アントルメ補給作戦その1
神や魔物という存在が人の世界に干渉していた時代
エマニュエル大陸
国という概念がなく、広大な領土の奪い合いが絶えない地。
ユグ歴 九八七年
ダリア王国ダリア八世が死去。王太子ペぺル・ド・ダリアは王位を継承することになるはずだった。だが、海を挟んで北側に位置するダイアナ大陸から来た、アルフォニス王国ファル・ド・アルフォニスが王位継承権を大義名分として侵攻してきた。
ユグ歴 一〇〇二年
ダリア軍は度重なる敗戦により、アルフォニス軍の侵攻を止めることができずにいた。
ダリア王国の要であるアントルメまで陥落されかけたが、アントルメ領主ジェラルド公の機転により、アントルメと直接繋いでいる南側の橋を爆破し、大砲による城壁破壊とアルフォニス兵の侵入を防いだ。
また、アントルメの城壁には大砲が配備されている為、他の方位から侵攻を防ぎ、城壁を登ってくるアルフォニス兵には爆弾や熱せられた油などを落として対処した。
直接侵入するのが難しくなったアルフォニス軍は、アントルメ周辺に砦を建設し、監視や兵を巡回させることで外界からの補給経路を断ち、自滅の策を行いつつ軍備を整えていた。
そして、計ったかの様にダリア王国北東部の領主ガレンダー公が裏切り、アルフォニス王国と同盟を結ぶ。
この同盟により、アルフォニス軍とガレンダー軍にアントルメが包囲され孤立する状態に陥り、補給経路が完全に断たれてしまった。
双方にとってアントルメは重要な町であり、勝敗によって今後の戦況が大きく変わる。なんとしてもアントルメ陥落を阻止したいダリア王国王太子は、神の啓示を受けたとされる少女と謁見する。
その少女の名は、ランス・メルクルディ。
◇◇◇◇◇
アントルメが包囲されてから半年後。
此処はカサブランカの群生地。
通称、カサブランカの草原。
風が吹くたび一面に広がるカサブランカの花弁が宙を舞う。
太陽を背にして軍馬に跨る男は、大の字になって寝ている少女を見下ろす。
「起きろ。おい、ランス起きろ!」
「うぅ…はっ…ジルバ⁈」
目を覚ました少女の名は、ランス・メルクルディ。十三歳。身長は百六十二センチメートル。スリーサイズは極秘。金色の頭髪に髪型はベリーショート。ほんの少しつり目の二重に、丸いアーモンド型の目をしている。瞳の色は全体的に薄い青色。瞳孔に近づくにつれて、黄色や橙色が混ざったアースアイと呼ばれる複雑な模様をしている。鼻筋は通っていて、下唇は少しだけ厚ぼったい。肌は雪の様に白い。青を基調した軍服姿は、ダリア軍である証。
「寝ている場合か。行くぞ」
「ごめん。ちょ、ちょっと待って」
ランスを起こした男の名は、ジルバ・ラーナ。二十五歳。ダリア軍特殊部隊所属。身長は百七十八センチメートル。中肉中背で整った顔立ちに、二重に茶色の瞳。肩まで伸びた黒髪を後頭部で束ねている。気さくで面倒見が良い、ランスにとって良きお兄さん的な存在。がたいがいい。
ランスが指笛を吹いて走り出すと、軍馬が駆け寄り、それに飛び乗った。
ジルバに追いつき並行する。
「大事な任務の前にこんな所でよく寝てられるな。しかも、防具も着けずにだ」
「剣を持ってるから大丈夫。教会で祈った後、寝そべってたらいつの間にか意識が無くなってたわ」
「教会って…あれは廃墟じゃないのか」
「建物はボロボロだけど、立派な女神様の象があったのよ」
「まぁいい、あの方はどう思っているか分からねぇが、俺達はお前を頼りにしてるんだからな」
「それは、私が神の声を聴いたから?」
「それは違う。いや、そういう奴もいるかもしれないが…魔物だ、一体」
二人は、カサブランカの草原を抜けた所で魔物と遭遇する。
