アントルメ補給作戦その3
ガルシア、ジルバ、ランスの三人が、アントルメの森でキメラと対峙している頃、フエクダ砦で進展があった。
ドアをノックする音が聞こえる。
「失礼します」
入室したアングレは、椅子に座って葉巻を吸いながら机上の戦略図を眺めているシルベスタの前に立ち、いつもの表情と感情が無い声で言った。
「報告があります。ソルベから出発した補給部隊は、南へ進んだアントルメの森へ入りました」
「そうか、南から来たか。リスクを考えれば森を迂回するはずだが、奴ら血迷ったのか。それとも何か策があるのか」
森の北側にある要塞を攻め込む様なことはしないだろうし、できないだろうから…となると。
「どのみち東側の橋を渡るか。アリオト砦へ送った部隊を戻して、今すぐ新たに部隊を編成してメラク砦へ向かわせろ」
「ですが、アントルメの森にはキメラを放っています。そこで壊滅するのではないでしょうか。失敗作らしいですが、それでもあれは人の手に負えません」
「失敗作なら尚更信用できん。すぐにやれ」
「承知しました」
◇◇◇◇◇
西日が差す頃、ガルシア、ジルバ、ランスの三人は、アントルメの森を抜けて補給部隊と合流し、オーグマ河沿いを北へ向かい橋の前まで来ていた。
見渡す限り平野が続いている。
ガルシアは、橋の北岸にあるメラク砦周辺とアントルメの方角を単眼鏡で確認した後、補給部隊へ前進の号令をする。
「ジェラルド公、橋の南岸に補給部隊を確認。奴ら、あの森を抜けて来やがった」
単眼鏡で、橋を渡ろうとする補給部隊を確認しながらジェラルドへ報告する男の名は、ドミニク・アーネモネィ。二十五歳。身長は百七十五センチメートル。中肉中背。髪型はナチュラルマッシュ。髪色は瞳の色と同じ黒。二重で鼻筋は綺麗に伸びていて、女性受けが良さそうな可愛らしい顔をしている。物静かな性格でジェラルド公を崇拝している。がたいがいい。
ドミニクの報告を受けたのは、アントルメ領主、ジェラルド・ド・アントルメという名の男。爵位は公爵。四十七歳。身長は百八十センチメートル。中肉中背。髪は癖毛で髪色はこげ茶。短髪のオールバックに近い髪型。顔の堀が深く、瞳は水色。奥二重で目の形が若干丸い鈍角二等辺三角形をしている。鼻が高く、鼻下から顎、揉み上げまで髭が伸びているのが特徴的で、ダンディな雰囲気を出している。思慮深く我慢強い。人情に溢れ、民衆や兵から絶大な信頼を寄せている。がたいがいい。
「来たか。よし、このままメラク砦へ突撃だ!」
ジェラルド率いる騎兵隊は雄叫びを上げ、猛烈な勢いでメラク砦へ迫る。
此処は、メラク砦。
アントルメを包囲するために東側に建設された砦。アルフォニス兵が守備隊を編成している。
「南の橋から武装した一団が…あれはダリア兵。数は約四百、それに大きい荷馬車が十五台。おい、メラク守備隊長へ報告だ」
「了解」
殺風景な部屋の中で、椅子に座って読書をしているのは、メラク・クラメという名の男。四十歳。身長は百七十八センチメートル。中肉中背。顔がでかい。髪型は中分けの耳周りを刈り上げている。髪色は瞳の色と同じ青。垂れ目の二重で鼻が高く大きい、顔のパーツがやや中心に寄っている。意外にハンサム。がたいがいい。
守備隊長室の扉からノックする音が聞こえる。
「入れ」
「失礼します。南側の橋付近でダリア兵の一団を発見しました。数は約四百、荷馬車十五台を確認」
「荷馬車…ダリア軍の補給部隊が来たということか。直ちに全兵出動、橋を渡らせるな。補給部隊を潰せ」
「了解」
砦内に警報音が鳴り響き、雪崩のように武装した守備兵が外へ出て行く。
「ダリアの補給部隊が来たぞ!」
「アントルメへ行かせるな!」
「ダリア兵は皆殺しだ!」
メラクが武装して自室から出ようとした時、外側から勢い良く扉が開き、慌てた様子で守備兵が入って来た。
「メラク守備隊長、大変です。西側からダリア兵が向かって来てます。数は約五百、全て騎兵です」
「なに⁈本当か」
「間違いありません。しかも指揮者は、ジェラルド公です」
この時、メラクの頭上正確には脳へ雷が落ちたような衝撃が走る。目は見開き、開いた口が塞がらない。
「補給部隊にジェラルド公…そういうことか」
メラク砦の守備隊は、ジェラルド騎兵隊の奇襲に混乱し、隊形も組めないまま応戦する。その隙に、補給部隊は橋を渡りアントルメへ向かう。
ガルシアが言っていた約束とは、まさにこの事だった。北岸へ橋を渡るにも、メラク砦があり橋を監視されていて戦闘は避けられない。予め橋を渡る時刻を決め、ジェラルド騎兵隊が守備隊を抑えて補給部隊を逃す作戦であった。
