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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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報告

 喫茶店でかなり遅い食事を済ませてから私とクロさんは統括のもとに向かった。統括は珍しく部屋のソファーで横になり、サギリさんの膝枕で眠っていた。心なしか幼く見える。


「あぁ…来たか…」


 統括は起き上がるとサギリさんに言った。


「サギリ…ドアの外を見張っていてくれ」


「分かりました」


 サギリさんは私たちに向かって一礼すると部屋から出て行った。


「サギリは…ランクが上がってから…心の在り処が分からなくなったというから…少し状態を緩和するのに色々と試しているところなんだよ…」


 統括はそう言って何事もなかったかのように私の方を見た。


「マソホ、おいで」


 私は思わずクロさんの顔を見上げる。クロさんが頷いたので私は統括の方に行った。前に立った私を、統括はしばらくじっと見ていた。やはり統括には炎が見えているのだろうかと私は不安になる。


「クロさん、ちょっと動かないようにマソホを支えていてくれるか?」


「はい…」


「少し触るだけだよ。クロさんは平気だろうけど、僕が触れたらやっぱり違和感はあるだろうからね」


 背後からクロさんが私の両肩に触れる。私がクロさんを見上げるとクロさんは大丈夫という風に頷いた。統括の手が伸びてきてすっとお腹の中に入り探られるのを感じた。


「なるほど…」


 容赦なくお腹の中を掻き回されて私は少し動いてしまった。クロさんは片方の手で私の目を覆った。


「大丈夫ですよ…」


 やがて統括の指先が炎に触れる。少しの間彼は炎に触れていたが、そっと指を抜いた。私はホッとした。


「ふぅん。随分と古い炎なんだな…それに微細な悪魔の力が加わっているようだが、これが何かマソホに影響を与えるかと言っても…例えば火事で命を落とした者が時折体内に炎を宿したままの状態になっているのと区別はつかないと言ったらいいかな。その程度の炎にしか見えない。マソホの魂を回収したクロさんは、マソホが刺殺されたと知っているから、そこに炎があることに違和感を覚えるかもしれないが…仮に他の死神が見えたところで、別におかしなことでもないから、よほど見える死神でもマソホの死には炎も関わっていたのだろう、と思う程度のことだろうな」


「それでは、マソホさんは…」


「別にこのまま今まで通りに仕事を続けて問題はないだろうな。仮に悪魔から接触してくることがあれば別だが…それと、残念ながらクロフネの子飼いがこちらにも数名紛れているようだから…悪魔から精鋭部隊を借りるなどという過激な発言は現段階では控えておいてもらえると助かるよ。マソホを異端審問にかけられたくはないだろう?あちらが悪魔の退治に消極的なのは、戦闘可能な死神が育っていないことも要因の一つなのだが、指摘したところでへそを曲げられるだけだろうから、こちらからも余計なことは言わないよ。ただし準備はしておく。万が一、再び襲撃しに来た際には迎え撃つくらいの意気込みで仕込み甲斐のありそうな研修生には戦い方を徹底的に覚えさせる。逆に防御が得意な者はそちらの能力を伸ばす。マソホも例外ではないよ。むしろ、シロガネの寮に集まっている研修生は戦いと防御において見込みがある…逆に言うなら見込みのないものは寮に入れるなとシロガネには言っておいたよ。士気に関わるからね。第一階級特別区の者から順番にそれぞれの式神を探して契約させていこうと考えている。まずはアキをあの集団から離脱させられて良かったよ。他人の甘い汁を吸ってのうのうと階級だけ上げても後々に苦労するのは自分だというのに、理解できない奴はずっと地下の清掃でもしていればいいさ」


 そう言うと統括はパソコンの画面を操作して中から一つの画像をピックアップした。


「監視付きでぶち込んだんだが、本当に使えない奴でさ、実力は六級以下と言ってもいい。こいつは結局一人じゃ何にもできないお坊ちゃんなんだよ…生前の自分を見てるようで腹が立つな…」


 統括が思わず漏らしたひと言に私は意外な思いがした。画面にはひたすら恨み言を言いながら地下の掃除をするトウキさんが映っていたが、捕らえられた異形化した魂は、まだ渡された袋の底の方にしか溜まっていない。そのときトウキさんの目の前をスッと横切った影のようなものが見えた、物凄く嫌な顔をしてトウキさんは手に持った火バサミで掴み取って袋に押し込んだ。


