アントルメ補給作戦その2
陽が昇りきった頃、ガルシア率いる補給部隊は、ソルベから東へ進んだアントルメの森に入り、以前調査隊が切り拓いた道を辿っていた。
補給物資は荷馬車に積まれ、荷台の全長は十メートル幅三メートルあり、引いている馬は二頭。一つの分隊は、荷馬車五台に百人の歩兵が荷馬車の両側を守る形になり、弓兵を間引きして配置している。一列で移動して、先頭はガルシア隊、次にランス隊、最後尾はジルバ隊になる。
アントルメの森は、別名キリコの森とも云われ、アントルメの南に位置する広い森である。晴天でも森の中は薄暗く空気が冷たい。キリコという魔物が棲みついていることは誰しも知っている。故に、好んで森の中に入ろうとする者はいない。
森の北側を抜けると、アントルメへ直接渡れる大橋と併設されたアルカイド=ベネトナ複合要塞があり、現在はアルフォニス軍が占拠している。北東側には、ドューベ砦があるため近づく事ができない。森を東へ進んで抜けると、オーグマ河が目の前を流れている。河に沿って北へ進むと北岸へ渡れる橋があり、渡って西へ進めばアントルメに到着する。
「ガルシア隊長、何故アントルメの森に入るのです。森を避けて迂回すれば危険はないはず」
一人の歩兵が不満そうな顔で言った。
「危険は承知の上さ。まさか魔物がいる森にわざわざ入るなんて誰も思い付かないだろう。それに、森を避けて迂回すると約束の時間に間に合わなくなるしな」
「約束?約束とは何ですか」
「そのうち分かる。今は周囲の警戒を怠るな、集中しろ」
ガルシアは、補給物資運搬作戦の失敗が続いていたのもあって、用心深くなっていた。
ジルバやランス以外の兵には作戦の全容を伝えておらず、敵側への情報漏れを警戒してのことだった。
アントルメの森に入ってからも順調に進むことが出来た。
陽が落ちてきた為、兵にたいまつの火を絶やさないよう指示した。キリコは火が苦手だからだ。
小休憩を入れながら、キリコに襲われる事なく森の中で一夜を過ごした。
補給部隊の兵は危険な森の中で、恐ろしくも貴重な体験をした。ガルシアやジルバ、ランスも例外では無かった。
今日も順調に進むかと思われていた矢先、ガルシアが昼休憩の号令をしようとした瞬間、突然、ランス隊の方から叫び声が聞こえてきた。
ガルシアやジルバは状況が分からなかったが、直ぐに理解した。
「キリコだ、真上にいるぞ!」
ランス隊から、伝言ゲームの様にガルシア隊やジルバ隊へ伝わってきた。
「全隊止まれ!」
ガルシアが号令を出すと、また伝言ゲームの様にジルバ隊まで行き渡る。見上げると、ランス隊付近の木々の上には五十を超える数のキリコがいた。補給部隊には目もくれず木から木へと飛び移り、北側へ逃げる様に移動していた。
気づけば、森に棲むあらゆる生物、蟻やダンゴムシでさえも、我先にと逃げる様に移動してきた。
そんな中、この事象の元凶が奥から現れた。
思わず目を見開くガルシア。
「あれは…」
ランスが元凶へ向かって走り出すのを横目に、ガルシアは即座に補給部隊へ号令する。
「全隊進め!森を抜けたら待機。行け!すぐ追いつく」
ガルシアが元凶へ向かって走り出す。
既に、ランスは元凶の前に到着して剣を構えていた。
「でか!何このヘンテコな魔物、頭が二つあるわ」
四足歩行で近づいて来る魔物には、頭が二つあった。向かって左はキリコの頭、右はトサカが紅いライオンの頭に、胴体や皮膚もそれを類似し、尻尾は蛇の様に動き、先端がコブラの頭に生きている。キリコによく見られる一部位が異常に発達している箇所が右前足にあり、鉤爪が一メートルもある。頭胴長は七メートルあり、全長は十五メートルを超える異形の怪物。
ガルシアとジルバが、ランスと合流する。
「ランス、吾輩を待たずに一人で前へ出るな」
「ガルシア、あれ何?」
「キメラだ」
「キメラ⁈…って、何?」
「なんだランス、お前はキメラを知らないのか。でも、本当に実在していたんだな。初めて見た」
「吾輩も初めて見るよ。異なる生物の融合体とでもいうのか、先天的に生まれることはごく稀で、人工的に造られることの方が多いそうだ」
「ということは、誰かが造ってこの森へ放った」
「ああ、その可能性が高いな。調査隊の記録には無かったから、最近の事だろう」
「二人共…目を閉じて、手を貸して!絶対目を開けちゃ駄目だからね」
ガルシアとジルバは、ランスの鬼気迫る表情に黙って従う。
ランスは、二人の手の甲に指で何かを描いた。
「はい、おしまい。二人共、目を開けて良いよ。きっとこれなら大丈夫」
二人は、ランスが一体何がしたかったのか、何が大丈夫なのか良く分からなかったが、それどころではない。
「補給部隊を逃さなくてはならない。時間を稼ぐぞ。右翼はジルバ、左翼はランス、正面は吾輩だ。わざわざ攻撃することはない、付かず離れずで避けながら吾輩達に注意を向けさせるだけでいい」
「了解、リーダー。ランス、話聞いてたよな」
