番外編 『白虎伝説』
『御前試合』とは、イタガ星唯一の伝統行事である。年に一度、王族が全月猫族達の中から一人を選び、民達の前で一対一の試合を行う。ジンシューの使用及び、相手戦士の殺害は禁止。相手が気絶する、もしくは一時間を越えれば試合終了だ。常に湧き上がり続ける戦闘欲求を一年間、全ての月猫族達が無事満たせることを願って始まった行事とされている。
「良し!間に合ったな」
シャン達、シゥインの“飼い猫”がコロシアムの観客席へと辿り着く。
コロシアムには下位戦士も上位戦士も、全ての月猫族達が集まっており、試合開始を今か今かと楽しみにしていた。
椅子に腰掛けているのは上位のみ。“飼い猫”達は一番後ろで立って観戦し、コロシアムで働く下位戦士達はステージ裏から観戦するのが基本である。
「お!……おーい、シャン!!」
「!」
ステージ裏の方から、ランが手を振って飛んで来た。シャンが「おう」と片手を挙げて応えれば、ランはシャンの隣へと並ぶ。
「こんな日にまで生傷作ってんのかよ……相変わらずだな、お前。今日は下位だけじゃなく、上位だって王族の相手に選ばれることを警戒して、体力温存しようとするってのに……」
言葉通り、呆れから溜め息を溢すラン。シャンはシャンで「先に喧嘩売ってきたのはジエンだよ」と声を荒げて反論した。
「大体、王子と王の二戦だけだろ?人口の少ねぇ月猫族と言えど、滅多に相手役なんざ選ばれねぇよ。王はともかく、王子の方はレベルの高い上位と闘るのが好きみたいだしな」
「王子はそうでも、王は最底辺の弱者を嬲るのが好きだろ。毎年、下位戦士から選んでるし……今まではシャンが餓鬼過ぎて、一時間楽しめないと思ってたんだろうけど、もう七歳だ。色々とお前有名人だし、そろそろ今代の最下位戦士として、王の相手に選ばれてもおかしくねぇだろ」
警告の念を強めるランだが、しかしシャンは何処吹く風。ニッと不敵に笑めば、「臨むところだ」と瞳をギラつかせた。
「王族は上位の中でも上澄みの戦士の家系だしな。選んでくれるってんなら、喜んで相手になってやるよ。良い鍛錬相手になるだろ」
嘘偽りのない真っ直ぐな言葉に、ランも周りで聞いていた“飼い猫”達も苦笑を漏らす。苦笑を漏らし、そしてシャンらしいなと、羨望の滲む眼差しを向けた。
『お待たせ致しました!!!』
コロシアム中のスピーカーから放送が流れてくる。
いよいよ御前試合の開幕だ。ワァと、月猫族達から咆哮が上がった。
『御前試合、開幕致します!!!月刃王子、入場!!!』
観客全員がステージのリングへと視線を向ける。王族専用の席から一人の少年がフワリと宙へ舞い、リングの中央へと降り立った。
九割を金色で埋め尽くされた長髪は緩く一つに纏められ、切れ長の瞳は濃い深緑をしている。整った顔立ちは、このまま育てば間違いなく美丈夫になることを予想させる程だった。まだ幼い身体付きだが、不思議と頼りなさはなく、凛とした立ち姿をしている。
月刃。イタガ星の王子であり、次期王となる人物であった。
「……ユーレン王子、去年より更にデカくなったな。流石は上位戦士、成長スピードが早ぇ。シャンと同い年だとは思えねぇや」
「ぁあ!?誰がチビだ!?」
ランの感想にシャンが怒鳴る。
シャン達がわちゃわちゃと言い合ってる間に、司会はどんどんと話を進めていった。
『それでは、王子が対戦相手を指名致します!』
ユーレンの手にマイクが渡される。
少しばかり眉を顰めたユーレンは小さく息を吐けば、「あー」とマイクテストを挟み、「では」と口を開いた。
「上位戦士シゥイン……の息子でお願いしますわぁ」
ザワリと、会場が一気に騒めき立った。
シゥインに飼われる下位戦士達、そしてランが、自分達の真ん中に立つ少年……シャンを見遣る。まさかと誰もが思ったところで、ユーレンが「確か」と言葉を続けた。
「一つ歳下でしたよねぇ。同年代の上位は彼だけなので、実力確かめさせてもらいますよぉ」
間延びした口調が会場中に響き渡る。
シャンと同い年のユーレンにとって、一歳年下の上位戦士。尚且つシゥインの息子。それらが指し示す人物など、たった一人しか居ない。
シャンは上位達の並ぶ観客席の中、弟の姿を探した。
「!…………」
見つけて、シャンは眉根を寄せる。
遠目からでも、ジエンの身体が小刻みに震えているのがわかった。顔色も悪い。
この二年でシャンは知っていた。ジエンが痛みを酷く嫌い、恐れていることを。自分よりも強い相手に立ち向かう勇気がないことを。
王子相手など、小心者のジエンには荷が重いことだろう。
「なんだ、シャンが選ばれたのかと思ってヒヤヒヤしたぜ。良かったな、弟の方で。否、お前は闘いたかったのか……って、シャン?どうした?」
