番外編 『白虎伝説』
コロシアムから移動して、王都の外れに追いやられた下位戦士達の居住区……スラム街にて。
「……そう言や、俺は丸一日指名無しなんてザラだけど、お前が半日指名無しなんて初めてじゃね?」
二時間近くしていた組み手の後、ランが思い出したかのようにシャンへと尋ねる。
開いた傷口と新たにできた擦り傷を手当てしていたシャンは「あー」と、昨夜の出来事を思い返した。
「お前が他星の侵略しに行ってる間に、『俺を飼いたい』って奴が来て、今日の夕方頃に試しの顔合わせするんだよ。気に入られればそのまま“飼い猫”になる」
アッサリ告げるシャン。対してランは「ハァア!?」と大声を上げた。
“飼い猫”とは、個人の上位戦士に飼われている下位戦士を指す言葉だ。月猫族の社会では、上位戦士が自分達の生活を維持し、戦闘欲求を満たす為に下位戦士を飼うことが認められている。つまりは専属奴隷の総称である。
基本“飼い猫”になれば自由はなくなり、当然コロシアムも辞めることとなる。
「うるせぇよ」とシャンの耳が垂れるのもお構いなしに、ランは目を見開いて文句を続けた。
「コロシアム辞めんのかよ!?誰だ!?その上位は!!?今すぐ吐け!!」
「……何でそんな焦ってんだよ?」
「ッたりめぇだろ!!お前が居なきゃ、最底辺の雑魚を甚振りたいって加虐嗜好の強ぇ上位は、最年少の俺を指名して来るようになるんだぞ!?命が幾つあっても足りるかよ!!」
「知るか、そんなもん」
完全な私情に、シャンが冷たく吐き捨てる。
それでも、ランにとって死活問題であることに変わりはない。懲りずに「誰だよ」と質問を繰り返す。
隠す気は元々ないらしく、シャンはただ不快そうに眉根を寄せて「俺の親父だとよ」と答えた。
「健……俺の弟用のサンドバッグとして、俺を飼いたいんだと」
予想していなかった答えに、ランがポカンと口を開く。
「……あ?お前、弟居たの?しかも上位の?」
「知ったのは昨日だけどな。俺と一年差って言ってたから、今は四歳ってとこか」
昨晩、コロシアムの管理人から聞かされたことを反芻しながら、シャンが伝えれば、ランは「血縁者かよ〜」と地面に身体を預けた。
「飽き性の上位なら、またコロシアムに返されて来るかもと思ったけど、血縁者ならその期待も薄いじゃねぇか〜」
「??何でだ?」
「知らねぇの?血縁者同士は相性が良いんだよ。闘う相手によって得られる快感って違うだろ?何故か血が繋がってる奴相手だと、満たされる欲求が多くなり易いんだと。特に同腹の兄弟はまず間違いなく相性が良い。母体が同じか聞いてるか?」
「確か『一緒だ』って言ってたな」
「なら、お前が“飼い猫”に選ばれるのは確実だな。最悪だ……」
天を仰いだまま、ランが両腕で頭を覆う。
コロシアムで指名され易いのは、下位の中でも強い者か、逆に最下位戦士レベルで弱い者かの二択だ。特に子供は潜在能力値関係なく、加虐趣味の強い上位に指名され易い。シャンが入って来るまでコロシアム最年少だったランは、毎日のように上位から指名され、暴力漬けの日々を送っていた。
最下位戦士であり、ランより三歳年下のシャンが居なくなれば、また以前の生活が戻って来る。
これから待ち受ける現実を嘆くランに、シャンは全く理解できないという表情で首を傾げた。
「何がそんなに嫌なんだよ?」
シャンが聞けば、一呼吸間を置いてランが大袈裟なまでの溜め息を吐く。「あのなぁ」と腕の隙間から片目を覗かせ、シャンをジト目で睨み上げた。
