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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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悪口

 クロさんと私がロビーを歩いているとシロガネさんがいた。ミナミさんもいて、私に気付くと手を振ってきた。


「クロさんは帰って休んでいいよ、後は俺が付き添うからさ」


「…そうですか。では、マソホさん、今夜も遅くなると思いますから、夕方出かける前に会えるといいのですが…喫茶店に寄りますね」


 クロさんは人がまばらなのをいいことに私を抱きしめて頬に口付けをしてから颯爽と出て行った。


「…クロさん、大胆になったねぇ」


 背中を見送ったシロガネさんが私の顔を見てニヤリと笑う。ミナミさんにまで微笑まれて私は居心地が悪くなった。それが身体の中の炎の影響なのか、クロさん本人の心がそうさせるのか私には分からなかった。


「さーて、俺らはこれから訓練を見学してるつもりだけど、マソホちゃんはどうする?ちゃちゃっと痛みの訓練参加してくる?今ならまだ間に合うよ?今日は一人で戦う訓練だよ」


「分かりました。じゃあ行ってきます!」


 私はシロガネさんの言葉に頷いた。



***



 遅刻なので恐る恐る静かに扉を開けると、まだ説明が始まったばかりで、前回のように順番に数名が中に入って訓練を行うようだった。ただ前回と異なるのは今回は一人ずつという点で、ヤミカさんとアキさんが手招いたので私は近くに行って、ホワイトボードに書かれた注意点について確認した。


「最後に入ったのはマソホさんですか?」


「はい、申し訳ありません。統括に呼ばれていました」


「そうでしたか。昨晩のあなたの対応は落ち着いていて立派なものだったそうですね。初仕事にも関わらず。これからも活躍を期待していますよ」


 女性の死神に言われて、その場にいる研修生たちがこちらを振り返ったので私は居心地の悪さを感じた。小声のざわめきの中に特別区の死神の愛人という意地の悪い言葉が聞こえてきた。言いたい者には言わせておけばいい。それでも気分は良くなかった。説明が終わって最初の数名が中に入ると待っている間に噂話が聞こえてきた。アキさんのことを言っている。トウキさんを捨てて特別区にいる歳の離れた研修生と付き合い始めた自分勝手な女だと、女性の声が言っていた。声の方を振り返ったヤミカさんが、わざと大きな声で言った。


「トウキって人がどういう性格だったかも知らずに、よく片方だけが悪いって断言できるよね。知りもしないのに噂を広めると波紋が出るから気を付けた方がいいのにね、そう思わない?」


 私は話を振られたので何も言わない訳にもいかず、口を開いた。本当はこういう言い合いは苦手だ。 


「今まで点数を上げるのに散々利用して、これからも利用し続けるつもりだったみたいだし、別れて正解だよ。それに、自分で努力しないで点数を上げちゃうと地下清掃の仕事が回ってきたときにノルマを達成できなくて苦労するみたい。トウキって人、今日は地下清掃に入ってるけど異形化した魂を集めるのに時間がかかり過ぎてて、一時的に担当してる死神も呆れてたよ。やっぱり楽して点数だけ手に入れてもどこかでしわ寄せが出るから、ちゃんと実力で点数を溜めないと死神にはなれないんだと思う…」


「あの人、地下清掃に入ってるの?」


 小声でアキさんが聞いてくる。


「うん、全然集められてなかったけど。明らかにサボってきたとか、他の研修生に迷惑をかけたとか、そういう人は統括がチェックしてるみたいだし、アキさんは今までちゃんとやり過ぎなくらいやってたんだから、堂々としてたらいいと思う」


「マソホさんは異形化した魂…見たことがあるってホント?」


「うん、ホントだよ。来て早々に襲われてお腹を喰われたの。あの頃は何があったのかよく分からなかったし、生霊だったから鎌も使えないみたいだったし、地下に出るのよりも厄介だった…どう対応するのが正しいのかいまだに分からない。追い払えたら一番良かったんだけど、私に執着してたみたいだったから…執着って良くないね。トウキさんもだけど。トウキさんの感情もアキさんへの執着だって思う…」


