砦の偵察その5
突然、リクトルの腹が鳴った。
「クロワッサン一個しか食ってないからな」
「あんた本当にお金無いのね。いいわ、早めの夕食にしましょう。今日は特別に、私の手料理を食べさせてあげるわ」
性格は置いといて、こんな可愛い女の子の手料理を食べられるのは、ちょっと楽しみだ。
「これから偵察へ行くのに、途中で餓死されても困るわ。どうせなら、私を守って死になさい」
俺は人として扱われているのか、それ以下なのか、どっちなんだ。
クロワッサンと特製クリームシチューがテーブルに並べられた。
何が特製なのか聞いてみたら、クリームシチューの中に甘いカボチャが入っていると特別になるそうだ。
俺は無我夢中で食べた。
美味すぎで手が止まらない。
なんとなく対面のランスを見たら、俺以上に凄い勢いで食べていた。お前も腹減ってたのかい。
食後の紅茶を飲みながら、民兵を集める経緯までの話を聞いた。
「それで、ドゥーべ砦にはどうやって行くんだよ。橋は検問されてて渡らないだろ」
「大丈夫よ、ちゃんと考えてあるから。まだ外が明るいから、暗くなるまで待ちましょう」
その間に、まだ大量に残ってるぼろぼろの武器と防具にコクシネルを付与しないと。
リクトルは、ランスがコクシネルを付与した武器や防具が新品同様に生まれ変わって行く様子に感動しながら、整理整頓した。
「全部終わり、ちょっと休憩。リク、紅茶淹れて」
「へいへい」
魔力が尽きなくて良かったわ。
まだ余力ありるし、一息ついたら予定通りドゥーべ砦へ行こう。
二人で紅茶を飲んでいたら、玄関をノックする音が聞こえた。
嫌な予感がするわ。
玄関を開けると、ジルバとガルシアが入って来た。
「ランス、お前もう男連れ込んだのかよ」
「吾輩、ちょっとショック」
「紹介するわ。こいつは、リクトル。リクでもいいわ。今日から私の盾になったの」
省略した名前を紹介しなくてもいいと思うぞ。
俺は簡単に自己紹介した。
ガルシアとジルバから憐れみを込めて「頑張れ」と、一言。
ジルバから、ランスの事をどこまで知っているか聞かれて、目線をランスへ移した。
「ジルバ、大丈夫。リクも私が魔法使いなのは知っているわ」
「他言はしない。言ったら処刑だからな」
「二人共、心配しないで。それで、何か用があったんじゃないの」
「フエクダ砦の偵察の後、吾輩は心配になったのだ。また勝手に砦の偵察へ行くのではないかと」
「心配症ね、ガルシアは…。でも正解、これからドゥーべ砦へ行こうと思ってたの」
「リーダー、どうせ駄目だって言っても行くから」
「はあ、分かった。明日は戦略会議だ。必ず来い」
「もちろんよ」
去り際に、ガルシアとジルバから「ランスを頼む」と、言われた。
あの二人は完全にランスの保護者だな。
言われなくても、しっかり守りますとも。ダリアの光を失う訳にはいきませんからね。
アントルメ南門を出たランスとリクトルは、目の前に広がるエマニュエル大陸最大の河であるオーグマ河の前まで来ていた。
緩やかな河の音が鮮明に聴こえるほど静かで、水面には夜空に浮かぶ月や沢山の星が映し出されていた。
「まさか、泳ぐのか」
「その通りよ。これを被って泳ぐの」
そう言って荷物の中身から取り出したのは、鰐の頭を模した被り物だった。
「そんな物、よく見つけてきたな」
「帽子にコクシネルを付与して鰐頭にしたの。どう、鰐っぽいでしょ」
「そんな事もできるのか。便利な魔法だな」
「まだあるわよ」
次に取り出したのは、仮面だった。
「これを顔に付けると、別人になれる。どう、凄いでしょ」
「それも、コクシネルっていう魔法なのか」
「そうよ、凄いでしょ。これで私も怪盗キッドになれるわ」
鰐の頭を付けた怪盗はいないだろうな。
「リクはこれ」
渡されたのは、牛の被り物だった。鰐じゃない。
「あんたは鰐に追いかけられてる牛になるの」
「牛ね。必死で逃げ惑う感じで泳げばいいのか」
