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ランスのさだめ  作者: ベギラマ雄子
王位継承編
14/17

満月の夜その10


 アルザスの背に乗って帰宅したランスは、家の前で遠くの空を見上げているエンダの所へ向かった。

 エンダに森を出ることを話しても、しっかりとした返事がなかった。

 いつもと様子が違うエンダを感じて、ランスも遠くの空を見上げた。

 空は快晴だったが、一つだけ大きな黒い雲が浮かんでいた。

 森の先は山岳地帯の為、天候が変わりやすいのは良くあることだが、空に浮かぶ大きな黒い雲はあまりにも不可解だった。

 徐々に近づいてくる大きな黒い雲は、突然形を変えた。

 驚いたランスは、形を変えた大きな黒い雲へ目を凝らすと、おびただしい数のハルピュイアが群れを成して飛んでいたのだった。


「こっちへ向かって来てるわ」


魔力(まりょぐ)に反応しておるのじゃ。森をめちゃぐちゃにされる前に、こっちに注意を向けさせているのじゃ。ランスや、ばぁばから離れちゃいかんぞ」


「うん。アルザス!あんたもこっち来なさい」


「この高揚感、久々じゃ」


 エンダの体から、静かで力強い魔力が溢れ出る。空へ向かって杖を掲げると、どこからともなく雲が湧き出て次第に集まり、快晴だった空は渦巻く暗雲に覆いつくされ、嵐と化した。

 その渦の中心から、落雷を轟かせながら龍の形をした蒼い稲妻が飛び出し、泳いでいるかの様に駆け巡り、次々とハルピュイアを飲み込んでは丸焼けにして行った。

 世界の終わりを感じさせる異常な光景を目の当たりにしながら、ランスは吹き飛ばされない様に、アルザスの首の辺りを抱き抱える様に掴んで、必死にエンダにしがみついていた。


「エン婆、飛ばされちゃう」


「そおれ、それい」


 エンダは、逃げ惑うハルピュイアの群れを蒼い稲妻の龍を操って追い詰める。

 最後のハルピュイアを消滅させると、青い稲妻の龍は渦の中へ消えて、さっきまでの嵐が嘘だったかの様に青空が広がる。

 小鳥の鳴き声が聞こえ始め、気持ちの良い風が吹き抜け、いつもと変わらない穏やかな時間と空間に戻った。


「どうじゃ、凄いじゃろ」


「どうなってるのよ…」


 アルザスは、力の抜けたランスの手を離れ、興奮した様子で走り回った。


「凄いなんてもんじゃないわ、もう何が何だか…」


「これはじゃ、大魔法と言って、膨大な魔力(まりょぐ)を解き放ち空間(ぐうかん)を捻じ曲げ支配する魔法じゃ」


「大魔法…教えてエン婆」


「嫌じゃ」


「ケチ。いいわ、自分で身につけてみせるわ」


「そうじゃ、誰かから習って出来る様な事じゃないんじゃ」


「そうだエン婆、大事な話があるの」


「まずは家に入って濡れた服を乾かさないとじゃ」


 エン婆に、明日森を出て王都へ向かうことを話た。全力で止めると思っていたけど、意外にもあっさり承諾してもらえた。

 夕飯を食べながら、王都へ向かう道筋について話し合った。

 山岳地帯には、大昔に使われていた地下道の入口があって、そこを通れば時短で抜けられる。けど、今はどうなっているか分からないし、危険だから素直に山岳地帯を迂回した方が良いと、エン婆に薦められた。

