく蜘蛛の姿が消える。更に先に進んで私は足を止めた。


(これも偽物?それにしてはよくできてる…)


 目の前に異形化した魂があった。私の得意ではない脚のたくさんある身体にぶよぶよした身体が乗っている。たるんだ皮膚の隙間から青緑の液体が時々流れていた。長い首の上には見知らぬ女の顔が生えていた。その顔がニヤニヤ笑ってこちらに向かって何かを吐き出してきた。大量の虫だった。私は火炎放射器をイメージして噴射する。吐き出された虫はあっという間に燃えたが、長い首の女はひゅんと首をしならせて私の前に顔を突き出してきた。私は後ろに飛び退って鎌に持ち替えると、うねうねと動く首を斬り落とす。足元に落ちた首は青緑の液体を撒き散らしながらまだ嫌な笑い顔をしていた。


「特別区の死神の愛人…」


 それは笑いながら喋った。私は鎌を頭に突き刺す。嫌な手応えがあったのにそれはまだ喋った。


「死神の…愛人…特別区の…死神の…」


 壊れた機械のように繰り返すそれに私がもう一度鎌を刺すとようやく喋らなくなった。私が不快だと感じた言葉を拾って繰り返すのだろうか。飛び越えて次に進むと鎖に繋がれた自分がいた。私は無視して進もうとした。けれども何かが引っかかり足を止めてじっとその姿を観察した。助けてとも何も言わないのに、自分の顔のその女性は私を見ずに、目線を何度も上の方に向けた。そのときになって私は四方の壁が狭まっていることに気付いた。


(何かの合図?このままじゃ押し潰される…!)


 私は目の前の私のブローチの石の色が違うことに気付いた。青い。私のブローチの石は赤だ。


(まさか…ヤミカさん?)


 騙されているかもしれない。そう思ったものの、瞬時に私は鎌で鎖を切り落とした。私の姿をした女性はそのまま微笑むと溶けて消えてしまう。やはり罠だったのかと思いながらも逃げ場がないので私は人一人分の消えたその空間に入り込むしかなかった。鎖が腕や足に巻き付く。私がそこに納まると空間はまた元に戻った。しばらく私はそのままそこに拘束されていた。その間に私は天井にボタンのようなものを見つけていた。あれを押せば止まるのだろうか。確証はなかった。そのとき次の研修生なのか誰かがやってくる。その男性は私の顔を見て驚いたような表情になり狂ったように鎌を振り上げて向かってきた。途端に壁が狭くなり男性の叫び声が上がった。私は視界が暗くなりその瞬間は何も見えなくなった。いつの間にか拘束が解かれて私は別の空間に落ちていることに気付いた。殺気を感じて私は慌てて鎌を出した。鎌と鎌のぶつかる金属の嫌な音がした。


「なかなか勘は鋭いな」


 目の前に見知らぬ死神がいた。私は男性の姿のままでいて良かったと思った。かなり腕力が強い。鎌を持つ手がブルブルと震えた。少しでも力を弱めれば鎌で斬り裂かれる予感がした。本気で斬るつもりだと思った。


「どうした?耐えるだけで精一杯か?斬ってみろよ?」


 そのとき私の奥に封じ込めていたアオハの動く気配がした。


(マソホ、使えるものは全部使って!僕はマソホの式神なんだから!)


(じゃあアオハ、飛び出して!)


(それだけ?)


 アオハが私の胸の辺りからひょいと飛び出ると、目の前の死神は慌てて一瞬腕の力が少し緩んだ。その隙に私は渾身の力を込めて鎌を相手に向かって突き出した。


「…っ!!」


 死神はよろめいて肩から腹にできた傷を見て信じられないという表情を浮かべた。


「お前…第五階級…だろ…」


「そうだけど、何?」


 私は腹立たしく思いながら大鎌を振った。そのときになって彼の後ろに倒れている血塗れのアキさんの姿が目に入った。片腕が落ちて転がっている。服がボロボロになったヤミカさんがアキさんの真っ赤なお腹に手を当てていた。私は怒りのあまり、再度大鎌を振り上げて相手の胴を真っ二つに斬り裂いた。


