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ランスのさだめ  作者: ベギラマ雄子
王位継承編
6/17

満月の夜その2

「死ぬかと思った」


 その場にへたり込むランス。

 ふと、握っている剣を見ると読めない文字が刻まれていた。水底の剣だった。


 これって…そうか、あの時のガレンダー兵が小屋から…。


 ランスは、 目紛(めまぐる)しい出来事が起こり何をしたらいいのか考えられず、放心状態だった。

 暫くして、ランスは何かを思い出したかの様に、険しい山岳地帯が見える南の方角へ向かって歩き出した。ヘルファングの返り血が付いた服で、剣を引きずりながら、昨晩から今までの出来事が走馬灯の様に脳内を巡る所為(せい)で、夜の寒さや魔物に遭遇するかもしれない恐怖も忘れて、ただ歩き続けた。

 いつの間にか、遠くの方に見えていた山岳地帯が目の前まで来ていた。躊躇する事なく、暗闇と濃霧で先が殆ど見えない森の中へ入って行った。


「霧が濃くて前が見えないじゃない。まっどうでもいいわ。もう疲れちゃった。お母さんはいないし、お腹も減ったし、こんな苦しい思いをするんだったら大人しく食われておけば良かった」


 ぶつぶつと独り言を言っていると、気づけば森から抜け出て開けた場所にいた。

 月夜の影響か辺りが良く見渡せて、煙突から煙が出ている一軒家を発見する。


 この場所、なんか見覚えがある様な…、しかも誰かいるみたいね。うろ覚えの記憶でここまで来たけど、なんとかなって良かった。まだ安心はできないけど。


 ランスは意を決して扉を叩いて声を掛けると、中から声が聴こえてきた。足音と杖を突くような音が近づいてきて、ゆっくりと扉が開いた。

 目の前に現れたのは、耳が尖っていて腰が曲がったよぼよぼの老婆だった。

 老婆は(しわ)だらけの顔でランスを覗き込み、暫く黙り込んでから急に驚いた表情でランスの名前を言った。


「お、お、お…おまえさん、ランスかい」


 ランスもまた老婆の顔を見て思い出す。


「うん。もしかして、エンダお婆ちゃんなの」


「おおお!ランスや、よう来た、よう来た。こんなに大きぐなって」


 エンダは、ランスの両手を掴み嬉しさのあまり涙ぐむ。


「ランスや、服が血だらけじゃ。それに、そんな危ない物持って…とにかぐお入り」


「エン(ばぁ)、アペロが襲われてお母さんが…」


「いいから、いいから。話は中で聞ぐから︎」


 エンダは、ランスを家の中へ入れると直ぐに救急箱を取りに行ったが、なかなか見つけられない。

 ランスはというと、(とろ)けた顔で暖炉の前に座り、火元に向かって両手の平を出して(だん)を取っていた。

 ようやく救急箱を見つけたエンダは、ランスを手当てしようとするが、服に付いた血は全てヘルファングの返り血だと言われ胸を()で下ろした。

 その後、ランスに着替えを渡し、保存していた特製クリームシチューを暖炉の火で温めていた。


「ランスや、よぐここが分かったね」


「うん、一度お母さんと一緒に来た事を思い出したの」


「そうかい、そうかい、よぐ来たよ。ん、そろそろかな。はい、特製クリームシチューだよ」


「頂きます」


 ランスは、熱々の特製クリームシチューを頬張った。

 口から喉を通って胃へ入って行くのが分かる。食べた特性クリームシチューの熱が体中に染み渡っていくのを感じた。


「美味しいじゃろう」


「うん、温かくて美味しい。お母さんが作ってくれるクリームシチューと同じ味がするわ」


「そうかい、そうかい。…おや、どうしたんだい」


 ランスは泣いていた。

 悲惨な出来事と同時に、自身の命が危うい状況が続き、感傷に浸る余裕もなかってせいか、無意識に押し留めていた感情が一気に爆発した。

 涙が溢れ出る様に、母親であるヘレナや村人達との思い出が蘇る。声が出てしまうほど泣いて、時折嗚咽(おえつ)しながら特製クリームシチューを頬張る。


 エンダは、何も言わず十三歳の少女の背中を優しく摩った。

 暫くして、特製クリームシチューを平らげたランスは、今までの疲労と腹が満たされて暖炉の前で寝てしまった。

 エンダは、寝ているランスへ毛布を掛けて添い寝した。


 翌朝、ランスが目覚めた時にはすっかり陽が昇っていた。


「おはよう」


「おはよう。今、お昼ご飯つぐってるから、近くの川で体を洗ってくるんじゃ」