「よ!マソホさん!」


 声をかけられて振り返るとヨルさんがいた。


「あ、ヨルさんこんにちは」


「マソホさんの悪口言ってた奴の口は封じてきたから安心して。お節介だったかな?」


「えっ?あ、ありがとうございます…」


「だって愛人じゃないもんね。来世の伴侶ってカッコいいなぁ。俺も見つけたいよ。そういう相手」


「…見つけたんじゃないんですか?…死神の中になら」


「ちょっ!マソホさん!!それ以上はストップ」


 慌ててヨルさんは小声で言った。


「マソホさんって、見てないようでちゃんと見てるから怖いなぁ…それにあんなランクの高い死神が本気で相手をしてくれるかって言ったら…俺なんかまだまだだなぁと思うし…ま、地道に訓練あるのみだね!楽しても得られるものは何もない!認めてもらって、相応しい相手だって思われるくらいにならないと始まらないからさ」


 ヨルさんはニッと笑った。何だか吹っ切れたように見えた。


「アシシの奴は…結局来ないし…ったく」


「アシシさんは今日は夜勤が入ったから多分そのまま寝てるんじゃないかな。昨日も結局喫茶店のソファーで仮眠して待ってたから…眠いと思う」


 それだけではなかったけれど、私は余計なことは言わなかった。ヒサメさんがただ眠るだけで終わる訳はないと思った。


「マジかーほんとあいつも…」 


 なんだかんだ話している間に少しずつ研修生は扉の向こうに消えてゆく。中には一人で入るのが不安なのかためらう様子の研修生もいた。


「すっ!すみません!やっぱり今日の研修は止めておきます!」


 一人が逃げるように出て行くと、その後ろの何人かも慌てた様子で言い訳を口にして訓練への参加を取り止めて次々と慌ただしく出てゆく。見送った私たちはヤミカさんと顔を見合わせた。


「あいつら…誰かの悪口言う前に、こんなところで逃げるくらいならちゃんと自力でやれよって話…友だちだからって甘える奴いるじゃない。そんなノリで続けられるほど甘い仕事じゃないって思うし。片手の波紋で俺は懲りたから、誰かを利用したりはしないし、利用もされたくもないなーって思う」


「みんながヨルさんみたいに考えてはいないですよね。ただ何となく格好いいから死神になろうかなって始める場合もあるし…別にきっかけはそれでもいいと私は思うんです。じゃあ格好いい死神になるにはどうしたらいいのか。重要なのはそこじゃないかなって」


 気付けば前の列の研修生が恐る恐るドアを開けて中に入るところだった。


「無理だと思ったら中断しても構いませんが、点数は中断する前までに倒した相手の数相応のものになります。苦情は受け付けません」


 次の研修生も慎重にドアを開ける。気付けばあれだけいたはずの研修生の数が半分程度に減っていた。お陰で早く順番が回ってくる。ヤミカさんが先に入り、少し経ってからアキさんも入った。


「いってらっしゃい、マソホさん」


 ヨルさんは私に手を振って、ドアの横にいる死神にジロリと見られていた。


「君か。范のお気に入りは」


 ドアが閉まる直前に、見ず知らずの死神にそんなことを言われたヨルさんが、へっ?と、おかしな声を上げたのが聞こえた。けれどもドアが閉まると会話は何も聞こえなくなった。私は少し気になりつつも薄暗い空間を先に進む。迷路なのだろうか。私は一人という条件だったのでアオハを意識の奥へ導いて外に出さないようにした。アオハは少し不満そうな声を上げてから、私の奥で大人しくなった。しばらく歩いていたけれども、何も出てこない。倒した相手の数だと言ったからどこかから何かが出てくるはずだった。そのとき突然横から足音が聞こえた。鎌を出すと、悲鳴を上げたのは見知らぬ研修生だった。


「やめて!斬らないで!」


 私は鎌を下ろさずに相手をよく観察した。どこかおかしなところはないかを見ているうちに、私はその研修生の違和感に気付いた。


「どうしてブローチをしていないの?あなた、ニセモノでしょう!死神なら鎌を出して!!」


 途端に怯えた様子から一変して彼女は私の目の前で巨大な蛇の姿になった。


「私、蛇は苦手じゃないの。むしろ好きだから斬りたくないんだけど、仕方ないなぁ…」


 私は諦めて両手の鎌を振るって蛇の頭を落とす。頭を落とすと蛇はぐずぐずと姿が歪んでやがてすっかり消え失せた。


「さて、次は何が出るのかな…」 


 私は再び薄暗い道を進み始めた。

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