「上位との連戦だぞ?そりゃ、一応反撃も避けることも許可されてる……が、下位戦士が上位のスピードに付いていける訳ねぇし、下位戦士の反撃なんて抵抗力にすらならねぇ。ただサンドバッグとして、良いように嬲られ続けるだけだ。それも連続で。下手したら殺される。んな地獄みたいな状況で、『鍛錬だ』と言って張り切ってられるのはお前だけなんだよ。普通は『最悪』以外の何物でもねぇの!」
ランが正論を返す。しかしシャンには伝わらなかったようで、「根性ねぇだけだろ」と呆気なく突き放された。
打ちひしがれているランを気にせず、会話を切り上げ「まあそういう訳だ」とシャンが立ち上がる。
「そろそろ時間だから行って来る。じゃ、俺の分も明日から試合頑張れよ」
「うるせぇ!!二度とその面見せんな、裏切り者ぉ!!」
ランの咆哮を背に、シャンは悠々と宙へ舞ったのであった。
* * *
月猫族の総人口は他種族と比べても酷く少ない。その分街も狭くて済むので、スラム街を出てすぐに目当ての屋敷は見つかった。
……此処か……。
これから飼い主となる上位達の家であり、自身の生家でもある屋敷を前に、シャンは戦場に出向くかの如く表情を引き締める。
「……アンタがシャンね?」
屋敷の扉が開き、一人の女が出て来た。
少しの金髪を残して黒で覆われた長髪に、シャンと同じ琥珀色の瞳。
見た目からして下位戦士らしい。顔立ちが何処となくシャンと似ている。女の名は思妍。シャンは知らないが、シャンの実の母親だった。
スーイェンを見て、シャンは僅かばかり眉を顰めた。
手首に縄の跡、首筋や開けた胸元には多くの赤い痣や噛み跡が残っている。
「……ああ。そういうお前は此処の“飼い猫”か?」
「えぇ。こっちよ、付いて来て」
挨拶なく案内し始めるスーイェン。扉には向かわず、そのまま左折して中庭へと入っていった。シャンも黙ってスーイェンの後に続いて行く。
「……連れて来たわ」
スーイェンが中庭で立っていた男に一礼した。
髪の大部分が金色に輝く男。すぐさまスーイェンが後ろに控える辺り、この男が屋敷の主たる上位戦士なのだろう。名を秀英と言った。
シゥインの隣には小さな少年が一人。同じく金色の眩しい髪を靡かせ、立っていた。顔が腫れている為ハッキリしないが、少年の顔付きはシゥインと少し似ている。
……コレが俺の親父と弟……。
生まれてすぐにコロシアムへと捨てられたシャンにとっては、コレが家族との初対面だ。顔を見ても、肉親という感覚がいまいちピンと来ない。
……何で、顔が腫れてんだ……?
自身の弟……ジエンの様子にシャンが内心疑問に思う。
シャンの心情など露知らず、シゥインはヒリ付いた空気感の中、早速本題に入った。
「今から三十分、ジエンと闘え。気に入れば、貴様を飼ってやる」
たったそれだけ告げれば、「早くやれ」と言わんばかりにシゥインはジエンの背中を叩いた。衝撃により前へとふらつくジエンだが、踏ん張り臨戦体勢を取る。
その表情は四歳とは思えない程の覚悟が滲んでいた。
説明足らずの急展開だが、『顔合わせイコール手合わせ』だとは初めから理解している。下手な挨拶を挟むよりも手っ取り早いと、シャンも嬉々として構えを取った。
合図なく、ジエンが大地を蹴る。
……速ぇ!
いくら年下と言えど、やはり上位戦士。
すぐ懐まで迫って来たジエンに対応する間もなく、シャンは回し蹴りを腹に喰らって吹き飛ばされた。地面に手を着き、身体を回転させることで勢いを消したシャンだが、体勢を立て直した瞬間、目の前まで移動していたジエンの拳が決まる。
「ガッ!!……」
地面に頭部から叩き付けられれば、慣れてると言えど多少は意識が飛び掛ける。すぐさま起き上がって、頭を左右に振ったシャンは間髪入れずにジエンの姿を探した。
……居ねぇ……!!
だが先に聴覚が相手の位置を知覚する。
……後ろか!
