砦の偵察その2
もっと丁寧に扱いなさいよ、お酒も私も大切にしなさいよね。いろいろぶつかって頭やお尻が痛いじゃない。
人の気配がなくなって、酒樽を開けた。
見渡すと酒樽だらけ、たぶん倉庫に運び込まれたらしい。
コクシネルで姿をカモフラージュしてじっとしても、至近距離なら流石にばれるわよね。ここにいてもどうしようもないし、なるべく人気を避けて進むしかないわね。
ランスは、扉の鍵を開けて廊下へ出た。
周りを警戒しながら進み、開いている扉を片っ端から開けて中へ入って行った。
カラフルなのは外壁だけなのね。中は普通に石造りだわ。それにしても人気がないわね、十人も見ていない。私としては都合が良いけど。
階段を上がり、一直線に廊下が続いている所へ着いた。両端には扉がづらりと並んでいる。
扉をゆっくり開けて中の様子を伺うと、生活感のある六畳程の部屋に二段の寝台が置かれていた。
たぶん、守備兵の部屋だわ。
誰もいない。
ここの廊下の扉、全部守備兵の部屋なのね。これだけ部屋があれば、一つぐらい欲しい物が見つかるはず。まずは左側の部屋からチェック。
手前から順番に部屋内を見たけど誰もいなかった。
一番奥まで来た時、廊下まで響くぐらいの声が聞こえてきた。
「怪獣がいるわ」
部屋の中を覗くと、守備兵の一人が大の字になっていびきをかきながら寝ていた。
思わず耳を塞ぎたくなるぐらいうるさいわ。でも、おかげで欲しかった物が手に入る。
ランスは、寝ている守備兵の剣と防具一式を拝借した。
サイズが全く合わない防具に、コクシネルを付与し調整する。
いびきのせいで、多少の物音に反応して起きる事がなさそうだったが、装着中にいびきが急に止まった。
ばれたかと思ったら、無呼吸症候群だったのね。それにしては長いわ。ちょっと心配だから、コクシネルで気道を少し広げるようにして…どうかな。
気持ちよさそうに寝息を立ててる、成功ね。
ついでに、私がミザール砦を離れるまで寝てもらいましょう。
「よし、装着完了。これで堂々と偵察できるわ」
プレートアーマーに身を包んだランスは、堂々と砦内を縦横無尽、隅から隅まで歩き回った。
砦内の広場に出ると、沢山の守備兵がずらりと並び練兵していた。
「通りでいない訳ね。ざっと一千人ってとこかしら」
「そこのあなた何やってるのん。さぼってんじゃないわよん」
近づいてきたのは、坊主頭に青髭、やたらと派手な化粧をしたがたいがいいおっさんだった。女じゃないのは間違いないわ。しかも、防具はカラフルで目が痛くて見てられない。
「あなた…面を上げなさーい」
顔が近いわ。
「ミザール隊長、あいつ全然起きません」
「しょうがないわねん、私の熱いキスで起こしてあげるわん」
あの気色悪いおっさんが守備隊長のミザール・フローレンス。
そんなことより、人数は大体把握したからさっさと逃げないと。よそ者だってばれそうだったわ。
ランスは急いで門番の所へ行き、男声の真似をして門を開けてほしいと頼んだ。
「門を開けてくれ」
「ミザール隊長の許可がないと開けられないよ。知ってるだろ」
「分かってるよ。でも、隊長のセクハラが酷くてもう耐えられないんだ」
「またか、しょうがないな」
またかって、他にもいたんだ。
門番は監視兵へ合図を送って、門を開けてくれた。
「アリオト砦へ行け、事情を話せば拾ってくれるだろうよ」
門を出ると、外側にいた門番が荷馬車に乗った商人と何やら交渉していた。
近づいて聞いてみると、武器を売ろうとしているみたいだった。
結局、交渉は決裂したみたいで、アリオト砦まで乗せてもらえないか頼んだら、快く受け入れてくれた。
ランスを乗せた荷馬車は、ミザール砦が見えなくなった所で急に方向転換した。
「急にどうしたの」
「どうしたのじゃないだろ、ランス」
