番外編 『白虎伝説』
「キャアアアア!!!」
「逃げろーーーー!!!」
「月猫族だぁあああ!!!!!!」
爆発音と爆煙が星中を覆い尽くす。
火の海と化した王都の中を必死で逃げ惑っているのは鳥人種の一族だ。瓦礫に混じって、羽毛と血液が至る所に落ちている。
そんな様子を嘲笑うかのように、落ちた羽を踏み付けにして、虎の獣人達が崩壊した都市の中を闊歩していた。黒髪に混ざった少量の金色。黒をベースにしたシナ服。月猫族の中でも下位戦士と呼ばれる身分に位置する者達だ。それもたった五人、中には子供も混ざっている。それでも数百人は居た筈の鳥人種は、抵抗する間もなく五人の月猫族達に蹂躙されていた。
「……ハァ……ハァ……ゴフッ!!…………」
鳥人種の女が一人、口から大量の血を吐いた。彼方此方に転がっている同種の死体。何人かは捕虜として、月猫族の船へと乗せられた。
そんな地獄のような光景を目と脳に刻み付け、鳥人種の女はたった今自身の胸を貫いた月猫族の少年を見据える。
狂気に満ちた笑み。鳥人種の返り血で全身がくまなく汚れている。
だが、女の目に留まったのはソコではなかった。
「は、ハハ……ハハハハハ!!!」
狂ったように高笑いを上げる月猫族の少年。その身体は返り血と同じくらい、痣と瘡蓋で埋め尽くされていた。顔も少し腫れている。当然鳥人種達から受けた傷ではない。他の月猫族達も、思えば腕や脚に包帯を巻いていた。
「…………」
女は月猫族を見つめた。その瞳に怒りも怨みも映していない。
珍しい類の眼差しに、月猫族の少年も女の方へと意識を向ける。
女は最期の力を振り絞って、震える唇を動かした。
「……――――…………」
事切れる女。
余りにも小さな囁きに、月猫族の少年は聞き取れなかったのか不思議そうに首を傾げるだけだった。
* * *
宇宙の西方域に、大気に覆われた白く輝く惑星が在った。
「ウッ!……ガッ!……ゴフッ!!」
「オラァ!!もっと気張れや!!」
「ハァ!ハァ!……ウァアッ!!」
苦悶に満ちた声と非情な嘲り、そして殴打と破壊音が街中から聞こえて来る。緑豊かな森林に囲まれた都市だと言うのに、その空気は荒み切っていた。
月猫族達の母星であり住処……イタガ星。
深い森林と多くの湿地帯が広がるイタガ星には、森林の一部を大きくくり抜いて作られた王都が在り、全ての月猫族が王都で暮らしている。街の最奥に位置する小高い崖に城が建てられ、宇宙ステーション兼医療棟と隣接していた。店の類が圧倒的に少なく、街の四分の一を占めるコロシアム以外で建ち並ぶのは、ほぼ全て住家である。
「ガハッ!!」
一人の少年がレンガの壁に激突した。あまりの衝撃に、崩れた瓦礫が少年の頭へと降って来る。レンガの雨に埋もれる少年。
そんな少年の様を嘲笑うかのように、四方八方から歓声が上がった。
此処はコロシアム。月猫族達の戦闘欲求を満たす為に作られた、イタガ星唯一の娯楽施設である。コロシアムには多くの下位戦士や他星から捕まえて来た異種族達が飼われており、上位戦士は気に入った相手を指名して、一時間好きなだけ相手と闘うことができる。その試合を観客席にて観戦することもでき、指名する相手を吟味するのが上位戦士達の暇つぶしであった。
「ふぅ……後、五分か……流石に毎日連続で十試合と続けてるだけあって、いくら最下位の餓鬼と言っても、まだ気絶しねぇか」
黒が疎らに入った金髪の男が、今しがた蹴り飛ばした少年の胸倉を掴み上げる。目線の高さまで少年の身体を持ち上げれば、ギラギラと闘志の消えない少年の琥珀色の瞳に、「上等だ」と口元を歪ませた。
「折角なんだ。精々、時間ギリギリまで楽しませて貰うぜ!!」
そうして少年の身体をフワリと浮かすと、男は拳を硬く握り締め、少年の顔面目掛けて突き出した。鈍い音が会場中に響き、血飛沫と共に少年が後方へと吹っ飛んでいく――。
金色が後ろ髪一房分しかない黒で覆われた猫毛の短髪に、目付きの悪い琥珀色の瞳。どこもかしこも痣だらけの痛々しい身体は、子供らしい丸みを一切帯びていない。ボロ切れのような黒いシナ服を纏い、しかし黒を恥じることなく、常に堂々と胸を張って前を見据えている。
この少年の名こそ翔。戦闘潜在能力値『4』を叩き出し、“歴代最低の最下位戦士”というレッテルを生まれてすぐに貼られた……後に『白虎伝説』を築くこととなる月猫族である。
* * *
「よぉ、相変わらず今日も良い面してんな、人気者」
試合とも言えない一方的な暴力が終わって、会場裏。
語り尽くすことができない程ボロボロになったシャンの元に、もう一人別の少年がやって来た。
金髪部分の少ない黒髪……シャンと同じく、下位戦士の子供らしい。
「どっかの誰かさんと違ってな。早ぇ帰りだな、蘭」
出血の酷い箇所だけを汚れた布切れで止血しながら、シャンが相手の名を呼ぶ。『ラン』と呼ばれた少年は「今朝帰ったんだよ」と、シャンの隣に腰掛けた。
「残念だったな。お前がこうも連日連戦申し込まれなきゃ、惑星侵略に行けたってのによ。やっぱ、潜在能力値歴代最低を叩き出した最下位戦士の実力は、上位共も気になるんだな」
「フン!俺は自分より弱い奴を甚振る趣味なんざねぇよ。身代わり調達なんか、テメェらで勝手にやってろ」
シャンが吐き捨てる。
やれやれと言わんばかりに肩を竦めたランは、「ホントお前」と苦笑を見せた。
「月猫族一弱い癖して、威勢だけはご立派だな。そういうところ嫌いじゃねぇけど……自分より弱い奴じゃねぇと、甚振ることすらできねぇだろ?殴られてばっかで、戦闘欲求ホントに満たせてんのか?……まあ、空いてる時間に俺と組み手はしてるけど」
ランが後頭部に腕を回しながら、呆れの滲んだ眼差しでシャンを見る。当のシャンはランに視線を向けることなく、真っ直ぐと前だけを見つめていた。
「俺は相手を甚振りたい訳じゃねぇよ。ただ闘いたいだけだ。サンドバッグタイムだ何だと言われようと、試合は試合だ。弱い奴より強い奴と闘った方が面白いに決まってんだろ。そんでもって、強い奴と面白い試合をするには、俺がもっと強くなるしかねぇ。ランと組み手してんのも、アホみたいな数の指名を受け入れてんのも、全部俺が強くなる為の鍛錬だ」
「ストイック過ぎんだろ……」
「うへぇ」と舌を出すラン。
そんなランを気にするでもなく、シャンは「そういう訳だ」と立ち上がり、ニヤリと不敵に笑みを浮かべて、たった今止血の済んだ手をランへと差し出した。
「暇なんだろ?さっさと組み手するぞ」
「……ホント、実力と威勢が見合ってねぇな、お前…………」
そう言いながらも、ランはシャンの手を取ったのであった。
「気絶したら、家まで運んでやるよ」
「ハッ、今日こそ勝ってやるよ!」