ホッと胸を撫で下ろしていたランだが、隣のシャンの様子がおかしいことに気が付き、ハテナを浮かべる。
しかしシャンは応えることなく、颯爽とその場から飛び出した。
「は!?お、おい!!シャン!!」
ランが制止の声を上げるのもお構いなしに、シャンはリングへと上がり、ユーレンと対峙する。
再び会場が騒ついた。
「?……俺が呼んだのは、お宅じゃない筈ですがぁ?」
「細かいことは気にすんな。確かに歳下でも上位でもねぇが、一応俺も『シゥインの息子』なんでね。条件は合ってんだろ」
訝しむユーレンの問いに、シャンは堂々と答えてみせる。『シゥインの息子』という単語に、ユーレンの耳がピクリと反応を示した。
「成程。お宅ですかぁ、歴代最低の最下位戦士は。噂は色々と聞いてますよぉ。“飼い猫”でありながら、コロシアムの戦士としても指名を受け、下位上位関係なく常に戦闘相手を求めている『月猫族屈指の戦闘狂』だと……下位戦士とは思えない程、タフなんですってねぇ」
「王子サマに知られてるとは光栄だな。で、どうする?俺はリングから降りる気はねぇぞ」
ニヤリと、シャンの琥珀色の瞳が金色に光る。
脅しにも聞こえる不敬な発言だが、ユーレンに気にした様子はなく、むしろ愉快そうに目を細めた。
「構いませんよぉ。下位戦士と闘ったことはないんでねぇ、コレも経験でしょぉ。まぁ、そうですねぇ……一時間保てとは言いませんが、せめて退屈だけはさせないでくださいよぉ」
言いながら、ユーレンが構える。
「安心しろよ」と、シャンも臨戦態勢を取った。
「この先、テメェの方から俺と闘いたくなる程、満足させてやるよ」
両者、闘う準備は整った。
司会がマイクに向かって叫ぶ。
『それでは!ユーレン王子対最下位戦士シャン!!御前試合、開始!!!』
高らかに合図が上がる。
まず動いたのはシャンだ。
一気にユーレンとの距離を詰め、側頭部目掛けて蹴りを繰り出す。ブワリと、“飼い猫”達の立ち並ぶ観客席まで衝撃波が届く程のスピードだったが、しかしユーレンは緩慢にも見える動きでその蹴りを避けた。
シャンの表情は全く変わらない。続けて、左脚で膝蹴りのモーションを取る。当たれば顎に直撃だ。だがそれすら掠りもせず、ユーレンは少し背を反らすだけの簡単な動作で、シャンの攻撃を躱した。
そこからもシャンの連撃が続くが、ユーレンには一つたりとも当たらない。涼しげな表情で、観察するようにシャンの動きを見ている。
シャンは笑った。
……流石に速ぇな。動きに無駄がねぇ……。
現状ユーレンは七歳だが、それでも今まで闘ったどの上位戦士よりも強いと、シャンは直感した。
胸の高鳴りが抑えられないシャンに、ユーレンもユーレンで意外そうに目を丸くしている。
「……驚きましたわぁ。俺の知ってる下位戦士より動きが格段に良いですねぇ。お宅本当に“最下位”なんですぅ?」
「機械が故障してなけりゃあな。観察が終わったんなら、そろそろそっちも攻撃して来いよ」
指をチョイチョイっと曲げ、シャンが煽る。
煽りに乗せられたのか、元々その気があったのか、ユーレンは「そうですなぁ」と目の色を変えた。
「ではそろそろ愉しませてもらいますよぉ」
「ッ……!!」
シャンが目を見開く。
瞬きをしていないにも関わらず、その場からユーレンが消えた。と思えば、背後から左肩を蹴られ、思いきり吹き飛ばされる。右手をリングに着き、身体を回転させて勢いを消すシャンだが、肩の痛みは引きそうになかった。
追撃が来ないところを見ると、ユーレンはこれでも全然本気ではないのだろう。ただ遊んでいるだけだ。
「……何故、笑ってるんですぅ?」
ユーレンが尋ねる。
聞かれて、シャンは初めて自分の口角が上がっていることに気が付いた。それでも理由はハッキリとわかっているようで、シャンは「当然だろ」と告げる。
「月猫族なんだ。強い奴と闘って、楽しくない訳ないだろ」
「!!……素直ですねぇ。でも、気持ちはわかりますよぉ」
パチクリと瞬きを繰り返したと思えば、ユーレンがフッと微笑む。
「ここからは本気でいきますよぉ」
「臨むところだ!」
読んで頂きありがとうございました!
実はシャンは“飼い猫”になってからも、定期的にコロシアムに通っては上位と試合をしています。最初こそシゥインにボコられ、周りの飼い猫達からも「何でそんな自由にしてるんだよ!?」と嬲られてましたが、シャンは言って聞く人間ではないので、次第に周りの方が諦めます。コロシアム側としては、シャンが試合を出てくれるのは助かるので万々歳。ランも結局、シャンがコロシアムで働いてくれるので、それ程指名を受けず平穏な日々を過ごせてます。
“飼い猫”でありながら、コロシアムも兼任するなど前代未聞なので、更にシャンの悪名は有名になりました笑
裏話でした!
次話もお楽しみに!