帽子と眼鏡をはずした商人は、ジルバだった。全然気が付かなかったわ。
でも、どうしてここにいるのか聞いてみたら、偵察できる条件を不服そうにしていた私が勝手に砦へ行くのは、予想していた事だったらしい。
私を止めなかったのは言うまでもなく、言う事を聞かないからだ。
置いてきた馬の所までの道中、私の勝手な行動がどのくらい周りに悪影響を及ぼすか、くどくどジルバに説教された。
到着早々にガルシアにも同じ様に説教された。
結局、何を言っても聞かない私を自宅謹慎にしたところで意味がないと悟り、二人と一緒に砦の偵察へ行くことになった。
ガルシアもジルバも私の事が心配なのは分かるけど、ちょっと過保護よね。早く部隊の一つでも持って、一人前だってことを認めさせないと。
その日の夜、私の家に二人を招いて、食事をしながら砦の潜入方法を話し合った。
翌朝。
私達は、荷馬車に乗ってアリオト砦へ向かっていた。
空は雲に覆われて、陽の光が遮られてるから多少暑さが和らいでる様に感じるけど、それでも湿気があって蒸し暑い。
昨日の夜三人で話し合った結果、今日はアリオト砦とメグレズ砦を偵察することに決定した。
スピーディーに事を進める為に、補給物資に紛れ込む作戦に固執する事なく、臨機応変に対応する事になった。
アリオト砦には、セクハラ作戦で潜入する事になって、もちろん私が潜り込むわ。だぶん簡単に入ることができるはず。
外側の門番をコクシネルで眠らせて、ジルバが代わる。眠らせた門番を荷馬車へ突っ込んで、ガルシアが商人を装って門の前で待機。
脱出する時の障害になりそうなのは内側の門番だけど、私の話術とコクシネルでちょちょいのちょいだわ。
「アリオト砦が見えて来たぞ。お前の作戦本当にうまくゆくのだろうな。吾輩心配でならないのだが」
「心配ご無用よ」
「もたもたするなよランス、もう一件あるんだからな」
「ジルバは黙ってて」
三人が目にしたのは、白く塗られた石壁にドーム型の天井は黄金に輝く、アラビアの宮殿を思わせる砦だった。
また派手な砦ね。どうせ守備隊長の趣味なんでしょうけど。
ランスは、念の為ミザール砦の守備兵から拝借した防具一式を装着した。
アリオト砦に到着したランス一行は、門番へミザール守備隊長のセクハラが原因で逃げて来たと伝えた。
「アリオト守備隊長の承認が必要だ。案内しよう、待っていてくれ」
「大丈夫、一度来た事があるから一人で行ける」
そう言ってランスは門番にコクシネルを付与し眠らせた。
「ジルバ行ってくる」
「気を付けていけよ」
ランスは、内側の門番に事情を説明し砦内へ入った。
目の前の広場ではピアノの音色が流れ、その音楽に乗って守備兵全員がラジオ体操をしていた。
筒状にした手を片目に当て、ピアノを弾いている者を凝視した。
たぶん、ピアノを弾いてる奴が守備隊長のアリオト・ゴードン。羊みたいな顔してる爺だわ。顎髭長過ぎでしょ。そんな事よりも、今の内に守備兵を数えなくちゃ。
ランスは砦内を隈なく調べたが、炊事兵以外誰もいなかった。
まだ体操している、いつまで体ほぐすのよ。
守備兵は、ざっと七百人ってとこね。よし、ぐずぐずしてられないわ。
ランスは、男声の真似をして内側にいる門番に話しかけた。
「ミザール砦に忘れ物を取りに行きたいのだが、出して貰ってもいいか」
「おお、さっきの…良いぜ」
楽勝だわ。
ミザールといいアリオトといい、アントルメが攻めて来ないから平和ボケしてるのかしら。この調子だと他の砦も余裕そうね。
「帰ったわよジルバ、ガルシア」
眠ってる門番を荷馬車から下ろし椅子に座らせ、コクシネルを解いた。
眠りから覚めた時には、荷馬車は既にいなくなっていたのだった。
ランス一行は、メグレズ砦へ向かう。




