満月の夜その14
翌日。
青空の下、ランスと村長は、緊急時に村全体へ知らせる為の鐘を見張り台に取り付けていた。その最中、遠くの方でガレンダー公国の軍勢を発見、この村へ向かっていた。
「早速、役に立ったね。ランスちゃんのおかげだよ」
「当然よ。今の内に避難を呼び掛けましょう」
梯子から降りる村長、見張り台から飛び降りたランスは、真下で目を開けながら寝ているアルザスの背へそのまま乗り、宿屋へ向かった。
「ガレンダーが来たわ、戦える者は宿屋前に集まれ!」
村人へ呼び掛けながら宿屋に戻ったランスは、部屋に保管していた武器と防具を宿屋の前に並べる。
部屋に保管してある武器と防具を一度に運ぶことができない為、何度も往復した。
宿屋前には村長しかいなかったが、往復している間に人数は増えていった。皆、何も言わず並べられている武器や防具を手に取った。武器や防具を所持している者や元ダリア王国軍の者、元傭兵なども集まった。
集まったのは百人ぐらいね。
前回ガレンダーが来た時は、誰一人として立ち向かう事をしなかったのに、こんなに集まるとは思ってもみなかった。
大丈夫、いけるわ。私とアルザスだっているんだから。
いつの間にか、見張り台にいたヤークスは叫んだ。
「ランス!ガレンダー兵の人数はおよそ五百、全て歩兵。向かってくる敵を把握しないで見張り台から降りるな」
「今回はしょうがないでしょ」
いきなり説教、私はいつからヤークスの弟子になったのよ。
まあ、いいわ。それよりも、赤い軍帽を被ったふざけたワイバーンが出て来なくて良かったわ。
「みんな、注目!この時より討伐隊を結成する。ここに集まったのは、己の命が惜しくない者だけだ。そして、英雄でもある。いいか、これからは自分達の村は自分達で守るんだ!」
アルザスの背に立って、ランスは意気揚々と討伐隊を鼓舞した。
そんな自信に満ち溢れているランスの表情と雰囲気と力強い言葉に、不思議と討伐隊の面々は心から奮い立ち、大声で応えた。
一方で、強襲しようとしていたガレンダー公国の軍勢は、村の外構部が強固になってしまった為に立ち往生していた。
「破城槌は無いはずだから、門に火を放つか岩壁をよじ登って来るわ」
ランスの予想通り、見張り台にいるヤークスからガレンダー兵は岩壁を登っていると報せがあった。
討伐隊は、登って来るガレンダー兵を自前の弓矢や石つぶてを投げて応戦するも、ガレンダー兵の物量には及ばず、村に侵入されてしまった。更に、門を燃やされガレンダー兵が雪崩れ込んできた。
乱戦に突入し、ヤークスも参戦した。
「ヤークスだ!ダリア王国最強の騎士にして戦士、ヤークス・クラモワジを討取って名を挙げろ!」
ヤークスにヘイトがいったわ。ご愁傷様、常人が束になっても敵う筈ないのに。こっちとしてはラッキーだけどね。
コクシネルを付与した武器は、簡単にガレンダー兵の防具を貫き、防具はより堅固になり討伐隊員の生存率を上げた。
ランスは、アルザスに乗って次々とガレンダー兵を前蹴りで吹き飛ばし、ヤークスは長剣で数十人を一遍に葬っていった。物量では圧倒的に不利だった状況が、いつの間にか討伐隊の優勢になっていた。
劣勢になってしまったガレンダー公国軍は、退却を余儀無くされ兵を退こうとした。だがその時、突如として現れたのは、武装した軍馬に白銀のフルプレートに身を包み、上半身を丸ごと覆う程の盾と細長い円錐状の槍を構えた、ダリア王国軍突撃騎槍馬部隊であった。
「第一陣、前へ」
三列横隊の先頭の列が構える。
「突撃!」
雄叫びを上げながら勢い良く飛び出す騎槍馬兵は、戦意を失くして逃げ惑うガレンダー兵を次々と突き刺して行く。
村へ救援が来ると、討伐隊は歓声を上げた。しかし、ランスは違っていた様だった。
「ダリア王国軍⁈どういう事よ」
あと少しって時にいきなり現れて、何しに来たのよ。まさか、私達の手柄を横取りする気じゃないでしょうね。
タイミングは良いが、来るのが遅すぎる。
「ランス、討伐隊を引かせろ。後は向こうに任せればいい」
「ヤークス、あんたの仕業ね」
「怒るなよ」
ダリア王国軍突撃騎槍馬部隊と討伐隊に挟まれ、身動きが取れなくなったガレンダー兵は、直ぐに降伏したのだった。
討伐隊には重軽傷をおった者はいたが、奇跡的に死者はいなかった。
「ダン、一ヶ月以上待たせるなんて遅過ぎじゃないか」
目が笑っていないヤークス。
「ダッハッハッハッハ、しょうがないじゃないか、アルフォニスやらガレンダーとやらが侵攻しているのだ、救援に行ける余裕がないのはお主も知ってるだろう。膠着状態のアントルメをどうにかすれば、話は別だがな」
ヤークスと話をしているのは、ダン・ド・デゴリエ、四十歳。ダリア王国軍突撃騎槍馬部隊総長。身長は百八十八センチメートル。ライオンのたてがみを思わせる髪型と色に、猛々しい顔つきが特徴的な大柄の男。がたいがいい。
