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番外編 『白虎伝説』

「……ぁ?…………」


 シャンが薄らと目を覚ます。視界には見覚えのある天井が映っていた。


 ……俺の家?……俺、いつの間に帰ったんだ……?


 疑問に思いながら、シャンが上半身を起こす……瞬間、稲妻の如き痛みが全身を駆け巡った。


「ッ!!?……ッ〜〜!!!」


 思わず、自身の身体を抱き締めるようにして蹲るシャン。とそこで、「よぉ、起きたか?」と急に声が降って来た。


「……ラン……何でお前が俺の家に居るんだよ」


 声の方へと振り返れば、ランが椅子に腰掛けてシャンのことを見つめていた。

 怪訝な表情(かお)を浮かべるシャンに、ランはムスッと口を尖らせる。


「上位の屋敷の前で気絶してた“誰かさん”をわざわざ家まで運んでやった俺に対して、随分な言い草だな、おい」

「あ?気絶?」

「おう。全身血塗れだし、焼け焦げてるし……今日は試しの手合わせだろ?何があったら、あんな執拗に痛め付けられるんだよ。最近じゃコロシアムの連戦でも気絶しねぇお前が、三時間も昏倒してよ」


 言われて、「あー……」とシャンは気絶する前の出来事を思い出した。

 そこそこ怪我を負いながらも無事顔合わせを終え、帰ろうとしたその時……父親から暴力を受けている弟を見て、いつの間にか全力のジンシューをお見舞いしていたのだった。当然最下位のジンシューなど、上位戦士にとっては少し肌が焼ける程度の光線に過ぎない。渾身のジンシューを軽く明後日の方へと蹴り飛ばされ、一切のダメージを与えることも叶わぬまま、シャンはシゥインにすぐさま捕まり……後は言わずとも知れた拷問タイムだ。


「……手合わせ終わった後、ジンシューぶっ放したんだよ」


 ぶっきらぼうにシャンが答える。明らかな問題発言に、ランは呆れ顔から一転、「ハァア!!?」と大きく目を見開いた。


「『ジンシューぶっ放す』って、お前馬鹿かよ!?死にてぇのか!?何で、んなことしたんだよ!?」

「……知らねぇ。何かやたらとムシャクシャした、それだけだ」

「はぁあ?上位にボコボコにされるなんて、今に始まったことじゃねぇだろ……年下にボコられるのが、そんなに堪えたのか?」

「そうじゃねぇよ」


 後頭部をガシガシ掻きながら、シャンは否定する。だがシャン自身、あの時何故あれ程自分が苛ついていたのか……その原因をわかっていない。答えを持っていない以上、シャンは「それより」と話題を変えた。


「何でお前がアイツらの家の前に居たんだよ。コロシアムは方向、全然違ぇだろ」


 シャンの疑問に、痛いところを突かれたらしいランが「ウッ」と呻き声を上げる。先刻前、感情的になって「二度とその面見せるな」と叫んだことを思い出せば、「別に」とバツが悪そうに視線を逸らした。


「偶々!偶然!立ち寄っただけだ!間違っても、お前のことが気になったとかじゃねぇからな!!この裏切り者!!」


 一気に捲し立てるラン。怒声にも似た声音に、ランの心情など一切知らないシャンは不可解そうに訝しむだけだ。「ふーん」と興味なさげに相槌し、「まあ良いか」と一人納得する。


「お陰で助かったぜ。ありがとな、ラン」


 真っ直ぐな礼だった。思わず毒気が抜かれ、ランが惚ける。


「!……月猫族で礼なんざ言うの、お前くらいだよ。こっちは理不尽でキレてる自覚があるってのに……」

「あ?俺に怒ってんのかよ、テメェ。文句があるなら闘(ヤ)るか?」

「闘(ヤ)らねぇよ。つか、もう良いわ。勝手にムカついてんのも馬鹿らしくなってきた。お前はそういう奴だよ」

「??変な奴だな、お前」


 吐き捨てるシャンに、「お前にだけは言われたくねぇよ」とランがツッコむ。

 吹っ切れたランは「で」と、再び話題を変えた。


「どうだったよ、弟との手合わせ。最初はまともに組み手したんだろ?」

「あー……確かに満たされてる感じがしたな、いつもより。ガキな分、いつも相手してた上位共より弱ぇが、コロシアムの試合と違って容赦がねぇ。良い鍛錬相手になるんじゃねぇか?」


 言いながら、手合わせの記憶を思い返しているのか、シャンが満足げに歯を見せる。相変わらずの様子に、ランは苦笑を漏らした。


「でも、ジンシューぶっ放したんだろ?不採用なんじゃねぇか?てか、ホントよく殺されなかったな」


 と言いつつ、心の中でランは「否、殺すつもりだったけど、シャンが異常にタフだっただけかもな」と思い直す。

 シャンと言えば、上位戦士に喧嘩を売ったとは思えない楽観さで、「否」とシゥインから言われた言葉をランにも伝えた。


「『もし生きてたら、明日の朝から屋敷に来い。飼ってやる』……だとよ。残念だったな、ラン。明日からお前がコロシアムの人気者だ」


 意地悪くシャンが口元に弧を描く。

 ランもランで覚悟を決めたようで、「ハッ」と鼻で笑い返した。


「そりゃ、こっちのセリフだ!上位のサンドバッグだけが“飼い猫”の仕事じゃねぇしな。他の“飼い猫”からも虐められて、泣きベソかけよ!コロシアム辞めたこと、精々後悔しやがれ!」