「どうして、アキさんだけあんなに怪我をしてるの!?」


「……!!やっ、止めろ!!」


「アキさんと同じ分だけ斬ってやる!!質問に答えて!」


 私は相手の胸に鎌を突き刺す。引き抜いて横に素早く鎌を振って首を斬り落とした。死神はこの程度では死なない。相手の髪を掴んで首を持ち上げると首だけになった死神が口をパクパクさせた。


「俺はトウキの…元…指導官だ…トウキに従っていれば…見逃してやろうと…思ったのに…あの女は…生意気…なんだよ…お前も…首を斬り落として…平然と…イカれてる…」


「研修生もバカなら指導官もバカなの?痛みの訓練にかこつけて、個人的に制裁を加えてるだけじゃない!!それに首を落とすのは初めてじゃない!この程度、どうってことない!!」


 私は首を放り投げると鎌を振り上げた。


「マソホちゃん、ストーップ!!」


 後ろから声がしてシロガネさんが私の鎌を握って押さえていた。シロガネさんは地面に落ちて転がった頭に向かって言った。


「なかなかに…いい眺めだな。第二階級の死神が第五階級の研修生に細切れにされそうになるってのはさ…女だと思って舐めてただろ?残念だったな」


 シロガネさんは私の鎌から手を離すと私を後ろから抱きしめた。私は慌てる。いつの間にか別の死神がやってきていてアキさんを担架に乗せて素早く運んでゆくのが見えた。ヤミカさんはこちらを見て頷くと付き添っていった。


「それでもあの二人も頑張ったよね。一人倒して煙幕を消したところでマソホちゃんが転がり落ちてきたのが一瞬見えたんだ。何が起こってるのか最初は分からなかった。幻の訓練風景が広がってて…こっちも、気づくのが遅れて悪かったよ」


「シロガネさん…私…」


「うん?」


「殺意が湧いて…止められなくて…」


 今更になって私の手足はガタガタと震え出した。


「大丈夫だよ。もしかしてトウキにずるい階級の上げ方を教えたのはお前か?マソホちゃんがブチ切れて首を落としたのはスカッとしたけどなぁ。ナミマ、お前こそ、そんなんで本当に第二階級か?何かずるいことやったんじゃないのか?もしそうならペナルティより恥ずかしい罰が下されるよ。点数じゃ到底補い切れない…地下清掃の人員が増えるのはいいことだよなぁ…再審査にかけてやる。お前のお友だちも含めてな」


「やっ…止めて下さい!!俺は…トウキに…脅されただけだ…!!」


 別の死神が二人現れて私がバラバラにしたナミマと呼ばれた死神を透明な容器に回収した。胴体と手足を放り込んで最後に頭が乗せられる。地面に流れた血を一人の死に神が集めて別の容器に流し込んだ。私は今更ながら、気分が悪くなってきた。口元を押さえて私は思わずシロガネさんの手から逃れて隅に行くと嘔吐した。


「マソホちゃん…」


 私はシロガネさんの手を背中に感じた。涙が流れてくる。自分はいったいどうしてしまったのだろうと思った。


「大丈夫だよ…大丈夫」


 シロガネさんに水を渡されて私は口をすすいで残りは飲み干した。急に乾きを覚えて私は肩で息をしたまま、ぼんやりとシロガネさんを見上げていた。


「ヤミカさんの…とこに…行ってあげて下さい…」


 私が言うとシロガネさんは私をひょいと抱き上げて言った。


「何言ってるの。ヤミカは大丈夫だったんだよ。アキがいたから」


「私も…大丈夫です…」


 言ったところで、私はお腹の奥に焼けるような痛みを感じた。私は痛みに耐えて口をつぐんだ。身体のあちこちが痛い。首にも激痛が走る。肩からお腹にかけても次第に痛み始める。


「今、クロさんを呼んだから少し我慢して。痛いだろ…アキも戦って別の一人をバラバラにしたから…あぁなったんだ…痛みを相手に返すズルい戦術だな…俺の中に入りな。マソホちゃんでもさすがに痛いだろ。鎌の傷は…」


