満月の夜その1
黄金の太陽に灼かれた御旗は、勝利の約束。
因果律に招かれた剣の娘こそ、栄光への道標。
参列せよ、称えよ、崇めよ、共感せよ。
さすれば、崩れかけの孤城は姿を変え、高みへ至らん。
◇◇◇◇◇
此処は、アントルメ。
ジェラルド・ド・アントルメ公爵が治めている商業が盛んな町。人口は約十万人、オーグマ河沿いに城を構えている。現在は、長期にわたりアルフォニス軍に包囲されている。
すっかり陽が沈んだ頃、ジェラルド騎兵隊とジルバ、ランス部隊がアントルメ西門から入場した。
アントルメ城まで続く道の端には、レンガ造りの家々や商店などの建物がずらりと並んでいる。
待ちに待った補給物資が届き、更に噂の少女が来る事で町中お祭り騒ぎ。道を埋め尽くすほど人々が殺到していた。街灯や窓から漏れる灯りが沢山あって、夜空に浮かぶ雲が見える程の明るさ。紙吹雪が舞い、歓声と拍手で迎えられた。
その中でも一際目立っているのは、ランスであった。特別なことをしているわけではない。軍旗を背中に挿した状態で両手を広げて笑顔で民衆に応えているだけだが、他の部隊と違って盛り上がっている。
「ランス様だ!本物だ」
「救世主のご到着だ。アントルメの光!ダリア王国の光!」
「ランス!ランス!ランス!ランス!ランス!」
噂の少女といえば、出所は不明だが、エマニュエル大陸内である予言が広まっていた。その大まかな内容は、武装した少女がダリア王国に現れ王国存亡の危機から救うとされている。実際、武装したランスはアミューズに現れ、神の声を聴いたとして王太子と謁見している。窮地に立たされているダリア王国にとって希望の光であった。そして、失敗続きの補給物資運搬作戦はランスが加わり成功した事で、誰もが予言の少女がランスであることを信じた。
民衆の盛大な歓迎を受け、ようやくアントルメ城へ到着した。城内の中央広場には先に到着していたガルシアが待っていた。
「補給物資運搬作戦、完遂しました」
「おお、ガルシア。良くやってくれた」
満面の笑みのジェラルド公と対面する。
「ジェラルド公、ご無事で」
「無事も何もこのドミニクが付いているのだ…と、言いたいところだが、今回は助けられたよ」
「そうでしたか」
ジルバとランスが遅れてやって来た。
「ジルバ、ランス、無事で良かった。状況が状況なだけに、勝手な事をしたのは許してやる」
「すまないリーダー、ランスが飛び出しちゃってさ」
「私のせいにしないでよ」
「本当の事だろ」
「分かった、分かった。ランスの機転のお陰だな。これから祝杯だから、沢山食って飲んで楽しもう」
ガルシアは二人をなだめて満面の笑みで言った。
中央広場には、特大の横長テーブルに料理がずらりと並んでいた。サラダ、生ハム、オムレツ、スクランブルエッグ、ベーコン、クロワッサン、スパゲッティ、確実に人数分以上はある巨大鍋で作られたクリームシチュー、ニシンのグラタン、ニシン丸ごと串塩焼き、ミートボール、煮込みハンバーグ、ミディアムレアの牛肉、ブルーチーズ、カマンベールチーズ、シェーブルチーズ、瓶詰めのヨーグルト、酒樽のワイン。どれも美味しそうに見えて、思わず涎が出てしいそうになる。
ジェラルド公の有難い前置き話の後、この場にいる全ての兵が死者へ黙祷を捧げ、祝杯が始まった。
号泣している人、笑いながら騒いでいる人、地べたで寝ている人、肩を組んで大声で歌っている人、武勇伝を語っている人。酒を水の如く飲んでいるガルシア。給仕の女性を口説いているジルバ。広場全体を見ながら、うんうんと満足そうに頷きながら微笑んでいるジェラルド公。その横で静かに食べているドミニク。この場にいる人達は、死者を尊び、互いを労い、自らの信念を持って戦っている様に思えた。でも、私は知っている。いや、みんなだって知っているはず。大切な人が死ぬことがどれだけ辛いことなのか。戦争に勝ったって大切な人は蘇ったりしない。戦争なんて早く無くなってしまえばいいのに。
祝杯が終わり、補給部隊の兵は宿舎に入り休息した。
ガルシア、ジルバ、ランスは、城下町にあるこじんまりとした二階建ての空き家を貸し与えられた。
ランスは、寝室の窓を開け夜空に浮かぶ満月を見て、あの日の夜を思い出す。
◇◇◇◇◇
今から半年前。
此処は、アペロ。
エマニュエル大陸東に位置する、ガレンダー公国ブリュレ領にある三百人程が住まう、のどかな村。
綺麗な満月が煌々と光っている夜空の下、半袖短パンのランスは家を出てすぐの小屋へ入った。
予め、割って保管していた沢山の薪の中から五本取って、小屋を出た。