 私は前者を選んだ。

 そりゃそうよ、普通に王都を目指すなんてつまらないわ。それに、地下道は魔法で封印されているらしいじゃない。これはもう、お宝がありますと言っている様なものでしょ。

 エン婆は、アルザスを連れて行くという条件なら地下道の入口を教えると言ってきたけど、元々アルザスと一緒に王都まで行くつもりだったから、余裕で条件を受け入れたわ。

 珍しいというか初めて見たけど、食後にお酒を飲み始めたエン婆は、饒舌になって楽しそうに昔話をしてくれた。

 興奮のあまり血圧が上がって咳き込んで死にそうになったり、時折、寂しそうに遠くを見るような表情をしたり、私の知らない本物の冒険譚…羨ましいわ。

 私もエン婆の様な冒険をしたい。その為にも、なんとしてもダリア王太子を王様にして生き延びてやるんだから。

 酔いつぶれたエン婆を寝台へ運んでから、何故か泥酔しているアルザスを小屋まで引きずって、自室に戻って日記を書いた。

 いつもより遅い時間に寝床についたけど、気持ちが(たかぶ)ってなかなか寝れなかった。私もお酒飲めば良かったかな、未成年はお酒飲んじゃ駄目だから仕方がない事なんだけどね。


 翌朝。

 ランスは朝食を食べた後、王都へ行く準備をしていると、家の外が騒がしいことに気付いた。

 窓越しに外を見ると、家の前には大勢の森の動植物が集まっていた。


「こりゃ、たまげた。おっ、兎じじいがおるのじゃ。ランスや、先に外で待っておるぞ」


 そのまま外を眺めていると、エン婆と亀造の甲羅に乗った兎師匠が軽く抱擁を交わして、楽しそうに話をしていた。エン婆の家と森はそんなに離れていないから、会いに行こうと思えばいつでも会える距離なのに、久しぶりに会うって良く分からない関係だと思った。まあ、どうでもいいけど。


 準備を済ませて家を出ると、ランスを囲う様に動植物が群がってきた。

 あまりにも突然に素っ気ない別れ方をしたランスを、動植物は叱咤激励をする為に来たのだった。


 サングラスを掛けた栗鼠や針鼠、ハイテンションな蝙蝠、やたら早口の烏、いつも対決している熊とパンダ、向日葵の群衆、見慣れた面子を含めて一斉に浴びせられる言葉に、ランスは昨日の事を反省して素直に謝った。

 動植物は言いたい事を言って満足したのか、言い過ぎて疲れたのか、急に静まり返った。

 森の代表として、兎師匠はランスヘプレゼントを渡した。それは、年季の入った一枚の紙切れだった。


「何これ、何か書いてあるわ。

この世界はもう駄目だ。このままだと人類はおろか殆どの動植物は死滅する。これも人類が好き勝手にやってきた結果なのだろう。だが、そこに一人のハーフエルフが現れた。その者は世界を覆い尽くすほどの一本の巨樹を生やした。人々はこの巨樹を世界樹ユグドラシルと名付けた。ユグドラシルのお陰で時間の経過と共に、死滅する要因の一つである温暖化は改善しつつある。死にかけていた世界は息を吹き返したのだ。世界樹ユグドラシルを得て、この世界は生まれ変わったのだ。これは、再誕と呼ぶに相応しい。ウィリアム・ハリケーン。何の事だがさっぱりだわ」


「そうじゃろうな、儂も知らん」

「俺っちもさっぱり」


「兎師匠も知らないんだ、エン婆は何か知ってる?」


「母親から聞いた話じゃと、大昔に人間とエルフの戦争があったと聞いているのじゃ」


「へー、そうなんだ。とにかくありがとう、大切にするわ」


「うむ、良い旅を」

「じゃあな、姉御」

「死ぬなよ」


「えっ…」


 聞き慣れない声色に目線を移すと、いつも木にぶら下がって寝落ちする梟だった。

 梟が喋った事に、その場にいる全員が驚いた。


「このまま南に進んで森を抜けると、紫色のパンジーが咲いている所があるのじゃ。そこが地下道の入口じゃ」


「うん、エン婆ありがとう。今までお世話になりました」


「何を言うとるんじゃ。遠慮なくいつでも帰って来ていいんじゃぞ」


 ランスとエンダは、別れを惜しむ様に互いの体を抱きしめた。


「いってきます!」


 アルザスの背に乗って行くランスを、姿が見えなくなるまでエンダと動植物は笑顔で見送った。


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