砦の偵察その1
思い出に浸っていたランスは、ズボンのポケットに手を入れた。
取り出したのはアルザスの尾羽だった。
時間が経っているはずなのに劣化してない。あの頃のままだわ。
エン婆にアルザス、森に住む動植物達…みんな今頃何してるかな。
ランスは日記を書いた後、就寝した。
翌日。
アントルメ城内にある居室の扉を開くと、ジェラルド公、ドミニク、ガルシア、ジルバが円卓に座っていた。私が最後だったらしく、空いてる席に座った。
部屋の窓全てが開けられていて、虫の音特に蝉の鳴き声と生温い風が入ってくる。
これから会議だというのに、情報漏れを全く恐れていないスタンス。夏の暑さには敵わないということかしら。それにしても暑い、軍服脱ぎたいわ。
「揃ったな。改めて補給物資の運搬ご苦労だった。早速だが、アントルメの現状を打開する為に包囲している砦を全て制圧したい。成功すれば東西での戦況が好転する筈だ。この作戦は補給物資の運搬が成功する事を前提として、既にペペル様から直命を受けている。異論はないな」
沈黙の後、ドミニクが口を開く。
「それでは戦略会議を始めます」
ドミニクがアントルメの現状を説明した。
一つ目は、半壊させた橋の修復の妨害も限界があり、時間がないこと。橋の修復が完了すれば一斉に攻めてくると推測しているらしい。二つ目は、指揮者がこの場にいる者しかいないこと。アントルメが包囲される前にみんな死んでしまった。王都から応援も望めない。三つ目は、敵の情報が殆んど分からないこと。まずは、各砦に常駐している兵の人数を把握することになった。
偵察するのは私を含め、ガルシアとジルバが任命された。
「特殊部隊ならお手の物だろう」
ガルシアとジルバが所属しているのはダリア王国軍特殊部隊。部隊を率いて戦う他に、暗殺や密偵もやっている。確かコーチは総長だったわね。
砦には補給物資に紛れて潜入する事になった。
私が潜入する事にガルシアとジルバに凄く反対されたけど、私も負けじと凄く反抗した。
結局、潜入は一回限りジルバ同伴で許可が下りた。私の粘り勝ちね。偵察任務なんて中々経験できない事だし、面白そうだし退く訳にはいかなかったわ。あまり良い条件じゃないけどね。
一通り戦略会議が終わって、ジェラルド公が話し始めた。
「順序が逆になってしまったが、ランスといったか、自己紹介をしてくれないか」
「はい、私はランス・メルクルディと言います。アペロから来ました。今は特殊部隊に仮で所属しています」
「仮?」
「はい、王太子から補給作戦を成功させれば正式に入隊させてやると言われました」
「そうか、やはりヤークスが連れてきた少女とは君の事だったのか。補給作戦成功の報せは昨夜王都へ送った、安心しろ」
「はい」
いつ正式に入隊するのやら。
「ところでガルシア、アントルメの森でキメラと戦ったと報告にあったが、どの様な魔物だったのだ」
「はい、頭が二つあり蛇の様な尻尾が生えた馬鹿でかい魔獣でした。これは推測ですが、人工的に造られた可能性が高くアルフォニスが放ったのではないかと思われます」
「もしアルフォニスが従えているとなると、脅威だな。一番近い砦は南側のアルカイド=ベネトナ複合要塞とドゥーべ砦か、考えておこう。まずは偵察だ、よろしく頼む」
ジェラルド公とドミニクが退席した後、ガルシアとジルバが話しかけてきた。
「ランス、キメラ戦生き延びることができたのはお前のお陰だと思ってる」
「吾輩もだ。感謝している」
「二人共、急にどうしたの」
ガルシアとジルバは互いに顔を見合わせた。
「お前が俺達にした事、ちゃんと覚えてるんだぞ」
「吾輩達の手に何かしただろ」