数では守備隊の方が勝っているが、思わぬ奇襲により劣勢になっていた。このまま補給部隊を逃がしてしまうどころか、メラク砦が占拠されかねない状況になり、守備隊長メラクは絶望していたが、思わぬ吉報が入る。フエクダ砦から増援部隊、騎兵三百人が向かってきたのである。
「あれは補給部隊。逃すか」
彼の名は、アリ・エーン。二十三歳の男。身長は百七十五センチメートル。中肉中背。髪型はパンチパーマ。髪色は瞳の色と同じ黒。奥二重のにんにく鼻。肌は褐色。急遽、メラク砦の増援騎兵部隊隊長に任命された利己的な若者。がたいがいい。
「アリ隊長、砦の方で交戦が起きています」
「そのようだな。あの軍旗の紋様は…アントルメ、ジェラルド公か」
さて、どうするか。ダリアの補給部隊はそう遠くない。メラクを救援して、ジェラルド公を討って補給部隊を叩くか。まさに一石三鳥。俺の戦果は爆上がりだ。
「補給部隊は後回しだ。メラクのジェラルド公を討つぞ」
形勢逆転し、ジェラルド騎兵隊は窮地に立たされる。
ドミニクは、単眼鏡で周囲の状態を確認していると、遠くの方で砂煙を上げている所を発見した。
「ジェラルド公、北側からアルフォニス軍の増援です。騎兵およそ三百。こっちへ向かって来ます」
「なんだと。私の首を取りに来るか。だが、補給部隊へ行かなかったのが幸運だな。補給部隊は?」
「橋を渡り終えましたが、今撤退しても追いつかれます」
「なんとか踏ん張るしかない」
一方、補給部隊でも状況の変化を察知していた。
「ガルシア隊長、北側から敵の増援を確認。数は約三百、全て騎兵です。メラク砦へ向かっています」
「なに⁈このままではジェラルド公が危ない」
「ガルシア隊長、ランス部隊長が護衛の兵を連れてメラク砦へ向かって行きました。ジルバ部隊長が追いかけています」
「見れば分かる。あいつら、リーダーは吾輩だってのに。…まぁいい、このままアントルメへ向かう」
死ぬなよ。ジルバ、ランス。
勝手に護衛の兵を連れて飛び出したランス隊に、ジルバが追いついた。
「ランス、勝手に飛び出すな。俺達には任務があるだろ」
「北側からアルフォニス軍の部隊が見えたんだ。ジェラルド公の部隊が危ないって思って。ジルバだってそう思うだろ」
「そりゃあ見れば分かる。今の状況だとジェラルド公は撤退しないだろうさ。助けたくなるのも分かるけどよ、補給部隊が襲われたらどうするんだ」
「そんなのガルシアがなんとかするわよ。それに、アルフォニス軍の増援部隊がこっちへ向かって来ない時点で、補給部隊をやるよりジェラルド公を討った方が戦果は大きいって切り替えたんだ。ジェラルド公に実際会ったことないけど、アントルメにとって失ってはいけない人だって思うから」
「アントルメどころか、ダリア王国にとって欠かせないお方だ」
「だから助けに行かなくちゃ」
「ランスの癖に生意気だな」
最初から止める気はなかった。ランスとは出会って数週間程度だが、直情的な奴かと思っていだけど意外に冷静だな。論理的というか、よく分からん奴だ。
「しゃあない、やるか」
ジルバは背中に挿していた軍旗を広げた。
その頃、周囲を見渡しながらメラク守備兵を意図も簡単に無力化しているドミニクから報告が入る。
「あの軍旗は…ジェラルド公、ジルバ隊ともう一隊が戻って来ました」
「なに⁈」
「物資はガルシア隊が運んでいると思われます」
「驚かすな。もう一隊というのは誰が指揮してるんだ」
「見ない軍旗です。最近、配属になった例の少女かも知れません」
ジルバ隊とランス隊は、補給部隊を離れて救援に来た。その数は、歩兵二百人と弓兵七十人。ガルシア隊長以下百人の歩兵は任務を続行している。
「ランス、増援部隊を叩くぞ!俺が先頭で突撃する。お前は後ろで援護を頼む」
「嫌」
「いや、駄目だ。お前を子供扱いしてるわけじゃない…たぶん」
「じゃあ何?」
「先輩だからな、格好つけさせろよ」
「いいわ。でも、考えがあるの」
「何だよ」
「歩兵はジルバに全員預ける、弓兵は纏めて私が指揮をとるわ。西日を背にこのまま直進して。後ろから援護するわ」
「それならよし」
何か策があるんだろうが、とりあえずランスを後ろに下げることは出来たから、まぁいいだろう。
「援護頼んだぞ、ランス!」
「まっかせなさい。歩兵は全員ジルバ隊へ、弓兵は私について来なさい!」
「野郎共!このまま敵の増援部隊を叩く。前に出過ぎて味方の援護射撃に当たるなよ」