「ヤークス、いつの間に救援要請していたのよ。私達だけで村を守る事に意味があるのに…」
ヤークスとダンの間を割って入ってきたランスとアルザス。
「ワイバーンを連れてガレンダーが攻めて来た時に、伝書鳩で王都へ報せていたんだ。まさか、こんな事になるなんて思ってもみなかったからな。ただ、救援要請は必要なことだ。今回は運が良かったが、次は千を超える兵が押し寄せてくるかもしれない」
「分かってるわ。自信をつけたいのよ、私達でも村や大切な人を守ることができるんだって。ただ、なんだろ…来るならもっと早く来てほしかったわ。決着がつきそうな場面で救援が来てもね、それが気に入らないだけ」
ダンをじろりと見るランス。
「こいつは誰だ。ヤークス、お主の妹か」
殺気の籠った目線をダンへ送るヤークス。
「ダッハッハッハッハ、冗談だ、そんな目で見るなよ。まるで俺が悪者みたいじゃないか」
「私はランス、こいつはアルザスよ。私はこの村に討伐隊を組織した者よ、覚えておきなさい」
「ブガ」
「討伐隊?」
「そうだ、ダリア王国の力を頼るだけでは村は守れない、その為の組織だ。それだけじゃない、こいつは見張り台や岩壁を造った。大した奴だよ」
「みんな手伝ってくれたわ、凄いでしょ」
誇らしげな態度をとるランスを覗き込む様に見て、ダンは感心した。
「こんな可愛らしい嬢ちゃんがね…大したもんだ」
その晩、酒場には、ヤークスや討伐隊、ダリア王国軍突撃騎槍馬部隊を含めて溢れかえるほど村人が集まり、ランスを褒め称え、祝杯を上げた。
有頂天になっていたランスは、今迄の疲れが一気に押し寄せてきて、いつの間にか寝てしまった。
ヤ―クスは、気持ち良さそうに寝ているランスを担いで、部屋内にある寝台へ運んだ。
窓から月夜の光が差し込む薄暗い部屋の中で、真紅の瞳はランスをじっと見つめていた。
「こいつの言うことが本当で、噂に聞く予言の子だとしたら、今ここで…」
部屋の扉がゆっくりと開いた。
慌てて振り向くと、そこにいたのはアルザスであった。
扉が開くまで気付かなかった。私としたことが柄にもないことをしてしまったな。
アルザスは部屋に入るなり、ランスが寝ている寝台の隣に座って寝始めた。
いつもなら馬小屋にいるはずなのに今日に限って何故ここへ来た…いや、考え過ぎか。このダチョウは確かブガティ種だったか。希少種というか、絶滅に近い鳥類のはず。
「魔法使い、魔法の剣、ブガティ種…ランス、お前は一体何者なんだ」
目が覚めて体を起こす、部屋の窓から日差しが体を照らしているせいで、ぼーっとしている頭が徐々に覚醒していった。
昨晩、私は変な夢をみた。
それはアルザスと別れる夢だった。
鮮明に覚えている訳じゃないけど、アルザスは森へ帰ると言い出した。
理由は…それも良く覚えてないけど、また会えると言い残して私の元から去ってゆく。
不思議と寂しさは無かった。だって私達は家族なんだから、また会えるに決まってるわ。
敬礼をしてから、超特急で走って帰る赤い軍帽を被ったアルザスを見送った。
「ただのホームシックじゃないのよ、このバカ!」
気がつくと、アルザスの尾羽を握り締めていた。
夢の筈なのに、私の側にアルザスはもういないのだと分かってしまう。それでも、夢オチであってほしかったから、酒場や馬小屋、村中を探したけどやっぱりアルザスはいなかった。
宿屋へ戻っていると、ヤークスに話しかけられた。
「これから私は王都へ戻る、お前はどうする」
「そうね、どうしようか考え中」
「なんだ、元気がないな。相棒はどうした」
「アルザスなら森へ帰ったわ」
「そういうことか」
突然、ヤークスは笑い出した。
「何よ」
「いつも威勢の良いお前が、そういう顔もするのかと思ってな」
「うるさいわね」
「だが、良いタイミングだ。ランス、私の弟子になれ」
「お断りします」
「私の弟子になれば、王太子との面会を約束する。どうする、願ってもないチャンスだと思わないか」
確かに、王都に着いてからは無計画というか、城に突入するぐらいしか考えてなかった。
出たとこ勝負よりは、かなり現実的だわ。
「いいわ、あなたの弟子になる」
「決まりだな、これからは私の事をコーチと呼べ」
「分かったわ、コーチ。ついでに教えて、何故私を弟子にしたの」
「お前がそういう奴だからだ」
意味が分からないわ。
宿屋前には、村長とダンが話をしていた。
捕虜を使って、壊れた岩壁や門を直させるそうだ。
村長は、ヤークスじゃなてコーチへ今迄の私の宿代を全額返金しようとしていたけど、断られていた。
コーチの故郷だからいらないんだってさ。
コーチが私を弟子にしたと言った時は、二人とも驚いていた。
「立派な騎士なってこいよ」
村を出る前に村の人達へ挨拶していると、いきなり応援されてしまった。情報広がるの早過ぎでしょ。
ランスは、ヤークスと共に武装した黒い軍馬に乗って、王都アミューズへ向かうのだった。




