満月の夜その13
強引にねじ開けられた檻、頭がない馬、周りにガレンダー兵がいない。と、いうことは。
空中からの急襲を最大限身を低くして避けると同時に、斬撃をお見舞いしたヤークス。
ガキンと金属がぶつかる音が鳴り響いた。
「浅いか」
左頬の切り傷から血が滲み出る。
あの尻尾の形状…毒か。
「みんな避難させたわ。なんかガレンダー兵が慌てて逃げて行ったわよ」
「そりゃあ逃げるだろう。ワイバーンなんて魔竜連れて来てくるからこうなる」
「ワイバーン?」
それは上空から降り立った。
鷲の様に発達した脚と鉤爪、蝙蝠を思わせる翼にトカゲの頭、長い尻尾の先端には鋭い鋼の棘が生えた魔竜。全長は三階建ての一軒家ほどある。
爬虫類独特の鋭い眼光でヤークスを睨み付けた。
あれがワイバーン…鳥人間の頭を取り替えて尻尾付けただけじゃん。
ワイバーンは大きく息を吸う様にのけ反った。
「来るぞ、離れていろ」
「舐めんじゃないわよ、火炎放射ぐらい軽く防いでやるわ」
ワイバーンの口から放たれたのは毒霧だった。
ヤークスは逃げる素振りを見せず毒霧に包まれ、姿が見えなくなった。
思いもよらぬ攻撃にランスは慌てて後退した。
「これ毒でしょ、普通竜だったら火を吐きなさいよ」
視界の悪さを利用して、ヤークスはワイバーンの尻尾を斬り飛ばす。
ワイバーンは悲鳴をあげ、転がる様に倒れ、混乱しながらも直ぐに飛び立とうとした。
その機に乗じてワイバーンの背を駆け上がり首を跳ね飛ばした。
ほんの数秒の間に、ワイバーンはヤークスによって討伐されたのだった。
「あんた本当に人間なの。毒吸い込んで生きてるなんておかしいわ」
「毒ぐらいじゃ死なない」
檻の中にワイバーンを入れるなんて物理的に無理がある。仮に入れたとしても、簡単に檻ぐらい破壊出来るはず、どうやってここまで運ぶ事ができたのか。何かにおうな。
村に蔓延した毒霧を排除しないと村人が戻って来れない為、ランスは描いたコクシネルを掃除機代わりにして毒霧を全て吸い取った。
「便利な魔法だな」
「凄いでしょ」
ランスは得意げに言った。
アルザスは黒い軍馬と村人達を引き連れて戻って来た。
村人達はヤークスを褒め称え、皆の無事を喜んだ。
その様子を見ていたランスは、アルザスの背に立って言った。
「みんな聞いて!今回はヤークスがたまたまいてくれたから助かったけど、このままじゃ駄目だと思うの。近い将来、みんな死んでしまうのは目に見えているわ」
「じゃあ、どうしろって言うんだ。全てを捨てて死ぬまで戦えってか」
村人がランスの言葉を遮るように反論し、それに賛同する者は大勢いた。
「討伐依頼をして、みんなが死んでしまうまで誰かが救ってくれるのを待つの?逃げたって同じよ。戦争、魔物、死が向こうからやってくるのよ。いつまでも壊れた家やお店を直しても何も変わらない。生き延びるには知恵を絞って立ち向かうのよ」
「何もしなかったと思うか」
ヤークスは唐突に言った。
「えっ」
「お前に言われなくても今までやってきたんだ。それでも人は殺されるし、住む場所を失う。新たな土地で村や町を興しても同じ事だ。それでも耐え忍んできたんだ。分かったような事を言うな」
「そうだぞ!今日来たばかりのガキに何が分かるってんだ。そこまで言うならな、生き延びる為の知恵ってやつを見せてくれよ」
ヤークスに便乗して村人達が野次を飛ばしてきた。
「いいわ、見せてやるわよ」
「ブガ」
私達は、まだ使えそうなガレンダー兵の武器を拾い、防具を取り外し、宿泊する部屋に集めた。
村の外へガレンダー兵の死体を運んでいると、村長とヤークスが手伝ってくれた。
火葬されてゆくガレンダー兵を見ているとヤークスに話しかけられた。
「どうしてあんな事を言った」