二人の前に現れたのは、キリコといわれる魔物。体長は百七十センチメートル程あり、やや細身の体格。狐の様な頭に尻尾があり、口には鋭い歯が連なっている。体毛は黒く右腕だけ大きく発達し、筋肉質。手の甲から三十センチメートルはある鋭い爪を生やす。二足歩行による忍者の様に俊敏な動きをする。キリキリキリと発声することから、キリコという名称になった。
「私がやる!」
ランスは、馬速を上げてジルバの前に出ながら接敵しようとする。
キリコも、ランスへ向かって走り出し、手の甲から鋭い爪を出して右腕を大きく振りかぶる。それに合わせるかの様に、ランスも右手で左腰から剣を抜く。
ランスは更に馬速を上げる。速度が上がるにつれて、体の周りを風がヒューっと音を立てながら通り抜け、視界が狭くなり周りの景色がぼやけてくる。見えるのはキリコ一点だけ。
キリコが飛び上がり鋭い爪がランスへ届こうとする瞬間、ランスはキリコの右腕ごと首を撥ね飛ばした。
「流石だな」
二人は、ソルベへ向かう。
◇◇◇◇◇
「ダリア軍補給部隊が、ソルベに集結しているという情報が入りました」
此処は、アルフォニス軍が建設したフエクダ砦。守備隊とは別に、コクテイユから派遣されるアルフォニス兵が駐屯している。
その砦の居室にて、感情のない声で報告している赤を基調とした軍服姿の男の名は、アングレ・ペタス。二十六歳。身長は百七十四センチメートル。男にしては細身の体型。金色の頭髪に、髪型はモジャモジャの天然パーマ。茶色の瞳に、一重の半分瞼が垂れて眠そうな顔が特徴的。細身にしては、がたいがいい。
その報告を受けているのは、シルベスタ・デロンという名の男。四十九歳。
爵位は侯爵。身長は百七十八センチメートル。中肉中背。黒色の頭髪に白髪が混じり、髪型はオールバック。二重に垂れ目、瞳の色は黒。眉毛はへの字に曲がっている。顔の彫りが深く鼻が大きい。整った無精髭を一センチメートル程度生やしている。たらこ唇の二重顎。がたいがいい。
シルベスタは椅子に座り、葉巻を吸いながら机上の戦略図を眺めていた。
アントルメを囲うように東側はメラク砦。南側はドゥーベ砦と半壊した橋と直結しているアルカイド=ベネトナ複合要塞。西側から北側にかけてミザール砦、アリオト砦、メグレズ砦、フエクダ砦がある。ソルベは、ミザール砦から更に西へ行くとオーグマ河沿いにある。
「ソルベか…ダリアめ何度やっても無駄だ。アリオト砦に増援を送れ。補給部隊をアントルメに入れるな」
「承知しました」
「ところで、橋の修復はどうなっている」
「はい。アントルメ守備兵の妨害があり、修復には時間がかかるかと」
「そうか、予想通りだな。修復の妨害を見越して砦を建設したのは間違いではなかった。砲弾が届いて城壁を破壊されたらアントルメは終わりだ。奴らも必死だろう。だが、補給を断てば自ずとアントルメは陥落する。それに、連戦でこっちも兵を消耗しているから増援が来るのを待ってから総攻撃すればいい」
「おっしゃる通りです。ただ、気になる事があります」
「なんだ」
「マーリン様の予言です」
「お前はあのボケ老人の戯言を信じているのか」
「いえ、少し気になっているだけです」
「…そうだな。兵にはどんな些細な事でも報告するよう伝えろ」
「承知しました」
◇◇◇◇◇
此処は、ソルベ。アントルメから西へいったオーグマ河沿いにある小さな村。今はアントルメへ補給物資を送る為、ダリア軍の拠点となっている。
「弓兵七十、歩兵三百か…。ランスはまだ戻って来ないのか」
「ジルバ部隊長が探しに行っています」
「全く、あいつらは何やってんだか…。すぐ出発できるように広場に部隊を編成して待機だ」
「はっ!」
敗戦が続き、町への補給も失敗し、兵の指揮はどん底まで下がっていた。
「どうにかしないと」