「そうよ、よく分かってるじゃない」
よく分からなんシュチュエーションだ。
アントルメ近辺に野生の鰐や牛を見たことはない。頭が回る奴にはすぐにばれそうだな。
問題なのはこの馬鹿でかい黒獅子だ。これを背負って偵察は、流石に怪しまれるだろう。
「黒獅子担いで砦に入ったら、目立つし怪しまれるんじゃないか」
「確かにそうね。ちょっと貸しなさい」
小さくなる様にコクシネルを付与して…これでよし。
黒獅子はみるみる小さくなり、果物ナイフ程の大きさになった。
「成功ね。必要な時はコクシネルを消すから」
本当に便利な魔法だな。何でも出来るじゃん。
「そんな事もできるんだったら、壁を擦り抜けたり、透明人間になったり、空を飛ぶ事も出来るんじゃないか」
「透明人間にはなれなかったわ。それに、潜入偵察なんだから、変装して隠れながら重大な情報を掴むのが怪盗なのよ」
偵察任務じゃなかったのか。ドゥーべ砦にダリア王国を揺るがす重大な情報でもあるのかよ。
「途中の島まで泳ぐわよ」
橋の上では、壊れた橋を境にして、交代で見張りをしているダリア兵とアルフォニス兵がいた。両者とも睨み合いが続いている。
丁度その真下では、ランスとリクトルは橋の支柱がある島を目標に、小声で雑談しながら泳いでいた。
「夏で良かった。冬だったら寒くて凍えちゃうわ」
「全くだ。ランスはさ、夜の河を泳ぐの怖くないのかよ」
「全然。あんた怖いの」
「怖いかな。暗くて、不気味だ」
そんなどうでもいい話をしていると、突然、俺達を囲う様に水中から淡い緑色の光が溢れ出した。
「うわっどうなってんだ、魔物か」
「リク、何びびってんのよ」
ランス曰く、緑色の発光現象は河蛍という微生物の仕業らしい。
夏の時期だけ、川に生息する微生物が光合成を行った後、気泡となって酸素を出す。気泡の中に細胞の一部が付着して、化学反応することで蛍の様に淡い緑色に発光し、水中をゆらゆらと動きながら上がって空気に触れると弾け飛ぶ。発光しながら、空気中を彷徨う様子が蛍に似ているから河蛍。酸素を出すタイミングは決まってないんだと。
今回、たまたま大量の微生物が発生していて、陽が沈んでから酸素を出し始めた所に俺達が偶然居合わせたって事だ。幸い、橋に届く前に光は消えていった。
「ほら、怖くない」
そう言って、鰐の頭を被ったランスは微笑んできた。
たまに、純真無垢な感じで話すんだよな。表情といい話し方といい、急にころっと変わる。
「そうだな、とても綺麗だ」
「えっ…」
「えっ…」
「まあいいわ、さっさと行きましょ」
誰にも見つからず島に到着したランスとリクトルは、小休憩した後、出発した。
「ここから南東へ向かうわ。橋の真下から外れるから、慎重に泳ぐのよ」
周囲を警戒されれば気づかれてもおかしくないのに、結局、何事もなくオーグマ河を渡り切ってしまった。鰐と牛の頭は要らなかったな、結果論だけど。
俺達は、肝心のドゥーベ砦を発見できずにいた。よくよく考えてみれば、アントルメからでも肉眼で見える位置にあるはずだよな。ランスも地図を広げて確認していた。
「おかしいわね。この辺りのはずなんだけど」
「あの小屋に住んでる人に聞いてみないか。煙突から煙が出てるから誰かいるだろ」
「分かったわ、あの小屋がドゥーベ砦よ。こんな所に小屋があるの不自然だわ」
「何が分かったのか知らんけど、仮にそうだったとして、守備兵を思いっきり押し込んだとしても二十人ぐらいが限界だぞ」
「そうよ、ドゥーベ砦は二十人しかいないのよ」
「分かった、とりあえず行こう」
砦が無くなっているなら、跡地があってもおかしくないわ。なのに、全くその形跡がない。
位置も合ってるし、状況からしてこの小屋だわ。
私達は、何の変哲もない小屋の扉を開けようとした。でも、鍵が掛かっていて開けられない。
扉を叩いたら、小屋の中から声が聞こえてきた。
「合言葉を言え」




