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ランスのさだめ  作者: ベギラマ雄子
王位継承編
13/17

満月の夜その9


 目が覚めると、(くちばし)で体を突いているアルザスの姿が目の前に映っていた。

 少し眠ってしまったわ。

 ベッドから出て立ち上がったら、一瞬ふらついたけど、(だる)さが抜けて少し元気になった様な気がする。

 ん…いい匂いがする。

 急に来る空腹感、お腹の虫が鳴り響いた。

 …お腹すいた。


「夕飯が出来たのね。さぁ、たらふく食べるわよ」


「ブガ」


 一階へ降りると、テーブルには大量のクロワッサンと特製クリームシチューに、分厚いステーキが並べられていた。豪華だ。ステーキがあるだけで食卓に高級感が生まれる。


「いただきます!」


「ブガ!」


 食事中、エン婆から鍛錬のし過ぎと注意されたけど、どんな所でも魔法陣が描ける様になりたいと、私の想いを伝えた。だけど、結果的に倒れてしまった事を指摘されて、何も言えなくなってしまった。私のことを心配してくれているのは分かるけど、ステーキが美味すぎてエン婆の話が頭に入ってこない。


「じゃが、魔力量の限界を知れて良かったんじゃないかい」


「おかわり。今度は気をつけるわ」


「ちゃーんと、ばぁばの言うこと聞かないと、おかわり無しじゃ」


「うげ。分かった、ちゃんと休むわ」


「よろしい。しっかり自己管理をしないといけないのじゃ」


 食事を終えて自室に戻り、さっそく空中に天道虫(てんとうむし)の魔法陣を描く。

 鍛錬している間、一度も魔法陣を描いていない。寝る間も惜しむくらい夢中で、気付いたら朝日が昇っていたなんてざらだった。今までの鍛錬で確かな手応え(成長)を感じて、突破したい壁をぶち抜く自信がついた。成功しないわけがないわ。


 発光する魔法陣は消えることなく、空中に留まり続けた。更に、これでもかというくらい沢山の魔法陣を描いた。


 これだけ描いても消えないわ。余裕、全然余裕。

 ベッドがふかふかになる様に、想いを込めて天道虫の魔法陣を描けば、飛び込むと天井まで届きそうなぐらい体が跳ねて、弾力のある柔らかくてふかふかな寝ごごちが良いベッドになる。

 壁に掛けてある大きい時計の針と数字が光る様に、想いを込めて天道虫の魔法陣を描けば、真っ暗な部屋でも時間が分かる。

 蝋燭に火が点く様に、想いを込めて天道虫の魔法陣を描けば、パッと火が点く。だけど、部屋全体が明るくなるぐらい火の光が強すぎて眩しい。

 魔法陣に込める魔力量が多かったのか、それとも複雑に描いてしまったのか。シンプルに魔法陣は描いているはずだから、それはないか。いや、もしかして…これ本物の火じゃない。本物だったらこんな光り方しないわよね。触っても全然熱くないし、吹きかけても消えない。というか、固体として火に触れられるってどういうこと。…そっか、無属性だから本物じゃないんだわ。火に似せた張りぼてを蝋燭に付けた感じね。無属性が適正だと他の属性は使えない。本物を操れないのが残念だわ。魔法陣で火を点けるより、マッチで点けた方が早そうだし、手元にマッチがあるならマッチで火を点けよう。

 でも、ちょっと悔しいから試しに魔力を最小限にして…仄かに光る様に想いを込めて魔法陣を描けば…まあまあってところね。

 魔法陣へ注ぐ魔力と魔力量の調節が難しいのよね。大雑把にやってしまうと、私が求める魔法と掛け離れてしまう。何度も試して、最適な魔法にしないと。

 もう寝よ。しっかり寝て、明日には完全回復して、森のみんなに私のとっておきの魔法を披露するんだから。


 ランスは満面の笑みで就寝した。


 コクシネル(ランスのおまじない)

 ランスの想いを魔法陣にして、対象へ刻む事で効果を発揮する。

 おまじないに使う魔法陣は、一括して天道虫を描いている。

 ランスが与えたおまじないは、付与した対象の症状が正常な状態になるか、死亡、破壊、消滅するか、自らおまじないを消すか、自身が死亡しない限り半永久的に効果が続く。しかし、おまじないが消えない限り効果が続く為、魔力量が全回復しても魔力総量が完全に回復することはない。

 簡単な数値で表すと、ランスの魔力総量が百だとして、一つのおまじないに使用する魔力量が五だとしたら、全回復したとしても魔力量は九十五までになる。致命的なのは、本人がその事に気付いていない事である。