ランスとジルバの帰りをソワソワしながら待っている男の名は、ガルシア・ブリッド。二十五歳。ダリア軍特殊部隊所属。三人の中ではリーダー的な存在であり、自称リーダーとも言ってる。身長は百八十八センチメートル。ボディービルダー並みの筋肉と体型をしている。特徴の無い短髪に、奥二重で瞳の色は髪と同じ黒。眉毛が太く顔が濃い。カイゼル髭を生やしている。ジルバとは、ダリア軍の同期で同い年。ジルバ同様に良きお兄さん的な存在。もちろんがたいがいい。
暫くして、ジルバとランスが到着した。
「何処に行っていたランス、早く準備しろ!」
「ごめん」
「今度は、ガルシアだな」
「うるさいわよ」
「ジルバ、お前もだよ」
「はいよ、リーダー」
体を守る防具は、西洋の甲冑と酷似している。頭や顔全体を覆うクローズヘルムといわれる金属製の兜。面頬は上下に稼働する仕組みになっている。首から下も鎖帷子を着て胸当、肩当、肘当、籠手、腰当、草摺、腿当、臑当、鉄靴を装着している。背中や腿裏は露出しているが、体全体を金属板で構成され覆っていることを、プレートアーマーと呼ばれ兵の主流防具となっている。
盾は、木製の小型で軽い円形をした、ラウンドシールドといわれる物を片腕に装備している。木製であるが、盾の表面を金属板で覆っている。
ランスの防具は特注品であった。
面頬を外した、サレットといわれる兜。鎖帷子の上に胸当、肩当、籠手、腰当、草摺。足は膝当とロングブーツのみ。女性用にコンパクトでスマートな仕上がりになっている。
「リーダー、準備完了」
「私も完了。いつでも行けるわ」
三人は、補給部隊が待機している広場へと向かう。
「なぁリーダー、今度こそうまくいくよな」
ジルバは不安げに言った。
「どうした、お前らしくもない。うまくいくさ…いや、必ず成功させてやる」
「ジルバ、私が来たからには大丈夫だ。必ず上手くいく」
ランスは自信満々といった顔である。
「その自信はどこからくるんだよ」
ランスは、見ていろと言わんばかりに広場に集まっている兵の前に立ち、背中に挿している軍旗を掲げて叫んだ。
「みんな!そんなしょぼくれた顔してないで、シャキッとしなさい!今回の任務、私が来たからにはもう大丈夫。必ず成功するわ。自分を信じられないなら、私を…ランスを信じなさい!」
ランスは、意気消沈している兵に喝を入れる。
広場にいる兵は、雄叫びを上げた。
「リーダーは吾輩なんだが」
「調子いいな、ランス」
ランスは、兵に覇気がないこと、ガルシアやジルバも任務に自信がないこと、そういう空気を本能的に感じていた。
「ほら、ガルシア、ジルバもやるのよ。決意を掲げるのよ」
「よっしゃ、乗った!」
ジルバも、ランスの隣に並び軍旗を掲げた。
「いいか野郎ども!今度こそ勝つ!怯えて遅れをとるんじゃないぞ!」
兵は、ジルバの意気込みに応え、雄叫びを上げた。
ガルシアも、ランスの隣に並び軍旗を掲げた。
「この任務こそ、今後のアントルメ、いや、ダリア王国の行く末を左右する。気合い入れろ!必ず成し遂げるんだ!」
兵は、ガルシアの意気込みに応え、雄叫びを上げた。
補給任務とは思えない、これから戦でも始まるのかと思わせる程の雄叫び。兵のボルテージは最高潮に達していた。
「どう、みんな元気になったでしょ。これなら大丈夫だわ」
「勢いだけでは勝てないぞ、ランス。昨日の作戦会議を忘れるなよ。吾輩の言った通りにやるんだ」
ランスは、広がった軍旗を背中に挿した。
「言ってるそばから…全く。ランス、隠密作戦なんだぞ。軍旗は背負っていいが広げず纏めて紐で縛っておけよ」
「そうだぞランス、お前は人の話聞かないからな」
「二人共、いつまでも私を子供扱いしないでよね。ちゃんと作戦通りにやるって」
ガルシアやジルバにとって、ランスは歳下のお転婆娘の様な存在であり、子供扱いするのも当然だった。
「よし、隊列を組め。出発だ!」