「誰が泣くか!!」



 *       *       *



 ――二年後。


「ッ!!」


 繰り出された飛び蹴りを、シャンが右腕でガードする。その重さに表情(かお)を顰めながらも、シャンの身体が吹き飛んでいくことはなかった。

「チッ」と、蹴りを繰り出した本人……ジエンが舌打ちを溢す。すぐさまもう一方の足を振りかぶり、流れるように連続蹴りを決めた。避け切れなかった足の爪先が、鋭利な刃物の如くシャンの頬を裂いていく。

 少し後退るシャンだが、無意識の内に笑んだかと思えば、血を拭うことなく地面を蹴った。

 互いに拳を握り、双方の鉄拳が交わる……ところで、中庭にスーイェンがやって来た。


「ジエン!そこまでにしなさい、時間よ」


 スーイェンの呼び掛けに、揃って腕を下ろす二人。しかしジエンの方は不完全燃焼らしく、不満を有り有りと映した表情でキッとシャンを睨み付けた。


「おい!ちょっと強くなったからって良い気になるなよ!!何度でも言うが、貴様より俺の方が何倍も強くて偉いんだぞ!!ソレを忘れるなよ!!」


 ビシッと、シャンに向かってジエンが人差し指を突き付ける。対するシャンは慣れてるようで、「おーおー」と耳でもほじりそうな様子で相槌を打つだけだ。


「わかってるから、さっさと行け。またクソ親父に殴られるぞ」

「ッ!……チッ!」


 納得のいかない様子だが、スーイェンを連れてジエンは屋内へと戻って行った。

 一人になったシャンは「ふぅ」と息を吐いて、その場に座り込む。


「シャン!また強くなったな、お前!もうすっかりジエンの攻撃追えてんじゃねぇか!」

「あの上位戦士(ジエン)の悔しそうな表情(かお)!ダセェ捨て台詞吐いていきやがって!ざまぁみろってんだ!!」

「ホントに最下位戦士かよ!?どんな化け物だよ、お前は!!」


 ジエン達が居なくなったタイミングを見計らい、シゥインに飼われている下位戦士達がシャンの周りにワラワラと寄って来る。

 ハイテンションな彼らとは対照的に、誉めそやされているシャンは喜色を見せることなく通常運転だ。


「ぁあ?『闘えば闘う程強くなる』……ソレが月猫族だろ。最下位も上位も関係ねぇよ。ザコを甚振るだけで満足してる連中に、いつまでも負けていられるか」


 ストイックなことだ。変わらぬシャンのスタンスに、他の“飼い猫”達は揃って「ホントに威勢が良いな、この餓鬼」と、嬉しそうに肩を組んでくる。


「生意気な餓鬼だな〜!お前のそういうところ、ホント良いわ〜」

「ちゃんと強くなって、有言実行してるしな!マジでいつか上位共を蹴散らせるんじゃねぇか?」

「おいシャン、本当に上位に勝てるようになったら、まずはシゥインから殺してくれよ」

「ハハッ!それが現実になったら、シャンは“伝説サマ”ならぬ“英雄様”だな!」


 ワイワイと、シャンを囲んで談笑する“飼い猫”達。当のシャンは他者からの賛美には興味がないらしく、「『伝説サマ』?」と聞き慣れない単語の方に意識を向けた。


「知らねぇか?まぁ、ア(・)レ(・)が生まれた時、シャンは餓鬼か……今も餓鬼だけど……」

「丁度三年前だよ。潜在能力値、史上初上限(ひゃく)超えの化け物が生まれたんだ」


 三年前なら、シャンは四歳である。言われてみれば、そんな噂話を聞いた気がするなと、シャンは当時の記憶を振り返った。


「確かにコロシアムに来る上位の連中が騒いでた気がするな。……で、何でその“化け物”が“伝説”になるんだよ?」

「俺ら月猫族は上位も下位も、三歳になるまでは大した戦闘力がねぇだろ?なのに、ソイツは赤子の時点で大人の下位戦士よりも強かったんだと。目の色も、月猫族じゃ見かけない真っ青な色だし、とにかく普通じゃねぇ。まあソレだけなら“化け物”呼ばわりで終わりだろうが、誰かが『イタガ星建国神話に出てくる闘神の生まれ変わりなんじゃねぇのか?』って言い出して……まあ誰も信じちゃいねぇが、色々あって“伝説サマ”って呼ばれるようになったんだよ」


 ニヤリと笑う“飼い猫”の男は、尊敬の念よりも嘲りの色合いが強い。『伝説』と呼びこそすれ、どちらにせよ馬鹿にした渾名なのだろう。


「そう言やその“伝説サマ”、正式に王に飼われるらしいぜ。今日の御前試合にも出るかもって噂だ」


 シャンの肩に腕を回していた男が、ふと思い出したかのように告げる。その言葉にシャンが「ぁあ?」と眉根を寄せた。


「上限(ひゃく)超えってことは、そいつ上位だろ。何で上位が上位に飼われるんだよ」

「さあな。まあ上位が飼われるってのは、下位戦士(おれら)からすれば気分の良い話だろ。“伝説サマ”がデカくなって、飼い主の王に噛み付くってんなら、それもまた一興だしな」


 嗤う“飼い猫”達。

 シャンの表情は険しいままだが、周りの下位戦士達は気付くことなく「あ」と時計に目を遣った。


「長話し過ぎたな。シャン、手当てしてやるから急ぐぞ。早くコロシアムに行かねぇと、御前試合始まっちまう!」


 言いながら救急箱から包帯を取り出し、シャンの手当てを周りの“飼い猫”達が慌ててし始めた。


 ……『“伝説サマ”』ねぇ……いつか闘ってみてぇな……。


 この日起こる出来事が、月猫族達の運命を大きく変えることになるとも知らず、この時のシャンは手当てを受けながら、呑気にそんなことを考えていたのであった――。

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