 シロガネさんは私を抱きしめて、強引に引き込んだ。私はするりとシロガネさんの中に入ってしまった。


「うーん、ヤミカと似てるけどやっぱり違うんだね。当然だけど。いたた…豪快に斬った割にはマソホちゃん自身はバラバラにならないなんて…第五階級なら通常は有り得ないことなんだけど…」


 シロガネさんは言いながら、何もない場所を手で探った。そこがドアだったようで開くと、別の死神が待っていた。


「…中で何があったんですか?」


「あー詳細は分からないが、俺のとこの研修生が皆負傷した。相手に傷を返す技は実際の戦闘以外では使用禁止になっただろう。なのに使った死神がいたんだ。ナミマとドラゴンには再審査を申請する」


(ドラゴン…!?)


 私は思わず耳を疑う。


(今更だけど…死神でドラゴンはちょっと…口にするのも恥ずかしいよね。それならダイコンの方がマシだ)


 シロガネさんは心の中では笑っていたが、目の前の死神は怯えた表情を浮かべていた。


「ハバキ、何か知ってんの?知ってんならさっさと吐けよ。後からバレた方が、もっと下層の暗くて汚い地下清掃に回されるぞ?」


 シロガネさんが見下ろすと、ハバキと呼ばれた男性は顔を覆って首を横に振った。


「ナミマさんが…協力しないと…上に言って…点数…奪うぞって…俺…何をするのかは…知らされてなくて…ただ…入れてくれればいいって言われて…すみません、本当に申し訳ありません!特別区の研修生だなんて思ってなかったんです!!」


 シロガネさんが深いため息をつくのが聞こえた。


「まぁ昔は実際、こういうえげつない訓練もあったから、今は甘いって話もあるけど…それに、ハバキの言い方だと特別区の研修生だと分かってたらやらなかった、みたいに聞こえるけど、誰の担当だろうが使用禁止になっている技を使うのは反則だと思うけど?」


 シロガネさんはハバキさんの首に片手を伸ばした。ほんの少し触れただけなのに、ハバキさんは首を押さえて崩れ落ちる。


「…第二階級なら耐えれるだろ。この程度の痛み。特別区の研修生は痛みに関しては強いんだ…なんでお前、止血すらできない訳?それで第二階級名乗るのはおかしいだろ」


 シロガネさんは首からダラダラと血を流すハバキさんを見下ろした。


「お前も再審査だな。やれやれ、なんなんだ、いったい」


 シロガネさんはやや困惑しているようだった。そのとき声が聞こえてクロさんが現れた。


「マソホちゃん、クロさんが来たよ」


「いったい何があったんですか?」


 クロさんは低い声で言って、シロガネさんの足元に崩れて首から血を流したままのハバキさんに冷たい視線を浴びせた。


「再審査の必要な死神が数名出てきたのと、アキとマソホちゃんが狙われたから、こっちも要調査だよ。クロさん、ちょっと聞くけど…マソホちゃんと何か特別に訓練でもした?」


「今は悠長にそんな話をしてる場合ではないでしょう。マソホさんを渡して下さい」


「はいはい」


 シロガネさんはクロさんを抱きしめる。クロさんは少し嫌そうな顔をしたが無言で私をシロガネさんの中から自分の中に移動した。


「他人の中に入れたマソホさんを受け取るというのは…あまりいい気はしませんが…緊急事態だったようですから仕方ないですね。マソホさんしばらく休んで下さい。大丈夫です。今、痛みを取り除きますから…」


 クロさんの言葉と共に身体中の傷が癒されるのを感じた。同時にクロさんの中にどす黒い感情が沸き起こる気配がした。


「痛みは本人の元に戻します。第五階級に簡単に斬られる方が悪い」


 クロさんは身体の中から痛みを集めたものを細長い紙に移す。赤く禍々しい文字が浮き上がり紙に刻まれるのが見えた。私はそれを止められなかった。痛みが吸い取られる。


「…全てお返ししますよ、ナミマさん」


 どこか酷薄な笑みを浮かべてそう言うと、クロさんは紙を飛ばした。

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