まずいわね。
「どうしてそう思うの」
「普通なら、あんな怪物に撫でられただけで武器や防具は木っ端微塵だ」
「だが、吾輩達の武器や防具は壊れるどころか攻撃を防ぎ、弾き返していた。しかも、かすり傷程度で骨折すらしていない」
「それにな、お前が変な事した時、妙な高揚感というか体の内から力が溢れ出ている感じがしたんだよな」
気のせいだと言っても信じるわけないよね。
「それは、私が…」
魔法使いだからと言いかけた時、急に二人共笑い出した。
「からかってるでしょ」
急に笑い出したかと思ったら、急に神妙な面持ちで喋り出した。
「泣きそうな顔してたから、ついな」
「リスクを冒してまで吾輩達に全てを喋る必要はないよ」
「うるさい、そんな顔してないわよ」
「安心しろ。俺達がよ、王族の前でこいつは魔女だ、何て事言うわけないだろ」
「むしろジェラルド公は、キメラ相手に生還した吾輩達よりアルフォニスが魔女なんじゃないかと疑っている」
「それならいいわ、何ればれるだろうと思ってたし…そう、私は魔法使いなの。二人が言っていた疑問は全て魔法よ。凄いでしょ」
「ランス、声がでかい。吾輩は言わなくていいって言っただろう。誰が聴いているか分らんのだぞ」
ジルバは笑い、ガルシアは呆れていた。
「そこまで振られたら言うしかないじゃない」
「それは俺も同意だ」
「すまなかったな。でも、お互いすっきりしただろ。ほれ、二人共出るぞ」
「私が魔法使いだと分かって驚かないの」
「吾輩達もそうとしか思えない体験をした事があるからな」
「そういう事だ」
城を出た時には昼過ぎだった。
自宅へ戻って私服に着替える。クロワッサンを十個さっと食べて、厩舎小屋で馬を借りて、ミザール砦を目指した。
自分の体や服にコクシネルを付与して、透明人間になろうとしたけど無理だった。私は自分の姿を消す事が出来ないらしい。出来ないものは出来ない。
ドミニクによれば、定期的に各砦へ補給物資が運ばれているらしい。流石に自給自足だけでは賄えないのか、そもそもそんな事していないかね。
そろそろ監視に見つかりそうな所まで来たわね。
姿を消す事は出来ないけど、色は変えられるのよね。
そういう事で、補給物資に紛れて潜入作戦開始よ。
ランスは、馬から降りて手綱を木に引っ掛けた。
自身にコクシネルを付与して、肌の色や服までもカメレオンの様に風景と同化した。
これなら、派手に動かなければ見つかる事はないでしょ。
手を筒状にしてから片目に当て、遠くのミザール砦を視認した。
「何あれ、カラフルな…砦?」
目立ち過ぎでしょ、どんな趣味してるのよ。完全に浮いてるわ。
しゃがみながらゆっくりとミザール砦へ近づくランス。
監視兵が肉眼で見える様になってからは、視線に注意を払いながら、素早く動いてはしゃがむを繰り返しミザール砦へ近付いて行った。
そんなランスを、ガルシアとジルバは岩陰から見守っていた。
「流石、我がダリア王国の光にして問題児。なんだよあの動き面白過ぎるだろ。監視は何やってんだよ」
「塔から見渡すと分からないものなんだよ。しかし、跡をつけて正解だったな。ジルバ同伴という条件を完全に無視だからな。後で説教だ」
やっと着いた。
門番が一人座ってるけど、うたた寝してる。ラッキー。
北の方角からミザール砦へ向かって来る荷馬車を発見したランスは、先回りして荷馬車の中に入った。
「何これ、殆ど酒樽しかないじゃない」
酒樽の中身をコクシネルで吸い取り、空にして中に身を潜めた。気付かれた様子はない。
ランスを乗せた荷馬車は、難なくミザール砦へ入って行った。
潜入成功だわ。
さて、ここからどうしようかな。




