砦の偵察その4
俺はリクトル、どこにでもいる傭兵だ。
暫く、アントルメを中心に討伐要請をこなして生活していたのだが、アントルメが包囲されてから仕事がめっきり減ってしまった。稀にあったとしても早い者勝ち、争奪戦だ。
幸い、宿代は一ヶ月分支払っているから野宿する事はない。でも、このままだと野宿する事になりそうだな。
外に出ようにも、缶詰め状態のアントルメ領から出られる訳もなく、クロワッサン一日一個と大量の紅茶と洒落たティーカップがあるせいか、貧しいはずなのに優雅な感じに凌いでいる。
「腹減った。農業でもやろうかな、金が無いから土地代払えないか。植木鉢でも買ってトマトでも栽培するかな。駄目だ、金が無い。そうだ、転職しよう」
そんな事を考えながら討伐要請所へ向かっていたら、長蛇の列を発見した。並んでいる奴に聞いたら、どうやら民兵を募っているらしい。
先頭の方はギャラリーが多くて見えない。
「最後尾も見えないな、やる事もないし並んでみるか」
ここの路地を曲がって、進んで曲がって進んで更に曲がってって、一体何人いるだよ。
ようやく最後尾に辿り着いて、最後尾の看板を持たされた。そして、誰も俺の後ろに並ばねえ。
いつまで待てばいいのやら。
少しずつ進んでいる様だから、日が暮れる前で頼む。
「はい、次の人どうぞ」
日が暮れるかと思ってたけど案外早かったな。
「あなたで最後みたいね」
目の前には可愛らしい女の子が立っていた。
短髪だがどう見ても女だ。顔を見れば分かる。歳も同じぐらいじゃないか。
そうか、こいつ…
「何じろじろ見てるのよ」
「お前、凱旋パレードにいた、ダリアの光とかって言われてた奴か」
「お前じゃないわ、ランスよ。ここに名前書いて」
「報奨金はあるのか」
「ある訳ないでしょ。アントルメを解放する為にみんな集まったのよ。その恰好、傭兵ね。帰りなさい、お金が無いのはあんただけじゃないわ」
「それは、すまなかった」
俺は机に置いてある紙に名前を書いた。
「リクトルって言うのね。性は?」
「俺は戦災孤児だ。孤児院で育てられて、物心ついた時にはリクトルって呼ばれてたんだ」
「そう。報奨金が出ないのに戦うのね」
「正直金の為に並んでたけど、アントルメが解放されない限り現状変わらないからな」
「孤児院のため?」
「孤児院は村ごと魔物に潰された。みんな死んだ。だから、今は自分の為さ」
「ふうん…なら決闘しましょう」
いや、待て。何でそうなる。
今の話の流れから決闘にはならないぞ。お前の脳内はどうなってんだ。
「あんたが勝ったら、私の全財産をあげる。その代わり、私が勝ったら盾になりなさい。私を命懸けで守る盾になるのよ。さあ、勝負よ」
何も言ってないぞ。
返事する暇を与えないくらい突っ走っているなこいつ。
ランスは、水底の剣を鞘から抜いて構えた。
自信満々といった顔だな。
負けるはずがないと思ってるのか。
「いいだろう、やってやる」
リクトルも、鞘から剣を抜いて構えた。
最初に仕掛けたのはランスだった。
三度の突きを繰り出すも軽く避けられ、一閃反撃を受けるが、くるりと身を翻し反撃仕返した。だが、それも受け止められてしまう。
ほんの一瞬の出来事だったが、歓声が上がった。
いつの間にか、ランスとリクトルの周りに人だかりが出来ていた。皆、ランスを応援していた。
完全アウェイ、流石ダリアの光。
しかし、今のを反応するのかよ。大振りの突きは誘いだったのか。
「やるな、少し舐めてた」
「あんたもね」
殺気は感じられないが、遠慮はない。
殺す訳にはいかないし、怪我させたりしたら処刑なんじゃないか。何で決闘なんて引き受けちまったんだ、俺は馬鹿か。
「そっちが来ないなら」
ランスの怒涛の斬撃を受けながら、リクトルは考えていた。
どうする、どうするよ。
降参するか、いや駄目だ。
向こうが納得する訳ないし、それ以前に聞く耳を持たない。剣をぶち壊すかして無力化するしかないか。
急に攻守が逆転した。
防戦一方だったリクトルは、ランスの水底の剣を狙って何度も斬撃を放ってゆく。
とうとう本気出してきたわね。
