後編
俺が設立した農業部は、若干の拡大を伴いながら活動を続けた。
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「レイン様、部室に誰かいます!」
「木精族の様だな。入部希望か?」
「あっはぁ。。。この粉すごしゅぎぃ。。」
「肥料を食べてとろとろのようです」
「今すぐ取り押さえろ!」
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「無茶だ! 亡霊に農業なんて!」
「ご覧くださいなニールさん。1000年の死から解放され、今日を生きる力を得た我が身なら......ぁう゛ッ...」
「なるほど、人工光でもダメージを受けるようだな」
「この程度であたくしは! 明日を生きるあたくしは死にませ…ンン゛ッ」
「貴女とっくに…いえ、何でもないわ…」
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「ちょっと! ニールがヤバい囚われ方されてるじゃない! どうすんのよあれ! というか何なのあれ!」
「ぼ、くの触手ちゃ、ん、あんなに大き、く育って。ほろりと涙、が」
「魔女の魔法生物……生育条件を最適化して一晩でここまでデカい化け物になるとはな。ミミリ、食って消化しろ!」
「嫌ですよあんなニョロニョロ!」
「う゛うゥ…なんで私ダけこンな目に…」
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「くそっ、魔物に堕ちた穀潰し共の分際で俺を狙いやがってぇ!!!」
「部対抗の討伐大会出ろっていったのは私だけどさぁ、あんな成り損ないに負けるのはさすがに弱すぎでしょ」
「グレーディア神に豊穣を捧げるのに闘いの強さなど必要ない。そして、身体能力や武力で劣る俺が敗北するのは当然の帰結だ」
「負けたのに相変わらず偉そうな奴だな。ところで、あっちは大丈夫なのか…?」
「……あなた達のおかげで少しだけ、少しだけお腹が減ってきたよ。わずかながらお見せしましょうか。【病領】のレイン・フリーツ・グレーディア公だけが満たすことのできた、
―――獣の暴食を」
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「農業用水が不足する場合、蛮族的に灌漑して地下からくみ上げるのも手だ。ただし、大規模に行うと塩害や水資源の枯渇を招く可能性がある」
「じゃあどうするの? 天候を変える魔法はけっこう大変よ」
「我が領地では、陽光力を利用した大気中からの水分回収に加え、迷宮内の水源に移動門を繋ぐことで対応している。こちらでもミミリ達がじきに作業を終え…」
「っ魔王様、学園内に水棲スライムの大群が!! タイダルスライムもいるようで、そこら中が水浸しです!!」
「上位特異種ね。はぁ、一体何階層まで行かせたのよ」
「...マップの読解を期待した俺が間違っていたようだな」
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「向こうの温室にヘルマンドラゴラがいっぱい居たわよ!?」
「部員からは食用作物と聞いているが」
「誰が食べるのよあんなの! ダンジョンでしか育たないはずなのに…」
「レイン様の助けを借りずに! 初めての収穫です!」
「あぅ~自分で作った栄養しゅごいよぉ。。」
「光に拒まれた我が身、なればこそ! 光を支配して克服を...ぉ゛…ぉ」
「魔法で育成、条件を最適、化すれば、薬がたくさ、ん、ふふふの、ふ」
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「レイン・フリーツぅ!! 地下の研究室からとんでもない勢いで瘴気が!!!」
「狼狽えるな蛮族サラマンダー、あの馬鹿共の仕事だろう。……よし、まずは移動門の準備だ」
「――あんたは絶対逃がさないわよ」
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当初の想定よりかなり時間を要したものの、予定していた全工程は完了した。
