表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/38

月食


 この職についてから、何度季節が回っただろう。

 そんな中で時折、一瞬、わたしの中が濁る事がある。

 でも、その濁りの小さな結晶はすぐに凝集し、その重さのために沈殿を始める。

 そして、濁りが元どおりに透明になる代わりに、澱として深みに溜まってゆく。

 それが何度も繰り返されているような気がした。



 久しぶりの夜の手術。

 しかも、大型犬。

 昼間にも手術があったから仕方なく夜に入れたけど、続けてはしんどいなぁ。

 代診の時は1日中手術してても飽きなかったのにな。

 てゆーか、手術自体がなんだか辛くなってきた。



 ところで、この子はおなか切るの3回目。

 1回目は異物で腸切開。

 2回目は帝王切開。

 そして、本日の3回目はパイオ。

 前回の帝王切開の時に子宮とってれば、こんなことにはならなかったのにね。



 さてと...。

 じゃぁ、いってみよー!

 「点滴全部入れていいからね」


 3回目ともなると、さすがに白線部分が硬い。

 メッツェン切れねー。

 おなかの中で変に癒着してなきゃ良いけど、以前の手術もわたしがしてるから、どーかなってても文句は言えないな。


 白線を少し切ったところで、ちょっと縮れた大網が見えた...。

 ああ、嫌な予感。

 そしてさらに切ると、ああやっぱり。

 濁った薄緑色の膿が流れ出した。

 おなかの中は膿だらけ...。

 わたしの気持は不安だらけ。

 よくこんな状態で...。しんどかったろうに。


 膿で膨れた子宮をずるずるとおなかの中から引っ張り出す。

 一緒に膿も溢れ出し、ドレープに広がる。

 手袋がねっとりとした膿でコーティングされ、すぐにぬるぬるになった...。

 ありゃぁ、卵巣出ないよ。

 こりゃ、あの時と一緒だな。

 昨日いっこく橋に電話したら、森先生が出たからな。

 そのせいかな。フラグが立ってたとか...。

 歴史は繰り返す...、なんて。

 そんな大げさなもんじゃないか。

 まぁ、脾臓破裂のゴールデンがいないだけましだな。


 「舞ちゃん、手洗ってくれる」

 独りで足掻いても仕方ないものね。


 膿の海の中(なんとも情けないおやじギャグだったり...)、ぬるぬるでやりにくくってしょーがないんだけど、なんとか卵巣側2カ所結紮切断完了。

 次、頚管。

 1回針刺して、糸を回す。

 ありゃ、緩んだ。

 いつもよりもう1周余分に糸を回す。

 念のため2カ所の血管も結紮して切断。

 断端には大網の縫合のサービス付き。

 血行があった方が良いものね、きっと。


 さて、洗いましょうか。

 「生食、何本使える?」

 「予備を残しておいても、6本ほどです」

 「じゃぁ、全部使おう」

 「バッグ切ってぶち込んで」

 おなかの中に入れた透明な生食は、すぐに膿と混ざり混濁する。

 サクションを突っ込んで吸引。

 うちのサクションはひ弱なので、吸うよりもこぼれる方が断然多い。

 それはドレープを伝って、床のペットシーツを濡らす。

 さらに飛び散って周囲べちょべちょ...。

 ああ、また靴汚れちゃうな。

 でもさ、お正月にかえようと思って新しいの買ってあるんだ。それを前倒しすればいいか。


 生食を6本使い切ったところで、おなかの中をかき混ぜても濁りはなくなった。

 後は出来るだけ残っている生食を吸引する。

 よし、これだけやればいいか。


 ここで幕間。

 汚染された手袋、器具、ドレープすべて交換。


 新しいドレープかけてドレープを切った時に、すでにおなかが開いてるってなんだかシュール...。

 

 さて、最終幕の緞帳が上がる。

 とっとと縫合。

 よし、連続で一気にいくぞ!

 「針付きで2-0ないかな?」

 「3-0しかないです」

 「ああ、そう...」

 仕方ない、いつも通り単純結節でいくか...。

 「皮膚はホチキスね」



 手術が終わって飼い主さんに状況を電話した。

 後片付けをすべて終え、入院室の明かりを消す。

 急に疲労感が身体中に流れ込んだ。

 なんだか今までと違う感じだ。

 ゆっくりと深呼吸をする。


 「あ、そーいえば...」

 すぐに窓を開けて夜空を見る。

 「おっ...」

 急いで携帯を出した。


 「ねぇ、先生。空見て!真上。月食だよ」


 ちょうど雲が途切れたところに、栄養状態5%でちょー削痩なお月さまが、ぼんやりと輝いていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