振り返り様、シャンはジエンの動きに合わせて腕を持ち上げた。
「!!」
ジエンの紫紺の瞳が大きく見開かれる。
見事ジエンの蹴りを、シャンが受け止めたのだ。
だがしかし喜びの間など与えてくれる筈もなく、更に表情を険しくしたジエンは、先程よりも重い拳をシャンの腹に沈ませた。「ゴフツ!」と血の塊を吐き出し、シャンの力が緩む。脚が解放されると、ジエンは蹌踉めくシャンの側頭部目掛けて膝蹴りを喰らわせた。
再び吹き飛ぶシャンの身体。
今度は勢いを殺す前に、ジエンが動いていた。
「グァッ!!!」
踵落としの要領で蹴り落とされるシャン。
傷だらけなのはいつものことだが、朝のコロシアムでの怪我やランとの組み手でできた傷が開き、至る所から血が溢れ出てくる。
それでもシャンは笑っていた。
決して瞳から闘志は消えず、ギラギラと煌めいている。
圧倒的に不利な状況にも関わらず、恐怖も敗北すら映さぬシャンの目に、ジエンは益々表情を顰めた。
「クソッ!」と悪態を吐き、ジエンはいよいよ攻撃を激しくする。スピードもパワーも上がっていき、中庭の芝がシャンの血で紅く染まっていった。
「ハァ!ハァ!ハァ!!……」
ジエンの荒い息が中庭に響く。その視線の先にはボロ雑巾と化したシャンが地面に伏せていた。
「ッ……グッ…………!」
「ッ!!?」
何処に余力があるのか、シャンが起き上がって来る。むしろジエンの瞳に畏怖が滲んだ。
シャンが拳を振り上げて走り出す。避けられる筈だが、ジエンは思わず目を瞑って身構えていた。
「……三十分だ!」
「「!!」」
シゥインの声に、二人共ピタリと動きを止める。
拳を降ろしたシャンは、口元の血を乱雑に拭ってシゥインへと視線を遣った。
「……お眼鏡には適ったか?」
「ああ。明日の早朝から来い。仕事は他の“飼い猫”にでも聞け」
言うだけ言えば、シゥインは目だけで「もう用はない。さっさと帰れ」と訴えて来る。
シャンとて手合わせが終われば居座る気は毛頭ない。フワリと宙へ浮かぶ。
「…………」
そこそこ高度を上げれば、ふとシャンは上空から屋敷を見下ろした。
まだ中庭には、シゥインもスーイェンもジエンも居る。
「あの程度の最下位戦士すら気絶させられねぇとは……貴様はそれでも上位か!!」
「待っ!……ガハッ!!」
ジエンがシゥインに思いきり殴られる。
上位同士とは言え、子供と大人。
ジエンの身体は衝撃に耐えられず、柵へと背中から激突した。
血を吐く息子を冷ややかな目で見れば、シゥインはジエンの胸倉を掴み上げる。
「…………」
終わる気配のない暴力に、シャンは「成程な」と一人納得した。
……どおりで顔が腫れてる訳だ……。
眉根を寄せるシャン。
『強者は弱者に何をしても許される』……ソレが月猫族の唯一絶対的なルールだ。上位も下位も、大人も子供も関係ない。
強いか、弱いか。
ソレだけで、相手を傷付けて良い理由になる。
だからこそ、実の親が自身の子供を暴力の対象にするのは何も珍しい光景ではない。シャンだって、明日からは実の弟のサンドバッグとして生きることになるのである。
血の繋がりなど、何の価値もない。
……上位も下位も変わんねぇな……。
知っていた筈だ。知っていた筈なのに……それでもシャンは言いようのない吐き気を感じた。既に血だらけの手を痛いくらいに握り込む。
「…………」
フッと、シャンは手の力を緩めた。両腕を真っ直ぐ突き出し、手の平の照準をシゥインに合わせる。
ブワッと、シャンの手の平に光の玉ができた。
そしてシャンは、シゥインの真上からジンシューの砲撃をお見舞いしたのであった。
読んで頂きありがとうございました!
“飼い猫”の説明、本文ではアッサリとしかできなかったので、後書きで語らせていただきます。
戦闘以外に興味のない月猫族達は、衣食住を疎かにし易い。強さこそが全てであり、欲しいものは力ずくで奪うというのが当たり前なので、通貨や仕事、売買という概念がありません。(街にある僅かな店は攫って来た異種族を無理矢理働かせてる食堂や酒場です。通貨がないので、当然食べるにも飲むにも代金は発生しません。異種族達は無賃金で働くことで命を保証してもらってる)
つまり農産したり、服を作ったり、家を建てたりする人材が存在しない!奪えば良いと言いつつも、そもそも無いものは奪えない。どれだけ戦闘重視の生き方であっても、やはり最低限の生活必需品は必要なので、下位戦士を奴隷として、身の回りの世話を全て丸投げするようになりました。ちなみに、衣食住の手配や家事全般の仕事だけでなく、飼い主たる上位戦士の戦闘欲求解消係……要は人間サンドバッグ係や性処理の役割なども任されたりしてます。
生活の保障がされてる上位はコロシアムで闘ったり、家で“飼い猫”を甚振ったりと、自由気ままな暮らしを謳歌してます。(上位同士でも喧嘩や殺し合いはあるので、必ずしも平和が保障されてる訳ではない)
こんな感じです!
では次話もお楽しみに!