「どうしてって言われると…そうね、私の村もガレンダー兵と魔物にやられたの。それを思い出しちゃってこの村も危ないんじゃないかって思っちゃってね。それに、ヤークスがお店に来た時とかワイバーンをやっつけた時もそうだったけど、何で自分達の村なのに他人にすがるだけで戦わないのかなって思ったの。でも、今まで戦ってきた結果が耐え忍ぶことになったってことなんでしょ。はい、軽率な発言をお許しください」
「反省している様には見えないな。村長、一発ぶん殴っ方がいい」
村長は少し困った顔をして言った。
「自分達の非力さを嘆き、失ってばかりで疲れてしまったのでしょう。ダリア軍からの救援や討伐依頼をすれば、自分達の血を流さずに済むわけですから。でも、それだけでは守りきれない。我々も最大限自衛していかなければならない。お嬢さんの言うことも一理あるね」
「でしょ」
「勘違いするなよ」
嬉しそうな顔をするランスにヤークスがすぐさま突っ込んだ。
「ランス、お前がここで何を成すのか見たくなった。それまで宿代は私が払ってやる」
「否定するような事を言っといて意外に期待しているのね。いいわ、見てなさい。私がこの村に闘魂を注入してやるわ」
火葬が終わって祈りを捧げた後、宿に戻ってすぐに寝ようとしたけど興奮して寝れなかった。
あんな事があった後じゃ無理もないわ。それに、ムカつくこともあったし。
気を取り直して日記を書いた後、集めた武器と防具の汚れを綺麗に拭き取ってコクシネルを付与した。私の想いがこもった武器や防具がどれくらい性能が上がったのか試してみたいけど、さすがに眠くなってきた。
ランスは満面の笑みで就寝した。
翌朝。
ランスはアルザスを連れて、村の近くにある森へ来ていた。
太くて頑丈そうな木を選び、水底の剣を使い伐採して村まで運んでいた。
村人達は、到底一人では持てない伐採木を軽々担いでいるランスを見て驚いていた。
そりゃあ驚くわよね。筋肉ムキムキの男十人でも運ぶのがやっとなのに、女の子一人でしかも両肩に担いでるんだから。ジョン・メイトリックス大佐になった気分だわ。
もちろん筋力で持ち上げているわけじゃない。この伐採した木にコクシネルを付与したの。風船の様に軽くなれってね。
ランスとアルザスは、遠くを見渡せる見張り台を造ろうとしていた。
伐採木を加工し組み合わせ、更に縄で縛り、台の高さを上げてゆく。
途中、悪戦苦闘していたランスやアルザスを見かねて、村長や一部の村人が数人手を貸した。
夕日が暮れる頃、たった半日で見張り台は完成したのだった。
酒場にて、ランスやアルザスはもちろん、携わった村長や村人達、宿代を負担しているヤークスを交えて祝杯をあげた。
ランスはその場の雰囲気に酔って上機嫌になり、自分の想いをぶちまけた。
故郷の村人が全員殺され無くなった事、何も出来ずに逃げて自分だけが生き残った事、たとえ敵わない相手が攻めて来たとしても、大切な人を逃す時間は稼げるのではないかと。「私はあきらめない」と、いつの間にか涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら何度も言ったのだった。
そんなランスの言葉を、酒場にいる全員が耳を傾けていた。
翌朝。
見張り台には、村長が遠くを眺めていた。
村人達と話し合い、交代で監視をするとランスに話した。少しずつ村人達の意識が変わり始めていた。
ランスとアルザスは、岩や石を村の外側へ運び、それを積み上げては粘土で固めた。岩壁を造ろうとしていたのだ。
毎日のように朝から晩まで作業していると、いつの間にか手伝う村人が増えていった。
最終的に村人総出で作業にあたり、わずか一ヶ月程で村を囲う岩壁と村の出入口となる木造の門が出来上がった。
その晩、酒場には溢れかえるほど村人が集まり、祝杯をあげたのだった。