直後、微かに声が聴こえた。小屋の中を覗いたが誰もいない。気のせいかと思い、小屋の扉を閉めて歩きだした時、今度ははっきりと名前を呼ぶ声が聴こえた。
「ランスよ」
ランスは辺りを見渡すが、誰もいない。
「誰…誰なの。姿を見せなさい」
持っていた薪一本を武器の代わりにして、身構えるランス。
「ランスよ」
ランスは、声がする方へ見上げた。
それは満月だった。
辺りが静寂に包まれた。
瞳に映った満月から、まるで人が涙を流す様に青白い雫が一滴垂れて、落ちた雫が人の姿に似た形に成り、その液体はランスの前に現れた。
「何これ、一体どうなっているの。こいつ、近寄るな!」
「我が名はオーディン。人間が崇め奉っている神という存在だ」
「神様だって…こんな水っぽいのが?騙されないわよ、水っぽい魔物」
「結論から伝える。ランスよ、明日お前は死ぬ。正確には、この村にいる全員が死ぬことになる」
ランスは、開いた口が塞がらなかった。
オーディンは、そのまま淡々と言い続けた。
「助かる方法は一つだけだ。アントルメを解放し、ダリア王国王太子ペベル・ド・ダリアを正当な王にすること」
「ちょっと待ちなさいよ。いきなり何を言い出すかと思えば、村の人達が死ぬ?正当な王様にしろ?言っていることが無茶苦茶過ぎて訳が分からない」
ランスは、オーディンの話を遮るかのように言ったが、話をやめない。
「ランスよ、命が惜しくば神の導きに従うのだ」
「なによそれ、ただの脅迫じゃない」
「ランスよ、どうするかはお前次第だ」
「いきなり出てきてお前は死ぬとか、信じられないわよ」
オーディンは、ランスの傍に転がっている薪へ指を指すと、宙に浮いた薪が合体して一本の剣になった。
「それは餞別だ。水底の剣という。魔法で鍛えてあるから、役に立つだろう」
「そんな物要らないわよ…えっ」
冷たい風が通り抜け、草木がざわめいた。
ランスが瞬きすると、オーディンは消えていた。
「何だったのよ、一体。幻覚、夢?」
足元の剣を拾い上げる。
「夢…じゃない」
どこにでもあるショートソードだが、刃の片面に見慣れない文字の様なのが刻まれていた。
「なんか書いてあるけど、全然読めないわ。これ、どうしよう」
ランスは、小屋の中へ入り剣を壁に立て掛けて、新たに薪を五本持って家に戻った。
「ただいま」
「お帰りなさい、寒かったでしょ」
「ううん、すぐ隣の小屋だし平気」
「もうすぐ御飯できるからね」
お母さんの名前は、ヘレナ・メルクルディ。優しい顔をした金髪ロン毛の美人。スタイルがとっても良い。父の名前はジャック・メルクルディ。陶器を町へ運ぶ為に出かけたっきり帰って来なかった。今は、お母さんが代わりに陶器を造り、私が町まで運んで生計を立てている。
ランスは薪を暖炉の横に置いてテーブル席に着いた。
夕食が出来上がり、ヘレナと食事をする。
「今日は特製クリームシチューよ。さあ、召し上がれ」
「頂きます!」
お母さんが作った特製クリームシチューには、それはそれは甘いカボチャが入っている。特に珍しいことではないけど、メルクルディ家では特別なクリームシチューになる。
「お母さん、さっき薪を取りに行った時に不思議な事があったの」
「あら、どんなこと?」
「突然、オーディンとかいう水っぽい自称神様が出て来て、明日村の人達が死んでしまうって言うのよ」
「まぁ、それはびっくりね。でも、村の人達はみんな元気よ」
「そ、そうよね。ちょっとお母さんを驚かせたかったの」
「まぁ、そうなの」
「うん、おかわり!」
ランスは、水底の剣の事は言わなかった。
ヘレナに危ない事をしているのではないかと心配させたくなかったのと、今でもあの出来事が信じられないからだ。
夜が更けて、寝台に入ったランス。
水っぽい自称神様の言葉を気にしないようにしていたけど、何故か脳裏から離れなくて、思い出すたびに現実味が増して、恐くてなかなか寝付けなかった。
「はっ」
ランスは、目を覚ますして自室の窓から空を見ると、既に陽は昇っていた。
慌てて部屋の窓を開けて下を見ると、ヘレナが洗濯物を干していた。
やっぱり夢だったんだ。
「お母さん、おはよう。寝坊しちゃった」
「おはよう。朝ご飯できてるわよ」
ランスは、朝ご飯を勢い良く食べた。
これから隣町まで陶器を運ぶ為、急いで小屋へ行き荷車に陶器を積み込んでいく。
「そんなに急いでも良い事ないわよ。ほら、忘れ物」
ヘレナから携帯サイズの水袋を渡され、それを肩に掛けて荷車を押して出発した。
「いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
隣町といっても荷車を押して行く為、休憩を挟んで片道四時間はかかる。
いつも通り何事もなく町に到着し、問屋に陶器を納品してお代を貰い、町を出た。
満天の星空を眺めながら、空の荷車を押して歩くランス。
ふと、アペロの方角へ目をやると、赤く光っている所を発見した。
「村が…燃えてる」
ランスは荷車を置いて走った。
村に近づくにつれて焦げた臭いと悲鳴が聞こえてきた。
昨夜の出来事がフラッシュバックする。
「お母さん」
ランスが到着した時には、火が村全体に広がっていた。勇気を振り絞って家へ向かう。途中倒れている村人が沢山いて、声をかけても応答がなかった。
「お母さん!」
半分以上が燃えている家へ入り、倒れているヘレナを見つけたランス。
ヘレナを起こすと胸に矢が刺さっていた。
ランスは泣きながら必死に何度も呼ぶと、ヘレナがかすれた声で応答したが、聞き取れたのはランスの名前だけですぐに脱力して動かなくなった。
火によって徐々に家が倒壊していく中、ヘレナを抱きしめて泣き叫ぶランス。
そこへ、ガレンダー兵が家に入ってきた。
「家の中で声が聴こえてきたから来てみたが、まさか生き残りがいたとはな。丁度いい、この剣の試し斬りといくか」
ガレンダー兵は、剣を振り回しながらランスへ近づいてきた。
ランスは、ゆっくりとヘレナの胸に刺さっている矢を引き抜いて、ガレンダー兵に持っている矢が見えないように身構えた。ガレンダー兵が剣を振り下ろそうとした瞬間、ランスは持っている矢を顔面へ目掛けて投げた。矢は兜で弾かれたが、その隙にガレンダー兵へ向かって体当たりした。
すぐさま、倒れたガレンダー兵の頭を蹴っ飛ばし、剣を奪って外へ出た。ガレンダー兵はすぐに起き上がりランスを追いかけようとするも、家が倒壊して瓦礫の下敷きになってしまった。
ランスは、目から涙が流れていることに気付かないぐらい必死に走った。
ランスの表情は、怒りや恐怖ではなく、無表情とは少し違う、どこか悲しげに見えた。
逃げている途中、他のガレンダー兵に見つかり追いかけられるが、魔物が村に侵入したことで兵は撤退せざるを得なくなった。
「夜犬だ!夜犬が集まってきたぞ」
「ちっ、しょうがない撤退だ。小娘は放っておけ、どうせ夜犬に喰われる」
ガレンダー兵から逃れたランスだが、今度はヘルファングという魔物に追われることになってしまった。
ヘルファング。通称夜犬と呼ばれる四足歩行の魔物は、ハイエナに良く似た特徴がある。全長は百五十センチメートル前後あり、最高速度は六十キロメートルを超え、複数で獲物を狩る。強靭な顎はレンガを噛み砕き、鎧は一分と持たず噛みちぎられる。黒毛の夜行性。
ランスは、村から出てそう遠くない所でヘルファング三匹に追い付かれ囲まれてしまう。
剣を構えるランスだが、剣を扱ったなど無い。兵が戦っている所を遠目で見たぐらいだった。
唯一の取り柄は、日々の配達で足腰が鍛えられていることと、体力だけはあること。
囲まれた、絶体絶命ってやつ。というか、もう無理でしょ。もう死ぬしかない。自称神様のオーディンが言っていた通り死ぬんだわ。
ヘルファングは、ランスを囲いながら少しずつ詰め寄ってきた。
何でこんな事に…。
死にたくない…死にたくないよ。
くそオーディン、くそガレンダー。
ふざけんな…ふざけんな!死んでたまるか!
どうすればいいのよ。そうじゃなくて考えなくちゃ、考えろ、考えろ!
…命を懸ける、神様に祈る。奇跡を信じる。
違う!そんなんじゃ何も変わらない。
私には剣がある。
三体同時に攻撃されたら逃げれない。なら、私から仕掛けて一対一に持ち込む。あとは一撃で仕留めるぐらい早く倒すこと。モタモタしてたら背後から攻撃される。全て上手く行かないと死ぬ。
やってやるわ。
ランスは覚悟を決めた。
「こんな所で死んでたまるか!」
ランスは、一体のヘルファングへ突撃した。意表を突いたのか一瞬ヘルファングの腰が引けたが、直ぐにランスへ向かって、口を大きく開けて飛び掛かかった。
開いている口へ目掛けて剣を刺し、口内から脳天を貫く。背後から二体目のヘルファングが飛び掛かってきたが、振り向きざまに遠心力でファングの首を切断した。その光景を見た三体目のヘルファングは攻撃するのを止めて、大きく下がり遠吠えをした。それに応える様に遠くの方で同じ遠吠えが聴こえて、仲間を呼ばれたとランスは勘違いして絶望していたが、残ったファングは村の方へ向かっていった。