『そんな小物ばっかり、ちんたら獲ってたら、明日になってもノルマは達成できないよ』


 傍らで手元の明かりを頼りに小説を読んでいる死神が、ため息交じりに言う。トウキさんは苛立ったように声を上げた。


『嫌なんだよ!こういう暗いところで、異形化した魂を集めるなんて地味な作業は!!』


『小物しか捕まえる勇気もないくせに偉そうなこと言うなよ。まったく…あー統括見てますか?もう…使い物になんないですよ。ケツ蹴り飛ばして輪廻の輪に放り込みたい気分です…こいつ、女のヒモだったんですか?』


「…悪いな、明日までの辛抱だ」


 統括は映像を最小化して、こちらを振り返った。


「…珍しいですね。統括がそんなことを言うとは」


 クロさんまでが私と同じ事を思ったらしく、そんなことを言う。統括は言った。


「サギリに甘えてたんだよ。死神になったばかりの頃は。今のトウキみたいにね。でもこのままじゃダメだとある日気付いてサギリにわざと冷たくして突き放した。離れる必要があったんだ。サギリは…淡々と階級を上げていったけど…その間に何を感じていたのか…僕には分からない。徹底的に無視していたから。それで今更になって…自分勝手にサギリのフォローをしようとしてる。第二のハイアオになられちゃ困るから…まぁ自分で気付いた分、トウキとは違うけど五十歩百歩だな…」


 統括はそう言うと私の顔を見た。私はようやくそこで、統括が自分のことを「僕」と言っていることに気付く。


「マソホはとりあえず当分の間はクロさんとは離れるなよ?マソホは自分一人で抱えられる以上の物事も抱え込んで平気だと思うところがあるからな。初仕事も死神たちを騒がせて二位との差がえげつないほど開いてたって話じゃないか。血を流してる魂を取り込むことに躊躇しないのは長所だが、五級になったばかりでやってみようと思う研修生は滅多にいない。そういうところはサギリと似てるよ…」


「……サギリさんと私が?そう…なんですか?」


 私はピンとこなかったが統括は苦笑した。


「結局のところ…我々呪禁師の系譜は…似たような魂を求めてしまう傾向が強いんだろうな。奥ゆかしくて…それでいて芯に強さを秘めている…だが、悪魔の炎を宿したのは少し想定外だったな。悪魔を倒すのに別世界の悪魔の力を借りるなど…死神の沽券に関わる問題だし、間違いなく米国死神統括本部は猛反対するだろう。借りたとして…その後に何の報酬も払わずに済むと思うか?全ては未知数だ。自分の魂で贖(あがな)おうなどとは、間違っても考えるなよ?」


 私はハッとしてクロさんの顔を見上げた。クロさんはいつも通りに穏やかな顔をしたまま私の顔を見つめた。


「私の魂で贖えるのなら安いものですが…炎を飲み込んだのはマソホさんですから…マソホさんと共に私は歩みますよ。たとえ何があったとしても、もう二度と別の時を生きることはしたくありませんから…」


 クロさんの言葉に統括はソファーの背もたれに両手を広げて背中を預けると上を向いて言った。


「共に歩む…か。やれやれ、見せつけてくれちゃって…炎だから燃えるのは分かるが、ブローチの交換もなしに互いの熱を交換し合ったのもその影響なのか?他の死神の前では自制してくれないと、鬼畜なクロガネ先生の印象が変わってしまって、舐めてかかる連中が現れると困るから程々にすることだ。今日はもう帰っていいよ。今夜は…アシシを同行してほしい。マソホは今日は休め。いいな?」


「えっ?はぁ…分かりました」


「話は以上だよ」


 統括はソファーから立ち上がると、ドアのところまでやってきた。私たちが出るのと入れ違いに統括はサギリさんの腕を引いて部屋の中に引き込む。少し驚いた顔のサギリさんと一瞬私は目が合った。あっという間にドアが閉まる。


「…行きましょうか」


 クロさんは相変わらずいつもと変わらない穏やかな表情で私の隣を歩き始めた。私はドアの方を振り返った。


「マソホさん、サギリさんなら大丈夫です…」


「あの…統括とサギリさんって…どういう…」


「あの二人ですか?サギリさんは…生前は統括のお世話係だったそうですよ?」


 クロさんはそう言うと私の手を引いて歩き出した。

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