「うん、何か手伝う事ある」


「そうだね…あ”っ、二階の空いてる部屋使っていいからね。それから、バケツいっぱいに水を汲んで来てもらえると助かるね」


「エン婆、ありがとう」


 ランスは、二階の空き部屋を掃除してから、バケツと手拭いを持って川へ向かった。

 エンダの家は、アペロから南下した山岳地帯のすぐ手前にあり、家からそう遠くない距離にオーグマ川がある。

 到着したランスは、水浴びができるか川に手を突っ込んで水温を確かめた。


「やっぱり冷たいよね」


 冬の季節が終わり、これから夏を迎えようとしていた。でも、水浴びができる程の水温じゃない。昼間と比べて朝と夜は風が冷たくて肌寒い。

 私が生まれるずっと前は、春夏秋冬といわれる四つの季節があった。温暖化の影響で、緩やかな季節の変化から急な気温の変化になってしまい、いつの間にか人の概念から春や秋が無くなってしまった。

 仕方なく、手拭いを濡らして体全体を拭った後、バケツいっぱいに川の水を入れて家へ戻った。

 家に戻るとテーブルには昼食のサラダとクロワッサンと特製クリームシチューが並んでいた。川から汲んできた水は沸騰させて殺菌した。


 ランスは昼食を食べた後、ここへ来るまでの経緯を話した。


「そうかい、ヘレナが…」


 目を閉じて、暫く黙っていたエンダが口を開いた。


「ランスが生き延びてぐれて、きっとヘレナは喜んでるじゃろ」


「うん、ありがとう」


「ところで、その剣をぐれたのは自称神様じゃったか。名前は…」


「オーディンって言ってたわ」


「そうそう、オーディンね」


 エンダは、また目を閉じて暫く黙ってしまった。


「ぐがぁ」


「エン婆」


「おやおや、ごめんよ」


 目を覚ましたエンダは、急に神妙な面持ちでランスへ言った。


「ランスや、神様は本当にいるのじゃ。住んでいる世界が違うだけで人と同じ様に生活しておるんじゃ」


「本当にいるなら、どうして村を助けてくれなかったの。お母さんや村のみんなが死んでしまうって分かっていながら…」


「分からん。じゃが、確かに言える事は、神は人の都合で助けはしないし与えもしないのじゃ」


「納得できないよ」


「そりゃそうじゃ、ガレンダー兵に娘が殺されたんだ。納得できるもんかい」


 あっ…そうか、そうだよね。お母さんや村の人達を殺したのはガレンダー兵。神様が殺した訳じゃない。どんな理由でも、納得なんてできない。今の私に出来ることは…。


「エン婆、村へ戻るわ」


「そう言うと思っとったよ。そいじゃ、一緒に行こうかの」


「エン婆も行くの」


「当たり前じゃ、孫を一人で行かせる訳にゃいかんよ」


 二人は出掛ける支度をする。

 ランスは、水袋を肩に掛け剣を裸のまま持って行こうとした。

 見兼ねたエンダは、倉庫からベルト付きの(さや)と、真っ赤などんぐりを五つ巾着袋に入れてランスへ渡した。

 アペロへ向かう道中、歩く速度があまりにも遅いエンダを見兼ねて、ランスはエンダを背負って行くことになった。

 夕暮れ時、ようやくアペロがあった場所へ到着した。


「エン婆…村が…」


 全ての建物が焼けて倒壊し、瓦礫の山があちこちと出来上がっていた。

 地面の草木は焼け禿げ、今も焦げ臭い。


「こりゃ酷い…」


「…」


 二人は瓦礫の山を回って生存者の捜索や遺品の回収をした。

 遺体が見当たらないのは、魔物が倒壊した家を漁って残らず食べたからであり、それは、この場に生存者がいない事を物語っていた。そして、今となっては瓦礫と化したヘレナとランスが住んでいた家の前に着いた。

 ランスはヘレナを看取った辺りの瓦礫を掻き分けるが、当然遺体は無かった。その事を頭では理解しているはずだったが、気持ちがついていけず、手と膝をついて落胆した。


 アペロを隈なく周った頃には、夜空が雲に覆われて月や星が見えない程に真っ暗であった。

 エンダは、地面へ向かって杖を小突き、深さ五十センチメートル程の穴を空け、そこへ回収した村人達の遺品と巾着袋から真っ赤などんぐりを五つ埋めた。そして、水分補給に使っていた水袋を取り出し、埋めた所に水をやった。再度、エンダが杖で小突くと、そこから淡い緑色の光を(まと)う芽が五つ出て、みるみる成長しながら木が絡み合い、途轍(とてつ)もなく大きな一本の樹になった。枝垂(しだ)れた枝から蘇芳(すおう)色の花が咲き誇り、花柱には蛍が放つ様な光が灯る。