「【病領】に帰るって?」
「最低限のシステムは構築し終えた。この指示書通りに運用すれば問題はないだろう――概ね」
残された問題は言うまでも無く俺以外の農業部員であるが、奴らの不可解な行動は俺の預かり知る所ではない。それに、短期間で【病領】の手法を応用して独自に収穫を上げるまで至った点には、最高の評価が与えられる。
不定期に予想外の騒動を起こすことを除けば、ミミリを含めて極めて優秀に成長しており、俺の指導は不要だ。
「ぜひ完璧にしてから戻って貰いたいものだわ…」
「この学園は頑健だ。大丈夫だ」
「魔王さん、振り返ってみてください。楽しい思い出ですよ?」
「ミミリもこう言っている。弱気になるな」
魔王には会うたびに溜息を吐かれている気がするが、それもこれまでだ。
「それでは、少しでも多くの豊穣を捧げられるよう【病領】から願うことにしよう」
「何かあったらすぐに苦情入れるからね」
「ふん、俺が構築した分のシステムに関してなら聞いてやろう。苦情など早々ないだろうがな」
「教えて貰った遠話の魔法で、お待ちしていますね」
領主室にて、新たに考案した人工受粉法の導入構想を練っていると、ミミリが書簡を持ってきた。
「ほう、隣の魔国領が自治権を得るようだな」
「うちみたいに独立するんですか?」
「そうらしい。独立式典に招かれているようだから貴族として出席を…」
「領主様、どうしました?」
おかしなことに領主の欄には、あろうことか、例の3馬鹿の名前が連なっていた。馬鹿な。目をこすって見直しても確かに記載されている、ので、遠話を魔王に繋いだ。
「【病領】のレイン・フリーツだ」
「あら、遠話上手くなったじゃない。どうかした?」
「ああ。どうかしている自治領が、隣にできるらしいな」
「彼女達には魔国は狭すぎるみたいだったから、余ってる旧グレース領を任せることにしたのよ。名案でしょ?」
あの蛮族王め、味な真似を!
「わざわざ【病領】の隣に配置した理由は?」
「部長のそばに居たいんだって。可愛い部員に慕われて嬉しいわね?」
「俺の喜びはグレーディア神に豊穣を捧げることにある。部員を排斥して魔国の農業はどうする」
「心配しなくても、誰かさんが構築してくれた農業はとても順調よ」
ちっ、俺が導入したのは蛮族の低民でも運用できる農業システムだ。一度導入してしまえば、農業部員がいなくとも当面は問題なかろう。
「貴殿の行為で一つ政治的不安が増大したことを後悔しろ。我が領地の抱える危険は暴走だけではないぞ」
「【病領】は頑健よ。大丈夫。弱気になることないわ」
遠話は切断した。くそが。
「領主様、また楽しい日々が始まります?」
「……見方を変えよう。奴らは農業により魔国の領土を自治領にしていることから、――グレーディア信徒の貴族に近い」
「ええ! そ、それなら私も農業はちょっと詳しくなりましたし、もしかして…もしかして…!」
「蛮族は卒業だな。こうなったら全ての領地を魔国から奪還するぞ」
「やったぁ!」
人間以外を神聖貴族に据えるのは、グレース史上初の試みとなる。ただ、絶賛滅亡中の国であるから俺が勝手に決めても支障はあるまい。
「えへへ、それじゃあ、同じ貴族として一緒に頑張ろうね、レイン君…っぅにゃぁ!」
「調子に乗るなよ。神聖貴族にも爵位というものがある。今の俺は公爵で、貴様ら成りたての子爵とは格が違うんだ。神聖貴族としての格が」
「痛たた…そんにゃぁ」
「爵位を上げたくば、より多くの豊穣をグレーディア神に捧げることだな」
神聖教国は俺の領地以外全て滅亡したが、この俺が今に復活させて見せよう。
【病領】領主、レイン・フリーツ・グレーディアの信仰が枯れることはなく、ゆえにこの世界のあらゆる地で豊穣は実現する。
お付き合い頂きありがとうございました。
本作は、敵国クイックライフという着想から、ファンタジーとSFの融合を試みた習作です。
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2022/1/15 初稿
2022/5/5 改稿(レイアウト変更)