でも、この速さなら全部受け切れるわ。
その時、激しい攻防を観戦していた男が、ポケットから手を出そうとした際に、銅貨一枚を落としてしまった。
銅貨は縦にコロコロと転がり、丁度リクトルの後ろで倒れた。
「あっ銅貨一枚発見」
「なに⁈」
「もらったあ!」
「拾うとでも思ってんのか。俺はそこまで意地汚くない」
刹那、渾身の力を込めた互いの剣がぶつかり合った。
その衝撃を受けて、リクトルの剣に亀裂が入り折れて宙を舞う。
リクトルの眼前には、水底の剣を突き出し勝ち誇っているランスがいた。
「私の勝ちね」
くっそお、めっちゃ悔しい。なんか知らんけどめっちゃ悔しい。
よく見ると、刃こぼれ一つもないじゃないか。どうなってんだよ。
この勝負、最初から俺の負け確だったって事かよ。
「約束通り、あんたはこれから私の盾よ。死ぬ気で守りなさい」
「分かった。だが、守るにも武器がない。買う金も無い」
「それなら代わりを用意してあげる。付いて来なさい」
鼻歌を歌いながら、満面の笑みで歩くランスの後を、肩を落としながらリクトルは付いて行った。
着いた所は、ランスの家だった。二階建てかよ。
中へ入ると、広いリビングに大量の武器と防具が散乱していた。
「好きなの選んでいいわよ」
「散らかり過ぎて、探しにくいな。整頓しよう」
「几帳面な奴ね。じゃあ、綺麗な方はこっち、汚いのはこっち」
これは流石にごちゃごちゃし過ぎだろ。
暫く、ランスと仕分けしながら片づけていたら、やたらと大きいハンマーを見つけた。
「錆びてやがる。お前の身長ぐらいありそうだな」
それは、ネイルハンマーをそのまま巨大化させた様な形をしていた。
「無理に持ち上げないで、折れちゃうわ。今、おまじないを付けるから」
「おまじない?魔法使いじゃあるまいし」
ランスは、錆びついてぼろぼろの巨大ネイルハンマーへコクシネルを付与した。
すると、ネイルハンマーは光だし、錆がぽろぽろと剥がれ、形を変え、黒光する巨大なハンマーに変身した。
「どうなってんだよ、これ。お前、本物の魔法使いなのか」
「そう、本物の魔法使いよ。他言無用だから、言ったら処刑よ」
めっちゃ顔近いな。
「分かったよ」
「そんな事より、これ見てよ。ハンマーの頭の部分が黒くなって、鹿の頭の様な形をしてるわ」
「この頭部は黒曜石だ。硝子の塊みたいな物だから、壊れやすい。ハンマーには向いてないな」
「大丈夫よ。鋭くて丈夫なハンマーになる様にコクシネルを付与したから。試してみなさいよ」
リクトルは、リビングに転がっている綺麗な剣を手に取って、コクシネルを付与したハンマー目掛けて思いっきり振り抜いた。
「割れてない。ひびすら入ってない」
「成功ね。これはもう黒曜石じゃないわ、黒曜石改よ。あとは、そのハンマーを使いこなせるかね」
「ハンマー使うなんて言ってないぞ」
とか言いながら、ハンマー使うの楽しみなんだよな。
俺はハンマーを持ち上げようとした時に、柄の先端に付いている突起物に触れた。
ハンマー頭部の片側は、鹿の角の様に分かれていて、その中心部分から裂けるようにブワッと広がった。
「何これ、変形したわ。あっこれ盾だわ、絶対そうよ。体全体が隠れるぐらい大きいから、間違いないわ」
めっちゃ嬉しそう。
新しい玩具を目の前にした子供が、はしゃいでる感じだ。と、いいながら俺もテンション上がった。だって、まだお互い子供だから。物好きな大人も大喜びかもしれない。
「ハンマーと盾、攻防両立、おまけに頑丈。理想的な武器だ」
「名前が必要ね。黒くて鹿…鹿を格好良くして、獅子。うん、この変形ハンマーは黒獅子よ。リク、これで私を守りなさい」
リクって、まあいいか。
黒獅子、これだけでかいハンマーなのに意外に軽いのは、石ではなく硝子だからか。重い打撃は期待出来ない…そうか、角部分とは違って、反対側は鋭く尖っている。これは打つんじゃなくて、斬るだな。
「ああ、使いこなしてみせる。んで、これからどうするんだ」
「決まってるじゃない。ドゥーべ砦へ偵察よ」
いや、俺は何も知らんのだが。