「分かってる、子供扱いしないでよね」
三人はキメラを囲う様に陣形をとると、キメラは歩みを止めて、それぞれの頭が同時に咆哮し、三人を威嚇した。
三種の混ざった咆哮は、禍々しい奇声に聴こえた。
三人は、その圧力を肌で感じ自然と冷や汗をかく。
キメラは三人を睨みつけ姿勢を低くして臨戦体勢をとった。
次の瞬間、ライオン頭はガルシアへ向けて口からバランスボールぐらいはありそうな火の玉を連続して吐き出すと同時に、コブラ頭はジルバへ向かって噛みついてきた。二人は必死に片腕に装着されているラウンドシールドで防御する。
ランスは、その隙にキリコ頭へ剣で斬り掛かかろうとするが、右前足の長く鋭い鉤爪に防がれて吹っ飛ばされる。だが、受け身をとってすぐに復帰し、再度キリコ頭に斬りかかろうとすると見せかけて、ラウンドシールドを前へ構えて攻撃してくる鉤爪へ思いっきり体当たりして、吹っ飛ばされる。
鉤爪は意外にも脆く折れ、手傷を負ったキメラは奇声を発してよろめいた。ガルシア、ジルバへの攻撃が止まる。
ジルバがガルシアへ駆け寄ってきた。
「ガルシア大丈夫か。ランスは…無事みたいだな」
「あいつ、キメラに体当たりして吹っ飛ばされたんだよ。勘弁してくれ」
ジルバは、思わず笑ってしまう。
「期待通りだな」
ランスは、してやったりと言わんばかりの顔で走って戻ってきた。
「二人共、大丈夫?こっちは鉤爪を折ってやったわ」
「ランス、吾輩は注意を惹きつけろって言っただろ」
ガルシアは呆れていた。
「許してやれよ、お陰で攻撃が止まったんだ」
「しょうがない。でも、二人共死んだら許さん」
キメラが起き上がり、右前足を三人へ目掛けて勢い良く振った。一瞬、三人はキメラが何をしたのか理解できなかったが、何かが飛んで来ることに気付き、直ぐにラウンドシールドで正面を防御した。ガキンと金属がぶつかった様な音が鳴り、地面に落ちた。それは、ランスが折った鉤爪であった。
「これ、私が折った鉤爪だ。足に残った鉤爪を飛ばしてきたんだわ」
キメラの右前足から鉤爪が生えてきた。
「うげ、しかも復活してるわ」
「残念だったな、魔物ならよくある事だ。またぶっ壊してやれよ」
「ジルバ、煽るなよ」
「分かってるって。でもよリーダー、防戦一方より隙をついて攻撃した方がもっと時間が稼げるんじゃないか。こっちがジリ貧だしな」
「うーん、そうだな…」
現状、キリコ頭は叫んでいるだけで他は何もしてこない。右前足だけ気を付ければいいし、しかも鉤爪は折れやすい。折れた時怯んでいる様子から、一応神経は繋がってるようだな。
「二人共、さっきと同じ陣形で行くぞ。ランス、どうせ言うこと聞かないだろうけど、キリコ頭と右前足を集中攻撃だ。他は吾輩とジルバで引きつける」
「ランス、無茶すんなよ」
「そのつもりよ」
キメラはまた同じ攻撃をしてきた。
ガルシアとジルバは、ライオン頭とコブラ頭を引きつける。
ランスは、ラウンドシールドを前へ構えながら突撃し、攻撃してくる右前足の鉤爪をラウンドシールドの体当たりで折り、その衝突の反動で吹っ飛ぶが、受け身をとって直ぐに復帰した。果敢にも、剣を抜いてキリコ頭へ凄い勢いで向かって行った。
キメラの鉤爪を折った事で怯む筈が、ガルシアやジルバへの攻撃は止まなかった。
「まだまだー!」
「ランス、前に出過ぎだ!」
ランスにガルシアの声は届かない。
キメラは、ランスへ向かって折れた鉤爪を飛ばして来たが、それを簡単にラウンドシールドで弾き飛ばして、キリコ頭へ渾身のジャンプ斬りを放つ。真っ二つになったキリコ頭から赤い血が吹き出し、甲高い悲鳴をあげた。ライオン頭は、標的を切り替えてランスへ向かって火の玉を放ったが、あっさり剣で斬られて蒸発した。
キメラは、攻撃を止めて大きく後ろへ下がった。
ガルシアとジルバはランスへ駆け寄った。
「ランス、大丈夫か」
「二人共、無事で何より。吾輩の盾がほぼ溶けてしまった。ランス、お前の剣どうなっているのだ」
「えっ…たまたまよ。見て、鉤爪が生えてこない。キリコの頭切ったからかな」
「油断するな。ジルバ、選手交代だ。盾が使い物にならんからライオン頭を任せる」
「それはいいけどよ、コブラ頭の攻撃はどう防ぐんだよ」
「このハルバードでなんとかするさ。ランス、ジルバが火の玉を防いでいる間にライオン頭をやれ」
「まっかせなさい」
ランスは、自信満々の顔で言った。
暫くキメラとの睨み合いが続いたが、攻撃してくる様子がなく、後ろへ振り向いて薄暗い森の中へと消えて行った。
「あれ、行っちゃった。でかい図体してる割には意外に臆病なのね。もう一撃食らわしてやりたかったのに」
「お前はいい度胸してるよ」
ジルバは、呆れた顔で言った。
「あんな怪物相手にするもんじゃない。十分時間は稼いだんだ。吾輩達が追いつく頃には、部隊は森を抜けて待機しているかもな。合流を急ぐぞ」
三人は補給部隊への合流を急いだ。