 その光景を目の当たりにしたランスは、驚きと花の儚げな光の美しさに見惚れていた。

 二人は、片膝を付いて、両手を組み、目を閉じて、死んで逝った村人達の安らかな眠りを祈った。

 時間が経つにつれて、花弁が一枚、また一枚と散り、花柱に灯っている光と共にゆらゆらと宙を舞いながら落ちて、地表へ溶け込んでいった。

 その最中、花柱に灯っていた一つの光がランスの方へ向かってきた。

 目の前でふわふわと浮いている光を、両手で優しく包み込むように捕まえると、ランスの体が光り出した。

 その瞬間、母親であるヘレナを自身の中で感じたのだ。


 「お帰りなさい、ランス。いつまでも貴方の傍にいるわ」


 ヘレナの声を聞いて、ランスの目頭が熱くなる。


「ただいま、お母さん」


「どうやら、お別れが済んだようじゃの」


 ランスは涙を拭って、力強く言った。


「お母さん…いや、母は死んでしまったけど、私の中にいつだっているわ」


「それでいい、それでいいんじゃ。ランスや、生命(いのち)が終わるとその魂はどうなるか知っておるかの」


「知らないわ」


「世界樹ユグドラシルへ還り、新たな生命が生まれるとされているのじゃ。じゃが、ヘレナはランスの元へ逝ったのじゃ。不思議じゃ」


「世界樹ユグドラシルって、何」


「この世界を支えているめちゃめちゃデカイ木じゃよ。この世界そのものと言っていい」


「そうなんだ。話は変わるけど、エン婆は魔法使いなの」


「それは帰りながら話をするかの」


 全ての花が散ったのを見届けて、ランスはエンダを背負って家へ帰る。


「ランスや、今から言う事は決して誰かに話してはならんぞ」


「うん」


「地面に穴を空けたのも、凄い勢いで成長した樹も、魔法の力じゃ」


「やっぱり魔法なんだ」


「そうじゃ、()()()の血を引いている者が魔力を操ることができるのじゃ。他にも、魔法を使う方法はあるんじゃがな」


「エン婆は、エルフなの」


「そうじゃ、耳が尖っとるじゃろ」


「母もエルフ?耳は尖ってなかったけど」


「ヘレナはハーフエルフじゃ、人間とエルフの混血じゃよ」


「ハーフエルフ。エン婆は人間と結婚したんだ」


「そうじゃ。それはそれは男前でのって、その話は置いといてじゃ」


「母も魔法使いだったの?」


「ヘレナは魔法使いにならなかったのじゃ。十分素質はあったのじゃが、魔法使いになって戦争の道具になりたぐないと言っての、心の優しい子じゃった」


「なら、私も母の血を継いでいるから魔法使いになれるよね」


「なれるんじゃが、なる必要はないんじゃ。いや、なってはならんのじゃ。この大陸で、魔法使いは魔女と呼ばれて迫害されているのは知っておるじゃろ。魔法使いになれば確実に殺されるじゃろうて」


「魔法を使えば生き延びられるんじゃない」


「魔法を使うのも限度があるんじゃ。沢山の兵が押し寄せて来たら(いずれ)負けてしまうのじゃ。それにの、常に命を狙われて普通の暮らしができんのじゃ。それは嫌じゃろう」


「それは嫌だけど。でも、エン婆は今も生きてるよね」


「魔法使いが迫害される時代になってから、人前で魔法は一切使わなかったんじゃ。人里離れた所で暮らしているから、今まで生き延びてこられたのじゃ」


「私は、母や村のみんなが何故殺されなければならなかったのか知りたい。その為には力が必要なの。エン婆、魔法を教えてよ」


「知ってどうするのじゃ。復讐するのかい」


「ガレンダーは殺してやりたい程に憎い。でも、私は何も知らなかった。世界樹の事もエルフの事も魔法の事も、村のみんなが死んでしまう事も、知らない事ばかりで…何も出来なかった自分が悔しいの。

だから、この世界で何が起こっているのか自分の目で確かめたい」


「そうかい。少し考えさせてほしいのじゃ」


「分かった。でもエン婆、私は諦めないよ」


 二人は、山岳地帯手前の森の中へ入った。

 この森を抜ければ、家に到着する。

 暗闇と濃霧が漂い、殆ど前が見えないが、ランスは臆する事なく前へ進んだ。


 ん、足音?何かこっちへ近付いてくる。


「エン婆、起きて!何か来る」


 濃霧の中からそれは現れた。


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