即興で編成したジルバ隊の兵は、雄叫びを上げた。
ランスは、高さ一メートルはある岩の上に立ち、背中に挿している軍旗を手に取って広げ、空へ向かって掲げた。
この時、交戦中の両部隊、ランスの斜め後ろにいる弓兵部隊は不思議な光景を目にする。なんと、ランスの軍旗が西日を受けて、黄金色に輝いて見えたのだ。
そんな事が起こっているとは露知らず、ランスは指揮する。
「目標、アルフォニス軍増援騎兵部隊。弓兵構え!」
弓兵が、ロングボウに矢をつがえて目一杯引く。
「ってー!」
ランス率いる弓兵部隊が、一斉に矢を射る。
矢は、交戦しているジルバ隊の上空を通り越してアルフォニス軍増援騎兵部隊へ目掛けて飛んでいった。
上空から落下してくる矢は、風の影響を受けた羽根が高回転し、威力が増している状態でアルフォニス騎兵の防具や馬へ貫き刺さり、次々とその場で倒れてゆく。
以前より性能が良くなった鉄製の防具は、弓矢なら弾きいて多少の傷が付く程度である。致命傷を受けやすいのは、各箇所の防具の隙間や露出部分が多い背後であることがほとんどだ。
簡単に弓矢が防具を貫く事象に、アルフォニス軍増援騎兵部隊は混乱した。
二射、三射目と次々に一斉に矢が飛んでくるが、西日で眩しく矢が殆ど見えない為、当然避ける事は容易ではなく、盾による防御のタイミングが遅れる。盾で防いだとしてもジルバ隊の攻撃もあり、攻勢になれない。
この弓矢の攻撃とジルバ隊の猛攻により、アルフォニス軍増援騎兵部隊はほぼ壊滅状態になり、守備隊への攻撃に加わればメラク砦を制圧できる状況であった。しかし、ジェラルド公は全軍撤退の命令を下す。
「ジェラルド公、補給部隊が見えなくなりました」
ほぼ無傷のドミニクが報告した。
「全軍撤退だ」
「了解。全軍撤退、全軍撤退!」
撤退して行く中、ランスはジェラルドの元へ走って行き、撤退命令を取り消すよう申し出る。
「ジェラルド公、なぜ撤退するのです。このまま戦えばメラク砦も制圧できたはず。今すぐ撤退を取り消して下さい」
慌ててジルバが来た。
「ランス、やめろ。これは命令だ」
ジェラルドに付き添っている、ドミニクの顔がみるみるうちに顔が強張っていく。
ドミニクが何か言い出そうした時、眉間に皺を寄せたジェラルドが、ドミニクを制止して口を開く。
「この作戦は、アントルメへ補給物資を運ぶことだ。砦の制圧が目的ではない。それに、他の砦から救援が来るかもしれない。制圧できたとしても、やり返されるだけだ」
ジェラルドの表情が朗らかなる。
「作戦は成功した。お前達のおかげでな」
「でも…」
ジルバがランスの肩を掴む。
「いいじゃねぇか。このまま戦って俺が死んじまったら悲しいだろ」
ランスは、冷めた目でジルバを見る。
「全然」
「うわ、ひでぇな」
「冗談よ。分かったわ、撤退する」
言葉では言ったものの納得していない様子のランスであったが、沈む夕日が限りなく続く空や大地を黄昏に染めあげている幻想的な光景は、やりきれないランスの気持ちを徐々に晴らしていった。
戦いを終えた、ジェラルド騎兵隊。ジルバ、ランスの両部隊はアントルメへ向かう。
◇◇◇◇◇
フエクダ砦にて。
アングレはいつもの表情で感情がない声で言った。
「報告があります。ジェラルド公率いる部隊と交戦し、補給部隊を逃しました」
シルベスタは、いつも通り椅子に座り葉巻を吸いながら戦略図を見ていた。
そして、落ち着いた声で言った。
「そうか、ジェラルドが出てきたか。増援騎兵部隊の指揮者は?」
「指揮者であるアリ隊長を含め、増援騎兵部隊は殆ど死にました」
「そうか、生きていたら私が殺してやったのに。まぁいい、一度補給されたところで大して状況は変わらんだろう。それより、メラク砦の被害状況は?」
シルベスタは、冷静な面持ちであったが内心はらわたが煮えくり返っていた。感情的にならないように、話題を変えることで冷静になろうとしていた。
「メラク砦の守備兵は半数以上失いました」
「コクテイユからの増援は?」
「間もなく到着予定です」
「到着次第、歩兵五百人と弓兵百人をメラク砦へ向かわせろ」
「承知しました。それと、もう一つ報告があります」
「何だ」
「メラク砦の守備兵から、黄金色の旗を見たとの情報です」
シルベスタは、思わず椅子から立ち上がる。
「あのボケ老人が言っていたことは、本当だというのか」
葉巻を戦略図に押し当てるシルベスタ。顔が強張っている。
「この状況で私が負ける?馬鹿な。神の祝福を受けし、勝利を約束された少女…」