 翌日。

 陽が昇りきった頃、雲一つない青空の下、ランスはアルザスの背に乗って以前ハルピュイアを倒した場所、アルザスの古巣でもある桜が咲く巨樹へ来ていた。

 季節は夏を迎えているのに、変わらず満開の桜が咲き誇る季節外れの巨樹。そこには、大勢の動植物が集まっていた。


「来た来た、魔法使いが来たぞ」

「あの人間の子がハルピュイアを倒したというのか。信じられん」

「あの子が魔法少女になったって本当か。ぐへへ」

「あの人間の名前は何ていうんだい」

「たしか…ロドリゲスよ。いや、ラーメンだったわ」

「美しい、魔女とは思えん。結婚してくれ」

「何だ…このプレッシャーは…」


 えっ、こんなにいるの。

 ここへ来るまで、森のみんなとすれ違う(たび)に桜の樹の下で魔法を披露するって言ったけど、まさかこんなに集まるなんて思わなかったわ。それに、聞いてると話が微妙に違う様な気がするし、相変わらず名前も覚えてもらえてない。今まで散々森中歩き回ったのに、まだ初対面がいるなんて…。


「人気者じゃな」

「おっす、姉御」


 足元を見ると、亀造の甲羅に乗った兎師匠がいた。


「兎師匠に亀造、来てたのね」


「お主が魔法使いなったと聞いてのぉ。エンダもようやく重い腰を上げたんじゃな」


「約束したからね」


 ランスとアルザスは、歌っている向日葵の群集を掻き分けて、桜が咲く巨樹の下まで辿り着いた。

 アルザスの背に立って、集まっている動植物を見渡す。


 あれは、栗鼠に針鼠。相変わらずへんてこなサングラス掛けてるのね。妙にハイテンションの蝙蝠に、早口で喋りまくっている烏。また熊とパンダが戦っているわ。あっ、梟が落ちた。

 みんな…来てくれたんだ。決めた、明日出発する。


 ランスは心に決めて話し始めた。


「みんな注目!」


 ランスの声色はよく通る。

 動植物は、雑談をやめてランスへ注目した。


「今日は集まってくれてありがとう。初めて見る顔ぶれが結構いるし、自己紹介も兼ねて今迄言い出せなかった事を伝えます。私の名は、ランス。アペロという村から来ました。オーディンとかいう自称神様から、村の人達が全員死ぬという最悪なお告げがあった後、村がガレンダー兵と魔物に襲われて、この森へ逃げて来ました。母や村の人達は死んで、私だけが生き残りました。お告げによれば、ダリア王国の王太子を王様にしないと、私は死んでしまうそうです。今のところ、お告げの通りになってしまって信じざるを得ないけど、そこまでしないと生き残れないとか、そんなの無理なんじゃないかって…。いっその事、魔物にでも食われて死のうかななんて思ったわ。そう思って諦めようとしたら、悔しい気持ちが込み上げてきて、訳も分からず全てが奪われて、何も出来なった自分に絶望して死ぬとか…ふざけんじゃないわって思ったの。だから、ダリアの王太子に会って事の真相を聞き出して、元凶をぶっ飛ばしてやるんだから。そんでもって、神様だのお告げだの世界樹だの、この世界で何が起こっているのか自分の目で確かめたい。だから、みんなとは今日でお別れ。明日の朝、ここを出発するわ」


 ランスの話を聞いて、涙を流すものもいれば生き残った強運に感心するもの、家族を殺された怒りに共感するもの、突然の別れ話に驚くもの、決断が早過ぎて出発を止めようとするもの、名前が分かって満足したもの、(みな)別れを惜しんだ。


「みんな、ありがとう。もう決めたの。ここは温かくて優しい所だから…いつまでも甘えていられないのよ」


 震える声、感極まったのか目に涙を浮かべているランス。

 手で涙を(ぬぐ)い、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


「それじゃ、気を取り直して。私のとっておきの魔法を見せてあげるわ」

 

 ランスは空に向かって、直径十メートルはありそうな大きな蝶の魔法陣を、ゆっくりと丁寧に描く。


プレミエクレール(最初のひらめき)!」


 ランスが唱えると、魔法陣から色鮮やかで多彩な蝶が多量に舞い降りて、動植物の周りをひらひらと縦横無尽に舞う。

 動植物は、その幻想的な光景にただただ見惚れていた。


 こんなに沢山の蝶を召喚するのは初めてだから、上手くいって良かった。でも、失敗したわ。夜だったら、蝶がもっと綺麗に見えたのに…。なんかもったいないわ。


 ランスが魔法陣を消すと、光の残滓を残して蝶も消えていった。

 動植物も夢の世界から覚めた様に我に返った。


「どう、凄いでしょ」


 動植物からアンコールされたけど断った。明日森を出ることは今思いついたことで、これからエン婆に伝えるからだ。素直に応じるとは思えないから説得するのに時間がかかるはず。ただ、何を言われようとも明日出ていくけどね。


「じゃあね」


 そう一言別れを言って、ランスはアルザスの背に乗ってその場を去った。

 動植物はあまりに突飛な言動に、去り行くランスの背中を呆然と見ているだけだった。


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